10羽 失った人達
「玄雄、隼人、おかえり」
夕陽は一足先に小屋に戻ってきていたようだ。玄雄は「おかえり」という言葉をかみしめるようにしながら、夕陽を見つめてしみじみとつぶやいた。
「……夕陽髪伸びたよな。確か肩ぐらいの長さじゃなかった?」
「まあ2年も切ってなかったし……」
「で、どうだった? 何事もなかったか?」
「あ、あぁ、うん……何とも」
急に話変えるからビックリしてんじゃねえか、そういうとこだぞ。ていうか10年振りに再開したばっかりなのに何で髪伸びたとかいうことが言えるんだよ。髪型ぐらい変えるだろ。
「でもヒバリはすごいよ。今までずっとあれ一人でやってたんだもん」
「ガキどもの相手だけでも大変そうなのになぁ」
「やっぱり男手必要なんじゃないかな?」
「……玄雄は接近禁止でしょ?」
「いや、うん、それは、うん、そうだけど……」
「事情はよく知らないけど、みんな玄雄のことすごく怖がってたよ」
「ああ、やっぱりそうかぁ。うん、分かってるよ!」
あんな顔見られちゃあな。玄雄、残念だが諦めろ。ガキどもを守ろうとするヒバリの意思は固い。
「ヒバリも頭固いよな。許してくれても……」
「どの口が言ってんだ」
「ヒバリは、特別鳳雛の家を大事にしてるから」
「俺だって大事にしてるよ?」
「……ヒバリは親の顔知ってるから、私たちとは感覚が違うのかもね」
あ……そうか。俺や玄雄や夕陽は、生みの親の顔を知ることなく一人にされたがヒバリは違う。物心ついてから一人にされた……捨てられたんだ。失うことの痛みを知っているからこそ、誰よりも今あるものを大事にしているんだろう。
「なるほどな。俺いいこと思いついた!」
……ロクでもないこと考えてなきゃいいけど。
「おい、玄雄、本気か? だってあいつは……」
「大丈夫。あの人仕事とプライベートの切り替えハンパないから」
「いや、でもよ……」
「じゃあ俺話つけて来るから、ヒバリに伝言よろしく!」
「おい! 手紙って……しょうがねえな」
「……玄雄は着いてきてないわよね?」
「ああ、来てない……と思う」
とはいえここまで警戒されてるのもちょっと可哀想だな。玄雄から手紙を預かってきたが……俺も中身は見ていない。何か余計なことを書いていないかと思うと渡すのがためらわれる。
「……これ、玄雄から預かってきた」
「手紙? ……『その人が今日からその子達のお父さんです。』……どういうこと?」
「俺に聞くな」
お父さん? どういうことだよ、余計なことならまだマシだった。これじゃあ意味不明じゃねえか。ヒバリは今にも手紙を破り捨てたそうにしている。
「俺近付いちゃダメなんで! ここからは一人でお願いします!」
「あ、ああ……」
正門前で何やらこそこそ話してるな。……そういうことか。そんな簡単にうまくいくとは思わねえけどな。
「ここが……」
鳳雛の家にやってきた羽地さんは、物珍しそうにキョロキョロしている。
「あんたが『お父さん』?」
「え……? 私はただ、ここの仕事を手伝ってくれと……」
「だよね、でもあんた信用できるの?」
ほらこうなった。フォローしようにも俺だって羽地さんのこと良く知らないし。
「私は、ただ死ぬのを待ってるぐらいならせめて誰かの役に立ってから死ね、とそう言われてなんとなく来てみただけだから。……えっ、八田くんから話通ってるんじゃなかったの?」
「何にも聞いてない」
「あー……そっかぁ……」
しばしの沈黙。9割9分玄雄のせいである。
「……君は一人でここを?」
「2年ぐらいね。昨日からは友達も手伝いに来てくれてるけど」
「2年……そうか……」
「何よ?」
「いや、自分が情けなくなっただけだよ。失礼したね、これで……」
「な、なあヒバリ! 男手も必要なんじゃねえか?」
あ。思わず割って入ってしまった。いや、だってほっといたらこのおっさん死にそうだったし……
「え? ……そりゃまあ、力仕事とかやってくれる人いたら助かるけど……でも今までも私だけでやってきたし」
それもそうか……。言わなきゃいけないのはそんなことじゃなくて、何だ、その……クソッ、こんな時玄雄なら何て言う?
「失う痛み、知ってるのはこの人もだよ。ここのガキどもとそんなに年変わらねえ子どもがいたんだってさ。だから……」
「早間くん、もういいよ」
「よくねえよ。それに、もしものことがあったら俺が飛んでくる! だから……」
あー、もう、何で俺がここまで頑張らないといけねえんだよ!
「本当にいいんだ。私を必要としてくれる人間はもうこの世にはいない。命が尽きるまで大人しく暮らすよ」
「……洗濯物」
「え?」
「量多くて大変なのよね。お願いしてもいい?」
「え……?あ、ああ。分かったよ」
「洗濯機の使い方ぐらいわかるよね? 柔軟剤もちゃんと入れてね。あと干す時バタバタしちゃダメだよ」
「……心得た」
「ヒバリ、お前……」
「……不愉快なの、自分が不要だとか。別にあんたのこと信用したわけじゃないけど、このまま帰られても寝覚め悪いから仕方なく手伝わせてあげるだけなんだからね!」
「何て見事なツンd……」
「なんか言った?」
「いえ、何も! 良かったな羽地さん!」
羽地さんも少し照れくさそうにはにかんだ。ほんの少しだけど、表情が晴れやかになったように見えた。
「……ったく、面倒なんだから」
ヒバリも、少しうつむいて楽しそうにつぶやいた。……素直じゃねえな、やっぱり。




