28話 暗闇からは逃れられない
巌は心の中で受取人不在のメッセージをつぶやいた。彩を頼む、と。槍が巌の体を貫いた。ただその槍というのはつまようじサイズの小さなものだ。ギリギリのところで受取が間に合ったようだ。地下室に6人の男女がやってきた。
「巌さん! 良かった、間に合った……」
「玄雄……来てくれたのか……」
「何……? モッピー! 玄雄は死んだんじゃなかったのか!?」
「おかしい……心臓も止まってた。確実に死んでたはずだ!」
千切とモッピーが玄雄の姿を見てうろたえる。それもそのはず、二人は巌が玄雄を殺したと思っているのだから。
「千切、モッピー。お前らのどっちかが“隼人”だな?」
「な……なななな何の話だ!?」
巌さんに指摘されてモッピーがあからさまに焦り始める。
「そんなバカな……俺の偽装は完璧だったはず……」
「おい、モッピー!」
「隼人の振りしてたのはお前の方か、モッピー!」
「ぐ……しかしなぜ気づいた!」
「俺に知らせに来るなんて冷静な判断、隼人にできるわけねえだろ。後先考えずに一人で突っ込んでいくのがあいつだぜ」
「巌さんに頼まれたからな、隼人を信じてくれって。だからだよ」
「だが……玄雄の心臓は完全に停止していたはず……どうやって……」
「AEDだよ」
「はぁ? あの近くにAEDなんて……まさか!」
「あの時玄雄の胸に乗せた羽根、あれで電気刺激を与えてやったんだ」
「死んだふりは一回経験済みだからな」
背後の仲間たちから怒気を感じる。いや、死んでもいいとか思ってたわけじゃなくて、巌さんを信頼してたんだよ。
「ち、ちなみにここの場所も巌さんが教えてくれたぜ!」
「電流でスマホを遠隔操作してな。あっさり教えてくれて良かったぜ、ちょっと欲張りすぎたな」
千切が悔しそうな表情を浮かべる。これで7対5。形勢逆転だ。
「何人だろうが関係ないぜ! ぶち抜いてやる!」
「待て、樹。数は力だよ。少数に分断しよう。紗希!」
地下室に青白い閃光が満ちる。眩しっ! 強烈な光で目が焼けそうになる。
「はい、じゃあ二人一組に分かれてっ!」
この感じ前にも……視界が元に戻ると別の部屋に引きずり込まれていた。
……夕陽も一緒か。
「また無茶したんだ?」
「今回はちゃんと勝算があったんだ、本当です!」
「……それならいいけど」
夕陽への言い訳が済んだところで天井から声が響いてくる。
「おお、カラスの少年。一日に二回も巡り合うとはね。そっちの女の子も……カラスか。もっといろんな鳥さんと出会いたかったんだけどな」
「お前は確か……コンドルの……えっと……」
「玄雄、知り合い?」
「名前が出ないのは当然だ。俺はコンドルお兄さん。それ以上でもそれ以下でもない」
コンドルお兄さんの後ろから千切がふらふらと姿を現す。
「よりによって玄雄が相手とか……今日はとことんついてない」
「そういうな、千切ちゃん。ここで金星上げれば羽地さんも褒めてくれるよ」
「……じゃあ頑張る」
何か話してるけどそう簡単にはやられない。でもあのコンドルお兄さんのハバタキは厄介だ、先に倒さないと。
「真実を映せ、ヤタカガミ!」
「映させはしない」
ヤタカガミが腐ってくすんでいく。羽根なしでも使えるのか! これじゃ何も映らない……。
「あの鏡さえ封じてしまえばこっちのものだ」
「私もいること忘れないでよ!」
夕陽の焔が渦巻きながら千切とコンドルお兄さんを取り囲む。
「これはちょっと厄介。千切ちゃん」
「指図するな」
契が焔に向かって羽根を投げつける。そんなことしても無意味……
焔がこちらに向かって急速に引き寄せられてくる。何で!? 危ないって! 夕陽が慌てて焔消して何とか難を逃れる。そうか、これ……俺達を分断したのはこいつの仕業か! さっきも、あの山でも。
「コン兄、一気に腐らせちゃって!」
「さっきので大分消耗しちゃってさ。今日連戦だし」
「役立たずが!」
コンドルお兄さんを怒鳴りつけながら飛びかかってくる。今は俺も役立たずだからせめて盾になるしかない。胸前で翼を交差させて受け止める。
「なっ……」
「いらっしゃい」
目の前にコンドルお兄さん。ワープさせられたか! 左の翼を掴まれて一気に腐敗させられる。やばいこのままじゃ……
「ぐ……おらぁ!」
右翼で切り落として脱出した。……まあそのうち再生するだろ。
「ふほほほっ! 君イカレてんね!」
「玄雄!」
「よそ見するな!」
千切がワープ能力で巧みに夕陽の死角を突きながら攻撃を加える。早く助太刀に行かないと、でも上手くバランスが取れない。
「君の相手はお兄さんだ!」
もう追いつかれそうだ! 羽根を飛ばして攻撃するがあえなく腐り落とされてしまう。やっぱりヤタカガミがないと……
「とうっ!」
両足を揃えたキックで蹴り落とされる。クソッ、もっと鳥っぽい動きしろよ!
「カラスの少年、お兄さんは君が気に入った! だからこそ! 君にはもっと腐ってほしいな。腐れるってことは死ねるってことなんだ、死ねるってことは生きてるってことなんだ!命は!ああ、なんて素晴らしいんだ! んはぁー…あはは! 憧れる、憧れてしまうよ! お兄さんにもっと見せてくれ! 最悪に熟成した君を、お兄さんに食らわせてくれ! 生命の最低到達地点を、お兄さんに示してくれ!」
首を掴んで持ち上げられる。何だよこいつ…頭おかしいのか?
「誰がお前なんかに……俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ……」
「まだ生き生きしてるね。そこだよ、そこだけが残念なんだ。何で大人しく腐り落ちてくれないのかな?」
コン兄の眼球目がけて羽根を発射し一瞬怯んだ隙に腕をすり抜ける。
「えっへへ! 容赦ないねえ!」
「夕陽!」
「フラれちゃった。カラスの少女に夢中か」
「来ないで!」
夕陽……? 何か考えがあるんだな。だったら俺がやるべきはコン兄の足止めか。
「もうちょっと相手してやるよ!」
「おっ、セカンドチャンス!」
夕陽は攻撃をかわすのをあきらめて受け流すことに徹しているように見える。どんな狙いかはわからないが、あいつならきっと大丈夫だ。
「そろそろ終わりだ!」
「そっちがね」
夕陽の全身を焔が包む。千切もワープが間に合わず右足が焔の中に突っ込んでしまう。
「あーあ……やると思った」
「じゃあ言ってやれよ、仲間だろ」
「指図するなって言われちゃったし」
肩をすくめながら舌を出す。こいつ最悪だな。あいつずっと攻撃を受け止めながらタイミングを計ってたんだな。
「舐めるな!」
千切が右足ごと焔を切り離す。俺のやり方をパクりやがって……
「でもこの焔がある限りあなたは私に触れられない」
「バカかお前は。そんなことをしていたらお前が焼け死ぬぞ」
「それがいいんじゃない、私の身を焦がすほどの熱が」
夕陽の奴、何考えてんだ?危ないだろ。
「あの子もいいね。是非とも腐らせたい」
「変な目で見んじゃねえ!」
だんだん室内にこげくさい臭いと黒い煙が立ち込めてくる。これ本格的にヤバいって。
「夕陽! すぐ火消せ!」
「大丈夫……はぁ……うっ……だから」
何が大丈夫なんだよ、このままじゃ本当に焼け死ぬぞ。
「やきが回ったか、そのまま焼け落ちるがいい!」
「……完成した」
黒い煙が千切を包み込む。いや、あれは煙なのか?
「なっ……ワープできない……なぜ……」
「その暗闇からは誰も逃れられない。どんな光も届かない。宇宙の外側を誰も知らないように」
あれはひょっとして、圏外飛翔か?夕陽の奴いつの間に。
「ぐぅ……身動きが……呑まれる……暗闇に……」
「そのまま呑まれて黒く染まって」
暗闇が千切を吐き出す。中翼は消失していた。
「はぁ……はぁ……次は……あなた……」
暗闇がコン兄の方に迫っていく。
「それは困る、少し惜しいが撤退だ。また会おう、カラスの少年少女よ!」
床を腐食させて素早く地下深くへ潜り込む。逃げ足の速い奴め!
「……逃げられた」
「まあ、助かった。早く彩さんを助けに行こう」
「……うん、そうだね」
焦げつく黄昏
夕陽の圏外飛翔。深淵なる黒の中に相手を引きずり込み闇の中に葬り去る。この暗闇からは誰も逃れることはできない。
コンドルお兄さん
コンドルの遺伝子を持つバードロイド(純製)。ハバタキは「フローティングコンドル」対象を腐らせる(生物でも無機物でもOK)。圏外飛翔によって羽根を介さず能力を使える。腐っている生き物を見るのが好きらしい、特に精神面が腐っているのは大好物。本名は誰も知らない。彼はただのコンドルお兄さんだから、それ以上でもそれ以下でもない。
押鳥千切
オシドリの遺伝子を持つバードロイド。ハバタキは「鴛鴦の契」羽根に触れたものを別の羽根がある地点にワープさせる。配送は若干乱暴なので割れ物を転送するのはお薦めしない。羽地さんに憧れて司令塔的なことをしようとしているが周りからの信頼はイマイチ。可哀想な子。羽地さんに憧れている、って言ってもあれだよ。羽地さん夫婦激推ししてるだけだよ(オシドリだけにね!)。できることなら娘になりたいらしい。
モッピー
モズの遺伝子を持つバードロイド(純製)。ハバタキは「百枚舌」姿や声を自在に変化させられる。これを使って隼人に変装してたりしたのだが巌さんには見抜かれちゃったみたい!流石だね!




