第26話
東條とムウから何とか逃げ切った僕は、光輝さんが居そうな場所を探し回った。
しかし中々見つからない。
まさか、既にあの2人に捕まっているとか……
そんな不安も過ぎったが、そんなことは無いと自分に言い聞かせて更に探し続けた。
1人の人間を探すのはかなり苦労する。
僕には3日しかないというのに。
暑さに耐え切れず、建物の中に入り休憩をしていた。
すると、前から見覚えのある女性が歩いてきた。
野々村だ。
「探したわよ、翔」
「母さん。どうしてここが?」
「だって、あなたはずっと監視されてるじゃない。だから聞いたのよ、号国の人に」
「もしかして母さんも号国の?」
「違うわ。もしそうだったらあなたのリストに載っているはずでしょ」
そう言って東條に奪われたと思っていた資料を出してきた。
「なんで母さんが持ってるの!?」
「色々話すことがあるからついてきてくれる?」
「わかった」
もしかするとこれは東條の罠かもしれない。
しかし、今は野々村が何をしようとしているのか気になった。
ショッピングモールのような施設に移動し、地下へと続く非常階段を下りていった。
扉を開けるとそこは事務所のような広い部屋で、4,5人がパソコンに向かってキーボードを必死に打っている。
奥の扉を開けると応接室だった。
そこには光輝さんが座っていた。
「よっ!」と振り返りながら片手を上げる光輝さん。
「無事でよかった」と一安心した僕の頭をポンと叩いて優しい笑顔を僕に向けてくれた。
「どうしてここに?」
「それは私から説明するわね」
野々村が横から話し出した。
東條を含め、僕たち4人は全く別の任務で号国に集まっていた。
ただし、各自任務内容は同じだと勝手に思い込んでいた。野々村以外は。
東條は号国のスパイを根絶やしにする為に秀国に依頼されて潜入。
光輝さんは号国が毎年赤聖国から1人、優秀なスパイを依頼している定期任務に選ばれて潜入。
僕はムウと呼ばれるスパイが号国に潜入したという情報を得た為、探し出して拘束という任務を与えられていた。
そして野々村は、別々の任務を滞りなく完遂させることが出来るように監視及び手助けをするという赤聖国からの任務だった。
しかし、状況は最悪の方向へ進んでいる。
もちろんこうなることも予想はしていたが、赤聖国としても優秀な村井光輝を死なせるわけにはいかない。
ここは僕がムウを拘束し、東條の任務を失敗として終わらせるのが最適だと野々村は判断したのだ。
そこで、光輝さんを囮に使いムウか東條を誘い出す作戦を立てた。
外に出て光輝さんは一人で号国の警察庁へ向かった。
僕はその後ろを気付かれないように付けていった。
あと一つ曲がり角を曲がれば警察庁という十字路で、見知らぬ女性が光輝さんに声をかけた。
そのまま警察庁へは行かず、2人でどこかへ向かった。
僕も後ろをついて行った。
すると2人は倉庫のような建物の中に入って行った。
ムウの罠か? そうだとしたら光輝さんが危ない。
かといって1人で潜入するのも危険だ。
悩んでいると後ろから肩を叩かれた。
驚いて振り返ると東條だった。
重みのある東條の拳が僕のお腹を一撃した。
ただ、こんな事で戦闘不可能になるほど柔な身体ではない。
うずくまったフリをして東條の足を蹴り払い、体制を崩した東條の胸元を目掛けて一発殴った。
そのまま後ろに回りこみ、腕を首に絡ませて東條は落ちた。
東條は知らなかったかもしれないが、僕の組手成績はここ数年で断トツの1位だと言われている。
僕を仕留めるならば肩を叩いて気付かせるのではなく、気付いていない内に戦闘不能に持っていかなければいけなかった。
僕は東條を担いでそのまま中に入った。
中には光輝さんと先ほどの女性、そしてムウが待っていた。
「ほう。東條が君を担いで入ってくると思っていたのだが、まさか君が東條を担いでくるとは」
「光輝さんを返してください。そして大人しく僕に捕まってくれませんか?」
「そんな要求呑めるわけないだろ」
と言ったと同時に女性が光輝さんの太ももを銃で撃ちぬいた。
光輝さんは崩れ落ちて足を抱えている。
「光輝さん!」
「このまま君は手も足も出ず、この男が苦しみながら死ぬのをただ見ているだけだ」
僕は拳銃など持っていない。
女性は躊躇することなく急所を外してどんどん光輝さんを打ち抜いていく。
これ以上打たれると出血多量かショック死になりかねない。
抱えていた東條を地面に降ろし、僕は女性に向かって走り出していた。
するとムウが僕の腕を取り、ガッツリと身体を固められてしまった。
さすが国際的なスパイは腕が違う。
身体は動かせないし、声も出せない。
どんどん血まみれになっていく光輝さんをただ見ていることしか出来なかった。
何十発打たれたのかもう分からない。
光輝さんは遂に動かなくなってしまった。
女性が光輝さんに近づいて脈を確認している。
そして僕を拘束していたムウに眼で合図をすると、ムウは僕を離して女性の方へ向かった。
僕はその場に崩れ落ちた。
何も出来なかった。
ただ光輝さんが苦しんで死んでいく様を見ていることしか出来なかった。
自分の無能さに絶望し、立つことすら出来なかった。
ムウが近寄ってくるのが分かった。
顔を上げると僕の額に銃口を向けた。
無能な僕が生きていても仕方ない。
眼を瞑って覚悟を決めたその時、身体に誰かがぶつかってきた。
同時に銃声が響く。
眼を開けると東條が血まみれになっていた。
「翔。お前は有能なスパイなんだ。人生を諦めるな! 光輝の為にも生きろ! そして全ての任務を完遂できるスパイになれ」
息を切らしながら必死に喋る東條は、敵でも味方でもなく、本当の父のような顔をしていた。
東條はそのまま息を引き取った。
即死してもおかしくない箇所を打ち抜かれていたのに、最後に僕の心を呼び起こしてくれた。
僕は無我夢中になってムウと女に立ち向かっていった。
気がついたら2人とも倒れていた。
僕は殺してしまったのではないかと不安になって、恐る恐る2人の脈をとった。
まだ脈はある。
僕が何をして2人がここに倒れているのか思い出せないが、ひとまず拘束して応援を呼んだ。
号国の公安員が駆けつけて拘束した2人を連れて行った。
野々村も到着し、光輝さんと東條の亡骸をそのまま家へと連れ帰った。
「翔。今回は任務完遂ご苦労様」
「全然完遂出来てないよ」
「あなたの任務は完遂してるじゃない。ムウを探し出して拘束すること」
「それはそうだけど。でも2人とも死んでしまった。僕のせいで」
「いい? 仲間の死をいちいち気にしていたらこの仕事は勤まらないわ。その代わり、こういう仲間が居るから今の自分があるということを忘れなければいいの」
野々村も少し悲しげな表情をしていた。
しかし、こういった事を何度も経験してきた人は強い。
僕はまだまだお子様だ。
作戦決行前の光輝さん……いや、優太さんの優しい笑顔が頭から離れなかった。
東條も敵となってからも、どこか気にかけてくれていたのは気付いていた。
初めて仲間の死を経験をした僕は、今まで以上に強くなると心に決めた。




