31話 悪趣味な目玉
オオトリの敷地内にはフライングトルーパー用の訓練施設が存在する。隼人は“幻獣の翼”の力を使いこなす特訓のためそこに入り浸っていた。
「やあ、ハヤト! 頑張ってるね! ジョナサンもお疲れさま」
空飼が特訓中のハヤトに気安く声を掛ける。一緒にいるのはジョナサン・オーシャンという外国人だ。
「彩さんはどうなった!? 元に戻ったのか!?」
「そのことなんだけど……想定外のことが起こっちゃってさ。今回は見送ることにした」
「約束が違うだろ!? 何だよ想定外って!」
隼人がものすごい剣幕で空飼に詰め寄る。ジョナサンが呆れ顔で隼人をなだめている。空飼が今日はよく怒鳴られるな、と小声でこぼした。
「いやぁ、邪魔が入ってさ。悪いけどもうちょっと待ってくれない?」
「何だよ、それ……邪魔って一体誰だよ……?」
「玄雄がね。彼を倒すまでは、手術は無理かな……」
流れるように嘘をついているのだが、冷静さを欠いた隼人は全く気付いていない。
「分かった、今すぐぶっ殺して来る」
「落ち着けよ。今の君じゃ玄雄には勝てないよ」
「……何だと? あいつには一度勝ってる! 俺もあの時より強く……」
「君はヤタカガミの力を見くびりすぎてる。ともかく、幻獣の翼を完全にものにするまではダメだ。
ジョナサン、特訓を続けてやってくれ」
「分かりましタ。隼人クン、焦りは厳禁デスヨ」
「何なんだよ……だったら俺は何のために……」
「約束は守る。ただ今は無理ってことだ。これでも君の働きは評価してるんだよ?」
隼人は肩をわなわな震わせて無理やり気持ちを落ち着けた。大きく息を吐くと無言で飛行訓練に戻っていった。
「困った奴だよ。ジョナサン、ハジさんは来てるかな?」
「今日は来ていまセンガ……伝言なら聞いておきマス」
「いや、来てないならいいんだ。それじゃ、ハヤトのこと頼んだよ」
口ではそう言っているが空飼にとって隼人のことなどどうでもよかった。それよりも実験場にやってきた侵入者のことが気がかりだった。
「移転した方がいいかなぁ……あ゛あ゛~、実験が滞る……ちゃんと始末してくれてたらいいんだけど……クジヤくん、頼むよ~」
久慈屋美扇。鳳空飼の優秀な秘書にして、クジャクの遺伝子を持つバードロイドである。ド派手な翼を広げて巌の前に立ちふさがっている。羽根一枚一枚が目玉のような形をしているのでかなりの威圧感を放っている。
「……趣味の悪い羽だな。オシャレは引き算? らしいぜ」
「社長が与えて下さった翼を愚弄するか……」
巌は羽を見つめながら間合いを測っていた。羽根を飛ばしてきても電撃で対応できる距離だ。久慈屋もそれが分かっているのか仕掛けようとしない。
「……来ないのか?」
「行く必要がないのだ。お前がこの翼に目を奪われているからな」
「ああ、そんなセンスの悪い羽なかなかお目にかかれねえからな」
巌も挑発を試みるが久慈屋は動じない。空飼が逃げる時間だけを稼げればいいと思っているのだろうか。ならば倒そうとするより彩を連れてここを出る方が……
「う……何だ……体が……」
巌が突然胸を押さえて地面に倒れ込む。
「毒が回ってきたか」
「はぁ……はぁ……毒、だと……?」
「社長が下さったこの翼、見つめるものは肉体を神経毒に侵される。毒が回ったからと言ってすぐに死ぬようなものではないが、後20分ほどかな?」
「そんなに時間、与えてもらえんのかよ…十分すぎるぜ」
「私を倒しても毒は消えんぞ。お前の体内に入った時点で私からは独立しているからな」
「何だと……? うっ……それじゃあ……」
「お前はただ死を待つのみ、ということだ。まあ、仮にそうだとしてもその体で私に勝てるとは思えんがな」
倒れ込む巌を蹴り飛ばして、麻酔で眠らされている彩の方に歩み寄る。
「……起きろ、文月彩。お前の仲間が死んでもいいのか?」
「お前…どういうつもりだ……?」
「彼女のハバタキは、言葉を現実にする力だろう? 解毒、とか書いてもらえばお前の体も治るだろう」
「何のために……お前がそんなこと……」
「彼女の適合率はすさまじく、幻獣の翼を埋め込んだ直後に覚醒した。あとは一度力を使えば完成だ。仲間のためならさすがに使うだろう」
「やめろ……! 知ってんだぞ……幻獣の翼を使うとどうなるか……」
「そうか、説明の手間が省けた」
タイミング悪く彩が目を覚ました。見慣れない天井に戸惑っている。
「目が覚めたか」
女性の声に振り向くとその足元で倒れている巌が目に飛び込んでくる。
「こいつは今全身を毒に侵されている。お前のハバタキを使えば治せるだろ?」
「よせ、彩……このぐらい……気合で何とかする……」
彩は慌てて巌に駆け寄る。近くで見ると巌の顔は少し青白くなっている。彩もすぐに鳥獣化しようとするが異常な雰囲気を感じ取って踏みとどまる。
「どうした? 仲間が死んでもいいのか?」
「やめろ……ハバタキやがったら……絶交……するぞ……」
巌を助けたい気持ちと人外化の恐怖の板挟みになってしまう。
「彼を死なせたくはないでしょう?」
「何とかする……から……マジで絶交……するぞ……」
彩が狼狽していると、氷の槍が扉を破壊した。銀子と涼音がやってきたのだ。
「彩! 巌!」
「銀……子……久しぶりだな……」
「ちっ、邪魔が二人も……」
「うげっ! 巌さんどうしたんですか!?」
「ちょっと毒にやられただけだ……」
「毒!? それなら何とかできるかも……運が良ければですけど……」
涼音が自分の翼に切り傷をつけて羽根に血液を吸い込ませようとするが、一瞬で血が固まってしまう。
「んにゃ!? 何でですか!?」
「邪魔をするな。血液凝固を早める毒を入れさせてもらった」
「ええ!? 何でそんなピンポイントなことするんですか!」
「弱い毒ならすぐ入るからな」
「彩、巌を安全なところに」
慌てふためく涼音を尻目に銀子が冷静な指示を出す。彩が無言で頷き、巌を出口へ引きずる。
「ぐっ……そいつの羽根は見るな……! 絶対だぞ……!」
「羽根?」
「コラ」
久慈屋の方を振り向く涼音の目を銀子が翼でふさぐ。
「逃がすか!」
銀子と涼音を突き飛ばして彩を追いかける。しかし久慈屋の足が氷漬けになる。
「……ダメだよ。あの二人の邪魔はさせない」
「私は社長のご命令を遂行せねばならんのだ!離せ!」
「彩!何とかするから、安全な場所で待ってて」
彩が涙目で頷いた。巌を部屋の外まで運んだのを確認すると、足元の氷をつらら状に成長させて羽根の目玉を突き刺した。
「がはっ……そんなことをしても毒は消えんぞ!」
「これでもダメか……」
足元の氷が解け始める。毒で体温を上げて溶かしたようだ。
「自分は大丈夫なんですか?ズルいです……」
久慈屋が銀子をじっと見つめる。足元の氷の欠片を勢いよく踏みつぶした。
「……そこをどきなさい」
「……解毒方法教えてくれたらどいてあげる」
久慈屋美扇
クジャクの遺伝子を持つバードロイド。ハバタキは「アルゴスの瞳」羽根を媒介にして相手に毒を浴びせる。孔雀の羽根が派手なのはオスがメスにアピールするためだから、とか指摘しちゃダメだぞ!様々な種類の毒を使い分けて戦うぞ!空飼の社長就任当初から秘書を務めている。




