33話 別の世界から来てますね?
空飼の実験場での戦いを終えたしばらく後、皆を連れて巌さんと彩さんのアジトへ向かった。出迎えてくれた巌さんはいつも通りだった。でも彩さんは……
「あの……本当に一度も?」
「うん、ずっとあの姿だ。一瞬たりとも目離してないから間違いない」
背中からは純白の翼が生え、目も鼻も口も耳もない顔には凹凸だけが残っている。彩さんが埋め込まれたのは“天使”の遺伝子らしい。その姿のまま元に戻れなくなっているのだ。彩さんは、言葉だけでなく表情まで失ってしまっていた。銀子さんはしゃがみ込んで彩さんの顔をじっと見つめている。
「あの……元には戻れないんですか?」
ヒバリが遠慮がちに尋ねる。巌さんは難しい顔をした。
「どうだろうな……玄雄はどう思う?」
突然話を振られてびっくりするが、それもそうか。この中で一番幻獣の翼をよく知ってるのは俺だ。……伝えたくないけど、ごまかしは効かないだろうな。
「あの、言いにくいんですけど……多分、もう二度と……」
「何であんたがそんなこと言いきれるのよ!? ちょっとは巌さんの気持ちも……」
「そうか、お前がそういうなら間違いないな」
「何で納得してるの!? 諦めなかったらきっと……」
「皆にはまだ言ってなかったけどさ、俺も同じなんだ。だから肌感覚で分かるんだ」
巌さんと彩さん以外の全員が、一斉に俺の方を振り向いた。
「この際だからはっきり伝えておく。俺もその時が来ればそうなる。それが次の変身なのか100万回後なのかはわからないけど、いつか絶対そうなる」
しまった。勢いに任せて全部話してしまった。皆ただでさえ戸惑ってるっていうのに……一番冷静になるべきなのは俺だった。
「気にしないで……って言っても無理、だよな。ごめん」
何やってんだろう。いつか言わなきゃいけないと思ってたけど、今じゃないだろ。俺まで余計な心配かけてどうすんだよ。
「聞いてくれ。でも俺は……」
あれ……? ここは一体? 小屋の中にいたはずだけど……待て待て、おかしいおかしい。海岸? カイガン!? 俺は今まで山奥の小屋の中にいたはずなのに。いったん瞳を閉じて落ち着こう。冷静に冷静に……開眼! うーん! 何度見ても海岸だな! マジで? 敵の罠か?
「クロオくん、来ましたネ」
金髪に青い目の青年が海岸線にたたずんでいた。外国の人…かな?
「私はジョナサン=オーシャン言いマス。オオトリの社畜デス」
「社畜って……それ、多分覚え間違えてるよ。……オオトリの!? ……じゃあこれはお前の罠か」
「Oh……まあ、私も君と戦うのはヤブサメではありまセンガ……」
「それを言うなら“ヤブサカ”だろ! 真実をうつ……」
「恐れているのデスか? 実際に人外化した者を目の当たりにシテ」
恐れてる、だと? そんなこと……いや、それより、実際に人外化した者って……
「お前……彩さんのこと知って……」
「すべて聞きまシタ。とても可哀想デス。でも私自身は悪いこととは思いまセンヨ」
「はぁ? 何言ってんだよ……彩さんは……二度と人間の姿に戻れないんだぞ!」
「いいじゃないデスカ。バードロイドは、人間という生物がさらなる進化を遂げた姿ダト、私は考えていますカラ。それは何ら悪いことではナイデショウ?」
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ! 真実を映せ、ヤタカガミ!」
……よし、まだ大丈夫だ。このまま焼き尽くしてやる!
「どちらを見ていマスか?」
後ろか! いつの間に……尻尾を掴まれてそのまま地面に組み伏せられる。
「うん、ヤハリ迷いが見えますね」
「ぐ……離せ!」
「はい、話しまショウ。あなた、別の世界から来てマスね?」
ジョナサンは俺の背中を抑えつけながら衝撃的な言葉を放った。何で……そのことを……ハッタリだ。知ってるわけがないんだ。
「シャチョウに改造されてこの力を得てから、色々な場所に行きまシタ。ああ、私のハバタキは瞬間移動デス。どこだろうとマタタク間に行くことできマス。どこでもデスヨ?私の故郷のミシガンでも。海の底デモ。銀河の果てデモ。……鏡の中にダッテ」
「鏡の中? ……へへ、ぜひ行ってみたいもんだね。あんたさっきから何の話してんの?」
「うーん、あくまでオトボケするわけデスか。これは動かぬ証拠押し付けるしかナイデスネ。しっかり掴まってて下さいよ」
掴まってて、って…さっきからこっちが捕まえられてるんだけど。目の前の景色が一瞬で変化する。ここは俺の部屋だ……“俺の”部屋、だけど……
「君……なぜこっちに……」
驚いた顔で俺を見つめているのは、“俺”だ。ここは俺が元いた世界の、俺の部屋だ。
「これでもまだとぼけマスか?」
「マジかよ……こりゃ参ったな……」
「認知スルってことでいいんデスよね? これデスか、君のためらう理由。キレイな体のままで彼に返したいんデスね」
ジョナサンの言葉を聞いて俺が俺を見つめる。
「君はまだそんなことを言ってるのか? ヤタカガミの力がなきゃ空飼を倒せないことぐらいわかってるだろ!?」
「……俺もどっかでそんなのありえないって思ってたんだよ。でもただの現実逃避だった。この目で見ちゃったんだよ……本当に人間じゃなくなってた。俺もそうなるんだよ、俺じゃなくてお前の体がだぞ。そんなの……そんなのって……」
言葉に詰まってしまう。こっちの俺の覚悟は分かってる。
でも、もしそうなったら、空飼を止められてもこいつは普通の生活には戻れないんだ。
「俺の体に気を遣うなと言ったはずだ。それしかないんだよ。俺は、たとえどんな姿になろうとも、生きていられるなら平気だ」
「それしかない、デスか……君たち自身はどうしたいのデス?」
ジョナサンの問いかけにこっちの俺が面食らった表情を浮かべる。俺も分からない、何でそんなこと、こいつが聞くんだ?
「私はバードロイドが人間の進化だと言いまシタ。しかし望まない人に強要するのはよくないことデス」
「いや、でもあんたさっき……」
「イエイエ、進化とは生物が自ら選択してきた結果なのデスよ。フミツキアヤさんのことは私も残念に思いマス。彼女に望まない進化を強制シタ。しかしクロオくん、君たちはまだ選択権を持っていマス。君たちが行きたい道へ、進化すればよいのデス」
俺の……俺達の望むこと……でもこっちの俺の望みは、きっと俺の望むこととは逆なんだろう。自分同士で顔を見合わせているとジョナサンがしびれを切らして口を開いた。
「なかなか答えは出ないようデスネ。それじゃあ、見に行きましょうカ」
「え? 見に行くって……」
困惑していると俺と俺の腕をつかんだ。
……また瞬間移動したのか。
「ここって……」
「どこだ、ここは?」
白い壁に白い天井。ベッドの上では一人の女性が赤ちゃんを抱きかかえている。産婦人科の病室か。ていうかこの人俺達のこと見えてないのか?
「この空間内の事象に私たちは干渉できマセン。つまり向こうも私たちを認識できないということデス。Relaxして見ていていいデス」
そういうことなら……女性と看護師さんが楽しげに話している。何でか分からないけど、この女性を見ていると心が安らぐ。
「そろそろ来マスね」
「来るって何が……」
病室のドアがバァンと勢いよく開く。警官の格好をした男性と10歳ぐらいの少年。恐らくこの女性の家族だろう。
「生まれたって!? あ、赤ちゃんは……」
「元気な男の子ですよ、八田さん」
俺と同じ苗字なのか、奇遇だな。……いや、この普通じゃない状況でそんな偶然あるか? こいつまさか……
「その通リ。ここは君が生まれた病院、そして君が生まれた時間デス」
ジョナサン=オーシャン
カモメの遺伝子を持つバードロイド。ハバタキは「偉大なるカモメ」4次元座標内の任意の地点に瞬間移動できる。




