43話 鳳雛の鳥かご
空飼の羽根が隼人の心臓を貫いた。瞳の奥の方に記憶の断片がちらつき始める。これが走馬燈というやつかと理解した。彩のこと、巌のこと、玄雄のこと、ジョナサンのこと……
「君にこの羽根を預けておきマス」
そう言えばジョナサンから羽根を預かってたんだっけ……今更そんなこと思い出したって……違う、この羽根はカモメじゃない。
「伝えたいことがアレバ、これを使ってクダサイ」
伝えたい事……これはペリカンの、カリンさんの羽根だ。そうだ、思い出に浸ってる場合じゃない。このままじゃ無駄死にだぞ。空飼のハバタキ、そのヒントが少しでもあれば。俺が思い出さなきゃいけないのはさっきの戦闘のことだ。
1回目の分身は102,2回目の分身は358。2回とも本物を見分けられる確率は1/36312。当てずっぽうでそんな確率引き当てられるか?しかも2回とも急所を的確に狙ってきた。超光速で移動する俺の動きを完璧に捉えて? 無理だろ。ならそれがあいつのハバタキの正体だ。でもどうやって……
「君達は、無限の可能性を秘めた鳳雛なんです!」
「君が選び取れる“可能性”など一つもないということだよ」
鳳雛……可能性……そういうことか。そんな奴にどうやったら勝てるっていうんだ? ……いや、あいつなら、玄雄ならやってくれる。だから届けてくれよ、俺の記憶を。
「さよならハヤト……よしちゃんと死んでる」
ここまでか。ようやく、一人じゃなくなると思ったんだけどな。……今までやってきたことの報いか。最後にもう一回、聞きたかったな……
一枚の羽根がひらひらと舞い降りてきた。何故かは分からないが拾わなければいけない気がした。羽根に触れた瞬間頭の中に記憶が流れ込んできた。
「隼人……」
流れ込んでくる。隼人の、俺の仲間の最後の思いが。後悔と悲しみ、それから……
「あいつのハバタキは、自分に都合のいい可能性を選択することだ」
託された思い。隼人の奴、俺に託すために、一人で……あのバカ……ようやく仲間になれたと思ったのに……泣いてる場合じゃない、託されたんだから。
「俺か? 俺だ」
『……その記憶なら俺も共有した』
「対策はないか?」
『説明のつかないことが一つある』
「気遣うなよ」
『……それぞれの世界の空飼が可能性を観測し、この世界の空飼がその中から一つを選択している。隼人の推測通りならそういうことになる』
「……つまりそういうことだな。明日一日だけ、俺をもとの世界に帰してくれ」
『いいのか?』
「うすうす気づいてたし。ちゃんと話しときたいんだ」
久々に帰ってきた俺の元いた世界。当たり前だけど空気や町並みは鏡の世界と大差ない。人間一人いようがいまいが世界には大した影響ないんだな。……兄貴と待ち合わせしてるんだ。兄弟で展望台って。
「おーい! 玄雄! こっちだ!」
少し離れた所で兄貴が手を振る。見晴らしのいい場所だけど鉄柵一つ隔てた先は崖の下だ。これ危なくないのかな。
「……兄貴、久しぶり」
「何言ってんだ、毎日顔合わせてるだろ?」
「そ、そうだっけ。存在感ないから忘れてた」
「おい弟!」
「冗談だよ。それで、話なんだけどさ……」
どうやって話せばいいんだろう。実は異世界の俺と入れ替わってました、って? いや、普通に考えて信じてもらえないだろ。どうしよう……
「なあ玄雄。兄ちゃんの恋バナ聞いてもらっていいか?」
「へ?」
「この場所で出会ったんだ。この柵に身を乗り出して目をキラキラさせて。一目惚れだった。決して美人ではないけど、すごく眩しくて、清らかで、まるで日が昇ったみたいだった。恋い焦がれてた運命の女性ってこの人だったんだって確信したよ」
「……その女の人の名前、聞いていい?」
「天道昇瀬さん。水平線から昇る太陽って意味らしい。まさに彼女にふさわしい名前だ」
「……どこまでいった?」
「ヤダ玄雄ったらゲセワー。話しただけ。なんか……近付いちゃいけない気がして」
「どうして?」
「笑うなよ? 初めて会うより前、それより前に、夢の中で何度も出会ってたんだ。あ、引いてるだろ」
「……引いてねえよ。続けて?」
「そうか? それで、夢の中で出会って、その度に恋に落ちた。でも最後には必ず先立たれる。悲しい夢だよ。……きっと、僕と彼女は出会っちゃいけないんだ、って。だからそうした」
それじゃあ兄貴はやっぱり……いいさ。覚悟はできてる。鉄策に顔を伏しながら尋ねた。
「……そっか。なあ、兄貴。……いや、“フォンコンス”」
兄貴が俺の方を振り向いて目を見張った。少し寂しげに微笑んで深呼吸した。
「全部知っちゃったんだな。そう、引き取られる前の僕の名前。鳳空飼」
「兄貴、俺異世界に行ってた」
鏡の世界のこと、バードロイドのこと、鳳雛の家のこと、……鳳空飼のこと。洗いざらい全部話した。信じてもらえないかもしれない、でも兄貴は全部教えてくれたから。
「そうかぁ……別世界の僕がそんなことを……」
「そうだよな、信じられるわけ……えっ」
「信じるよ玄雄。僕はお前の兄ちゃんだからな。で?僕はどうすればいい?」
「兄貴が俺のことを観測している限り、空飼には勝てない。……誰も救われない」
「観測ね……なるほど。……うわ背伸びたな。おい玄雄、ちょっとしゃがめ。」
「え? うん……」
しゃがみこんだ俺の頭の上に2回、ポンと手を置いた。
「向こうの俺のこと、頼んだぞ」
「おい、兄貴……」
兄貴は鉄柵の向こう側に消えていった。少ししてゴシャッという鈍い音が響いた。身を乗り出して崖下を見つめる。
「兄貴……」
変わり果てた姿の兄貴が転がっていた。何で……分かってるよ。自分の命と引き換えに解き放ってくれたんだ。今度は俺が“兄貴”のこと、救う番だよな。……辛えよ。ここまでする必要なかっただろ。
「自分勝手なんだよ、ふざけやがって……」
全部逆さまだ。違う、俺の目が逆さまなんだ。また鏡の世界に来たんだ。こっちの俺も心配していたが、もうこうなったら後戻りはできない。空飼がこの世界の兄貴なら、今度こそ。
「……決着つけたいです」
「勝算はあるのか?」
「あります」
「夕陽たちには話してあるのか?」
「もちろんです。あいつらにも協力してもらいます」
「……よし。それじゃあ決行は……」
「明日で」
「え?いや、そんなに焦らなくても……」
「焦ってないです。本当は今すぐ乗り込みたいぐらいです」
「……分かった。じゃあ明日だ」
もう絶対一人になんかさせない、誰も悲しませない。明日で全部終わらせる。
鳳空飼
幻獣の翼・鳳凰の遺伝子を持つバードロイド。ハバタキは「鳳雛」平衡世界の自分を通じて可能性を観測し、その中から好きな可能性を選択する。
(玄雄の兄について)玄雄の兄・八田白夜は玄雄の元いた世界における鳳空飼であった。八田家に引き取られた際両親から新たに名前を付けてもらったため、玄雄の世界には鳳空飼なる人物が存在しないような形になっていた。




