非凡な生き物の平凡な悩み
17話と42話とか読み返すといいと思いますよ。
「早間くん! またタイム縮まってる! このタイムなら本当に全国行けちゃうよ!」
「当然だ。それ目指してやってんだからな」
この男・早間隼人、クールぶっているが内心メチャクチャ喜んでいる。昔から走る速さにだけは絶対の自信を持っていた彼にとって陸上という道を選ぶのはごく自然なことだった。実際彼には才能があったし、彼の周囲も彼のことを応援していた。
「みんなの期待に、応えねーとな」
自分がどんどん速くなっていくのが楽しかったというのもある。しかし一番彼の力になったのは周囲の人間の期待の目だ。自分の成長を楽しみにしてくれている顔が、彼の追い風となっていた。だがある日を境にその視線は呪いに姿を変えて彼に襲い掛かった。
「……何だありゃ」
偶然目にしてしまった。フライングスーツの集団と空中戦を繰り広げる2羽のカラス。おかしな話だが、隼人はあのカラスを知っているような気がしていた。彼らの戦闘を無意識のうちに目で追っていた。
「え? 嘘だろ……」
フライングスーツの集団を撃退したカラスたちは地上に降り立つ。隼人は目を疑った。カラスたちは、人間の姿に変化した。それだけではない。隼人は彼らを知っていた。長らく会っていなかったが面影はすぐに分かった。
「玄雄と、夕陽……?」
隼人とともに、鳳雛の家で育った仲間だ。でもなぜ彼らがカラスの姿に?その疑問の答えが隼人の頭の中に蘇る。6歳の時だ。6歳の時に人体実験を受けて改造された、彼らも、自分も。気分が悪くなってくる、旧友に声もかけずに逃げ出してしまった。
「早間ー? 気合入ってねえな」
「ん? ……ああ、悪い」
あれ以来、あれほど打ち込んでいた陸上にも全く身が入らなくなっていた。しかし彼の才能は彼に停滞を許さなかった。しぼんでいく気持ちとは裏腹に記録はどんどん伸びていく。
「また記録更新! 凄い、すごい!」
「黙ってろ!」
「へ? ご、ごめん……」
周囲の人間から称賛されるたびに、彼は罪悪感にさいなまれた。自分が普通の人間ではないと知ってしまったから。ライバル達と対等な条件で競っていない、自分は卑怯者だ。
「俺、やめます」
「え!? おい早間、どうしてだ?」
対等に競えるライバル。鳳雛の家にいた頃、玄雄に毎日のように勝負を吹っかけていたのを思い出す。かけっこ以外の勝負で勝てたことは一度もなかったが。彼も自分と同じなら……
「……何考えてんだろ、俺」
「何ショボい顔してんの?」
誰だか知らないが会ってそうそう失礼な奴だ。ムッとしながら見上げると、二人組の男女が立っていた。この人たちにも、見覚えがある。
「おお、やっぱ隼人だ!」
「巌さん、彩さん……」
「何かあったの?」
彩はぶっきらぼうな声で優しく尋ねた。隼人も誰かに吐き出したかったが、本当のことなどいえるはずもなかった。何となく誤魔化しながら自分の悩みを語ってみた。しかし彩の返答は無慈悲だった。
「ダッサ」
死角から放たれたシンプルな罵倒に隼人は硬直してしまう。巌が彩をいさめるが、彼女は構わず続ける。
「いやだってさぁ、思春期にはよくある悩みでしょそんなの。安心しなって、本当に非凡な奴はそんなことで悩まないから。あんたミスターアベレージよ、うん」
「ミスターアベレージ……」
切り捨てられた、ミスターアベレージという初めて聞く称号とともに。
「それちょっとカッコいいな!」
「巌はちょっと黙ってて」
「申し訳ございません、文月彩女史」
巌が恭しく頭を下げた。彩はため息をついていたが少し嬉しそうでもあった。この人たちに嘘はつけないと思った、自分の体のこと、洗いざらい全部ぶちまけた。
「下痢理屈こねんな」
「げりくつ……?」
「屁理屈のさらに下」
「彩ちゃん! 言葉が汚いわよ!」
「だから巌は黙ってて。あんたは自分の真実と向き合うのが怖いのよ。だから罪悪感だの正々堂々だのとクソの役にも立たない言い訳をつらつらと……」
「彩……隼人が泣きそうだからその辺に……」
巌が彩にそっと耳打ちした。自分のことを自分以上に見透かされて苦しかった。確かに自分は卑怯者だった。
「隼人! ちょっと家まで来い!」
見かねた巌が隼人の腕を強引につかんで、山奥のボロ小屋まで連れていく。巌と彩は何か言うでもなく黙々と食事の支度を始めた。
「あの……お二人はここで?」
「おう、二人で住んでるぜ!」
「はぁ……」
「あ、お前なんか勘違いしてんだろ? ちゃんと健全な関係を……痛て!」
「余計なこと言わなくていいから。隼人、それ食ったら外出な」
巌の背中をつねりながら山菜の天ぷらが盛られた皿を目の前に置いた。隼人は言われるまま虚ろな目で天ぷらを頬張った。
「あの……どうしてこんな……」
「よし、食ったわね。かけっこするわよ」
「え?」
彩がなぜそんなことを口走っているのか全く理解できなかった。巌の方を見つめるも「どうぞ」とばかりに頷いている。食った直後に走るのは……そういう問題ではないが。
「あんた自分が負けるわけないとか思ってるでしょ?」
手の平に羽根ペンで何か書きながら隼人を睨んだ。隼人は困った顔でぎこちなく頷いた。やる前から結果が見えている勝負なのだから当然だ。
「ゴールっ! 彩の勝ちだ!」
「マジかよ……」
何が起こっているのか分からないうちに隼人は敗北していた。しかしゴールした彩もカエルが潰れたような声を出しながら倒れ込んだ。
「えっ。彩さん!?」
「あちゃー、無理しすぎたか」
倒れた彩の手の平には「限界超えてめっちゃ足速くなる」と書かれていた。巌からバードロイドのこと、彩のハバタキのこと全て教えてもらった。
「でも何でそこまで……」
「お前が元気なかったからだろ?」
「それだけの、ために……」
「彩はそういうやつなんだよ」
しばらくして彩が目を覚ました。枕元の巌と隼人に気づくと勝ち誇った顔を作った。
「これで分かったでしょ? あんたは得意分野ですら女の子にも勝てないの。あんたは所詮、少年凡凡……」
「彩。隼人にお前の不正行為のこと言っちゃった」
「なっ!? 巌、何勝手なことしてんのよ!」
「ジャッジとして見過ごすことはできなかった。残念ながら文月選手はここで失格だ」
「大目に見なさいよそのぐらい! ていうか何の大会よ!」
隼人はいつの間にか自分が悩んでいたことなどどうでもよくなっていた。二人のやり取りを見ながら心地よさそうに笑っていた。
「……彩さんと巌さんの言葉、届きました。ありがとうございます」




