今ここにいるあなたが
「あ~、寝過ごした! 母さん、おはよ!」
「おはよう。はい、朝ごはん」
「いただきます! ……ごちそうさま!」
「ちゃんと噛めよー」
「いや、遅刻しちゃうから。行ってきます!」
「はーい、いってらっしゃーい」
「あ! ……兄貴、行ってきます。じゃ、今度こそ行ってき!」
「うぃー、玄雄」
「おう、厚田。お前……夏休み明けなのに焼けてないじゃないか!」
「お前は随分黒くなったな」
「夏休み明けのリア充は日焼けしてるものなのだよ、厚田くん」
「お前が?」
「嘲笑するんじゃねえ!」
「まあ、元気そうでよかったわ」
「厚田……兄貴のことならもう大丈夫だよ。ありがとな」
「そうか。話聞くぐらいならいつでも付き合うぜ」
「やっぱりお前は俺の親友だ!」
「抱き着くな、暑苦しい!」
「なー、厚田はこんないい奴なのにどうして……」
「皆まで言うな。虚しい気持ちで二学期を迎えたいのか?」
「どうして彼女がいないんだろう!」
「こいつ言いやがった!」
「ま、お前は女子と話すと緊張しちゃうもんな」
「お前もだろうが」
「フッ、悪いな、俺はもう慣れた」
「何だよその顔、腹立つわー」
「お前も来いよ、高みへ」
「何の高みだ。……あ、烏丸さん」
「ああ、そうだな」
「いいのか?」
「あのなあ、いくら見た目がタイプだからって一回見かけただけの人だよ?」
「あるぇえ? 女子には慣れてんだろぉ?」
「いやいや、知らない奴が急に話しかけてきたらキモイだろ」
「大丈夫、お前は元からキモイ」
「なんだぁ? てめえ……」
「玄雄、キレた!」
「ま、幸せならOKです!」
「わあ、カッコいい!」
心に決して小さくないしこりは残ったが、これで一応の決着はついた。これからもいろいろ大変なことはあると思うけど、こっちの俺と仲間達ならうまいことやっていけるだろう。辛いこともたくさんあったけど、こいつらと出会えた思い出は俺にとって宝物だ。これからの彼らには輝かしい平凡ライフが待っている、俺みたいな異物はさっさと立ち去るのみだ。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
俺と二度と出会うことはないなどとは知らない、明日もまた会えると思っている仲間たちが無邪気に手を振る。まあ、こいつらからしたら鏡の世界なんて知る由もない話だからな。それにそんなのは知らなくてもいい話だ。お前らと出会えてよかったよ、そんなこと言わないし言えないけどな。
「もしもし、俺か? 終わったよ」
『そうか、本当にありがとう。なんてお礼を言えばいいのか……』
「気にすんなよ。俺がお前でお前が俺だろ?」
『ははっ、そういえば最初そんなこと言ったっけな……』
「あの時は正直滅茶苦茶な話だと思ったよ」
『ああ、本当に申し訳ない』
「でもそのおかげであいつらと出会えた。お前にも。結構楽しかったよ」
『……君は本当に強いな。君を選んだのは正解だった』
「よせよ、俺はフツーの高校生だ」
『そうだったな。……本当にもう帰っていいのか?』
「ちょっと寂しいけどな。でもやっぱり俺の居場所はあの世界だよ」
『そうか、でも君が望むなら……』
「おいおい、大変なのはこれからだぞ? 面倒事押し付けんなよ。……あいつらのそばにいてやれよ」
『……分かった。俺も、これからはちゃんと仲間を頼るよ』
「それでいい。じゃあ早速……あ、待って。いったん切るわ」
一人の少女が息を切らしながらあたりを見渡している。俺の姿を認めると慌てて走り寄ってきた。
「……夕陽、どうかしたか?」
「玄雄……なんていうか……もう、帰るの?」
「うん、帰る前にちょっと一休みしてたとこだ。じゃあな」
「待って!」
背を向けて立ち去ろうとすると必死な声で呼び止められる。
「本当にどうしたんだよ? なんか変だぞ?」
「その……玄雄に、二度と会えなくなる気がして……」
そういうことか。……こいつには敵わないな。
「何言ってんだよ。いつでも会えるよ」
「……嘘ついてるでしょ。」
「嘘なんかついてないよ。“俺”はちゃんと皆のそばにいるから。」
「ならその涙は何?」
「あ……はは、何なんだろうな? 俺にもよく分からな……」
夕焼けに照らされて真っすぐに伸びた影。俺の言い訳を遮るようにして二人の頭の影が重なった。
「……私は、玄雄が好きだよ。今ここにいる玄雄が」
「お前……ひょっとして気づいて……」
「何の話? …………玄雄は、玄雄でしょ?」
「そうか……そうだな。……ありがとう。ごめん。……さよならだ」
「うん、会えてよかった」
そうして俺は鏡の中へ消えていった。もったいないことしたなって?俺もそう思う。自分の兄貴一人救えなかった情けない男には、もったいなすぎる。だから、これで良かったんだ。
近くて遠い、長くて短い俺の旅路はひとまずこれでお終いだ。……と、言いたいところだけど、この旅には忘れ物が多すぎた。今度はそれを取りに行く旅をしなきゃいけない。まあ、気長にやるさ、旅烏だからな。




