第32話
久しぶりに赤聖国に帰ってきた僕は、懐かしいあの家に向かった。
相変わらず周りの住宅に馴染んでいる。
今でも学校帰りの子供達が通っているのだろうか。
玄関の扉を開けて家に入り、靴を持ってリビングに向かった。
リビングには誰も居ない。
地下へと続く階段を下りると、そこには3人待っていた。
紀伊崎塾長、アシスタントの百合根、そして智坂先生だった。
「お久しぶりです」
「久しぶり。随分立派になったね」
「いえ、まだまだ未熟者です」
軽く挨拶したところで机に座った。
「今は松田翔君だったかね」
「純でいいですよ」
「いやぁすまない。純くんで慣れちゃってるものだから」
「いえ、純と呼んでくれる人が少なくなってしまったので嬉しいです」
懐かしい感じがした。
そして紀伊崎は本題を切り出した。
「純くん、この国はスパイを育成し、他国に派遣することで収入を得ているのは知っているね」
「はい」
「しかし、それだけで国が成り立たないというのは薄々気づいていると思う。なぜこの国はスパイ派遣だけで成り立っていると思う?」
「スパイ技術が他国より優れているから高額な依頼料を貰っているのでは」
「あまり高額にし過ぎると他国は金が無くなり依頼してこなくなる。ほとんど相場の金額だ」
「スパイ派遣の量が桁違いだから?」
「それもあるが、国を経営していくには微々たるものだ」
僕にはこれ以上の事が思い浮かばなかった。
考え込んでしまうと紀伊崎から口を開いた。
「すり替えだよ」
「すり替え?」
「他の国も自国のスパイを少人数だが育成している。しかし、この世界に存在するスパイが全て赤聖国民だったらどうなると思う?」
「そりゃ、どの国の情報も全て赤聖国は手の内。お金どころか国さえも乗っ取る事が出来るでしょうね」
「その通り。そうなるように今少しずつだが他国のスパイを殺害して赤聖国のスパイがすり替わっているのだ」
まさかの返答に開いた口が塞がらなかった。
つまり、赤聖国はこの世界のスパイを全て支配しようとしている。
いや、スパイだけでなく世界を支配しようとしているのだ。
そこまでする必要はあるのか?
「スパイや国を支配して何をするんですか?」
「そうだね、戦争でもしようか。どの国が一番強いのか、世界大戦を赤聖国が操作する。楽しそうじゃないか」
「御冗談を。そんなことして何の意味があるのですか」
「赤聖国は他国からすれば利用価値のある国。ただそれだけだ。国として恐れられる事はほとんどないだろう。だから国民も平和に暮らせるのだがな。しかしそれではいつか国が滅ぶ。こんな都合のいい国がいつまでも続く訳なかろう。だから、スパイ国らしく隠密に世界を侵食していってやるのさ」
「つまり、世界を征服させるためには殺人をしても構わないと?」
「ああ。他国のスパイは全員抹殺だ。君も赤聖国のスパイとして働いてくれるよね? 任務完遂率100%の君なら容易いはずだ」
「NOと言えば?」
「今すぐここで君を抹殺しよう」
「なるほど。僕に選択という道は無いのですね」
紀伊崎は頷く。
百合根と智坂先生はジッと僕の後ろに立って殺気を放っている。
ここで抵抗したらすぐ殺されるだろう。
とりあえず要件を受け入れた。
「よかった。君がこの任務についてくれると格段と効率アップが期待できるよ」
そう言って紀伊崎は部屋を出て行った。
「この任務は他言無用だ。紀伊崎さん、百合根さん、そして俺の3人しか知りえない情報だ。赤聖国民だからと言って言いふらすんじゃないぞ」
「分かってます」
念を押しに来た智坂先生の目はいつでも人を殺しそうな目をしていた。
あの時の優しい先生の面影はなかった。
塾を出て家の近くの公園に行った。
ベンチに座って少し考え込んでいた。
もし本当にあの任務を受けるとしたら、僕は何人殺すことになるだろう。
今まで任務を完遂してきたが、人を殺さず改善させる方向に持って行く方法を模索してやってきた。
なのに、殺すことが目的だなんて。
果たして僕にそんな任務は出来るのだろうか。
ふと眼鏡のボタンの事を思い出した。
涼さん。
そうだ、この時の為にボタンを付けて行ってくれたのだ。
しかし今まで僕を育ててくれた国を裏切ることになる。
この選択は間違っていないだろうか。
親に相談するか? いや、これ以上心配かけさせる訳には行かない。
それに、反乱軍に入ることを知っているにもかかわらず止めなかったと国に責められる可能性もある。
親を巻き込むのはやめよう。
それに、僕にはあの言葉がある。
「己を信じる」人に頼らず自分で決めた道に進む。
僕は決意して眼鏡のボタンを3回押した。
ピッ!
小さな音が聞こえたと同時に眼鏡の画面に沢山の文字が流れ始めた。
全て理解するのは無理だったが、僕の眼鏡に涼さんが開発したプログラムをインストールしているようだった。
1分ほど経つと画面は何事もなかったように元戻った。
【ちょうど近くに居る。そこで10分ほど待ってて】
メッセージが流れた。
多分、涼さんからだろう。
ベンチで待っていると涼さんが走ってきた。
「待たせたね。連絡、待ってたよ」
「涼さん、あの」
「ここでは人目に着く。移動しようか」
「はい」
僕は涼さんと共に公園を後にした。




