第28話 怪物
遭難してしまったという衝撃的事実を受け、しばし沈黙が流れる。
しまったなぁ。どうとでもなると思って、適当にしか考えてなかったよ。
まぁ実際、いざというときは飛翔魔法でどうとでもなるのだけれども。
「……仕方ない。もと来た道を戻る」
「もと来た道?」
私が疑問と共に周囲を眺める。
見える範囲には木、木、木。どこを見ても同じ景色だ。当然だけど。
さて、私達はどの方向から来たのだろうか……。
「…………イロハの馬鹿」
「……セリナだって、特訓に夢中で何もしなかったでしょ」
再び沈黙が流れる。
お互いに非がある為、相手をあまり責めることが出来ない。まぁ本気で責めるつもりもないのだけど。
まぁ、とにかく、空気を変えよう。
「――まぁ、いいじゃん? 遭難って言っても、そんなに広い森じゃなし、適当に歩いてればそのうち出口に出るでしょ。それに、他の冒険者もどこかにいるはずだし」
ふっ、と軽く息を吐き、努めて明るく言ってみる。
セリナも重く考えないようにしたのか、口元に笑みを作った。
「……ほんと、イロハといると退屈しない」
「人をトラブルメーカー見たいに言わないでくれる?」
「…………」
「せめて何か言って!?」
え、なにこいつ自覚ないの? みたいな目で見られた。……自覚ぐらいあるよ、ありますとも……。
「……馬鹿言ってないで。とりあえず歩く。運よく東か、南に進めれば出口が近いはず」
そう言ってセリナは歩き出す。
私の記憶が確かなら、ティラネルから北に向かって森に入った。つまり、南は最も出口に近い。そして東は目的の場所。だとすれば……
「西か、北は?」
セリナの言葉に、疑問を覚え、問いかける。
「西は、しばらく森が続く上に、どんどんティラネルから遠ざかる。北は、森の奥に続いてる。奥には――」
セリナの言葉が途中で途切れる。その理由は、聞くまでも無い。
私とセリナの視界の向こう、木々の隙間から見える空間を巨大な影が横切った。
それは、何度か鼻を嗅ぐようにひくつかせ、何かに気付いたようにきょろきょろと周囲を眺める。そして、私達と目が合った。
「……セリナ、あいつは?」
「……ガルガトスッ……!」
セリナが警戒を露わにしながら、その名を呟く。
ガルガトスと呼ばれたそいつの姿はまるで、いや、正しく恐竜のそれだった。
長い首に、何物をも噛み砕けそうなほど発達した顎と牙。前足と比べて異常に発達した後ろ足でその巨体を支え、太くて長い尻尾を含めれば全長10メートルはくだらないであろう巨大な生き物。
「GIAAAAAAッ!!」
突然、ガルガトスは大地を揺るがすほどの雄叫びを上げる。
そのあまりの轟音に、私とセリナは思わず耳を塞いだ。
「つっ……!」
「……ぐ、ぅ」
私達が怯んだとみるや、ガルガトスは前屈みとなる。
そしてそのまま地を蹴り、私達に向けて突進をしかけて来た。
「――セリナッ!!」
咄嗟に隣のセリナを抱き、突進の進路上から飛び退く。
ガルガトスはそのまま、私達の背後にあった木へとその牙を突き立てた。
その牙は、直径1メートルはありそうな木の幹をあっさりと食い破る。私達の身代わりとなったその木は、メキメキと激しい音を立てながら半ばから倒れ伏した。
とんでもない顎の力だ。多分、私でも噛みつかれたら危ない。
その光景を見て警戒を強めていると、腕の中でセリナが僅かに震えていることに気付いた。
「……なんでこいつが。住処はもっと森の奥深くのはず……」
「セリナ? 知ってるの?」
視線はあくまでガルガトスに。いつでも攻撃を避けられるように集中しながら、セリナに問いかける。
幸い、こちらがあっさりと突進を避けたからか、ガルガトスも警戒してすぐに動く様子はない。
「……あいつは、森の奥にいたはずの魔物、ガルガトス。……討伐難易度Aランクの怪物」
討伐難易度についてはセリナに聞いている。冒険者のランクと同じ様に8段階で表される、文字通りの討伐する際の難易度。
厄介さ等の評価もランク区分の基準に含まれるけど、単純に強さの指標という認識で問題ない。
そして目の前の怪物はAランク。つまり、上から数えて2番目のランクに指定されている、正真正銘の化け物だ。
「なんでそんな奴がこんなところに……」
まずそんな疑問が浮かんだ。
まだこの町に来て1週間かそこらだが、すぐ近くにそんな怪物がいるなんて聞いた事も無かった。
「……多分、どこからか流れて来たのだと思う。ここ数日のうちに、いつの間にかこの森の奥深くに住み着いていたらしい」
「詳しいね。いつ調べたのさ、そんなに」
なるべくセリナの気を落ち着かせる為、明るめの口調で話す。けれど所詮、気休めだ。
「……ギルドで聞いた。ティラネルの依頼で、複数パーティ参加型の大型討伐依頼が発注されてる」
ティラネルもどうやら動いてはいたらしい。だが、この状況を鑑みると後手に回っていると言わざるを得ないようだ。
「その、討伐作戦の決行日は?」
「……明日」
なるほど。つまりは、援軍なんて期待できないってことか。……好都合、かな。
ここはまだ森の入り口から30分歩いた程度の浅い位置だ。こいつがここまで移動してきたとなれば、明日を待つ前に、今日の内に町まで姿を見せるかもしれない。
そうなればすぐに対応しても惨事は避けられない。それは、それだけはダメだ。
なら、選択肢は一つしかない。
覚悟を決めた私は、セリナをその場に降ろし、剣を抜いた。
「……イロハ? ――ダメッ! あいつは昨日の奴とは違うッ!」
うん、理解かる。あいつはカースドで強化されたトロールよりも、強い。
――でも、違わない。
「大丈夫だから。そこで見てて」
あくまでいつもと同じ、ちょっと近所に遊びに行くくらいの軽さで囁く。
そしてガルガトスに向けて、軽い足取りで歩き出す。
そう、違わないのだ。私にとって、トロールもガルガトスも、何も違わない。
「GI……GYAAAAAAAAッ!!」
私の雰囲気か、何かを察してか、先ほどとは異なり、警戒と敵意を剥き出しにしてガルガトスが吼える。
うるさいのは効くから勘弁して欲しいところだけど。
「悪いけど、この先には行かせないよっ!」
二者の距離が数メートルまで縮まった辺りで、私はそう宣言し、目の前の恐竜もどきに斬りかかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
過去話で、ティラネルをティリアムと書いている箇所があったので修正しました。
……2作同時に書くとごっちゃになるな。近い名前は出さないように気をつけねば。




