17話 明鏡止水
明鏡止水。心頭滅却。精神統一。泰然自若。冷静沈着。心を穏やかにして己の奥底から聞こえる声に耳を傾けるのだ……はぁ……みんな元気かなあ、心配してんだろうなあ。いかん、いかん、集中が途切れていた。集中、集中。
「ちょっと、あんた何者だよ!? ああ、勝手に入るな!」
巌さんが何か叫んでいる。周りの雑音が聞こえているようじゃまだまだだ。もっと心を研ぎ澄ませ……冷たい、頭から冷や水をぶっかけられたような……顔に水が滴る。本当に冷や水をぶっかけられている?
「八田くん、お久しぶり」
「げ……波里さん……」
なぜこの人がここに……いや、この人が俺に会いに来る用事といったら一つしかないだろう。問題はどうやってこの場所を知ったのかだ。
「玄雄、知り合いか?」
「えっと、俺の高校の生徒会長をされている方で……」
「彼がずっと学校にも来ないで家にも帰ってないそうだったので、生徒会長として放っておけなかったんですよお。ちょっと彼と話があるので席を外していただけます?」
「何だ、そうだったんですか。いや、先ほどは失礼を。彩、いったん外出よう」
「あっ、行かないで……」
「え? 俺達は別に構わんが……」
「席を外していただけます?」
「承知しました!」
波里さんに気圧されてそそくさと小屋を出ていってしまう。結局二人にされてしまった。俺どうもこの人苦手なんだよなあ……
「あなたどういうつもり?」
あんまり高圧的に尋ねて来るので、明鏡止水とか全部頭から逃げ出してしまう。
「いや、俺、死んだことになってるので、しばらく身を隠さないといけなくて……」
「あなたの事情なんかどうでもいい。銀子ちゃんが不安そうな顔してるのが見てられないの。あなたに
何の権利があって銀子ちゃんに心配かけてるわけ?」
言い方は滅茶苦茶だけど言っている内容は確かに正しい、胸が痛い。
「あの……俺、リアルに命の危機なんですよ?」
「じゃあ、そのまま死んだら?」
「ひどい……でも俺が生きてるって知られたらまた必ず命を狙いに来ます。そうなったら他の人もきっと……」
「周りを巻き込まないために、ってわけか。確かにここにこもっていれば誰も巻き込まないわね。なるほど、そういうことか。銀子ちゃんの心は私が癒してあげるから、安心して失踪してていいわよ。学校には適当に言っておいてあげるわ」
「はあ……」
大分こちらの意図が曲解されている気がするが一応納得してもらえたようだ。そのあとも散々嫌味を言われたが仕方ない。言いたいことを言って満足したら帰っていった。
「玄雄、あの人もう帰った?」
「あ、はい。さっき帰りましたよ……」
「いやー、なんか怖そうな人だったな。」
「……やっぱり逃げたんですね。」
「戦略的撤退、と言ってもらえるかな?」
「言いません」
「まあいいや。山菜摘んできたからてんぷらにしようぜ」
「お、やった!」
食事の用意をしていると再び小屋の扉が開く。波里さんまだ何か用か? 正直勘弁してほしい。
「まさか本当にここにいるとは……来てみるもんだな。」
「隼人……!」
こいつがここに来たってことは……こんなに早く見つかってしまうとは。
「玄雄、今日こそ決着をつける」
「……ああ、望むところだ。」
こうなったらやるしかない。思えばこいつとはいつもこうだった。幼い頃から何かにつけて競い合い、切磋琢磨してきた。命をかけた戦いを2度もした。時には助けたり助けられたりしたが、結局俺達の関係の本質というのは……
「隼人ぉ! お前帰ってきたのか! とりあえず座れ、座れ!」
隼人の声が聞こえたのか巌さんが勢いよく飛び出してきた。
「あ……いや……俺は……」
「黙って出ていったことなら、もう気にしてねえよ! 遠慮すんなって!」
決着はお預けになりそうだ。まあ、しなくていい戦いならしない方がいいしな。うん、これで良かったんだ。
「……だからここには来たくなかったんだ」
隼人がゼンマイを噛み千切りながら忌々しそうにつぶやく。その割には美味しそうに食ってるな。
「沢山あるからな! どんどん食えよ!」
「お前、愛されてるな」
「バカにしてるだろ?」
「いや、バカになんか……ふふっ」
「今笑ったな!?」
隼人に詰め寄られて思わず吹き出してしまう。彩さんも笑い声こそ上げないが楽しそうに微笑んでいる。
「おっ、楽しそうだな。良かった、よかった」
「俺は別に楽しくなんか……」
「えっ、そうなの? ショックぅー」
「俺が手出せないと思って調子に乗るなよ……」
「どうした? 二人でこそこそ喋って。お前ら本当仲良いな」
「仲良くなんかない! 俺はこいつを……」
「ん? 玄雄がどうかしたのか?」
「……何でもない。」
そういうと隼人は器に盛られたてんぷらを一気にかき込んだ。それ俺の分……
「巌さん、今日ここで泊めてもらっていいか?」
隼人の予想外の提案に思わずむせそうになる。こいつマジかよ?
「いいに決まってんだろ! あー、でも寝る場所どうすっかな……」
「玄雄、お前外で寝ろよ」
「は? 何で俺が……」
「お前の使ってる布団はもともと俺のだ。当然だろ」
「いや、そんなの関係ねえだろ」
「不服か。ならこうしよう。今から俺とお前で戦って、勝った方が布団を使う」
こいつ最初からそのつもりで……そこまでして俺と戦いたいのかよ。それにしても理由が無茶苦茶だろ。隼人が耳元に顔を近づけてくる。
「さっき水差されてイラついてんだよ。付き合え」
「……分かった」
「よし! じゃあ俺が見届け人になってやるよ!」
「え」
巌さんに見られている状態で戦わなきゃいけないのか……隼人はどれぐらい本気でくるんだ。ひょっとして巌さん達に空飼の下で動いてること知られたくないんじゃないか?
「行くぞ、マッハで終わらせてやる」
余計な迷いだったか。こいつが手を抜いたりするわけない、いつでも本気だ。俺も全力で迎え撃つ。
隼人がいきなりマッハソニックで突っ込んでくる。前と同じ手が効くか分からないが全身の羽を燃やして受け止める。
「やはりそうきたか…だがその手はもう食わない」
「畜生……そうだろうな」
ファルコブースターが焼き尽くされて崩れ落ちるが、隼人は待ってましたとばかりに全身に力を籠める。
「これが俺の新たな力……ハバタキを超えたハバタキ、“圏外飛翔”だ」
スカイブレイク? 見た目が変化しているようには見えないが……
「うぐっ……何だ?」
体に鋭い痛みが走る。でもこれが隼人の攻撃ならあいつも今頃火だるまになって……ない。隼人の背後で置き去りにされた焔が虚しく燃え盛っている。
「俺は光の速さを手に入れた、焔などでは捕まえられん。これが俺の圏外飛翔、“ファルコブース
ター・ライトニングサンダー”だ!」
さらに速くなったっていうのか……強化の方向が一直線すぎるだろ。巌さんが「おお、かっこいい!」と歓声を上げる。
「サンダーか……やっぱり俺にあこがれてかな」
巌さんが満足げにつぶやく。こっちはそんな場合じゃないのに、まあ仕方ないけど! 捨て身の戦法も効かないってなったらこれ……どうすんだよ!?
「どうした! そんなものか! もっとお前の力を見せてみろ!」
無茶苦茶言いやがって、そんなことできたらとっくにやってるよ……光速で何度も体当たりをしてくる。ヤバいなこれ、マジで死ぬかも……
「……いや、まだ死ねないな」
あいつらにも心配かけっぱなしだし、何より向こうの家族に兄貴にも、もう一回会いたい。それまでは、まだ。
「……! お前、何をした……!」
隼人が一瞬動きを止める。何が起こったんだ?
「……ハッタリか」
再び隼人が突っ込んでくる。しかし俺の寸前で動きを止めた。
「そこまでだ、もう決着ついただろ」
「巌さん……! ……そうだな」
止めを刺しに来た隼人を巌さんが制止した。何だか分からんが助かったようだ。
「じゃあ、取りあえず……玄雄が外で寝るってことで!」
「あ」
そういえばそういうことになってるんだった。春とはいえ外は冷えるなあ……
「ん? どうした彩。中に居ろって。え? うん、うん。二人が喧嘩してるんじゃないか、って? そうなのかお前ら?」
「……そんなんじゃない。これぐらい、よくあることだ」
そこは誤魔化すんだ……こいつの考えはよく分からん。
「そうですよ! 俺達親友なんで!」
「そうか! じゃあ仲良いところ彩に見せてやれ」
巌さんが俺達の肩に手を置いてにっこり微笑む。……嫌な予感がする。
「……もっとそっち寄れよ」
「勝ったのは俺だ。」
「あのまま続ければ俺が勝ってた」
「はっ、どの口が」
「お前らうるせえぞ。さっさと寝ろ……」
……結局そのあと朝まで布団を奪い合った。
圏外飛翔
ハバタキを超えたハバタキ。能力が強化されたり、羽根を介さずハバタキを使えるようになったりと、様々。
隼人の圏外飛翔「ファルコブースター・ライトニングサンダー」かなりめっちゃ速くなる。




