第34話 大成功
失敗した。誤算だった。
「まさか実在したとは……」
黒く変質した料理や食材に囲まれ、悲嘆に暮れる。
そう、料理を開始してすぐ、それは始まっていた。
「セリナ、これ軽く炒めておいて」
「……魔法で焼いてもいい?」
「ダメに決まってるでしょ!」
・・・炒め中
「……イロハ! こいつ……動く……!」
「動くかぁッ!」
・・・結果報告
「……イロハ、これでいい?」
「……焦げすぎてもうフライパンと同化してるんだけど……」
それらにも戦慄したが、そんなのは序の口だった。
数多の書物に描かれている、料理が壊滅的に出来ないという特殊能力。フィクションの中にしかいないと思っていたそれは、確かにここに存在したのだ。
知識がないから出来ないとか、手先が不器用だからとか、そんななまっちょろいもんじゃない。もう因果とか呪いなんじゃないのかとさえ思う。
だってもう意味が分からないもの!
後ろで付きっきりで教えてあげてるのに、なんでちょっと目を離した一瞬で真っ黒に焦げるの!? なんで鍋見てて貰ってただけで中身が黒く染まるの!? どうやったら料理から紫色の煙が出るのッ!?
もう魔法の域でしょ! いや魔法の世界だけどここッ!
頭を抱える私の肩に、ぽんと手が置かれる。
「……イロハ」
「セリナ?」
目尻に涙を溜めながらセリナの方を見る。
セリナはすごく優しい笑顔で、優しい声で、囁いた。
「……もう諦めよ――ごぷッ!?」
言い切る前にセリナ作の料理、もとい物体Xを掴んでセリナの口に突っ込んだ。
「……腑富麩……そうだね、諦められないよね……?」
ゆらり、と立ち上がる。
この状況を招いたのは馬鹿の料理の腕を確認しなかった私。
そして、この料理は私からフィレット家への感謝の印。失敗は許されない。
そう、まだ失敗してなんかいない。食材も随分無駄にしたけど、余裕をみて多めに買ってきたからまだなんとかなる。
手伝いを頼もうと思っていた人手は、そこでのたうちまわってるけど問題ない。私がその分動けばいいだけのこと。
とは言え、時間も残り少ないし、もたもたしてはいられない。
「セリナも言ってたね、魔法を使っていいかって……名案だよッ!」
そう叫んだ瞬間、手に持った食材が風の刃によって一瞬でみじん切りとなる。
そう、作業を効率化させるには魔法が有効。これなら私一人でも、むしろ私一人の方が早い。
水魔法で水を生み、火魔法を使って一瞬で沸騰させる。そしてそのまま鍋に投入。
切った野菜は、風魔法を使って空中で弄びながら火魔法で炙る。
身体強化を使い、2つ、3つの作業を並行してこなす。軽く残像すら残す速度だ。
「このまま一気に仕上げるッ!」
「イロハ、セリナ~? そっちの調子はど……なにこの惨状……?」
「あらあら」
突然、キッチンにミシェルとアリアスさんが訪れる。
待ちくたびれてか、暇だからか、様子を見に来たようだ。
「ああ、ごめんね2人とも。ちょっとトラブルがあったけど、もうちょっとしたら出来るから」
「もうちょっとって……それ、魔法?」
ミシェルが空中で炙られる野菜を指差す。
「そうだよ。ちょっと時間が足りなさそうだったから、魔法で効率的に、ね」
「…………」
ミシェルは何故か怖い顔をしながら近寄ってくる。
「ん? どうしたのミシェ――むぐ」
「効率的、ねぇ……」
ミシェルにほっぺを弄り回される。
なるほど、セリナはこんな気持ちだったのか、いやそれは置いといて……
「あみふふほ?」
「ねぇ、私はイロハの料理を食べたくて待ってたんだよ?」
ミシェルの言っている意味が分からず、?マークを浮かべる。
「ははらほうはっへいは――」
「それはイロハの“料理”なの?」
「――っ……!」
ミシェルの言葉に、ガツンと頭を殴られたような衝撃を受ける。……いい加減、頭も冷えてきた。
ちょっと暴走してた、かな。ちゃんと解かってたはずなのに……。
「……ほへん」
「わかればいいわよ。それで? 何があったの? いやだいたい想像つくけど……」
言いながらようやく頬を解放された。
「いやぁ……、少しばかり人材登用に手違いがありまして……」
苦笑いを浮かべながら、ピクピクと痙攣しているそれを見る。
……一応回復魔法でもかけておこうか。
「それで、時間がないから魔法で、か。呼んでくれたら良かったのに」
「そこまで頭が回らなかったって言うか……振る舞いたい相手に手伝ってもらうのも、なんかね……あはは」
乾いた笑いを浮かべながら言い訳する。
実際、それじゃいつもと変わらないしねぇ。
「あまり見たこと無い食材の組み合わせだけど、もしかしたらイロハの故郷の料理かしら?」
アリアスさんが調理中の品を眺めながらそんなことを呟く。
それだけで解かるなんて、流石アリアスさん。
「うん、そうだよ。多分アリアスさんも知らないと思う」
「そう。なら、イロハが主導で進めなさい? 私達は指示を貰えれば手伝うわ」
アリアスさんがいつもの笑みを携えながらさも当然の様に言ってくる。
それは正直ありがたいのだけど……。
「ありがたいけど……」
「手伝いなしで出来るの?」
「うぐ……」
ミシェルの正確な指摘が突き刺さる。状況的には全く反論出来ない。
既に太陽は隠れ、いつもならもうご飯を食べ始めている頃合いだ。時間があるとは言えない。
考えるまでもなく、選択肢は一つしかない。
「……ごめん、2人共、手伝って」
「私の知らない料理を作るなんて楽しみだわ……ふふ」
「頼るのが遅いわよ、イロハ。待ってるのも暇だし、ちょうどいいわ」
2人はそう言って、迷う素振りも見せずにエプロンを纏った。
「――ありがと」
「お礼を言うのはこっちの方よ。さ、始めましょうか、ミシェル、イロハ?」
「「はーい♪」」
私とミシェルの弾むような声を合図に、料理を再開しようとしたところで、地の底から響くような声が届く。
「……私も、手伝――」
「「「お皿でも用意しておきなさい」」」
問答無用で切って捨てると、声の主は力尽きたように再び倒れ伏した。
「おお、これはまた豪勢だな!」
食卓に並ぶのは和食、洋食、中華とよりどりみどりだ。
……ちょっと作り過ぎたかと心配するほどに。
「大丈夫よ。お父さんが料理を余らせる訳ないわ」
「と、当然だ!」
少しばかり冷や汗を掻いているのは見なかったことにしておきます、バーナードさん。
「さて、と。手伝ってもらっておいて言うのもなんだけど……」
そう、前置きをした後、みんなを見渡す。
そして溢れる思いを言葉に変える。
「バーナードさん、アリアスさん、ミシェル。私達を迎え入れてくれてありがとう! これは私達から、日頃のお礼です。どうぞ召し上がれ♪」
「……召し上がれ」
「「「いただきます!」」」
そうしてみんなで目の前の料理を口にする。
「あら、美味しいわこれ」
「珍しい味だ。これは酒が欲しくなるな」
「辛っ!? ちょ、イロハこれ辛いんだけど!」
ミシェルは辛いのが苦手か。覚えておこう。今後なにか役に立つかも……いや何でもないです。
何故か睨まれたので不穏な考えを頭から追い出す。
「えへへ……」
口々に美味しいと言ってくれるフィレット家の人達に、思わず笑みを零しながら、私達は宴を楽しむ。
楽しい時間が早く過ぎると言うのは本当の様で、結構な量があったはずの料理はあっと言う間にその姿を消してしまった。
「美味しかったわ。今度教えてね、イロハ」
「うん。こんなので良かったら」
「私はこの、肉じゃが?の作り方を知りたいかな」
ほう、そこに目を付けるとは。やっぱり嫁力高いね、ミシェル。
「……イロハ、私にも教えて」
「それは無理」
こうして、ミシェル達への感謝の会は、終始笑い声に包まれながら大成功に終わったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今夜0時過ぎ、『オーバーセンス』更新予定でありまっす。




