39話 万全を期す
アブラゼミの鳴き声で目が覚める。締め付けられるような寝苦しさだ。夏休みだからっていつまでも寝てるなというお達しかも知れない。
「玄雄、起きたの。新聞入れてきて」
「はいはーい」
寝間着姿のまま玄関先のポストに新聞を取りに行く。……何これ。
「……お前、ここで何やってんの?」
「おう、待ちくたびれたぜ」
玄関前に隼人が座り込んでいた。こいつまさか一晩中ここにいたのか?
「何しに来たんだよ。あ、お前本物だよな?」
「はぁ? 当たり前だろ。それより、これ」
「何だ? ……地図?」
「来週の夕方、その場所に来い。決着をつける」
「来週の夕方かぁ……朝でもいいか?その日夏祭りなんだ」
「…………はぁ? お前ふざけてんのか?」
「大真面目だよ。思い出作り」
「なるほどな。だったら翌日まで延ばすべきなんじゃねえか?」
「は? 俺が勝つし」
「寝ぼけてんのか? 分かった。来週のこの時間、その場所に来い。いいな?」
何か強引に約束を取り付けられてしまったが……あいつとも決着をつけなければと思っていたところだ、ちょうどいい。万全の状態で備えないとな! とりあえず朝飯食うか。
「玄雄、新聞は?」
「あ、忘れてた」
「そういうわけで、来週、隼人と決闘することになった」
俺の仲間たちにちゃんと報告しておかないとな。皆面食らった顔してるな。
「大丈夫、お祭りはちゃんと行くから」
「そういう問題じゃなくて!」
ヒバリが鋭い声で指摘する。分かってるよそれは、分かってるけどさ……
「……だよな。でも、あいつとはちゃんと決着つけないといけないんだ」
「本当に大丈夫なの? 罠、って可能性も……」
夕陽が心配そうに尋ねるが、あいつに限ってそれはないだろう。
「大丈夫。だって隼人だぞ?」
「そうです! 逆に私たちがこっそりついていって奇襲を……」
涼音……姑息な提案を……
「それはダメだ。俺もあいつとは1対1でやりたい」
「でもあんた……もし負けたら……」
「おっ。ヒバリ、心配してくれるのか?」
「茶化すな! まじめな話してるの!」
こうなるのは大体分かってたけどな……でもこうしないといけないんだ。こいつらは俺の仲間だから。
「大丈夫だって。俺のこと、信じてくれ」
「……分かった。玄雄と隼人は昔からそうだもんね」
「夕陽……ありがとう」
「そうですね! 玄雄さんがそう言うなら!」
「涼音……本当についてくるなよ?」
「あっ、ひどいです!」
「うん、玄雄に任せよう」
「銀子さん……はい、任されました」
後はヒバリだけど……あらら、そっぽ向いちゃってるよ。
「あのー、ヒバリ?」
「勝手じゃない? 私たちのことは頼らないくせに自分のことは信じろなんて……」
「え? いや、お前たちのことも頼ってるよ」
「嘘よ。今だって一人で戦おうとして……」
「うん。隼人とは1対1で、万全の状態で、決着をつけたい。だから、これから決闘までの一週間、俺のこと守ってくれよ」
ヒバリが目を見開いた。ヒバリだけでなくほかのみんなも驚いた顔をしている。
「あー、いや、もちろんおんぶにだっこになるつもりはないけどさ」
「……バッカじゃない? 女の子に向かって守ってくれなんてさ。情けなくないの?」
「はは、確かにそうだな。でもお前ら頼りになるもん」
「そこまで言うならしょうがないわね……守って、あげるわよ」
ヒバリが顔をほころばせながら言った。皆も笑った。
「でも二人とも何でそんなにタイマンにこだわるんですか?」
涼音が不思議そうに尋ねる。言われてみればなんでだろうな? 女の子がタイマンとか言わないの。
「……玄雄は鳳雛の家に来たばっかりの頃、一匹狼気取ってたから。隼人はそれが気に入らなくてよく突っかかってた」
銀子さんが無表情で答えた。俺そんな恥ずかしいことしてたっけ……
「よく言ってた『何が仲間だ下らねえ! 俺は一人でも生きていける!』って」
「恥ずかしい! やめて!」
「それでヒバリが『皆をバカにするな!』って突っかかって、言い返されて泣かされるまでがワンセット」
「あぁ、私まで!」
幼い頃の話だし、そもそも俺じゃなくて俺の話だし、恥ずかしく……やっぱり恥ずかしいよ!
「それでそれで!」
涼音が瞳を輝かせながら続きを所望する。お前は鬼か。
「隼人と夕陽は北風と太陽だったよね」
「どういうことです?」
「隼人はとにかく力尽く。いろいろ勝負吹っかけては俺が勝ったらみんなに謝れって。夕陽はとにかく根気強く玄雄に話しかけてた。でも二人のおかげで玄雄もだんだん皆と馴染めるようになってきて」
そうだったんだ……でもそれじゃ理由になって無くないか? 隼人が意外に仲間思いだったんだってことしか……
「ねえねえ! 銀子さんはどうしてたんですか?」
涼音が話に夢中だ。まあいいか。
「私は……だってちょっと怖かったし……」
「そうよ! あんたいっつもピリピリして周り遠ざけて……」
「そんな昔のことで責められても……夕陽も何とか言ってくれよ」
「私知らなーい」
「そんな!?」
玄雄の家から自分の家に戻った隼人は、明かりのない部屋で一人静かに集中を高めていた。
「……ジョナサン。入り口から入れ」
「HAHAHA! すみませんネ」
急にジョナサンが部屋に現れた。瞬間移動で入ってきたのだろう。
「ハヤトくん、クロオくんのところに行っていたのデスネ」
「ああ、来週だ。必ず勝つ」
決意のこもった声で言う隼人に対して、ジョナサンが心配そうに口を開く。
「無事で帰ってきてクダサイよ。君の目的、果たしまショウね」
「……当然だ」
暗い天井を見上げながら力強くつぶやいた。彼には彼の、守りたいものがあるのだ。すべてをそぎ落としてでも守りたかったものが。
隼人と玄雄の決闘の話はすぐにあいつにも嗅ぎつけられた。
「ふーん? それチャンスだね。ちょっと手助けしてあげよっか」
「しかし、早間君はそれを望まないのでは……」
羽地が遠慮がちに進言するが空飼は一瞬で切り捨てた。
「彼の感情なんかどうでもいいよ。適当な奴見繕って加勢に向かわせよう」
「はぁ……分かり、ました……」
「……えっへっへへ、楽しみだなあ。上手くいけばやっと必要な数が揃うよ、4枚目が! はっはっはははは!!」
空飼の高笑いが鳴り響いた。彼の傲慢な意思によって、誇り高き決闘は汚されようとしていた。




