第20話
国からの追加任務で武蔵野の脱出の手助けをするように言われた。
こっちも当初の任務で手一杯だと言うのに、世話のやける上司だ。
手助けと言っても表立った行動はしない。
当たり前だ。
僕はいつものように朝起きて写真館に向かい、写真を撮り続けた。
昼休憩でまた新しい食堂に行き、カレーを頼んだ。
ここも注文から直ぐに出てきた。
店の滞在時間は15分程だ。
写真館に戻り再び写真を撮り続けた。
今日は忙しかった。
仕事終わり、あのBARに向かった。
「いらっしゃい」
「店長、いつもの」
「はい」
いつものカクテルが僕の前に出された。
今日はお一人様ばかりのようだ。
「店長、あの曲流してくれない?」
「かしこまりました」
僕が赤聖国でよく聴いていた曲を店内に流してもらった。
「この曲を聞くと故郷を思い出すんだ」
「ホームシックですか?」
「まさか。おまじないみたいなものですよ」
「おまじない……」
曲が終わると僕は席を立った。
「お気を付けて」と店長は僕をいつものように見送った。
僕は車に乗って少し遠回りをしながら家に向かった。
ドスン!
後ろの荷台に何かが落ちてきた音がした。
バックミラーを見ると武蔵野が乗っていた。
車を止めることなく走り続け、武蔵野は走行する軽トラの荷台から助手席に乗り込んできた。
「時間ピッタリだ」
「手間をかけさせないでくださいよ」
「すまんな。情報を聞き出すために近づいた奴が陽国の政府機関のスパイだったんだ」
「全く。僕まで疑われて今も振り切るのが大変だったんですから」
「悪かった。後は透国に情報を渡すだけだ」
「僕の担当分は既に完了してます。もうヘマしないで下さいね」
「もうどっちが上司か分からんな」
「仕事が出来る方が上の世界ですよ。武蔵野さん、僕はいつでもあなたの席を狙ってますからね」
「おお怖い怖い」
武蔵野の拠点に着き、彼は車を降りて建物の中に消えていった。
僕は家に帰らずそのまま空港に向かい、赤聖国に向かった。
その頃、陽国の政府機関は僕が拠点としていた家を家宅捜査していた。
しかしそこは既にもぬけの殻。
僕の痕跡は全て消してきた。
今日1日ずっと監視されていたのには気づいていた。
今日、家宅捜査される事も十分予想が出来た。
BARで僕がリクエストした曲はただの娯楽曲に聴こえるが、実は赤聖国が作った曲。
聞いた人が催眠術をかけられたと気付かないように巧妙に計算された曲なのだ。
どんな催眠術にかけるのか。
それは曲が流れている間に指示された事を無条件に聞き入れてしまうというものだ。
あの時、BARに居た客は僕を含めて5人。
その中に2人、陽国の政府の人間が居た。
僕はあの時、店長に“おまじない”と言う言葉を伝えた。
店長はその言葉を聞くと他の客4人に「今日はサービスDAYなので日付けが変わるまでゆっくりして行って下さい」とカクテルを1杯ずつサービスで出した。
僕がこのBARの常連になったのは、いつかこういう緊急時が来た時の保険だった。
長い時間をかけて店長を洗脳していた。
しかし、僕が洗脳するのもここまでだ。
“おまじない”と言う言葉を聞くと他の客を店に留まらせるように仕向け、その日寝ると僕の存在を頭の中から消し去るように催眠術をかけていた。
明日には店長の中から僕の存在が消える。
良い人だった。
ノンアルコールカクテルも凄く美味しかった。
また仕事に関係なく飲みに来たいものだ。
少し名残惜しいが僕は武蔵野より一足先に陽国を出た。
写真館の店長は僕が潜入するずっと前から陽国に潜入している赤聖国のスパイだ。
そう。短期潜入するスパイが、あたかも一般的な暮らしをしているかのように演じる環境を整えるスパイも各国に存在している。
僕が急に居なくなったことも後の処理もしっかりこなしてくれる。
赤聖国に着くと迎えが待っていた。
車に乗り込み寮に向かっている時、運転手に今回の任務で赤聖国が得た成果を聞いていた。
僕が陽国で盗み取った情報は透国に渡り、その情報のお陰で透国は陽国が仕掛けようとしていた戦争を回避し、領土を奪われずに済んだみたいだ。
透国からの報酬を聞くと膨大な金額だった。
しかし僕がその報酬を手にする事はない。
もちろん全く貰えない訳でもないが階級的に、ヘマをした武蔵野より完遂した僕の報酬の方が少ない。
組織の中でやっていくには仕方のない事だ。
だから僕は少しでも早く上の階級になれるよう、任務を完遂させるのが絶対条件だと自分に言い聞かせていた。
僕より1日遅れて帰ってきた武蔵野は休む間も無く別の国に向かったそうだ。
以降、僕が武蔵野の下で働くことは無かった。
陽国での任務が認められて階級がひとつ上がった僕は、別の任務が与えられて侯国に居た。
そして僕は侯国の公安調査庁の試験を受けていた。




