38話 名前なんかどうでもいい
「うーん、ダメだなこりゃ」
目覚めて最初に聞こえた言葉はそれだった。俺の体は灰色の透明な液体の中に浸かっていた。
「ダメだな、って何が?」
「ああ、意識が覚醒したか。君たちのことだよ」
空飼はキーボードを叩きながら生返事をした。自分がダメって言われても何のことなのかさっぱりわからなかった。
「ダメって何が?」
「君たちはバードロイドとしての力は安定しているけど、その体じゃ幻獣の翼は受け入れられない。それじゃ意味ないんだよね、僕は鉄砲玉がほしいわけじゃないからさ」
それを聞いて納得したよ。幻獣の翼の適合者を作るためなのにそれが使えなきゃ意味ないよな。
「……で、そもそも俺って何者なの?」
「質問が多いな。君はいわゆる人造人間。いや、人造バードロイドか。1から細胞を培養して作ったんだ。だから見た目や知能は成人男性並だけど実年齢は0歳ってこと」
「へぇ~。他の奴らもそうなの?」
「ここで培養されてる物はね」
「それで、俺達って生き物、なのか?」
「どっちでもいいよ……僕には関係ないし」
「……それもそうか。何で俺達のこと作ったの?」
「実験サンプルが足りなくなってさ。だったら人間も自分で用意すればいいじゃん、って思って。まあ、失敗だったけどね」
「本人目の前に失敗作呼ばわりとか厳しいね。……で、俺の名前って何?」
空飼に結構ひどいこと言われてまあヘコんだよね。その質問が最後の希望だったんだよ。記憶の中に「名前は愛」ってインプットされてたから。
「……どうでもいいよ名前なんか。強いて言うなら……純製バードロイド1号かな?」
本当に心底どうでもよさそうに言うんだよ。最後の希望まであっさり打ち砕かれちまったよ。誰からも望まれずに生まれて来たんだなって。それでも縋りついたんだよね、俺。
「それじゃ味気ないだろ。もっとちゃんとした名前つけてくれよ」
「はー、面倒くさい……そんなに名前がほしいなら自分で適当につけろよ」
「あんた一応俺の生みの親だろ? 名前って親から貰うもんじゃん」
「じゃあ、コンドル。これで満足?」
「…………へへっ、ありがとな。じゃあ残りの連中は俺が名前つけてやろっと!」
「愛さえあれば心は壊れない」ってインプットされてたからさ、他の奴には俺が空飼の代わりに愛情注いでやろうと思って。モッピー、トギ……それでも他の奴は心が壊れちまった。生まれた瞬間失敗作扱いだもん、当然だよ。
「実験施設は移転することにした。……え? 純製バードロイドの生成装置は放棄する。あれは失敗だった」
それ聞いて悲しかったよ。何かやだなぁ、って思った。だからモッピーやトギちゃんと相談してさ、俺達でこの部屋守ることにしたんだよね。
「これが俺達の全部だ。どう? 驚いた?」
話し終えたコンドルお兄さんがおどけて見せた。どう、って言われてもな……
「ははっ、そんなこと聞かれても困るよね。俺達は自分の生きてる意味……生きてるかどうかも分かんねえか。存在意義をオオトリのために戦うことにしか見出せないんだ。だからさ、大人しく倒されてよ」
コン兄が飛びかかってくる。また鏡を腐らされたらマズい! 背中で受け止める。
「がぁぁぁぁっ! 直はキツイ……」
「玄雄!」
銀子さんが俺の体を凍らせて腐敗を遅らせてくれる。翠さんがコン兄に水流を発射するが、俺の背中を捕まえたまま華麗に合間をすり抜ける。
「容赦ないねえ。同情はしてくれないんだ」
「容赦してたら私らがやられるでしょうが!」
「それはそうだ!」
コン兄が翠さんの懐に入り込む。翠さんを腐らせようとするが全身に水を纏って防御している。上手いぞ。翠さんが応戦している隙に背後から飛びかかる。
「3対1は卑怯だろ。あらよっと!」
コン兄が1回転すると腐敗臭のする風が吹き抜ける。何だ!? 息ができない……空気が腐っているんだ!
「悪いね。俺にはこれしか価値がないからさ」
「そんなこと……ない……」
銀子さんが這いつくばりながらつぶやいた。
「そんなことない? どういうことだろう?」
「自分のことダメだと思ってても……必要としてくれてる人がきっといる……」
銀子さん……あれはきっと自分のことを言ってるんだ。こっちの俺が最初に協力を頼んだ時もそうだった。
「何で私にしたの? 私なんかより頼りになる人が……」
「銀子さんみたいな、優しい人が必要だと思うんです」
「私はただお人好しなだけ……」
「そんなことないです。銀子さんの優しさには、ちゃんと愛があるじゃないですか。銀子さんにも、力を貸してほしいんです。俺たち二人だけじゃ不安で……」
「愛……そっか、彩ちゃんの言ってたことってそうだったんだ……」
「え?」
「何でもない。……私に任せて」
銀子さんの言葉を聞いてコンドルお兄さんは一瞬怪訝な顔をした。そしてすぐに納得した表情になった。
「なるほど、ただの命乞いか。真面目に聞いて損した。俺達は誰にも必要とされずに生まれてきた。そんな気休めで……」
「あの女の子は!? あなたが来たときすごく安心した顔してた!」
「俺達は、誰からも必要とされていない者同士、そうやって肩を寄せ合っていくしかないだけだよ」
そう言ってコン兄もすぐ自己矛盾に気づいた。
「そうかぁ……なんだ、ちゃんといるじゃん。トギ、モッピー……」
優しい顔で微笑んだ、すぐに真剣な表情に戻ってこちらを見つめる。
「でもそれはそれとして君たちは倒す。俺はあの子らの居場所を守らないといけない」
「それなら私も……」
「銀子さん、後は任せて下さい」
「でも……」
「俺もあいつと話したいです」
この空気の中であんだけ喋ったんだ。もう十分ですよ。
「真実を映せ、ヤタカガミ」
もうヤタカガミには一点の曇りもない。さあ、俺の目の前にいるこの人間の真実を、映してくれ。
「……大丈夫だって。あんたら生きてるよ」
「なぜ……そう思うんだい……?」
「ヤタカガミがそう言ってる」
「はは……なら間違いないや………最高だよ。決着付ける前に、聞いてくれるかな?」
「……うん。何だ?」
「2度あることは3度ある。なら4度目はどうかな?」
「え」
床に穴が開いてその中にコンドルお兄さんが落ちていく。……やられた! 逃げるための芝居だったのか!どこからだ!? まさか最初から!? 全部!?
「待て、ゴルァァァア!! フザケンナ! てめえコンドル、この野郎!!」
しかし俺のそんな叫びも空しくコンドルお兄さんは遥か地中へと身を隠していった。
コンドルお兄さん、通算4度目の逃走成功である。3度あることには4度目があったらしい。
「やあ!トギちゃん、モッピー。いやぁ、今日は流石に死ぬかと思った」
「コン兄!ヒドイ火傷……」
「でもなんか機嫌よさそうだな?」
「嬉しい言葉頂いたんだ。……モッピー、トギちゃん」
「何?」
「君たち二人が、俺の居場所だ。だから、君達にとってもそうなれるように……」
「何言ってんだよ、コン兄」
「……もうとっくになってるよ」
「はは……うん。そうだね。ありがと」




