44話 この世界が大好きだ
俺達は空飼いのいるであろう社長室への侵入を試みていた。涼音のハバタキで小さくなって涼音の髪の中に隠れる。あとは中に入ることができれば……涼音、頼むぞ。
「あ、あのー、すみません。お父さんに忘れ物届けに来たんですけど……」
「お預かりします。どちらの所属ですか?」
「え。えーと、そう言うのよく分かんないので入れてもらっていいですか?」
「名前教えてくれたらこっちで預かって……」
「忘れました!」
おい、待て! 忘れましたっておかしいだろ! ほら受付のお姉さんめっちゃ怪しんでる顔してるよ。
「…………」
「…………」
何とか言えよ! 多分見つめてもダメだろ。
「入館証です」
「ありがとうございます!」
嘘だろ!? こんな緩くていいのかよ!? あっさり中に入れてしまった。エレベーターに乗り込んで社長室のフロアを押す。
「案外チョロかったですね! それじゃあ早速……」
「そのフロアは社長室だけど? 確か社長に娘さんはいなかったはずだが……」
げ、他に人がいたのか。乗ってきた気配なんかなかったのに。ここは適当に誤魔化して……この人は……
「冴島涼音さん、だっけ? 一人で来てるわけじゃないよね? 八田玄雄くんもいるのかな? 隠れるとしたらここだよね?」
涼音の後頭部に銃口を向けながら穏やかに問いかける。いくら身体能力に差があるとはいえこの至近距離では……それに羽地さんは狙いを外したりしないだろう。
「あえて通したんだよ。ここで確実に始末するためにね」
「よく分かんないですよ~はったくろおって誰ですか?始末とか怖いですよ~」
「……とぼける気か。悪いけど全部知ってるんだよ」
羽地さんが引き金を引いた。
「……消えた!?」
「はひぃ……ふっふっふ、スズメはちっちゃいんですよ!」
寸前のところで鳥獣化して回避したようだ。あっつぅ……少しかすったが問題ない。
「いい動きだね。フライングトルーパーにスカウトしたいぐらいだ」
「お断りですよ!」
「社交辞令だよ、お嬢ちゃん。……こうなれば仕方ない」
エレベータのドアが開いて強制的にはじき出された。ここは……?
「我々フライングトルーパーの訓練場だよ。今日はたまたま全員来ている」
たまたまって……百人近くいるぞ。
「皆さん、もう無理です! 解除します!」
その判断が正しいだろう。こうなったら隠れてても意味はない。
「何だ、やっぱりいるじゃない」
「悪いけど急いでるんだ! ヤタカガミ!」
ちょっと手荒だけどこれで全員焼き尽くさせてもらう!
「当然対策済みだよ。おいで」
「クエ~ッ! グエッ!」
ヤタカガミに怪鳥が覆いかぶさる。こいつは、チックだ! こいつらにはヤタカガミが効かないんだ!
「玄雄!」
「ピゲェ~!」
巌さんの電撃でチックが黒焦げになる。ひとまず助かった。
「あざっす!」
「エレベーター直しといた! 先に行って来い!」
「あ、でも……」
「場所なら私が知ってるから! すぐに追いつく!」
「夕陽……分かった、頼む!」
フライングトルーパーの砲撃とチックの突進をかいくぐりながらエレベーターに向かう。よし、もう少し……
「八田玄雄ォ!!」
「鷹岡!? 倒したはずじゃ……」
目の前に突然タカが現れた。とっさのことで反応が遅れてしまう。
「死にさらせぇ! ……はがっ!?」
鷹岡が氷漬けになった。エレベーター内から銀子さんが冷気を放ったんだ。
「銀子さん助かりました!」
「ん、早く乗って!」
「うおおお!! 逃がすかあ!」
氷を力ずくで砕いて飛びかかってくる。こいつマジかよ! しかし分厚い雲がドアをふさぐ。
「勝ってきなよ!」
「サンキュー、ヒバリ!」
皆のおかげで無事に乗り込めた。社長室のフロアに向かう。
「よし、着いた!」
確か部屋はこっちの方……ここもただでは通れないってわけか。色鮮やかな翼が通路を塞ぐ。
「社長に会いたいなら私に話を通してもらおうか?」
「玄雄、あの人は私に任せてもらえない?」
「え。銀子さん……分かりました。」
通路の隙間を一気にすり抜ける。久慈屋が翼を振り下ろす。銀子さんが氷剣で翼を受け止めた。
「……私が相手」
「お前に用はない」
「そっちになくてもこっちにはある!」
……やっと着いた。ここに空飼がいる。これで全部終わらせるんだ。
「やあ、クロオ。何しに来たの?」
「お前を救いに」
「もう怒りも沸かないね」
鳥獣化して近付いてくるとくちばしを俺の頭の上に乗せた。
「僕を救いたいって言うんならさ、大人しく協力してくれよ。もうちょっとなんだよ」
「断る。それだとたくさんの人が死ぬ」
「何だ、全部知ってるのか。別にいいだろ? 有象無象がいくら死のうが」
「……俺は“この世界”が大好きだ。どの命も愛おしい」
「綺麗事を……世界が君に何をしてくれた? 幼い君から両親を奪って過酷な運命を強いただけだろ? それなのに愛おしいなどと……」
「でもそのおかげで出会えた人達がいた。……お前もその一人だ」
「随分と殊勝なことを言うんだねえ。本当は僕のことが憎くて憎くてたまらないくせにさ。君を化け物にしたことか? 他者の命を弄んだことか? それともハヤトを殺したことか?」
「全部だよ。だけど、でも今一番許せないのはそれじゃない。ああ、そうだ。俺はお前のことが腹立たしくてしょうがない。だから力尽くで分からせる」
「ふっ、分かりやすくていいや。まあ、どうせ僕には勝てないけど」
くちばしを頭にのせたまま羽根を射出してくる。
「へえ……避けたんだ。驚いたな」
「気が済むまで撃って来い。お前は絶対に俺を捉えられない」
「安い挑発だな」
「……俺はお前と違って独りぼっちじゃないんだよ」
「……さらに安くなった」
空飼がさらに何発も羽根を撃ち込んでくるが全てヤタカガミで焼き尽くす。空飼もいい加減不思議そうな顔をした。
「……なぜ当たらない」
「さあ? 何でだろうな!」
今度はこっちの番だ。焼き尽くせ、ヤタカガミ。
「無駄な……何!?」
ギリギリかわしたか。自分が映らない可能性を選択したのか!
「君の可能性が観測できない……何故だ……」
「兄貴が命懸けで解き放ってくれたんだ、お前の鳥籠から」
「何の話だ? 君に兄はいないだろうが!」
遠距離からの攻撃はかわされる、なら近付いて直接叩く。向こうも同じ考えか。翼と翼がぶつかり合う。
「また……いったいどんな手を使った?」
「さっき言った通りだよ」
右の翼で切り付けるが、空飼が急降下して後ろに回り込んでくる。背中に羽根を撃ちこまれる。
「く……真実を導け! ヤタカガミ!」
「全身ヤタカガミか、煌びやかだね。でも無駄だよ」
映らない、映っても反応できない。本当厄介な能力だな。体当たりを食らった後そのまま壁にたたきつけられる。
「君じゃ勝てないんだよ。僕は誰にも止められない!」
「ぐ……それでも止めるんだ! お前を救うんだ!」
「話の通じない奴め……」
首に向かって翼が振り下ろされる。とっさに頭を下げるがこめかみを数ミリ削られてしまう。そのままの体勢で腹にくちばしを突き刺す。
「く、はぁ……お前は間違ってる! たとえ大切な人のためでもそんなこと……」
「君はこの世界が大好きだと言ったな。僕は大嫌いだ。僕から、えーと……彼女を奪ったこの世界が。彼女がいてくれないと僕はこの世界を愛せない。だから彼女を生き返らせるしかないんだ!」
「……お前、泣いてるのか?」
「……みなしごの君にこの気落ちは分かるまい」
空飼の声は震えていた。失う辛さ、か……あと二日早かったら分からなかったかもな。
「分かるよ、分かりたくなかったよ。でもだからこそ言える、大切な人が自分を犠牲にして助けてくれても、助けられた方は絶対救われない」
「ふざけたことを言うな! なら僕の心は、永遠に救われないままじゃないか!」
「俺がいるだろ! お前の心が救われるまで、俺がお前のそばにいる! もう二度と独りぼっちにしたりしない! 悲しい思いなんかさせない!」
「なんで……何で君はそこまで!!僕を憎んではいないのか!?」
「お前が俺の兄貴だからだ!」
「何の話だ!」
「分からなくていいよ。とにかく俺は本気だ」
「……つけあがるなよ!!」
正面から突っ込んでくる。こう来るのを待ってた。仰向けに倒れて足の爪を食いこませる。
「何をする! 離せ!」
「お前が支配する空なんかちっぽけだってこと、教えてやる!!」
そのまま空飼を連れて急上昇し天井を突き破る。それでも止まらないもっともっと高く。この空は狭すぎる。
「ここは……宇宙だと!?」
「ここなら思う存分にやれるな!」
宇宙空間に羽根を撒き散らす。鏡になった羽根は別の羽根を映し新たな羽根を生み出す。そうして生まれた羽根がまた新しい羽を生み出し、俺の羽根はすぐに宇宙空間を溢れ出した。
「これは……」
「これが俺の、いや、この世界の可能性だ! 宇宙さえはみ出すくらいの可能性がこの世界には溢れてる! だからきっとお前が救われる可能性だってどこかにあるはずだ!」
「そんなのただの気休めだ! 僕を救えるのは昇瀬だけなんだよ!」
「真実から目を逸らすな! 受け入れて前に進むしかないんだよ! それがきっと、お前が救われる唯一の方法なんだ!」
「いやだ、そんな世界受け入れられない! 僕は昇瀬と生きていたいんだ!!」
「お前がいくら逃げても、真実からは逃げられない!! 焼き尽くせ、ヤタカガミ!!」
「学習しない奴だな! その鏡に僕は映せない!」
「違う! 今映してるのはお前じゃない!」
「何!?」
宇宙にあふれたヤタカガミが太陽の光を反射する。そして、ヤタカガミが反射した陽光は一斉に空飼の中翼に向かった。
「バカな……まだだ! 僕はまだ昇瀬を救ってない!」
「もうとっくに救われてたよ。昇瀬さんはお前のおかげで最期まで幸せだったんだよ。お前も、もう無
理しなくていいんだよ」
陽光が空飼の中翼を完全に焼き払った。翼を失った空飼いは真っ逆さまに地球に落ちていく。
「……僕は……確か宇宙に……」
「よっ、やっと起きたか」
「……なぜ僕は君の背中に乗っている」
「落ちたら危ないじゃん」
「そうか……僕は君に負けたんだな……」
「ああ」
「なら早く止めを刺してくれ。……もう疲れた」
「そんな物騒なことしねえよ。お前は生きろ、生きて罪を償え」
「この何もない世界でまだ生きろっていうのか?」
「……だから俺がいるだろ。理解者になれるか分かんないけど、味方ではいてやる」
「嬉しいこと言ってくれるね。出会った時のこと、そんなに恩を感じるようなことか?」
「“俺”にとってはそれほどのことだったんだよ。だから救いたいと思ったんだろうな」
「なぜ曖昧なんだ……そうか、兄貴ってそういうことか」
「勝手に死にやがってよ。本当許せねえよ」
「別世界の僕のことまで恨まれても知らないよ。ああ……僕のせいか」
「いいんだよ、兄貴が自分で選んだことだから」
「寛大だな。……玄雄、君にこれを渡しておこう」
「USB? 何で?」
「バードロイドを普通の人間に戻す方法だ。そのデータに従いたまえ。パスコードは“sunrise1010”だ」
「お前……」
「それで許されるなんて思っちゃいない。……もう諦める」
「そうか……ありがとな。……空飼? ……! この、クソ兄貴はまた……」
背中に乗った空飼は自分の首をへし折って死んでいた。結局こいつは昇瀬さんのいない世界で生きていくことを受け入れられなかったのだろう。
さっきブチあけた穴から社長室に戻る。皆もう来ていた。全員無事とは、さすが俺の仲間だ。
「ありがとう、みんな。終わったよ」
「玄雄……」
「何で悲しそうなんだ? これでもう戦わなくてすむんだ」
「それあんたの方でしょ……」
「……そうだな。また救えなかった」
兄貴の亡骸を抱いてその場で泣き崩れた。天井の穴から降り注いだ日差しが冷たくなった兄貴の体を温めていた。
第1章完結です!ありがとうございました!




