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4-16 日常

 その日もアンジェは氷を作り終えて赤髪亭に帰ろうとしていた。


 今日も忙しかったけど仕事のやり方には慣れてきて、火の異法(と呼ぶには真逆の力だが)で氷を作るのは早くなったし順調だ。

それに今日の午前中にアマザ達と一緒に出かけたのだがそこであったことが嬉しかった。


 学校が休みのこの日に合わせて狩人パーティー『遠慮』も休みを取っており、カイルは再度都市への連絡事項での呼び出しがあったようだがタミーとアマザはアンジェたちを含めて一緒にオウノの医術院に出向いた。


 カイルからは来年に向けて健康診断ということだったが実際にはそれ以外にも目的があった。いやそっちの方が主たる目的だった。

源力を流しての炎症患部や疲労状態などの確認はされたがそれは短時間で終わり、服を脱いだままで別室に待機しておくように言われたところ老年の女性が入ってきた。


「あらまぁ、ホントに4人もいるんだね。

あのカイルってのは見た目よりも女泣かせだねぇ。 あんた達みたいな綺麗どころを揃えるのもそうだけど、使う素材に使う金に糸目は付けなくていいなんて依頼してくるってことはあの子はあの年なのに金回りはいいってことね。 オウノから話は聞いたけど親や家の金ってわけじゃなさそうだし、金目当てかい?」


 やせ過ぎているわけではないがキビキビとした身体の動きが矍鑠とした印象を与える女性はシクと名乗り、オウノが診察をしている隣の部屋でいくつかの道具を持ちこんでさっさと4人を捕まえて採寸を始めた。


 初対面で名乗った後にいきなり了解を得ないまま採寸を始めるし、最中に喋りかけてきたかと思うとズケズケとこちらの事情に踏み込んできた発言に面食らったと同時に彼女への第一印象は悪い。だがオウノから指示されてこの成り行きなので気に食わないから出て行くわけにもいかない。

それに彼女の話だとカイルが彼女に依頼したようだ。


「否定しないってことはそうなのかい?

別にそれを悪いなんて言うつもりはないよ。お前さん達みたいなきれいな子は自分を高く売るのは当然だからね。それに綺麗に咲いてる時間なんて過ぎ去ってみると短いもんさ、その間にしっかり稼ぎのいい男を捕まえておくがいい。」


 どう反応していいかわからずお互いに顔を見合わせるアマザ、タミー、コーリン、アンジェ。 4人ともカイルと一緒になるのは金が目当てではない、いや目当てにする必要がない。

アマザとタミーは狩人としての収入はその猟果からトップクラスになっているし、アンジェも新メニューや氷のおかげで赤髪亭の儲けは以前よりもいい。コーリンだって男性の収入が少なくて仮に生活に困っても実家が一族で共に暮らす風習を守ってるので男性が掟に従うことを了承すれば一族に取り込まれることになるので生活に困ることはない。

 ただ狩人の実績を上げることが出来たことも、赤髪亭の新メニューを作ったのも氷が作れるようになったことも、そして掟で決まった相手なのもカイルだ。今更ながらカイルとの結婚は打算が無くて決まったことだが彼がいたことで事態がよい方向に動いてることに不思議な縁を感じる。



 シクは先日オウノからの紹介でというカイルと初めて対面したが仕事を引き受けるに当たってオウノからカイルの事情を聞いている。

都市の上級職員の服の作成などに関わった経験がある程、年輪都市の中では腕が確かな人物であり、だからこそオウノとも面識があった。

 あまり口が良くない職人気質のシクは年輪都市ではあまり見かけることがない太った体型をしているオウノにだらしない体と悪態をつきながら共に茶を啜るくらいではあるが。


「オウノから話は聞いたし、出来ればあのカイルって子とはうまくやって欲しいがね。

 女を何人も囲うような男なら嫁さんにはあまり金を掛けなくても連れ歩く妾には金をかけるもんだ。 特に金を持ってる奴が女を囲うのは他人への示威で自分の優越感を満たす奴が多いから特にそうだね。

 オウノのじい様に聞いたら今時珍しいけど全員を嫁さんするらしいじゃないか? 女の側からすると独占は出来ないかわりに目当ての男と一緒になれるのは有難いけど男にしてみれば思ってるよりも大変なことなんだよ? 金がなくなったら別れればいい関係と違ってそれだけ養う責任も増すんだからね。

 あんた達の旦那予定の男はそれも年食ってからでなくて、まだ若輩でそれを決めてんだから何も分かってないバカかなかなか気骨があるかのどっちかだね。」


 先ほどシクに対してのリアクションで互いの顔を見合わせていた4人はカイルを評価していることを聞いて再度顔を見合わせた。


「ええっと、じゃあシクさんはカイルからの依頼で私たちに服を作っていただけるんですか?」


 タミーが代表して尋ねるとシクは当然という感じで応える。


「採寸してるから当たり前さね。

 あの子から要望は聞いてるけれど自分は服のデザインは門外漢だからわからないからあたしに任せるとさ。でもお前さんたちの希望があれば聞いておくよ?

あんた達の希望があれば優先して欲しいって言ってたからね。

あと、サプライズにならなかったのはごめんって言ってたよ。」


 4人はカイルに苦笑しながらもシクに服の希望を伝えた。


 以前にカイルから貰った物は指輪があるがここにいる4人だけでなくてヴェガにも贈られたものだし、何より婚約する以前のものでそこに好意はあっただろうが恋愛絡みのものではなかった。それはアマザやタミーに渡された時のことも聞いて確認している。なので婚約相手として贈られるのが嬉しかった。 特にアンジェはこの前の試食の後のやりとりもあったので余計にそう思う。



 その試食の件についてだがカイルが作った小麦粉を溶いて焼いたメニューは都市からの許可が出るまでは扱えないとのことで、折角更に人が呼べそうなメニューがあるのにと憤慨したアンジェではあった。

 

 しかし冷静に考えてカイルは狩りの仕事に赤髪亭の手伝いもしながら他にもよく仕事と称して医術院などに出かけている。

 あの小麦で出来た球状のメニューはカイルの作業を見ていると簡単そうに見えたが実際に店で試してみると意外に難しい。それを練習しようにも自分だって学校に、赤髪亭に、氷の作成だ。

売れることが見込めるメニューだからと言って今以上にやることを増やして満足のいくものができるかと言われれると自信がない。 

 そう考えるとすぐにメニューに加わらなくて良かったと言えるかもしれない。カイルもあの料理以外にも作りたいものがあるようだった。

あの時に使わないがついでにカシナータに指示して作ってもらっていたコテとやらを手にして「お好み焼き」とか「鉄板焼き」とか言っていたのだが食材として足りないものがあるらしくて地下に仕舞いこんでいた。


 その前に新メニューの試食を聞いたヴェガがカイルに同様のものをねだったのだが肝心の調味料がないので出来ないというと、いきなりカイルが前かがみになり、


「おふっ! いい右持ってんじゃねぇか……」


と言いながら悶絶していた。 辛いもの好きのヴェガにもあの味は通じるんだろうか?


 色々とカイルは多忙そうだし、自分も学校卒業からの方が時間がとれる。結婚も含めて本格的に動き出すのはやっぱり来年になってからになりそうだと思いながら中央買取課を後にすることにする。


 既に氷箱を自分たちが担当する地区へ運んでいった問屋からの見学の女性たちはおらず、水甕の掃除をしているオゥに挨拶をして帰ろうとドアを開けたところで少女とぶつかった。


「すみません。」


 よろめいて壁に手を着いた少女は小さいが明瞭に聞こえる言葉で謝ってくる。 学校に通っているかいないか程度だろうか?


室内だけれど帽子を目深に被ってるのも変だし、そもそもこんな年齢の子供がここにいることも変だ。少し屈んで声を掛ける。


「迷子かな?」


「いえ、こちらで氷を分けて頂けると都市の職員の方にお聞きしたもので……」


 彼女は料理に使うボウルを手にしていた。中央地区に住んでいる子供が話を聞いてやって来たのかと思ったのだがそもそも氷については今は情報を伏せられている状態のはずだ。なのでもう今日は終わりと言ってしまうとここで作ってることが漏れてしまうかもと返答しないでいるとオゥが出てきた。



「ん? 子供…… あ、そういえばサンタシさんから念話が入ってたな。

お使いの子かな? 残念だが今日の配達の分は終わったからまた次回になっちゃうんだが?」


「そう、ですか。残念です、初めて氷ってものが見られると思ったんですが。」


 消沈して目深に被った帽子が更に垂れるのをみたアンジェはオゥに事情を聞いてすぐに氷を作ってやることにした。どうせボウル一杯程度ならすぐだ。


「ありがとうございます。」


 氷を入れたボウルを見つめてから彼女は帽子を取ってアンジェに礼を述べた。

その額には揃えられた黒い前髪を押しのけて5モイト程の盛り上がった半透明の爪のようなものがあった。 

 角付き。

 アンジェは初めて見たその小さな異法士を見つめて送り出したあと、自分も帰途に就いた。





-*-


 年輪都市の中央地区のある建物内にカイルは呼び出されていた。


「今のところ更に希釈をすれば強烈な食欲をもたらす嗜好は抑えられることが分かった。

 だが不思議なのだがそれほどの希釈をしても感じる味覚は大きく変わらない。味覚に作用している成分が働く閾値は小さくてそれを超えても作用が大きくならないから濃くても味がかわらないんだろうな。」


 希釈の結果を伝えているのはナウガタ。 


「そうなんですか。原液のままで口にしたコウサ師匠も問題ないんですね。それほど薄めても大丈夫ならコウサ師匠はだいぶ無駄にしてしまったってことになりますか。」


「うむ、ところがな。確かに依存とか離脱症状などはないのだがやはりまた食べたいという強い欲求は濃い濃度ほど高いようでな。それはあの時の100倍希釈で試した私たちでもそうなのだ。

 自分の食欲に負けた気がしていたがそれを踏まえて現実的に考えると君のところで扱えるように許可を出しておくように働きかけていてよかった。

 結局 薄めた物を民間でなく、都市からのみで市販することになった。

やや希釈倍率が低いものは他都市への販売のみ、低い倍率のものは君への販売、というか採ってきた君への返還だけだね。」


 他の都市に回すために在庫は確保するが所詮多くは用意できない。なのでより誘引作用が強いものを提供して需要を上げることで価格を上げるつもりだろう。


 だが都市内での使用ではあくまで旨みを感じる程度、出汁の味がする程度に収めて誘引作用も抑えられるらしい。

バチカーのように外に出て狩って調達できてその程度で尽きることがないのならいいが特殊なものだけに採り過ぎると無くなってしまうことも考えられるので扱いづらい。


 ところが実際には赤髪亭だけの使用になる。その理由はこの液体を調味料として使う発見はカイルの手柄によるものが大きいし、その既得権を認めるとしたところカイルにしか渡せない。

それも既得権の間に採りまくっていいかというとそれを許可するわけにもいかず、既得権の独占期間が終わったからといって他の狩人に知らせて狩り尽くされるわけにもいかない。

 なのでカイルに採取の独占と調査の依頼、希釈した調味料の独占使用を認める代わりに都市内でこの調味料については吹聴しないことが条件とされた。 その間に都市として養殖が可能か、類似物を合成できるかの道を探るそうだ。


 赤髪亭だけがやたらに美味いものが作れるとなるとその秘密を探ろうとするものが出たり、こちらからでなく都市側から調味料についての情報が漏れると他の店から睨まれかねない。

 そうなるとヒトへの強力な誘引作用がなくてもいいからなんとか出汁の味に近く、そして他の店にも入手できるようなものを見つけておく必要が出てくるくるだろう。 

海がないので海藻はない、しかし運河には大きな魚はいないが小さな魚はいるからいりこのような使い方ができるか? キノコから煮汁はどうか? などいくつかの案は浮かんでくる。

 それと骨からの出汁と考えると豚骨ならぬ巨獣骨スープも試してみる価値があるだろう。 一部の人が巨蟲であるホーネットの幼虫を食べることなど日本あっちと似てるのだが巨獣の骨の利用は少ない。含まれる金属を取りだす為に食材よりも素材としての意味が強いせいだ。

 この辺の年輪都市の常識が盲点となっているので意外な味の発見があるのかもしれない。

 でも忙しすぎるよな。


-*-


 角付きは能力を発現すると同じ場所に集まって暮らして変わり映えのない毎日を続けるようになる。

それゆえ私のような新たな角付きの加入者は珍しいし日常に変化を与えてくれるとみんな優しい。

学校に行っても授業の内容はみんなに教えてもらったところだし、友人を作って遊びに行こうにも私を時折誘ってくれるのはカコさんだけでいつも学校の中央地区であまり珍しいものはない。

 コミュニティの寮はみんながいるし、なんでも都市が用意してくれるけどそこだけにいて変わらない風景を見てるのは退屈だ。だから時々外に出かける。でも私のような角付きは保護者がいないと自由にしてはいけないそうだ。

中央地区で寮や行政区画なら1人でもいいそうだが私の角の場所は目立つので隠したほうがいいといわれた。なのでこの前も父さんと出かけたときも大きな帽子で隠していたのだがすれ違った男の人にまじまじと見られた。あの帽子でも外から見ると隠せなかったんだろうか?でも別に悪く言われることがないのなら隠すことはしなくていいと思うんだけれど。

 

 今日の夕方、最近出回り始めた氷というものがあるらしいが飲み物が冷えて気持ちがいいという話題が出た。

大人の人たちは都市に頼んで回してもらおうかと言っていたが私達の健康を見てる医術士から体を必要以上に冷やすのはよいことではない。頼んで回してもらうにしても大量に飲まないように少しだけにしておいたほうがいいだろうと言われた。

 中央買取課で氷は各地区に配分されているが需要を満たすほど大量に作れないこともあり現在は狩人が利用する酒場に卸して反応を見てる状態なのだそうだ。いずれは普通の家庭にも売る予定なのだそうで意外と安価らしい。

 実物を見てみたかった私は年長者に連絡を入れてもらい、中央買取課に行くことにした。狩人が持ち込む猟果だけでなく、蓄養やペットとして他都市へ送る生きた動物も持ち込まれるので他よりも安全なところではないと私が行くことにあまりいい顔はされなかったが否定はされなかった。


 最初は都市内で見られない巨獣を間近で見られる機会だと意気揚々として向かった。だがそこは喧騒と次々と開く歪門から引きずられる動物、そして時折香る血の匂い。 

普段の生活とは違うものが見られて、初めて見た自分よりもはるかに大きな巨獣の骸に恐怖は感じなかったが少し刺激が強かった。

その足で聞いていた窓口横の通路に入る。今は守秘されているが氷はここで作られているそうでその間にくれば角付きたちが使う分くらい持って帰っても構わないと話が付いているらしい。

私は氷を入れるための大き目のボウルを持ってきたのだがさっきの光景の刺激で少し注意力が散漫になっていたらしい。突然開いたドアに当たってボウルを落としそうになり、よろめいてしまった。

 

 そこである女性と出会った。

第一印象は赤い。髪も瞳もスカートも。

シャツは白かったがおかげで髪の赤さがよく目立った。元気が余っていそうな感じでドアの開閉に邪魔になっていたことを咎められるかと思っていたが助け起こしてくれた。

彼女の髪の色から火の異法士であることはわかったがかなり濃い発色でひょっとすると元から赤毛なのかもしれない。

 既に氷の作成は終わっていたそうで室内に氷はなく、持ち帰ることはできないようだった。見ることが出来なくて残念と思っていると帰ろうとしていた赤い女性が用意してくれるという。

 オゥという男の人から守秘義務についてわかっているか尋ねられたが他言しないことだというとそのまま見ていていいと言われた。


 そこで見たのは氷の作成される様だったが異法で作るものだとは知らなかった。冷たく、透き通った石といった感じ。これが氷なのだそうだ。

水が固く変化していく過程を目に出来たことを嬉しく思いつつ一口大の氷をボウルに入れていく。


 ずっと顔を伏せたままなのも失礼なので相手の顔を見て礼を言ったら額の角を見つめられた。やっぱり目立つ場所や形状なんだなと思ったのだが彼女は私が気を悪くしたと思ったのか自分の家にはカキ氷というものがあるから機会があればご馳走してあげると言われた。 

 カキ氷か、氷といい巨獣といい私には知らないことが多い。










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