9羽 無意識不自由飛行
「……ごめん、流石にやりすぎた」
「いや、やりすぎたのは俺の方だし」
玄雄が鼻を氷嚢で冷やしながら明るく笑う。ヒバリの右ストレート、キレイに決まってたもんなぁ……
「でもあんた、本気で涼音のこと殺す気だったでしょ。何考えてんのよ」
「そんなわけないだろ? ちょっと脅かしただけだって!」
どうだかな……俺の目には本気に見えたけどな、少なくともあの瞬間は。
「とにかく! 皆も怖がってたから、あんたはしばらく接近禁止!」
「ええ!? 俺が助けたのに!? 裁判長ぉ!」
「誰が裁判長だ!」
何かバカバカしくなってきた……こんな時までふざけやがって。
「それよりよ、お前が一番怖いのが自分、ってどういうことだ?」
「ああ、それか……」
意味ありげにつぶやくと目を細めて少し上を見上げた。固唾を飲んで玄雄の言葉を待つ。
「だって俺、最強じゃん?」
「はぁ?」
「その自分が敵に回ったらさ、そりゃあ……怖いだろ」
……正直拍子抜けしてしまった。そんなことかよ?
「そうか、もういい」
「えー? リアクション薄くな~い?」
「いや、お前はSAIKYOUだよ、うん」
「あんたさぁ……」
「なんで俺がイタイ奴みたいになってんだよ?」
隣に接近禁止命令だされた奴もいることだし、長居は無用だな。
「ヒバリ、俺ら帰るわ」
「え、ちょっと隼人。あ、ヒバリ、これ渡しとく!」
「何これ、鏡?」
「そう、それを持っていればいつでも助けに……」
「接近禁止。」
「…………俺じゃなくて隼人が!」
結局俺かよ! ……まあ今回はしょうがねえか。
「じゃ、元気でな!」
「まあ、あんたらも、その……気をつけなさいよ」
頬杖をついてそっぽを向きながら言った。素直じゃないけど優しい奴なんだよな。
「はっはっは! このツンデレ不良娘め!」
デリカシー! ヒバリのキレのいいローキックが、玄雄のスネに命中した。
「……玄雄、そう言うのは口に出しちゃダメだよ」
「な!?」
……こういうのは夕陽に言ってもらうのが一番だ。蹴られてもへらへらしていた玄雄だが流石に堪えてるみたいだ。
「そうなのか……女心って難しいな!」
「そのレベルの問題ですらないけどね」
そうだよ、言われるまで気付かないことの方が問題だぜ。
「いやぁ、でも接近禁止はひどくない?」
「え、そうなの?」
そっちの原因は全然違うだろ! ……と言いたかったが夕陽に説明するわけにもいかないしな……
「でも楽しそうだね。私も久しぶりに行きたくなっちゃった」
「……あ、そうだ! 夕陽、ヒバリの手伝いしたらどうだ?」
「ヒバリの? ……うん、いいかも。それ良い!」
何か楽しそうだな。玄雄も、あいつなりに夕陽のこと考えてんだろ。ヒバリと一緒なら夕陽も楽しいだろうしな。
「でもよ、玄雄、お前夕陽のこと守るって言ってたよな?」
「おう、当たり前だろ?」
「お前接近禁止だけどどうすんの?」
「……………………いいか、隼人。俺が接近禁止命令を出されたのは、あくまで子どもたちに対してだ。夕陽への接近に関しては禁止されていない。つまり、夕陽を守るためならば鳳雛の家に行っても問題ない」
「…………下痢理屈じゃねえか」
「夕陽ー! やっぱりさっきの話ナシー!」
「はぁ~、心配だなぁ~、何事もないといいけど……」
「うるせえな、いざとなりゃ俺が行けばいいだろ。ていうかそんなに心配なら行かせなきゃよかっただろ」
夕陽も結局鳳雛の家の手伝いをすることになったのだが、玄雄が万事この調子である。実害はないがとにかく面倒くさい。
「それはそうだけど……はぁ……まあいいや。隼人、行くぞ」
「はいはい」
行先は聞いてもどうせ教えてくれないんだろうな。だったら黙ってついていくしか……おい、何で自然にそれを受け入れてんだ、俺は。
「隼人?」
「俺はお前の犬じゃねえんだよ!」
「えっ、何、急に!?」
「隼人、今から会うのは社会人だからちゃんとしろよ」
「あ、そうなの?」
社会人か。俺も今年で18だし、鳳雛の家にはもちろん俺より年上の奴もいたからな。すでに働きに出てるやつがいるのも当然……
「……君達は……?」
出てきたのは、おそらく30ぐらいであろう、目の死んだおじさん。んん? 鳳雛の家の奴じゃ……無いよな? 反応から見るに玄雄の知り合いってわけでもなさそうだが……
「初めまして、ですよね? 俺、八田玄雄って言います。羽地牙人さん」
「八田玄雄……ああ、君が」
何だ、何だ? あっ、ハジって確か……
羽地さんが引退するとき私を直々にリーダーに指名したんですよ!
涼音をあのフライングトルーパーとかいう連中のリーダーにした、っていう……
「今日は聞きたいことがあって」
「……冴島くんのことかい?」
何でこの人のことを玄雄が知ってんのか分からんが、その話なら俺も気になってたところだ。
「そうです。涼音はどういう経緯で?」
「彼女には才能があった。だからスカウトした。それだけだよ」
伏し目がちになって首を掻きながら答える。まるで自分はもう関係ないといわんばかりの態度だ。
「それだけってあんた……そんな理由で涼音を巻き込んだのか!?」
「早間隼人くん、だっけ? 才能がある人間にはしかるべき活躍の場が与えられるべきだ。それに彼女は血に飢えていた」
「はあ? おい、適当なこと抜かしてんじゃ……」
「隼人、ステイ」
掴みかかりそうになるのを玄雄に制される。だから犬じゃねえって! 羽地は呆れ顔で俺を見つめていた。
「ところで羽地さん、ご家族は?」
「……もういないよ。あの白い雨に吸われてしまった」
「どんな気持ちですか?」
真顔で何聞いてんだよ、鬼かこいつ?羽地は乾燥した笑いを浮かべながら口を開いた。
「どんなも何も……娘と妻だけが生きる意味だったんだ、今の私にはもう何もない。ただ生きてるだけ
だ。早く家族のもとに行きたいのに、死ぬのは怖い。……生き地獄だよ」
「そうですか、急に押しかけてすみませんでした!」
こいつ踏み荒らすだけ踏み荒らして去って行きやがった!? 羽地もポカンとしている。頭を下げて慌てて玄雄の背中に追いすがる。
「玄雄、お前もうあれ……デリカシー以前の問題だぜ。一体何を……」
「大体の事情は分かった。ちょっと考えてみるわ」
一人で何か納得している様子だった。……マジで勘弁してくれよ。




