34話 名前って愛なんだよ
「ここは君が生まれた病院、そして君が生まれた時間です」
俺が生まれた病院。理解できる、OK。こいつは瞬間移動の能力を持っているからな。そして俺が生まれた時間……
「はぁぁぁあ!? そ、それじゃあ、タイムスリップした……ってことか!? お前の能力って瞬間移動じゃなかったのかよ!?」
理解できるかこんなの。病院で大声を出してはいけないがこの空間の人間に俺達は認識できないから問題ない。ジョナサンが呆れたようにはは、と笑った。
「ええ、デスからその時間の空間に瞬間移動したのデスよ。ちょっとした応用デス。それより見ていてくだサイ。ここからがImportant」
父が嬉しそうに赤ちゃんの俺を抱きかかえている。母もその様子を楽しそうに見つめている。兄貴は所在なさげにうろついている。
「そっちの俺は祝福されて生まれたんだな……」
こっちの俺が少し寂しそうにつぶやいた。そうか、こいつは家族が…やっぱりこいつにはすべて終わった後普通に暮らしてほしい。でもそれを望めばこいつの望みは果たせない。
「来マスよ!」
ジョナサンが叫んだ。これ以上何があるっていうんだ?
「白夜。この子の名前はお前がつけなさい」
父が兄貴に目線を合わせてそう告げた。でも兄貴は気まずそうに目を伏せた。
「でも……俺、この子の本当の家族じゃない……」
兄貴の放った言葉にしばらく脳がフリーズした。え? 本当の、家族じゃない? それって一体どういう……と、取りあえずもう少し様子を見て見よう。
「白夜、そんな寂しいこと言わないでよ」
「もちろん感謝しています。母が死んで身寄りのなくなった俺を引き取ってくれて。でも、啓司さんと光さんが、つけてあげるべきだと思います」
「……白夜。名前っていうのは、愛なんだよ。だからお前がうちに来た時、自分に新しい名前を付けてくれって言ってくれて本当に嬉しかった。今度はお前が、この子に愛を与えてあげるんだ。“お兄ちゃん”になるんだから。お前がいくら屁理屈こねても、お前はこの子の兄で、俺達の息子で、“八田白夜”なんだからな! 異論は認めん!」
父が強い口調で言い切ると兄貴はポロポロ泣き始めた。母が無言で微笑みながら兄貴の頭を撫でている。
「……ありがとう、父さん、母さん。この子の名前、俺がつけるよ」
そう言って赤ちゃんの俺の顔をグッとのぞき込む。何だよ、父さんちょっとカッコいいじゃん。
「……決めた。“玄雄”がいい。この子、なんかそんな顔してる」
「良い名前ね」
「ああ。愛がよく伝わってくる」
俺の名前、こうやって決まったんだ。恵まれてるな俺は……こんなにいっぱいの愛情をもらって生まれ……
「さあ、次に行きまショウ!」
ジョナサンが再び俺と俺の腕をつかみ瞬間移動する。余韻ぶち壊しじゃねえか!
……で、この場所は俺にも見覚えがある。こっちの俺にとっては思い出の場所であり最悪の場所だろう。鳳雛の家だ。
「ここが今日からあなたの家よ」
女性に手を引かれて一人の男の子が建物の中に入っていく。あれは若い頃のカリンさんか、今とそんなに変わらないけど。それで多分、あの男の子は……
「……4歳の時の俺だ」
こっちの俺が重々しく口を開く。着ている服はボロボロに薄汚れていて表情は飢えた獣のように荒んでいる。
「さっ、後をつけまショウ」
施設を一通り案内してもらった後、当時の経営主の空貴さんと面会していた。空貴さんは優しい表情で、「君は今日から私の息子だ」と言って頭に手を置いた。荒んだ獣のような表情も少し和らいだように見えた。その時応接間に誰かが入ってきた。
「居た居た、カリンさん! これチューリップの球根です、皆で植えましょう」
鳳空飼だ。ただ、いつものような嘘くさい笑顔ではなく心から笑ってるって感じだ。
「あれは頭がおかしくなる前のシャチョウさんデス」
今の空飼が頭おかしいって認めるんだな……それにしても、こっちの俺はさっきからずっと黙ってるな。
「あ、父さんも来てたんだ! ……その子は? あ、ひょっとして今日からくるって子? 僕は鳳空飼。よろしくね。君の名前は?」
空飼が差し出した手をジッと見つめている。見つめている、というよりは睨み付けているようだ。
「……名前なんかない。いらない」
プイッと後ろを向いて走り去っていく。……どうしたんだ? 空飼たちも戸惑っているようだ。俺達も追いかけてみよう。
「……こんなところにいた」
ふて腐れて花壇を見つめていた俺を空飼が発見した。しゃがみこんで俺に話しかける。
「この花見たことあるか?」
「花なんか食えるかどうかしか……」
「君はたくましいな。これはパンジーっていう花だよ。名前はこっちからサン、リセ……」
「ちょっと待て。花に名前つけてるのか?」
「え? うん。その方が愛着沸くだろ?」
「……お前、変な奴だな」
「ははっ、そうかな。……そうだ! 君の名前、僕がつけていいかな?」
「……花なんかと一緒にするな」
「そうじゃないよ。父さんも言ってたろ? 君は私の息子だって。てことは、僕の弟ということだ。名前ってのは愛なんだよ。家族に愛を与えるのは当然だろ?」
「家族とか愛とか……お前恥ずかしくないのか?」
「照れくさくても大事なことなんだよ。愛をもらわなきゃ人は壊れちゃうからね」
「それなら俺はもう壊れてる」
「だったら直るまで僕が愛情を注いであげる。僕だけじゃない、父さんもカリンさんもこれから君と暮らす仲間だって。……よし! 君の名前決めた!」
「え、おい! 勝手に……」
「玄雄! 君の名前は玄雄だ!」
「くろお……俺の……名前……あ、おい! 何勝手に名前つけてんだ!」
「嫌だった? 残念だ、この話はなかったことに……」
「お、おい! ……嫌とは言ってない」
「よろしくな、“玄雄”」
「……おう」
空飼が差し出した手を照れくさそうに握った。こっちの俺の名前は、空飼がつけたものだったのか……こんなことって……ああ、やめろ。そんな嬉しそうな顔するな。そいつは……
「……ここから先の彼らの運命は、あなた達も知っての通りデス」
「何のつもりだったんだ……こんなもの見せて」
「判断材料は提示シマシタ。答えを出してくだサイ。あなた達がどうしたいノカ」
判断材料って……こんなもの見せられたら、余計に答えなんか……
「俺は、自分がどうなってでも空飼を止めたい。それが俺の望みだ」
もう一人の俺が口を開いた。
「おい、待てよ。さっきの見ただろ。お前にとって空飼は……」
「だからこそだよ。大切だから止めたいんだ。あんな奴でも、俺の初めての……家族だから」
「……分かったよ。だったらお前の望み通りにしてやる。ジョナサン、それが俺達の答えだ」
「良い答えデス」
ここは…さっきの海岸だ。どうやら元の場所に戻ってきたらしい。
「さあクロオくん! 答えも出た所デ、果し合いと行きまショウか」
「えっ? 戦うの?」
「当然デス。あなたも覚悟を決めたのでショウ?」
「…………ああ、分かった。行くぜジョナサン」
俺は戦う。そして必ず止めて見せる。鳳空飼を。




