第36話 新たなる旅立ち
「そう、行っちゃうのね」
「うん。今までありがとう、みんな」
「……ありがとう」
そう言って頭を下げる。親しき仲にも礼儀ありだ。
「寂しくなるわね……」
「王都に、か。女の子の2人旅じゃ危険じゃないか?」
「……心配ない。Cランク冒険者の私がついてる」
「「「…………えぇ……?」」」
ああ、やっぱりそんな反応になるよね……。
「冒険者なのは知ってたけど、ほんとにCランクなの……?」
「みたいだよ。おかげで何度か高ランクのクエストに行かせてもらってるし」
頬を膨らませるセリナを宥めながら、ミシェルの質問に答える。
年齢のことは言わないでおこう。また話が進まなくなる。
「まぁそう言う訳で、5日後の朝に出るつもり」
「そうか。まぁなんと言うか……気を付けてな」
「いつでも帰って来ていいのよ」
「ありがとう、バーナードさん、アリアスさん」
「…………」
ミシェルは少し渋い顔で黙りこくる。
こんなにギリギリまで言わなかったことを怒っているのだろうか。
「……ミシェル?」
「えっ……あ、ごめん。そっか、5日後、か……」
そう言ってミシェルは俯く。
声を掛けようとするけど、掛ける言葉が思い浮かばない。
そうこうしているうちに、ミシェルがさっと立ち上がった。
「……ごめん、今日はもう寝るね」
ぽつりとそれだけ言って、そそくさと自室へと向かって行ってしまった。
「ミシェ――……セリナ?」
「……」
ミシェルを追いかけようとするがセリナに止められる。
セリナの方を見るが、ふるふると首を振るだけだった。
「……あの子も心の整理がつかないのよ。あなたたち、仲が良かったものね」
「大丈夫さ、強い子だ。当日は笑顔で見送ってくれる」
アリアスさんとバーナードさんは、そう解かったように呟く。
それでも、何故か私はミシェルが心配だった。
翌日、ミシェルは確かに普段通りだった。
けれどもどこか、影を背負っているように見える。或いは、迷っているようにも。
昨日の話をしてもはぐらかされ、その夜もさっさと寝てしまう。どうにかしようにも、肝心のミシェルが取り合ってくれなかったらどうしようも無い。
「ミシェル……」
「……イロハ、旅支度しなきゃ」
隣のセリナが、そう声を掛けてくる。
もう決めたことだし、後悔はない。準備は確かにしておかなくちゃ。
「うん……」
「…………」
「……セリナ?」
「……ううん。なんでもない」
何かを考えるようなセリナに声を掛け、旅支度の為に町の商店へと向かう。
それからも、ミシェルとどこかすれ違うような状況を改善できず、あっさりと数日が過ぎ、ついに出立の日を迎えた。
「はい、お弁当。今日のお昼にでも食べなさい」
「忘れ物はないか? 道中、気を付けてな」
「ありがとう、アリアスさん。バーナードさんも、お仕事がんばってね」
「……ありがとう」
アリアスさんから弁当を受け取り、セリナと一緒にお礼する。
これを最後に、当分アリアスさんのご飯を食べられないのは正直、残念と言わざるを得ない。
「ミシェル……」
「イロハ……セリナ……」
ミシェルと見つめ合う。
結局、今日までミシェルから送り出しの言葉は掛けて貰えなかった。
たまには会いに来るつもりだけど、このままちゃんとした挨拶も無しに出て行ったら、それはしこりになる。それならいっそ……
「ミシェル、あの――」
「じゃあね、イロハ、セリナ。あんまり問題起こさないようにしなさいよ? ただでさえ貴方達は目立つんだから……」
言いたいことを遮られ、ミシェルは一気に捲し立てる。
ようやく聞けた、送り出しの言葉。だけど……違う。
ミシェルの本心が全然感じられない。嘘を言ってるとかそういうことじゃなくて、言いたいことを隠しているような……。
「……いいの?」
囁く様なセリナの言葉に、ミシェルはビクッと震える。
「な、何がよ?」
「……イロハは旅に出たいから出る。ミシェルと離れたくなくても、譲れないものがあるから。私も、そう」
セリナがこんなに積極的に話すなんて、珍しい。いや、そうじゃなくて……。
「ちょ、セリナっ!」
「……ミシェルはどうなの? やりたいことあるなら臆せずやればいい。それが出来ないって言うのなら、それでも譲れないものがあるのなら、もっと堂々としてなさい。……本当に大切なものは、なに?」
「わ……私は……」
セリナを止めようとするが、それを無視してセリナは言い切る。
それを受けたミシェルは手を握りこみ、僅かに震わせる。
数秒、しんと静まり返る。
誰もがミシェルの言葉を、答えを待っているかのように。
そしてミシェルは意を決したように瞳に力を宿し、アリアスさんとバーナードさんの方へ向き直った。
「――お父さん、お母さん。ごめん! 私、イロハたちと一緒に行きたい! 一緒に旅して、色んなところを見て回りたいっ!」
ミシェルは自分の感情を吐き出す様に叫ぶ。
「お店のこともあるのは解かってる。自分勝手だってことも解かってる! だからこれは私の我儘。だけど、それでも……。お願いっ!」
「「…………」」
ミシェルは頭を下げる。だが、それに対してアリアスさん達からの反応はない。
私も祈るように見守っていると、突然アリアスさんがいつもの優しい笑みで、背負っていたカバンをミシェルに突き出した。
「――はい」
「え?」
突然の渡されたそれに、何が何だかわからず、ミシェルと私達はアリアスさんの方を見る。
アリアスさんとバーナードさんはいつもの笑みを浮かべ、あっけらかんと言い放つ。
「言うのが遅いわよ。おかげで、私達で荷物を用意することになっちゃったじゃない」
「……へ?」
ミシェルは訳が分からないと言った表情で声を漏らす。
私も同じ気持ちだ。
「……解かってたわよ、あなたの気持ちくらい。まあ私達も随分悩んだのだけどね?」
「本当はミシェルには一生うちにいて欲しいんだがなぁ……」
アリアスさんは苦笑しながら、バーバードさんは本当に残念そうにしながらそう言ってのける。
いや、どちらにせよ一生は無理ですよバーナードさん……。
「……いいの? お母さん……お父さん……」
「いいわよ。その代わり、王都や、世界を見て、色んな事を学んで来なさい。将来、役に立つようにね」
「男を作るのは許さんぞ。どうしてもと言うのならまず俺の前に――」
「イロハ、セリナ。この子をお願いね」
親馬鹿の言葉を遮り、アリアスさんが私達に頭を下げる。
言われるまでも無いっ!
「もちろん! ミシェルには傷一つ付けさせません! ついでに言い寄って来る男も全部斬り伏せます! ミシェルは渡しませんッ!」
「イロハっ!?」
「……邪魔になったらすぐに送り返す」
何故か頬を赤く染めながら戸惑うミシェルをよそに、私達は好き勝手言い放つ。
嬉しくてちょっとハイになってる自覚はあるよ。だけど発言を取り消すつもりは無いッ!
「ほんとにっ……もうっ……!」
ミシェルの目から雫が零れた。だけど、やっぱりミシェルには笑顔が似合う。
ミシェルは涙を拭き、渡された荷物を背負う。そしててくてくとこちら側に歩み寄ってきた。
「ぐすっ……。――それじゃ、行ってきます」
「お世話になりましたっ! 行ってきます!」
「……行ってきます」
“さようなら”でなく、“行ってきます”。家族なのだから、帰る場所があるのだから、当然でしょ?
「いってらっしゃい」
「たまには帰ってこいよ!」
そんな2人の言葉を受けとり、私達はフィレット家を後にした。
「ぐすっ……」
「ほんとに良かったの? ミシェル……」
まだ少しぐずっているミシェルに声を掛ける。だが、ミシェルは心外そうに声を荒げた。
「良いに決まってるでしょ! 私はやりたいことを選んだんだから! そのことに、後悔はないわ」
「……そっか。あ、そういえばさっきのセリナ、かっこよかったよ♪」
ミシェルの気持ちを受け取り、それ以上は言わなかった。
その代わりに雰囲気を明るくする為、セリナに話を振る。
「そうね、さっきの言葉は……ちょっと、効いたわ」
「……ふふふ、もっと褒めるといい」
「あはは。久々にセリナが年上だってこと思い出したよ」
「そうね、セリナが年う…………え……?」
ミシェルが固まる。
あぁ、私の時もこんな感じだったのかな?
「……私は17歳。もっと敬意を払うべき」
そういうところが敬意を邪魔するのだけれど……。
「…………そう、今日はいい天気ね。出発日和だわ」
「……オイ」
遠い目で話を逸らすミシェルと、不機嫌になって可愛く頬を膨らませるセリナ。
――うん、楽しい旅になりそうだ!
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