第29話
交渉から1週間後、僕は再び不法地帯に訪れた。
空気がピリピリとしている。
あの男から話を聞いて皆警戒しているのだろう。
奥に向かうと、前に話した場所で男は待っていた。
沢山の男を連れて。
「返事を聞かせて頂きましょうか」
「もしNOと言ったらどうするつもりでここに来た?」
「それは交渉決裂という事でしょうか」
「いや、お前の返事次第だ」
「まあいいでしょう。もしこちらの交渉に応じて頂けない場合は、今すぐこの場で全員殺します」
そう言うと周りを囲っていた男達が一斉に戦闘態勢に入った。
「この人数を1人でやる気か?」
「ええ。素人のあなた方に負けるほど僕は柔じゃありませんよ。そうでなければ1人でこんな所に来ません」
男は笑って周りの人達に戦闘態勢を解くように促した。
「脅して悪かった。こちらから一つ条件を出させてもらいたい」
「何ですか?」
「1ヶ月。先に20人だけそちらの提案に従わせてもらう。1ヶ月後、先に入った20人の意見を聞いてから全員の移住を再度検討させてもらう」
「立場的にはあなた方の方が下なんですけどね。まあいいでしょう。無駄な殺しはしたくないので」
僕は透国の政府に今回の交渉結果を報告した。
そして最後まで見届けるため、透国に留まることとなった。
先に入る20人は、大人の男が10人、大人の女性が5人、子供が男女合わせて5人。
男性10人は入居当日から軍事機関で訓練を受け始めた。
女性5人は軍事機関の事務処理仕事、子供5人はコンピュータ技術を徹底的に叩き込まれた。
僕は毎日のようにビルへ通い、20人とコミュニケーションをとっていった。
「松田さん!」
「おお、りょうくんか」
「今日も来てくれたんだね」
「当たり前だろ? それが僕の仕事だ」
「聞いて聞いて! 今日の授業で初めてハッキングしたの」
「そうか、ハッカーデビューしたんだな」
異様な会話だが、ここではそれが当たり前の環境だった。
他の子供達も続々と集まってきて今日あった事を自ら報告してくれた。
「こらこら、松田さんも暇じゃないんだから群がらないの。ごめんなさいね」
「いえいえ。生き生きしている子供達を見ると元気になりますから」
「ありがとうございます。これ、今日の分です」
そう言って女性は資料の束を僕に差し出した。
中身は今日女性陣が行った事務処理内容。
「男性陣は次いつ帰って来るんですか?」
「3日後です」
訓練に励む男性達は軍の寮に泊まる事がほとんどで、あまりビルに帰ってこない。
そして約束の1ヶ月がきた。
「今日で1ヶ月です。では最終の返事を聞かせて頂きましょうか」
「あなたが1ヶ月間届けてくれた報告書と我々が独自に偵察して考えた結果、そちらの提案を全て受け入れます」
「それは良かった」
こうして不法地帯の全住民がビルへと移住した。
これで僕の透国での任務は終了だ。
しかし、もう少しビルの様子を見守っておきたい。
国に志願して、1週間だけ延長させてもらった。
「松田さん!」
「りょうくん」
「もうここに来なくなるの?」
「そうだね。あと2,3日でお別れだ」
りょうくんは先にビルへ移住した子で、毎日ビルに通う僕をいつも玄関先で待ってくれていた。
優秀な子で、他の子供達より早くパソコンの技術を習得していった。
スパイ学校で使うハッキングのゲームで何度か対戦したが、1度負けてしまったぐらいだ。
後に優秀なスパイとなるであろうりょうくんを、僕は政府に推薦書を提出していた。
もちろん透国の政府は“赤聖国のスパイが優秀だと認める子は初めてだ”と喜んで快諾してくれた。
僕は昔、スパイの素質があると思う小学生を見つけ出す仕事をしていた為、素質がある子はスパイにしたくなるようだ。
これから先の選択はりょうくん次第だ。
「松田さん、交渉人があなたで良かった」
「そう言ってもらえて光栄です。養田さん」
「……! 流石だな。もう調べが付いていたか」
「ええ。始めの1週間の期間で調べさせて頂きました。まさかリーダー的存在のあなたが赤聖国民だったとは」
「赤聖国民と知っていながらあの時、皆殺しと強く出たのか?」
「ええ。あなたを信じた結果です」
「流石、噂どおりの人物だ」
ずっと交渉してきた男は20年前から透国に潜入している赤聖国のスパイで養田という人物だった。
透国は昔、国の7割が不法地帯と化していた犯罪王国だったのだ。
そこで透国に依頼された赤聖国は、養田を派遣して不法地帯で野放しになっている犯罪の制圧と共に、行き場を無くした人達のために不法地帯地域を1つにまとめたのだ。
そして今回依頼された僕の任務によって不法地帯は無くなり、透国が目指していた治安の良い国が完成した。
今回の任務がスムーズに出来たのは、長い年月をかけて今の透国を築き上げてくれた養田さんのお陰だ。
「養田さんはこの後どうするんですか?」
「俺はもう赤聖国のスパイをやめる。ここでみんなと一緒に透国の兵士として生きていくよ」
このビルに住む住民にとって養田さんはとても大切な存在になっている。
それが双方にとって良い選択だと思った。
僕は透国を後にして、次の任務地である那国に向かった。




