番外編
――――波多家の日常
「純~。早く起きないと遅刻するわよ!」
「うん、もう起きてるから」
「朝ごはん冷めちゃうから早く下りてらっしゃい!」
「もうすぐ下りるから」
僕は目が覚めると真っ先に自分の部屋で筋トレをしている。
あと1セットという時にいつもお母さんは1階から叫んでくる。
このやり取りを毎日繰り返してもうすぐ1年だ。
「おはよう」
「おはよう。また筋トレしてたの?」
「体を作れって塾で言われてるからね」
「お父さんも何とか言ってくださいよ。まだ成長期の子供にそこまでさせるなって」
「まあ、良いんじゃないか」
お父さんは無口だし、僕のやる事に口出しすることは滅多にない。
今回も筋トレぐらい好きにしろと言わんばかりの返事だった。
朝ごはんを食べて学校へ向かい、1日授業をしてから塾で特別授業。
お父さんは朝ごはんを食べた後は会社に向かい、夜の7時ごろに帰ってくる。
僕達が学校や会社に行っている間にお母さんは家事を済ませてご近所さんと井戸端会議をしたり、たまにヨガ教室に行ったりしている。
再び家族が集まるのは夜の8時。
風呂も入って夜ご飯の時だ。
いつもは僕が学校や塾であったことを報告したり、お母さんが今日あったことを話したりするのだが、今日は珍しくお父さんが最初に口を開いた。
「今日、会社から健康診断のお知らせが来てな。来週の金曜日にバリウムを飲むことになったんだ」
「そうですか。バリウムって事は前日は何も食べれないですね」
「そうなんだよ。俺、そういうの苦手でさ。休んでしまおうかと思ったりもしたんだが、流石にそれは大人げないかと思って」
「お父さんでも苦手なモノあるんだ」
「もちろんあるさ。お前にはまだ分からんだろうが、バリウムってものは本当に何て言うか…」
お父さんの顔が見たこともないほど歪んでいた。
余程苦手なんだろう。
しかし、いつも感情を表に出さないお父さんのそういった姿を見れて少し嬉しかった。
「お父さん、頑張って」
「息子にそんなこと言われたらやるしかないよな」
「珍しくお父さんから話すと思えば、そうやって背中を押してほしかっただけですか」
「そういう訳じゃないんだが」
お父さんは少し照れくさそうにしている。
僕もなんだか照れてしまった。
「何でお前が照れているんだ」
「だって、お父さんがそんな子供みたいな事いうの初めて聞いたから、なんだか嬉しくなっちゃって」
「男なんていつまで経っても子供みたなものさ。お前もいつかバリウムの苦しさを知ることになるぞ」
「何か嫌だな」
「もう、お父さん。やる前から苦手意識を植え付けてどうするんですか」
「仲間を増やしたかっただけだよ。ハハハ」
――――木曜日の夜
お父さんの顔は今まで見たことないほどにどんよりしていた。
余程嫌いなんだな、バリウム。




