第12話 一期一会
『許サナイ……魔物……絶対ニ許サナイ』
頭に響く、男の声。それは深く、重い声だった。
(何をそんなに憎んでいるの?)
『許サナイ……許サナイ……』
会話にならない。当然だ、相手はカースドに残る遺志の欠片であって、意志など持ってはいないのだ。
リングに触れた手に纏わりつく、黒い魔力。それは徐々に侵蝕するように、私を目指している。
『ジュリア……ナゼ僕ヲ置イテ逝ッテシマッタンダ……』
『許セナイ……ジュリアヲ、ナティヲ奪ッタ魔物ガ、許セナイ……』
次から次へと頭に重苦しい声が響く。
同時に、その感情も、私に伝わる。
(悲しい……誰かは分からないけど、誰かを喪った喪失感が、私を満たしてくる……)
そんな覚えはない。なのに、心に穴が開いたように、ただただ何かが足りないと心が叫ぶ。
(憎い……魔物が、どうしようもなく。この感情を、彼らにぶつけたい……)
止められない、溢れ出るこの感情を、力に乗せて解き放ちたい衝動に駆られる。
「……なるほど。これが、貴方の呪い、なんだね」
誰ともなく呟いた言葉に、纏わりつく黒い魔力が、応える様に私の心を締め付けた。
『憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、苦シイ、憎イ、憎イ』
狂ったように響く声と、より深く、黒く濁る魔力。
「……そう、頑張ったんだね」
その魔力と感情は確かに私を侵蝕し、様々な感情を呼び起こす。だが、圧倒的な魔力を内包した私の奥底には、全く近寄れていない。つまり、私に本当の意味での呪いは効かない。
魔力と共に私に流れ込む感情の嵐。そこには憎しみと、悲しみと、そして彼の終着に至るまでの葛藤や苦しみがあった。
彼は愛する人と、これから愛していく子を、同時に喪った。村を襲った魔物によって。
それからの彼は復讐に染まった。魔物を追って、追って、追って。狩って、狩って、狩って。
身も心もぼろぼろになりながら、それでも感情の向くままにそれを繰り返す。
彼は、復讐の鬼と成った。
だが、そこには葛藤もあった。
(奥さん……ジュリアさんと、ナティちゃんはきっとそんなの望んでいない。分かってるんでしょ?)
復讐の鬼になった彼を常に責め立てていた葛藤。愛する2人はそんなこと求めていないという葛藤。
それでも、彼は歩みを止めなかった。止められなかった、最期まで。
(その時、貴方が本当に望んだものは……何?)
『憎イ、憎イ、憎イ、憎イ、憎――』
頭に響く声に変化はない。壊れたように恨みを繰り返す。
「そう、恨みも確かに最期に抱いた想いなんだろうね。けど、今は……邪魔だよ。――消えなさい」
体の内から魔力を放つ。まだ何色でもない純粋な魔力の放出、それは絶対的な密度と量を伴って、私に纏わりついた濁った魔力を吹き飛ばした。
放出した魔力はそのまま、カースドへと流れ込む。魔力に反応した魔石がカタカタと小刻みに震えるほどの魔力。それは、黒く濁った魔力を完全に消し去った。
後に残ったのは、呪いに侵される前の、彼を守っていたであろう魔道具の姿。
そして、私は放出した魔力をひっこめ、元の輝きを取り戻した魔道具を眺めた。
(……まだ、残ってる)
私が消し飛ばしたのは、黒く濁った魔力だけだ。
魔石には当然元々の魔力が残っているし、彼の、黒く濁ってしまう前の、感情と魔力が僅かに宿っていた。それに、その声に、耳を澄ませる。
『……ジュリア、ナティ。謝りたい。逢って、謝りたい。護れなくて、すまないって。………………逢いたい。もう一度、2人に逢いたい……』
彼の、憎しみに塗り潰されてしまっていた心の奥底。願い。
(逢えるよ。きっと)
それに応える様に内心で呟く。当然だが、応えはない。
「貴方の名は……バルド、ね」
読み取った感情から、彼の名を探り当てる。直接聞いた訳でもないが、多分、間違いはない。
「バルドさん、ジュリアさん……それから、ナティちゃんね。それだけ解かれば、探せるかな……」
きっと、探せる。過去に魔物に襲われた村でその3人の名前を探せば、見つからないことは無いだろう。
「独りよがり……かな。でも、逢えるといいよね」
魔道具を右手の指に通し、それに向かって呟く。
ジュリアさんの墓に、この魔道具を供えようかと思う。
少なくとも、バルドさんはその襲撃後も生き残っていたのだ。ジュリアさん達の墓ぐらい、きっと作っているでしょ。
この魔道具に宿っていたのは、所詮バルドさんの感情の残滓であって、日本で言うところの霊や魂が宿っていた訳ではない。それでも、そうしてあげたいと思ったのだ。
(これも……縁、だからね)
空に覗く本物の太陽に、リングを着けた右手を翳す。リングに取り付けられた赤い魔石が光を反射し、幻想的に光った。
「……イロハッ!」
声に振り向くと、セリナがクレーターを駆け下りてきたところだった。
「大丈夫……!? 気分悪くない……!?」
勢いそのままに私に服を引っ掴み、グラグラと揺さぶってくる。
「――ぷっ……」
的外れな心配をするセリナに、思わず吹き出してしまった。決して馬鹿にしてる訳ではないよ?
「ぷふっ。い、いやごめん。大丈夫だよ。この通り」
言いながら、その場でくるっと回転して見せる。
笑ってしまったからか、私の無茶に対してか、セリナが私を睨みつける。
「ご、ごめんって……そんなに睨まないで――」
どんっ、という衝撃が私の胸に走る。いや、衝撃とは言えないほど可愛いものだったけど。
「……ばかっ」
私の胸にしがみ付きながら、罵声を浴びせられた。
そんなセリナに、私は苦笑を浮かべて頭を撫でる。
「……ごめんね、心配させたね。でも、ほんとに大丈夫だから」
「……心配なんてしてない」
肩を震えさせておいて、どの口が言うのか。……なんて、言わないけどね。
「……イロハ、それ」
「ん? ああ、もう大丈夫だよ」
私の指に填められた魔道具に気付き、セリナが一瞬警戒する。
だけど私の言葉と、狂気に操られた風でもない様子を見て、安心したようだ。
「……変な魔力も感じない。どうやったの?」
「内緒♪ それより、早く森を出ておじさんたちと合流しよ?」
セリナの手を引きながら、クレーターを登っていく。その途中で、思い出したようにセリナが青い顔をした。
「……あ、馬と馬車、爆風で吹き飛んだかも。悪いことした……」
「ああ、それなら大丈夫だよ」
私の言葉に疑問符を浮かべるセリナだったが、クレーターを登り切って見えた光景で納得を示した。
「……出た……謎壁」
失敬な。純粋な魔力で作った壁だよ。
馬と車は、セリナを守った時に、同じ魔力の壁で守っておいた。
古龍の魔力で構築したからね。例えミサイルが直撃しても耐えられるよ! いやこの世界にそんなのないはずだけど。
となりのセリナが訝しそうな目で私を見る。
「……無詠唱の光の矢も、この壁も、カースドの事も。……全部話してもらうから」
「あはは…………無かったことには?」
「……出来る訳がない」
ですよね……。魔法使い、もとい魔法少女としては見過ごせないでしょうね。
「まぁ、まずは落ち着いてからだね。おじさんと合流して、ティラネルの町に戻ってから」
「……約束」
それだけ言って、セリナは馬車に近付き、馬を宥めている。幼子が馬にじゃれついているようにしか見えないが。
それを眺めてほっこりした後、視線をリングに移す。
「気ままな旅だからね。時間はかかると思うけど、のんびり待っててね」
なんとなしに、小声で呟く。もちろん、それに応える者はいない……はずだった。
『――――』
「――えっ?」
上を見上げる。そこには何もなく、ただ空があるだけだ。
私は薄く笑みを浮かべ、空に向かって言葉を紡いだ。
「……どういたしまして」
「……? イロハ、何か言った?」
少し聞こえたのか、セリナが振り向く。
教えないよ。これは私の、私達の秘密。
「んーん。なんでもない。それより、そっちはどう?」
「……ん、こいつらがなかなか言う事を聞かないから今から魔法で脅――」
「ちょっ!? 何しようとしてるのバカッ!」
人との出会いも、経験も、全て一期一会。
今はこの出会いを大切にしていこう。そうすれば、きっとこの人生は沢山の色に彩られるから。
本作をお読みいただき、ありがとうございます!




