第17話
「お前か? 俺を見張っているのは」
男は僕の顔を見るとそう言ってきた。
ただの通りすがりだと誤魔化すべきか、正直に話して中に潜入すべきか。
「はい? 私はただの通りすがりですが……」
そう言って僕は男の前から去った。
誤魔化せたか?
振り返ると男の姿は既に無かった。
井戸の中に入ったのか、それとも僕が戻ってくるかもしれないと隠れているのか。
分からなかったが、今日はひとまず引き返した。
顔を見られては潜入は不可能だ。
夜になり、僕はカジノに出向いた。
子供が入れるカジノはないが、バレなければいい話だ。
僕はひとつのテーブルに腰掛けて数字の上にチップを置いた。
回り出したルーレットをジッと見つめながら作戦を練っていた。
「お兄さん、隣空いてる?」
若い男性が声をかけてきた。
「どうぞ」と返事している間にルーレットの玉は僕がチップを置いた数字に入った。
「お、当たった!」
隣に座った男性がなぜか喜んでいる。
僕は増えたチップを全て別の数字に置き、ルーレットが回り始めたのを見て席を立った。
「え、帰るの? これ当たったらどうするの?」
「あなたに差し上げますよ」
僕はそう言って店を出た。
外に出た頃、店内が少し騒がしくなった。
多分ルーレットで当たったのだろう。
そしてあの男性が嬉しさを言いふらしているのが容易に想像出来た。
外からカジノの裏口に入り、地下に続く階段を下りていった。
「待ってたよ」
「やっぱりな。あのディーラー、カムサだろ?」
「ほう。よく分かったね」
僕を試そうとしたんだろう。
国からのプロ認定試験みたいなものか。
今回の任務はカムサが人体実験をしているという情報を集める事。
しかし、カムサという人物は存在しない。
あの井戸の中の部屋はフェイクだ。
あそこで僕が見つかっていたら……
今日の朝、井戸の前で誤魔化さずあの部屋に入ってしまっていたら……
カジノはスパイの意見交換場として存在しているようなものだ。
僕は本当にカムサという人物が存在するのかを確かめる為にこのカジノに来たのだが、入った瞬間に分かった。
あのルーレットのディーラーが、井戸の中や外で会った男だと。
変装なんて素人には通用するが、1度顔を合わせたスパイ同士なら変装は何の意味も成さない。
向こうも僕に気づいていた。
だから僕がチップを置いた数字に玉が入ったのだ。
ディーラーがコントロールしていた。
その行動は男が僕に対して「お前の事に気づいているぞ」というサインだ。
何も知らない一般客の男性が間に入って来た時は少し驚いたが、彼は訳も分からないまま大金を手に入れた。
店員がやたらと僕を見ていたから気になっていたが、観察していると店員の顔が全て顔見知りだという事に気付いた。
バレて居ないとでも思ったのか?
合宿の「無」の時に看守として居た人達だった。
僕は一度顔を見たら忘れない。
それだけは絶対必要なスキルだと思って身に付けていた。
ここまで顔見知りが居ると国が仕掛けた任務としか思えない。
地下に続く階段を見つけていた為、確認の為に入ったら案の定の結果だったというわけだ。
「流石に君を騙すには骨が折れるな」
笑いながら言うこの男の顔も見覚えがある。
小学校潜入回りをしている時にある学校で校長をしていた人だ。
この男、国の中でも結構偉い人だったのか。
男は武蔵野と名乗った。
これから僕はこの男の下で働く事になるそうだ。
男は笑いながら「よろしく」と手を出してきた。
「よろしくお願いします」
僕は同じく笑いながら男の手を握った。
これで僕は正式に国のスパイとして働いていく事になった。
武蔵野は僕と握手し終えた手を見つめて大きな声で笑った。
「お見事だ」
武蔵野と握手した時に、店員として居た人達とカムサの正体を書いた紙を渡していた。
僕流の挨拶だ。
仲間になるならこれぐらいの情報を知っていてもおかしくないだろう。
「いつ調べた?」と武蔵野は不思議そうな顔をしていたが、あの1週間の見張りで何もしていない訳がない。
情報を制するのがスパイとして最も重要な事である。
情報は時に命をも奪う。
自分の情報が漏れれば命に関わる。
そんな大事な個人情報を簡単に盗まれて目の前に突きつけられた武蔵野は、笑っていたが目の奥は僕を警戒していた。
一旦赤聖国に戻り、当初の予定通り年末合宿に参加した。
僕が5年もかけて探し出したエリートの卵達が沢山居た。
しかし、僕と達樹くん以外に小1で合宿に参加した子はまだ居ないみたいだ。
やはり今年も小5以上の子供しか集まって居なかった。
あの合宿の内容は全く変わっていなかった。
そして僕にとっては内容も結果もつまらない合宿だった。
帰宅し、つかの間の休日を楽しもうと近所の公園まで散歩した。
ベンチに座り、ボーッとしていた。
こんな優雅な時間はいつ振りだろうか。
まだ中1なのに誰も僕の事を中学生として見ない。
しかしそんな僕に声をかけてくる男性がいた。
「純くん、久しぶり」
涼さんが僕の目の前に立っていた。
「あの時の返事、聞いてもいいかな?」




