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4-10 ニーオン・カイロク

 頭にタオルをかぶせ、頭と顔の汗を拭いてから鈍色の鎧を脱ぐ。

目立たぬその色の鎧に秘められた力があり、それを引き出せるのは持ち主のその男だけ。鎧と対である小手、具足を外して布で表面を拭いて砂と汚れを落とす。

 普段は動きを重視して臙脂色のレザーメイルの軽装鎧を付けているが異法士相手の訓練をする場合は必要となるのでこの鎧を身につける。

今は亡きカーミン・キニダックの手により過去の遺物を利用して作られた一品物で彼が彼女を崇拝、あるいは心酔することになったものだ。


 彼は彼女に力を与えてもらったことで感謝と尊敬はしていたが子を儲けるような関係ではなかった。

その後にカーミンが取りかかった遺失文化の失敗技術の復刻研究の成果に目を付けた男が原因で宗教都市を逃れて今に至ることとなった。


 既に彼が護る、支えると決めたカーミンは亡くなり目標は失ったが今は彼女との間に儲けた娘がいるこの都市を護る職に就くことにした。

それから既に5年。


 娘は角付きとなったために幼いうちに都市に囲われたもののこの都市のどこよりも安全だ。

彼は娘よりも妻を優先しためしばし会っていない期間があったが今は時折会っている。娘を放置していたことで内心では恨まれているのかもしれないこと、彼女にとっては実の父の自分よりも彼女が暮らすコミュニティこそが家族であろうことは予想がついていた。

今もそうだろう。

 自分の代わりとなる者がいて笑って暮らしているのなら今更自分が出しゃばって父親面する必要もないと考えてる。それに共に暮らして子育てをしていない自分では父としてどう接するべきか分からない。

 再会時、予想に反して彼女は会いに来なかった親に責める言葉を浴びせかけてくることもなく、事情を察する聡い子に育っているように見えた。

ただ正気を失うほどに彼女を愛していた母カーミンをどういう形でも忘れることがないように、角付きのコミュニティが彼女の家族であっても実の両親がいることを忘れさせないために会っている。


 カーミンにはもう一人子供がいる。

当初は身を痛めて産んだ自らの子供を愛そうとしたがあの男と同じ髪の色、そして面影を残す息子を次第に疎んじた。

 

 産まれた子供には罪はない、その父親に罪はあっても。

それくらいは分かる。だが彼にとって祈っても力を与えてくれなかった神より、現実に力を与えてくれた彼女こそが尊ぶ存在だった。

自らが信望する彼女を襲った男の子供、そのことも頭にあった。

彼女と同様に彼は無関心で子供に接しながら暮らした。その時に父親として接していたのならナージとの接し方も分かったのかもしれない。


 久しぶりに彼女のもう一人の子供、カイルを見た。

そう、見ただけだ。

 

 彼とカイルは5年前から無関係な関係だ。かと言ってそれ以前は親しい関係であったわけでもないが同じ家で暮らしてはいた。

2年の間、正気を失いつつあったカーミンの指示で戦い方を教えた師弟の関係ではある。

人付き合いが上手くなかった自分が10年以上かけて習得した技術を短期間で習得せるためにかなり無茶なことをやった。

 恨んでいるだろう。

カイルが幼い頃に彼は父と呼ばれていた。その後 父ではないと教えたが、だからといってどうして虐待のように体を痛めつけられてまで技術を覚えなければならないのかと思っていたことだろう。

 それでもいい、今の彼にとってカイルはあくまで他人。関心がない。


 娘のナージは覚えていないだろうが半分血の繋がった兄がいることは教えている。

半分といったことから何か事情があると察したのか詳しくは聞いてこなかった。

会いたいというなら名を教えればいい。年輪都市にいる上、市民カードを持っているなら調べれば住所は分かる。


 彼は仕事と宿舎の往復という単調な暮らしをしながら変わり映えのない日々を送っている。

時折1級巨獣が街に近づいてきたのなら厳戒態勢として前線で指揮するか直接戦う指示が出るがあまりない。

数か月前は珍しく同時にそれが起こった。

彼はより防御が薄い衛星都市への防御の指揮に回り、年輪都市にやってきた一級は狩人が対応して追い払ったと聞いている。


 それからしばし平穏な日常が続いていたがその日、防衛課の課長に呼び出された。



-*-


 防衛課課長は上級職員も兼ねている。なので上級職員であることを示す専用の服装を纏っているがその外観からも逞しい体つきであることが分かる。

それぞれの課のトップは余所から来るのではなく、その課での実績を上げたものがなるので服の下には厚い筋肉があるのは当然だ。


 その口からバリトンの声が発せられる。

 

「ニーオン、休み時間中に済まないな。少し私用な事なのだが構わんか?」


 課長室にある大きめの机の向こうにある肘掛付きの椅子に座った男の前に立つニーオンは興味なさげに応える。


「再婚の話ならばお断りしますが?」


 人口増加政策を採っている都市としては男女が一人者でいられるのは好ましくない。

 ニーオンは結婚相手とするなら年を取っているが年輪都市では狩人で命を落とすのが男性が多いことからやや女性が多い。

そのため職員でも給与が多いニーオンにはできれば結婚して家族を持ってもらいたいと課長は何度か女性との会食の場を設けようかと提案したのだが断られている。


「いや、今回はそのことではない。 君の身内のことでね。」


「ナージが何か?」


 ナージはまだ学校に通い始めたばかりだし卒業しても角付きは歪門の維持の仕事をすることは決まっている。何か問題があったのかと思ったのだが次に課長から出た言葉と頼まれた内容は予想外だった。


-*-


 カイルは都市中央地区にある薬問屋兼薬店メイシンにいた。

草原地区で採れた「根のない薬草」=キノコを持ち込んで調べてもらった。

主人のコウサによると草原地区やその近くの大森林からもたらされたキノコはそれほど多くはなかったが既知のキノコもあった。資料では薬用目的として使用できるいわゆる薬草としての効能を持つものもあったが色が異なっているものがあったりしたので調べるのはその道の大家であるコウサに任せている。

 通常は勝手に都市内に持ち込んでいいものではないのだが買取課側ですら無害かどうかの判断が出来ないために専門家であるコウサが調べることを前提として持ち込みを許可されている。


「おまえさんが言うように土壌のせいかはわからんが草原地区で採れた『根のない薬草』は色が違っておったが効能は既知のものと同じだった。ただその働きはやや強いようじゃ。特に毒性もなかったわい。」


「あのデカイのはどうですか?」

 

 カイルが尋ねたのは草原の草むらにあった白い球体。バレーボールのように見えた。

日本あっちのネットで知ったオニフスベのようなものかと思って一つ持ち帰った。

草にも根のない薬草にも見えない怪しげな物体を持ちかえった者はいないようでコウサ師匠も初見で薬草と使えるのか食用として可能なのか、毒性を持つのか全く分からないものなのだそうだ。


「食ってみた。全くの初見だったんで都市の素材研究を行う課にも一部まわしたがの。」


 まったくの初見で舐めるとかでなくいきなり食べるのか。もちろん大量に食べるわけにはいかないだろうがチャレンジャーだ。


「やっぱ試すには食べるんですね。」


 カイルはいきなり食べて試したコウサを心から称賛する。

食用としての判断ができるのはそうするのが最も早いので最初は誰かが少しずつ口にして試すのは分かる。ごく少量でも致死に至る毒を含んでいたらお終いなんだが恐怖はないのだろうか。どう考えても最初は動物に食べさせてからだろう。


「これまでお前さんが持ちこんできた『食用の根のない薬草=キノコ』の候補とはちょっと違っておったがな。味そのものは煮込めば歯ごたえを残したまま味が染みてなかなか良かったぞ。食ってみ?」


 元が大きいので四角の短冊に切られているとキノコか何なのか分からない。

口にしてみると煮つけられた味がついてはいるが食感はアワビタケにそっくりだ。てんぷらにしたら美味そうだ。


「なるほど、元々の味がないにしても調理次第で食べられそうですね。」


「毒性と薬効は裏表じゃが、どちらがあったにしても健康状態で食べれば何か反応が出てもおかしくはないが大丈夫なようだ。

 問題はこれだな。」


 コウサが置いたのは8モイト程の金属のようなもの。


「半分に切ったら中心あたりにこんなもんが入っとった。お前さんの持つキノコの知識でこんなことはあるか?」


 キノコの中に金属? 植物に例えれば花のような役目をもつ菌の子実体がキノコであることは知ってるが不要物?を貯め込んだものなんて日本あっちの世界じゃ聞いたことがない。

 この世界ならではものかもしれないな。

 手にとってみたが軽い、草原とはいえ大森林の中なので金属で構成されたものかと思ったら違っていた。


「これはひょっとすると種? 味はキノコみたいですけどキノコじゃなくて植物なのかもしれませんね。」


「そいつを振ってみな。」


 コウサに言われた通り手にとって振ると音はしないのだが何か妙な感じだ。中で何かが動いている感じがする。 液体?かな。


「気付いたか? なにか詰まってるようだがどうする?」


「とりあえずどんなものか分かりませんしこれも都市に持って行けばいいのでは? とりあえずここで割ってみるのもいいでしょうけれどコウサ師匠にお任せします。」


「そうか、腐るかもしれんから開けてみるとするよ。とりあえず食用には出来ると報告しておく。 それからそっちはどうなんじゃ?」


 8番地区のタミーの家の横に作った栽培試験場の様子を報告する。

大森林の木の枝を切り落とし、煮沸してからシイタケに似たキノコが生えていた木の部分を切り取り中をおがくず上に砕いて煮沸から冷めた枝に穴を開けて詰め込んだ。

日本あっちならシイタケの菌コマなんてホームセンターにでも売っているがキノコを食用としていなかったこの都市ではそんなものがあるはずもないので手探りだ。


 その辺りを話しているとマリアさんから念話が入った。



-*-


 カイルとニーオンはニーオンの仕事場である中央地区の防衛課・保安課の修練場にいた。


「で?どうして俺が出席する必要がある? それも俺と無関係なアンタの言うことを聞いて。」


「さぁな。俺にも分からん。

 だが都市としては稼ぎがいい人間がそれを使わずにいるよりは使った方が経済が回る。 できれば都市の人口増加にも貢献してもらいたいという『建前』だそうだ。 

 防衛課長へ同じ上級職員からの働きかけがあったようだがな。課長もお前のことを知っていたようだったが俺には関係がないことだ。

 俺はお前の身内として出席を勧めるように言われたに過ぎん。」


「アンタは俺を身内は思ってねえだろ?」


「そうだ。だが周りはそう思ってないということだ。

強引でも構わないと指示されている。狩人をやってるそうだが足でも折れば狩人は休むしかない。その間に出席すればいいだろう。」


「アンタとって負けたら出てやるよ。殴られて教えられた仕返しはアンタが元気なうちに返しておきたいからな。」


 カイルは如意棍を取り出す。如意棍は狩人の荷物として背負子と一緒に詰所に預けることはなく毎回持ち帰っている。


「これを着ている状態でお前に勝ち目があるとでも?」


 鈍色の鎧は午後の陽を反射して輝いている。


「知るかよ!!! 」


 俺は如意棍を杖に変化させて構える。

その鎧が特定の装着者ニーオンにもたらす恩恵と力を知っている。

鎧がなければただの人だと言いたいところだがニーオン自身の体術、そして彼の持つ鋼杖と鋼索に変わる武器はこちらの持つ如意棍と同等なものだ。


 不用意に突っ込めばアレが来る。そう思って如意棍を構えたものの躊躇した。するとニーオンの鎧から空気の揺らぎのようなもの現れてニーオンの全身を包む。 これが見えるのはカイルが源力を操る術士の力を持つゆえだがアレは源力を由来にしているがその働きは遺失技術による源力の物質化に近い。都市カードのような情報ツールでなく目に見えないものへの変化だ。

ニーオンが戦闘態勢に入ったということは素早さでは敵わない。こっちはもう後手に回ることになる。ダメージを減らすためにこちらも重複化を行う。


「どれくらい力を付けたか見てやる。来るがいい。」


 ニーオンは武器も手にしないままカイルに声を掛ける。


「ついこの間まで己を磨くことすらしていなかったおまえは、どうせ勝てないだろうがな。」


 事実であるが痛いのは嫌だと、死ぬのは恐いと、その恐怖を与えた当人に言われたことでカイルは攻めることにした。

 普通に技術の継承を行う師と弟子だったならその過程の痛みもさほど苦にはならなかっただろう。その後 手にした技術を生かすために学校を出たら保安課に進む道もあったろう。

 だがただ技術の習得だけのために技を見せられ掛けられ反復させられたカイルは痛みを嫌った。そして母に宣言された死を避けるためにその方法を求めて医術士への道を希望した。

学校を出ても状況が変わらぬ鬱屈した日々の間、やっていたのは都市が募集する日雇いの労働だった。突然繋がった日本あっちの人生を知ったことで大きく変化したがそれはたった半年ほど前からだ。


 カイルはこれまでの巨獣を相手にして自分が強くなったとは思っていない。紛れもなくニーオンの方がこれまでの狩りで出会った巨獣よりも強かった。

 だが鬱屈していた日々が変わり、過去とも決別してもう無関係だと思っていたのに赤髪亭に姿を見せたことに苛立っていた。その苛立ちから易々とニーオンの提案に乗ったわけだが勝てないかもしれないがせめて腹いせに一撃は与えられるのならそれでもいいと思っている。


「やることを失くしたアンタがいうことかよ!」



-*-


 昼休みを終えて交代で行われる防衛課、保安課の訓練予定者たちが遠巻きに見守る中、杖から刺又に獲物を変えてニーオンと戦ったが地に伏しているのはカイル。

ニーオンの鎧に貯まった源力を使い切らせるまで重複化を維持できなったことが敗因だ。


「お前の負けだ。では出席してもらうぞ? 

 誰かこいつを医務室へ運んで果汁水に砂糖を入れて飲ませてやれ。

少し始まるのが遅れたがこのまま保安課の訓練を行う。」


 午後の訓練しごとに掛かろうとするニーオンに訓練にきた保安課職員が言う。


「ニーオン教官、先に整地しなければならないのでは?」


 職員が言うように訓練所の土はところどころ抉られたり大きく波打っていたりとかなり荒れている。


「構わん。

 都市内は整備されているが全域がそうというわけではないだろう。

 このまま行う。」


 カイルとニーオンの戦いを見学していた保安課職員たちはこの二人に対して捕縛命令が出たら誰が出来るんだろうかと思いながら武器を取った。




登場人物

ニーオン・カイロク かつてのカイルの養父

カーミン・キニダック カイルの実母

メイシン 中央地区にある薬を扱う問屋兼小売店

コウサ 三代続く薬屋メイシンの現主人

マリア カイルが下宿する赤髪亭の主


1モイト=1センチ

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