4-13 竜の中の蛇 1
いけるな。
このままでも十分使えるが薄めて使う方がクセの悪い部分が薄くなって旨い。
だが保存に関しては不明なままだ。たったこれだけしか取れないのなら保存を考えずに入手したら使い切るほうがいいのかもしれんが……それだとこれはもう味わえん。
妻に先立たれてから一人で暮らす店舗と住居を兼ねた家の調理場でコウサは一人で鍋で煮た今日の夕飯を吟味しながらゆっくりと食べ進めていた。
やもめ暮らしとなってからの生活は会話もないのでそのつもりがなくても早口で食べてしまっていたのだがカイルがキノコと称して食用が可能な根のない薬草を持ってくるようになってからは再評価も兼ねて食を楽しむようになっていた。
カイルが持ちこんだ白い球体の中にあった液体が詰まった内容物。
それがなんなのか分からないまま捨てようと思ったがカイルより教えられたキノコの実態や養殖に関する知識が久しく忘れていた未知への好奇心を高めることになった。
キノコだとすると中にあったこれがなんなのか?
カイルの知識にもなかったその疑問を解決するために実際に開けてみた。
そしてその堅い外殻らしきものを割った時に香ってきたのは刺激臭や異臭といった不快なものではない。それどこか妙に食欲を刺激する匂いで思わず指に付けて舐めてみた。結果は肉の旨みに似ているようでまた違ったかなり濃い味がするものだった。塩辛いのかといえばまたそれとも異なる。
これが包まれていた白いキノコは既に都市の担当課に持ちこんでいたがキノコについては自分たちの方が詳しいので身体に害がないかどうかだけが判明した程度。その後更にこの液体が入っていた外殻を持ちこんで調べてもらったが意外な結果だった。
とりあえず中の液体は毒にはならないものということなので自分はこれを食用、いや調味料として使うことにした。以後朝昼晩と食材に加えているが今のところ体に異常はない。 いや癖になるほど旨いというのが異常といえるかもしれない。 人によって合う合わないがあるかもしれないがそれはこれに限らず巨獣の肉を含めて各人の体質に合わない食材はあるので同じだ。
最初は癖になる味に依存性を疑ったが都市の担当課が外殻の内壁に残った液体を調べても禁制とされている危うい成分はないとのことだった。 だがその結果を疑うくらいに次が欲しい、いやこれを少しでも長く使いたい。
そう思って残っていた僅かな液体を薄めてみたがこっちの方が更に旨いことに気付き、しばらくこれで味付けられた飯が食えることに安堵した。
-*-
カイルは打撲箇所の診察のためにオウノの元を訪れていた。
最近工術士の修行は週に一回程度となっており、通うペースは落ちているものの続けている。なので通うのは建物の居住部分から降りる地下工房にいることがほとんど、なので医術院の方に来るのは久しぶりだ。
「ふむ、やはりワシが源力を流しても増えた分が消えておるから効果が薄いのう。ワシが流した源力だけを優先してスフィアに貯めこまれるわけではないから流れたところは若干ではあるが医術は働いておるがな。
単に触診からの診断じゃがまず打撲だけで骨折はしておらんじゃろ。
もちろん安静にしておる方がよいぞ?」
大事にはなっていなかったが怪我人を強制的に異法で胴上げされたからな。悪化してなくてよかった。
「ところでさ、ここに通ってる間にじいさんに教えてもらいながら素材としての処置が終わったアレ、もう使ってもいいんだろ?」
「おお、そろそろ売りに出すのか? そういえばオークションへの商品提供を打診されておると言っておったな。神聖都市でもオークションでの入手が多かったのぅ。なんせいつ採れるかわからんので入荷予約もできんかったからな。」
「いやそっちは別のやつを用意してる。ちょっと婚約者達に贈り物をしたくてね。それで服を作れるような人の知り合いはいないか?」
「ほうほう、ちゃんと嫁さんを気に掛けるようになったか。 よい傾向じゃな。 嫁さんには感謝をしたら必ず言葉で伝えるのじゃぞ?
言わなくてもわかっているだろうなどというのは所詮男の意見じゃ。きちんと口に出して伝えると違うもんじゃ。
まぁお主は心術でもよいがな。
上辺だけの言葉でなく伝わるのはよいが、逆に「上辺だけ」だった場合はそのまま伝わってしまうのが難点じゃがな。」
「恐いことを言わないでくれよ。
なるべく心術は使わずに言葉で感謝をすることにするよ。上辺だけでの感謝はするつもりはないけど心術だと相手がどれくらいの感謝の気持ちを上辺だけと取るかわからないもんな。
で、じいさんの知り合いに腕のいい仕立て屋さんっているのかい?」
「もう現役ではないがワシの茶飲み友達に腕のいいばあさんがおるのう。嫁さんたちに服を送るのか?」
「そういうこと、実際に仕立ててもらうから既製品を買ってサプライズってわけにもいかないけどね。 じいさんのところに健康診断ってことで来てもらうからさ、ついでに採寸とかしてもらってくれないか?」
「装具やアクセサリーの類ならワシでも出来るが服はさすがにワシも作れんしな。専門家に任せるしかないのう。
デザインや費用の相談もあろう? 念話で呼んでみるからシクばあさんの都合が良ければこれから会って話を詰めておくといいじゃろ。」
アンジェに服を買ってやったことでアマザ達も何か欲しいって言われていたことを思い出してどうせなら全員に贈る方がいいと思ったのだが、服はサイズが分からないので一緒に買いに行くしかないのでサプライズプレゼントってわけには行かない。だけどそれに手を加えて渡すことでサプライズには出来る。
オウノ爺さんのところに来て相談してみたがうまくいった。
-*-
白い球形キノコを草原から中央買取場へ持ちかえる。
オニフスベと呼ぼうと思ったがキノコかどうか怪しくなったからな。
とりあえずバレーボールとでも呼んでればいいや。正式な呼称はそのうちコウサ師匠か都市の買取課が付けるだろう。
コウサ師匠が都市へ報告してくれたのでそのまま持ちかえることが出来るようになったが未だこの中にあるという物については報告がない。
ちなみにコウサ師匠が採集者として連名で都市へ報告を上げてくれているのでキノコの採集を続けた実績でキノコ狩人の称号は(2)へ上がっている。
未だ「食べられる根のない薬草」=「キノコ」と呼ぶ事が浸透しておらず、一般に知られている薬草以外に普通に食材として持ち込めるキノコがあることが狩人に認知されていないため今の採取量でもランクが上ったようだ。
コウサ師匠と組んでの新種のキノコの報告もランクアップに効いているだろう。
キノコは巨獣のような等級があるわけでないが、いずれキノコの対して需要が大きくなった時、需要に対して供給が少ないものは食材として等級が定められていくのだろう。
バレーボール(仮称)について現場でタミーの異法で掘り返してもらったが根らしいものはなかったのでやはり何かの実で中身が種というわけではないのかもしれない。大森林の樹木でもあれば上にある枝から落下したことも考えられるが草原で転がっているので考えられない。
とりあえず現状「キノコらしきもの」ということなのだが少なくともコウサ師匠はこれを食べて大丈夫だったし、自分も食べてあっちのキノコの食感や味に近いことは確認している。
中に入ってたものだって日本にはないだけで年輪都市の世界や大森林では割と当たり前のものという可能性もある。いくら3代に渡ってキノコを調べたコウサ師匠とはいえキノコ全体のうちどれだけ調べたのかすら分からないわけだし。
日本だって未だに新種の生物は見つかり続けてるもんな。
持って帰ったバレーボール(仮称)まな板に置く。
赤髪亭の厨房を借りて唐揚げと一緒に素揚げしてみるか? それとも小麦粉を溶いて天ぷらにでもするかと思っているとサンタシから念話が入った。
『すみません、カイルさん。
今のところ買い手がつかない以上売り物としてではないでしょうが今日もあの白い物体を持ち帰ってますよね?
それを持って中央買取課に来ていただけないでしょうか?
あ、それとその、ついでの私用ではありますが出来れば以前に頂きましたカレーパンがあれば是非家内に食べさせてやりたいのでお願いいたします。』
現在昼の定食・弁当のメニューはカレーがメインとなっており、そのカレーの種類のローテーションの一つとしてカレーパンの日がある。
よく考えずにサンタシからの要望にOKを出したもののこの日はカレーパンではなかった。今からだとパン生地の準備の問題で用意が出来ない。
夜は普通の定食と一緒にカレーもメニューの一つとして用意されているためにルーは出来あがっている。しかしタッパーに米代わりの小麦玉とルーを別に入れるのはどうにも嵩張る。
それに電子レンジなんぞないこの都市じゃ一度ルーが冷えると鍋に移して温めるしかない。
どうせならと思って即興のドライカレーを作って容器に2人分を詰めた。これなら冷えた小麦玉に暖かいルーを掛けて食べるよりはましだろう。
おかげでバレーボール(仮称)には全く手を付けることはできなかったのでそのままドライカレーと一緒に風呂敷に包んでから中央へ向かう。
中央買取課窓口に顔を出す。
狩人が指輪を使って帰ってくる最盛期は過ぎているためか今日はは人手が足りているようでサンタシは持ちこまれた巨獣の査定には向かわずに待っていてくれた。
風呂敷で包んだ上部に置いた弁当容器を出して手渡すと笑顔で受けとる。
「ありがとうございます、カイルさん。」
「お礼を言われたところで済まないんだが 奥さんが御所望のカレーパンは昼弁当のメニューではなかったんですぐには用意が出来ませんでね。カレーの別バージョンになったんだけど構わないか?」
「赤髪亭のメニューにはハズレがないと聞いていますので構いませんよ?
お代はここでチャージします?」
都市買取の仕事で使うカードは元々物質として存在している。サンタシ個人のカードは当然別のものなので物質化させて支払いをしようとする。
「これは俺の奢りでいいですよ。ただ二人ともこれを食べて意見を聞かせて欲しいんです。 いくら歪門を通ってきて時間はそれほど経ってないといっても今すぐ奥さんと一緒に食べるわけじゃないと思うんで温かいカレーに比べてどうか、そしてメニューとして金が取れる味なのかですね。」
「分かりました。わざわざ持ってきていただいた上に申し訳ありませんが有難く頂きます!
家内は以前に持ち帰ったカレーパンしか食べたことがないのででこちらを試して意見を聞いておきましょう。カレーとの比較は私一人の意見となりますけが楽しみです。」
いそいそと喜色を浮かべて弁当容器を受け取って仕舞い込むがそのあとは仕事モードに切り替わって真面目な顔になる。
「こちらです。前回氷の提供について会議をした部屋の隣の部屋になります。みなさんは既にお待ちですので。」
みなさんとはどういうことだろう。
風呂敷に包んだバレーボール(仮称)はまだ大森林からの持ち込みが許可されたばかりだ。 これも含めて俺が持ち込むようになったキノコはまだ食材としての認知がほとんどされていないので需要がない以上、問屋が扱うなんて話にはならないはずだし。
それにどうにも仕事モードになったサンタシもいつもよりも少し緊張しているように見える。
部屋の入口のドアは開けられたまま、部屋は隣と同じ広さだが机は違う。
隣の部屋はC型の机で中心に物を置いたり人を招いたりした上で会議も出来るようになっていたが この部屋にあるのは大きな楕円の机でC型の机がO型に変わった感じ。大きな物体を机の上において議論などをするんだろうか?
その楕円形の机(ひょっとすると作業台なのかもしれないが)の周りにある椅子に6人ほどの男女、そしてコウサ師匠が座っている。
「カイルさんの都合がつきましたのでお連れしました。
これで球体物体を持ちこんだ関係者が揃いました。」
サンタシがそう言ったことに頷いてから視線をこちらに向けてくる一同。直後にドアの鍵は閉められる。
そのうちの一人はコウサ師匠の横に座って何やら小声で会話している。
「二番地区先での草原で採れたという白い物体について現場を知っている君に意見を求めたいのだがいいかな? カイル君。」
コウサ師匠と会話をしてた男はやや長めの髪を後ろに流し、大きな鉤鼻で頬がこけた容姿をしている。やや甲高い擦れた声で聞いてくる。先ほどの会話は俺の名前を聞いていたのか。
そういえばこの人の来てる服はこの前の会議でアケーシ翁が来ていたのと同じだ。上級職員ってことか。そんな人が出張ってくるほどこのバレーボールは問題なのか?
ちなみに彼が「二番地区先での草原」と言ったのは草原が確認されているのは2番地区だけではなく、逆の西側にもあるからだ。
ただし2番地区のように広くはなく、都市より遠い。大きな湖に接しているところにあり、タミーの夫が1級巨鳥によって死亡したところだ。
「君は食用が可能な「根のない薬草」をキノコと称して持ちこんでいるそうだね。コウサとは互いにキノコに対して知識と意見を交わす間柄と聞いたが相違ないかね?」
「3代に渡ってキノコを調べているコウサさんには検知や知識で及ぶべくもありませんのでコウサ師と呼んでいます。若輩の私にはとても意見を交わせるほどではありませんが。」
初対面だし上級職員、何を目的に呼ばれたのかわからないが自分の都合がつかない場合だってあったわけだからそう重要な用件じゃないと思う。だがここは敬語で下手に出ておこう。
「ふむ、謙遜だな。 コウサは私より年は下だが旧知の友人でね。
君の知識に感心しているよ。コウサでも知らなかったその知識以外にも何か知ってるなら意見を求めたいと思って呼んだ次第だ。君と無関係ではないしね。
そういえば初対面なのに自己紹介がまだだったな。
大森林由来の動植物から取れる素材の研究をしながら大森林素材課の長をしているナウガタという。 サンタシ君に伝言で白い球体があれば持ってくるようにとお願いしたのだがあるかね?」
風呂敷を机の上に置いてスイカ包みを解いて見せる。
「これを都市に持ち込むのは不味かったですか?」
コウサ師もいるってことは遅効の毒性があったとかだろうか?それならもっと強制的に出席を求められたはずだ。
「ふむぅ……。不味い、というわけではないのだがな。君はこれを何だと判断したのかね?」
「別のところでこういったタイプのキノコを見たことがあります。それに味や食感もキノコでしたね。
ただコウサ師から中に液体が入った殻のようなものがあったと見せられてキノコにはないものとして些か疑問には思っていました。」
「ということは君はキノコではないかもと思い直したわけかな?」
「そうです。とはいえ最初に持って帰った物はコウサ師に渡して判断してもらってるので(前の件で懲りたからな。掟とはいえコーリンと結婚することになったし)、 実際に自分で中身を見るのはこれからなのでそれで判断してみようと思ってました。」
(キノコではないと思っても自らで確認しないうちは断言もせずか。決めつけて動かないのはよいことだ。)
机にケースを置いて開く。
「コウサは君にこれを見せた後に割ってみたそうだ。そしてこちらに調査を依頼してきた。
こちらに持ってきたのは既に中身の液体が無くなった残りの状態でね。
できればこの場で大森林素材課の私と採集者である君、買取課のサンタシ氏の前で取り出して割ってみてはくれないか?」
もう一人ナウガタと同じ上級職員の服を来て腕を捲くっている男性には触れずにそう言ってきた。髪の色の感じからすると異法士か。
シク 西区をもじって 元仕立屋のばあさん オウノじいさんの茶のみ友達
ナウガタ 長田区をもじって 巨獣や大森林由来の素材やその応用研究する部門の課長 適当な課の名前が思い付かない。とりあえず森林素材課
半端ですがとりあえず目標の5000文字を超えたのでここでぶった切り




