第30話 龍の逆鱗
ガルガトスの解き放った魔力は、凄絶な破壊と爆音をもたらした。
「――っ!!!」
咄嗟に魔力の壁を形成したにも関わらず、あっさりとそれを砕き、爆音と衝撃が私から感覚を奪う。
全身を襲う衝撃に、言葉も発することが出来ず、出来たのはただひたすら歯をくいしばって耐えることだけだった。
数瞬だろうか、或いは数十秒経っただろうか。そこで、ようやくそれは治まった。
「…………う」
生きている。
それを辛うじて自覚しながら、状況を把握すべく痛みを訴える身体を無理やり動かす。
目を開けると視界に映ったのは大きく広範囲に抉られた地面と、警戒混じりにこちらを窺うガルガトス。
私は抉られた地面の中央で横たわっていた。
(早く……立て直さないと。動……けっ……)
必死に身体を起こす。
魔法での回復を試みるが、痛みとショックで魔力が安定せず、十全に効果を発揮しない。
視界の先では、私に止めを刺すべくガルガトスが歩き出した。
(早く……早くっ……!)
言うことを聞かない身体と魔力を叱咤する。だがそれでどうにかなる訳でもない。
「GYAUッ!?」
必死に痛みと戦っていると、ガルガトスに火球が飛来する。
油断したガルガトスの頭部に命中したことにより足を止めることが出来たが、それだけだ。それでどうにか出来れば苦労はない。
いや、問題はそんなことをしでかした方だ。この状況でそれをするのは一人しかない。
「――セリ、ナっ……!」
「……イロハに……近寄るなっ!!」
震える手で杖を持ちながら、果敢に構える。
その勇気を嬉しくは思うが、無謀というものだ。
「ダメ……! 逃げて……――逃げなさいっ、セリナッ!!」
「っ! イロハッ……!」
私が生きていたのを知ったからだろう。こちらを見て心底嬉しそうに声を上げる。目の前のガルガトスから目を逸らして。
それに気付いた時には遅かった。
「セリ……後ろっ!!」
「え――」
私の言葉に反応してセリナが振り向く。
気付けば、ガルガトスの尾が目と鼻の先まで迫っていた。
「あぐっ!!」
「――セリナァアアッ!!!」
尾の直撃を受けたセリナは冗談のように吹き飛ぶ。
セリナの身体能力は常人と同じかそれ以下だ。今の一撃に加え、木にでもぶつかれば即死は免れない。
咄嗟にセリナを魔力の壁で包み込む。もう痛みなど意識の外に吹き飛んでいた。
セリナはそのまま魔力に包まれながら地を滑る。木に激突しなかったとはいえ、すぐに対処しないとまずい。
そこまで考え、否、考える前に、私は駆け出していた。
「GIAAAA!」
「――邪魔ァッ!」
「GAッ……!!?」
途中で立ち塞がるように迫ってきたガルガトスを魔力で弾き飛ばし、セリナの傍まで駆け寄る。
「セリナッ!!」
呼吸を確認する。幸い、それはまだ止まっていなかった。
直ぐに魔力を練り、セリナの傷を癒していく。
「……イロ、ハ?」
「しゃべらないでっ!」
息はあれど、重症なのは間違いない。回復魔法を使っているとはいえ、完治させるまで油断はできない。
(多分肋骨が折れてる……。あまり時間は掛けられないか)
一瞬の逡巡の後、意を決して全力で回復魔法を行使する。そうすれば見る見るうちに傷が癒えていく。
セリナが虚ろな目でこちらを見て、呟いた。
「イロハ……なの? 後ろに……なにか、大きな……」
「――っ!」
まずい。解けかけている。
さっきガルガトスを吹き飛ばした時もそうだし、今使っている回復魔法もそうだ。魔力を使い過ぎている。
でも、どうでもいい。そんなことより大切なものがあるんだ。
「――大丈夫。セリナは絶対守るから。安心して」
「……ん」
その一言でセリナは安心したような笑みを浮かべ、意識を落とした。
反射的に脈を確認するが、問題ない。傷の方ももうほとんど完治した。どうやらショックで意識を失っただけらしい。
「良かった……」
そのまま傷を完治させ、息を吐く。
セリナの寝息が安定しているのを確かめ、私は立ち上がった。
「GA……!」
振り向くと私を警戒するように睨むガルガトス。その警戒の理由は解かっている。
一つは先ほど魔力で吹き飛ばされたという事実。そしてもう一つは……。
「……もう随分魔力も使ったし、視えてるかな?」
ガルガトスとの距離をゆっくりと詰めながら呟く。質問の答えは私を警戒して後ずさるのを見れば明らかだ。
「自分が何を相手にしているか、ようやく分かったか。……でも、遅いよ、何もかも。あなたは……古龍を怒らせた」
セリナが、ガルガトスが視ているのは影。私の背後に映る巨大な影だ。
私をイロハの姿に変えている魔法。これは自分の周りに常にその魔力を纏っていないといけない。
少しの量ならともかく、他の魔法であんまり多くの魔力を練ると、纏った魔力が乱れて魔法が解けてしまう。
だからこれまでは、本気の魔法なんて、到底使えなかった。
今はまだ解け始めて、古龍の姿が影の様に見えているだけだけど、もう少し魔力を放出すれば完全に解けてしまうだろう。
「……幸か不幸か、セリナは寝ちゃったし、邪魔するものはない。……久々に戻ろうか」
誰に向けてでもなく、呟いたその言葉を最後に、私は“色羽”の姿を解いた。
瞬間、周囲は光に包まれる。それは、ガルガトスが切り札を使った時と同じ。
だけどその光の元から発せられる魔力は、控えめに言っても格が違う。
『……当分、こっちの姿には戻らないと思っていたんだけど』
光の中から現れた私に、ガルガトスは今初めて、その瞳に怖れの色を見せた。
『そう、恐怖の感情はあるんだね。……でも、もう許さないよ。私の親友を傷つけたんだから』
古龍の姿に戻った私は、銀に光る翼を広げ、全身に魔力を滾らせた。
『覚悟なさい』
これから始まるのは、戦いではない。一方的な蹂躙だ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今晩0時ごろに『オーバーセンス』更新予定であります(`・ω・´)ゞ




