30話 それが一番怖い
「銀子さん、ここは……」
「別の部屋に飛ばされたみたい……みんなどこ……」
涼音と銀子が不安そうにキョロキョロ室内を見渡している。
「私で良ければお相手するけど」
「紗希さん!」
涼音は敵の姿を確認するや否や羽根を引きちぎり、腕の切り傷から血を吸い込ませる。羽根が大小二つのつづらに変化した。
「レッツオープン!」
元気の良い掛け声とともに大きいほうのつづらを開く。涼音のハバタキ「舌切り雀」大きいほうのつづらからは敵の苦手なものが出て来るのだ!
「……涼音?」
「何も出てこないです! そんなはずは……」
「私怖いものとかないから」
「そんなのズルいです! あるでしょ! オバケとか! 雷とか! 理由のない悪意とか!」
「涼音、落ち着いて……」
「……もういい?」
青白い閃光に目をくらまされる。気付いた時には紗希が銀子の目の前に迫っていた。
「発射」
紗希の羽根から一筋の光線が放たれる。
「まず一人。……ん?」
紗希の足元に小型化した銀子がいた。涼音の「雀の涙」で小さくなって逃れていたのだ。
「涼音、乗って!」
元のサイズに戻った銀子が氷の道を高速滑走して距離をとる。
「逃がさない」
紗希が光線を乱れ撃つ。
「ひー! 銀子さん、もっとスピード出せないんですか!?」
「無茶言わないでよ。うぅ……おなか冷たい……」
光線が涼音の頭の少し左をかすめていった。こめかみからチリチリと煙が出ている。
「ぎゃー!」
「うぅ、冷静に。小さいつづらには何か入って無かったの?」
「そうですよ! きっと何か役に立つもの……」
小さいつづらを開くと……
「何ですかこれ……」
「何が入ってたの?」
「教科書……物理の……それと紙とペン……」
「教科書……! え? なんで……?」
涼音が必死の形相で教科書をめくる。
「光線……光……そうですよ! 羽根をスリットみたいにして、閃光を光線として発射してたんですよ!」
「そうか! ……えっと……うーん……それで?」
「チキショー! 役に立たないです!」
悲鳴を上げる涼音の背中に光線が迫る。銀子が氷の壁で防御する。光線は軌道を変えてあらぬ方向へ飛び去っていく。
「危なかったです……すみません、私……」
「いいの、もっと私を頼って」
「さっきの光線……そっか!」
「無視された……」
涼音が教科書を開いて何やら計算をし始める。
「実に面白いです!銀子さん、私の指示通り動いてもらえますか?」
「え、うん。分かった」
銀子はデジャブのようなものを感じながら涼音の指示の通りに滑走する。
「右に35度! あ、ちょっとずれました!」
「ご、ごめん……」
「しばらく直線です! もう、曲がってますよ!」
「こ、こう?」
銀子は涼音の細かすぎる指示と少しトゲのある言い方に辛さを感じていた。早く終わってくれないだろうかと、頼ってくれと言ったのは自分なのにそう考え始めていた。
「逃げてるだけじゃ勝てないわよ」
「そうだよ涼音……」
「何ですか!? ほら、右下に60度!」
涼音は計算と指示だしに夢中で、もはやいかなる挑発も意味をなさない。
「勝利の法則決まりましたよ! 銀子さん、ここでステイです!」
「えっ、でも立ち止まったら……」
「いいから止まって! 計算が崩れちゃいます!」
「うー……もう、分かった!」
銀子も涼音を信じて急停止する。
「動きが止まった……? よく分からないけど、チャンス。発射!」
銀子が停止したのを見てすかさず光線を放つ。
「銀子さん! さっきの氷壁です!」
「う、うん」
光線が氷で屈折して軌道を変える。その後も銀子が張り巡らせた氷の道に、反射と屈折を繰り返す。
「ずっとこれを計算していました! ついでに、紗希さんがさっきまで打ちまくってた光線もまだ生きてますよ!」
「はっ! これは……」
大量の光線が紗希を取り囲んでいる。しかし今更気づいてももう遅い。光線がなるべく多く、そして同時に、紗希に向くように計算されている。
「一斉放射です! いっけぇー!」
「……いけー」
「くっ……この量防ぎきれない……うぐ……がはぅ……」
自身のレーザーに焼却されて力尽きた。念のために中翼も引っこ抜いておく。
「涼音、すごいね。一瞬であんな計算して……」
「いえいえ! 銀子さんがいたから実行できたんですよ!」
「そうなの?」
「はい! 私一人じゃ、どうにもなりませんでした……」
「……私、頼れるお姉ちゃん?」
「はい! 昔からずっと!」
涼音に怒鳴られまくってしょぼくれていた銀子の顔がパァッと明るくなった。二人は元気よく部屋を飛び出して彩の救出に向かっていった。
地下室の入り口では巌とモッピーが睨み合っていた。
「どくか彩のところに案内するかどっちかにしな」
「そんなボロボロの体で凄まれてもなあ」
「……お前みたいな卑怯な奴が一番嫌いなんだよ」
巌に殺気を向けられてモッピーはたじろいだ。
「あ、案内してあげてもいいけど、後悔するなよ?」
「……最初からそう言え」
「確か第26実験室だ。そこの部屋の奥の扉に入ってすぐ右にもう一個扉がある。そこだ」
「よし、分かった」
モッピーは巌の後姿を見つめながら卑怯なことを考えていた
背中ががら空きだぜ! あれ? 背後から襲い掛かったら倒せちゃったりしちゃうんじゃないの?
自分の心の声に従うまま巌の背中に襲い掛かる。
「ぎにゃああああ!」
「何やってんだてめえ?」
あっけなく返り討ちにあって黒焦げにされてしまった。巌は無視してスタスタ歩いていく。
「……この部屋か」
扉を開けてまず目に入ったのは、手術台のようなものの上に寝そべった彩だった。
「彩!」
「……誰だ? 何だ、イワオか」
思わず部屋に飛び込むと、声を掛けてきたのは鳳空飼だった。
「てめえ! 彩をどうするつもりだ!」
「つもりっていうか……もう用事は済んだんだけど……あ、連れて帰っていいよ?」
「何しやがった!」
巌が空飼に掴みかかる。空飼は面倒くさそうに眼をそらした。
「ちょっと再改造して、えーと、羽根から遺伝子も採取した。それだけ」
「再改造だと……?」
「手術前に調べてみたらさ、彼女の適合率、めちゃくちゃ高かったんだよ。ちょっと予定変更して“幻
獣の翼”埋め込んでみることにしたの。上手くいって良かった!」
「ふ……っざけんな、てめえ……!」
「何怒ってんの? 生きてんだからそれでいいじゃん」
「生きてればいいなんて……そんなんじゃ満足できねえんだよ……また喋れるようになってほしい、笑顔でいてほしい、普通に暮らしてほしい。幸せでいてほしい。……彩にはこんな力必要ないんだよ。あいつから言葉を奪いやがったこんな力なんか……」
「イワオ、君は欲張りだ。本当に彼女が大切なら、生きていることが、存在してくれていることが幸せだ、ってそう思うはずだよ」
「俺はなぁ……彩の言葉が大好きなんだよ。時々キツイ言い方するけど、裏にはちゃんと愛のあって温かいあいつの言葉が。それを取り戻したくて俺はずっと……ずっと……」
「あっそ。で、どうするの? 僕と戦うのかい?」
「当然だ。お前は絶対に許さねえ……!」
「残念ながら僕にはその気がないんだ。ストレス発散なら一人でやってくれ」
空飼が巌を突き飛ばしてそのまま退室しようとする。巌は当然追いかける。
「待ちやがれこの野郎!」
「面倒くさ……クジヤくーん、後よろしくー」
怒りのあまり部屋の中にいたもう一人の女の存在に全く気付いていなかった。ド派手な玉虫色の羽根を広げて巌の行く手を阻む。
「……どけよ。そんなもん見せつけてんじゃねえよ」
「どきません、社長命令ですので」
「だったらお前も倒すしかないな」
巌の体からは抑えきれない怒りの電流が溢れ出していた。
青尾紗希
鷺の遺伝子を持つバードロイド。ハバタキは「青篝」青白い閃光を放つ。羽根をスリットのように使うことでレーザーを撃つことも可能。




