4-4 偏食-2
10月1日の午後のことだ。
新人狩人たちが2番地区では名が売れている『偏食』やその他の力量があるパーティーから年輪都市と大森林との間にある緩衝地帯から早く外壁内側へ入るように忠告を受けていた。
新人ばかりで構成されていたパーティーなので当然彼らは指輪などは持っていない。
朝から大森林に入り、3級の巨獣を狙って失敗したため手ぶらのまま帰ってきたり、無理をせず身の丈にあったジバシリやその類の狩りやすい小型巨獣を狩って獲物を担いで帰ってきた者達がその声かけを聞いて一級巨獣やそれに準じるようなものが近づいているのかと互いに顔を見合わせながら二番外門へ向かう。
「なんなんだろうな? やばいのが近づいてるのか?」
「いやそれなら都市の防衛課が対処することで普通の狩人は前に出ないだろうから違うみたいだけど。お前たちはあの声聞いてないのか?」
「何かあったか?」
「大森林の中で『危険、大木に注意!』って何度も叫んでる声がしてたぜ? それによく分からんが浮いてる奴がいたな。」
普段人間の声は巨獣を寄せる結果になるので大声を出して伝達するような真似はしない。それでも声を出して注意を促すってことは念話を設定していない他のパーティーへ向けてのことだが自分を危険に晒してまで声を上げることは珍しいといえる。
それに浮いてるってのはどういうことだ?
そう思ったが危険が迫ってるなら自分たちのような指輪も持てない狩人には出番はない。さっさと詰所に帰ってこの情報交換は酒場ですればいい。ジバシリ2頭を紐で括って背負ったまま新人狩人は都市内に入るために外門へ向かう。
すると後ろから声がする。
「いつもの獲物の巨竜よりも素早いから抜かるなよ? 来たぞ!」
緩衝地帯から去るように声を掛けていた狩人の女性がそう言って構えた後に大森林から勢いよくクロヅノイノシシが飛び出してくる。
体重300カイロ以上は余裕であるだろう3メイトを超える巨獣のに突進に新人狩人は後ずさりながら身を竦めるが巨獣の突進は彼まで届くことはなかった。
声をかけて準備を促していた狩人たちはこうなることが分かっていたようで狩人パーティーは土の異法で足を止める。同時に5方向からボウガンが放たれて突き刺さる。それだけで絶命するわけではないが四肢が固定されたまま倒れ込む。
彼らの傍には更にもう1頭ボウガンが刺さったままの巨獣が倒れているのが見える。
駆け出しの狩人たちは自分たちが朝に出かけた後に巨獣の繁殖時期の凶暴化の報がもたらされたのだろうか?と思っていたのだがどうやら違うようだ。
先ほどの狩人が立っている先には何故か大森林の木々がない。その幅は5メイト程度と道としては広いのだが周りの大森林が大木であるためにそれらの枝や葉で日光が遮られているおり、道幅の割にすぐに気付くことが出来なかった。すると大森林から人のはっきりしない人の声らしきものと一緒に大きな音が聞こえる。
ジバシリを担いだ新人狩人はいつのまにか大森林に開いた道の前にいる狩人に近づいて話しかけた。
「済みません。朝、大森林に入った時にはこんな道はなかったはずですが。これはなんなんでしょう?」
パーティーに声を掛けていたリーダーらしい女性が髪をかき上げてその問いかけに答える。
「新しい狩り場まで大森林を移動するのが面倒だから道を作るらしいぞ?」
「はぁ。大森林に道、ですか?」
大森林に生える木々は普通の成長をするものあるが、他の都市がある大陸には存在しない大森林だけに存在する草本類は異常に成長が早い。
そのため道を作ってもすぐに意味を為さなくなってしまうので道など作られることがない。
第一大木を切る作業をしている間に巨獣が近づいてきたら中断することになるしあまりに労力が掛かる上に遅くなるのだ。
ところが話しかけた狩人達が見つめている道はまっすぐ続いているようだが張り出した樹木の枝もあって先まで見通すことは出来ない。 だが朝にはなんの作業もされていなかったはずだ。 なのにこの短時間で先が見えないくらいの道を作ったのだろうか? たった500メイトも入るだけで巨獣との遭遇が当たり前のこの大森林で。
「直進の道を作るために眼前の大木を片っ端から倒している。ありえない状況に巨獣が驚いて緩衝地帯にまで出てくるものがいるようだからな。 何がでてくるかわからないから指輪を持てない狩人は都市内に帰る方がいいぞ?」
結い上げない黄緑の髪を風に靡かせながら彼女は新人狩人に忠告を行い、それを聞いた新人狩人はよく理解できないまま素直に従って外門へ向かう。
とりあえず自分達の技量と既に狩りで減った今の源力量ではクロヅノイノシシなんて3級でも大物が出てきたら対処できない。
彼らの傍に倒れて並ぶ猟果を見ていつかは自分たちもあれくらい稼ぎたいと思いつつ現場を去っていった。
-*-
去って行った新人の狩人を見送って狩人パーティー『偏食』は大森林に開いた道に視線を戻す。
「まさか次の狩り場を草原にするなら移動を楽にするために大森林の中を数ミイトの道を作ると言いだすとはな。」
ダーナはグンジョーに視線をやると同じように今日いきなり出来たこの道の先を見つめている。
グンジョーは以前の猟果の勝負で『遠慮』の力は認めている。あれほどの差を見せつけられて負けを認めないほど現実が見えない男ではない。
だがいくら共同作業をすることになったとはいえ、自分たちだって今の狩り場を見つけるまでに苦労の末に得た知識をあっさりと教えることに納得できなかったのだろう。
自分たちの狩り場はこの先に広がる草原部だ
未だその全容が判明しないほどの広さだが年輪都市方向に突きだしたようになった場所なら最短で大森林を数ミイト移動すれば辿りつける。
2番外門先に広がる大森林部はほかの地区に比べて平坦な地形が多いので大森林の移動の労力だけならそれほど困らないが問題は「大森林での移動が数ミイト」であるということだ。
カイルがアマザの募集を見た時の内容が活動距離500メイトとあったようにたった数百メイト大森林に踏み込むだけで巨獣と遭遇する。
そんな大森林で数メイトも移動するということは高確率で巨獣と遭遇することを意味するのだが、そうなると巨獣から逃げるか狩って持ち帰るかとなる。しかし自分たち『偏食』は大森林を数ミイト進まなければ到達できない草原を狩りのホームグラウンドにしている。
その理由こそがグンジョーが『遠慮』の面々に体感して欲しかった事柄であり、自分たちが苦労して草原をホームグラウンドに出来ている理由だ。グンジョーとしてはそれを共同で狩りをするからといって教えることに難色を示していたのだろう。
だがしかし、
「これから最低でも一ケ月は通うことになるんだろうから大森林に道を作ろう。」
『遠慮』がグンジョーの条件を飲んで草原の草を持ってくることを了承したのだが大森林を前にカイルが言ったのがこれだ。
グンジョーも含めてメンバーも言葉を失ったがカイルが他の狩人に声を掛けて大森林の大木を倒して進むことで巨獣が緩衝地帯に逃げた場合に仕留めるように言ったことで本気だと分かった。それも既に午後を回って夕方まで時間もないというのにだ。
作業を見ているとさすがに根を掘り返して取り除くほどの時間はないので大木に関しては切り倒すだけだがその速さが尋常ではない。しかもなぜあんな無茶な水の異法の使い方で源力が尽きないのか? いやそれこそが彼らの狩りの秘密なのか。
大木を切り倒しながらカイルが大声を上げて注意を促している。大森林では人の声は巨獣を呼び込む結果になるので普通ならあり得ない。だが轟音と共に次々に倒れ込む大木のせいか彼らに近づく巨獣はほぼいない。
普段ありえないことに興奮状態となった巨獣が突進しても土壁に閉じ込められてしまう。
彼らはのんびりと道を作ることについて会話をしながら先へ進んでいく。数十頭というありえない猟果を並べられた時にも呆然としたが今の状況にも驚嘆している。
それはこの緩衝地帯で待機する他の狩人も同じだろうが目の前の大森林から出てくる巨獣に対応できないので呆けている暇はない。
突然自分たちも狩りをすることになったので髪を結いあげる時間がなかったので風で顔にかかってくる自分の髪をやや邪魔に思いながら首から下がったペンダントを見る。
『遠慮』がこんなことができるのもカイルのおかげとでも言うのだろうか?あの御仁は一体何者なのか? ペンダントを少し見つめた後、服の中にしまった。
-*-
「カイル、この木は切り倒していいのか?」
いつもは糸状の水の刃を使うようになったアッシャーだが今はチャクラムのような高速回転している水の円環の刃を複数作成して身の回りに展開している状態で尋ねてくる。
「ホーヅ、この上になってる赤い実って街で売られてるやつ?」
ホーヅはアッシャーのように水の刃は作っていないがいつもよりも遥かに多い容量の水を支配している。
「いや、たぶんこれは食用じゃない。それに今のところは都市で扱う素材でもない。」
「ってことらしい。倒して構わないな。」
ホーヅに確認したのは『偏食』からの2番外門先の大森林では果物を採取する狩人もいるとのことだったので諍いを避けるためにも彼らが果物がなる木は残しておく方がいい。だがそれ以外で進路にある木はすべて倒して進む。
「よし! ホーヅ、いくぜ。」
太さが1メイトや2メイト程度ならアッシャーの水流剣で切れる。だがここは大森林だ。直径4メイトや6メイトなんて大木もゴロゴロある。
アッシャーで断てないことはないがそんな大木がこっち向かって倒れてきたら危険この上ないのでアッシャーが切れ目をいれてホーヅが大質量の水で押し倒すわけだ。作る道の幅が4-5メイトなのでそれほど多く倒す倒す必要はないが最初の数百メイトは巨獣がこっちに向かってきてやや手間を取られた。
だが今は大木が次々に倒れる状況に巨獣は近づいてくることはなく、作業スピードが上がった。
「あとどんなもんだ?ニミヤ~」
土の異法で作った円盤に乗り、草原への最短ルートを指示しているニミヤに尋ねる。出来れば俺たちの周りにいる狩人を発見して欲しかったのだが大森林の上からでは地表の様子が分からないとのことだった。
「あと500メイトもないだろうからそっちからでも大森林の隙間から見えるんじゃないか? 『偏食』が言ってた通りいきなり大森林が無くなってる感じだ。 それになんかやたらにぶっといまっすぐな幹の木がどころどころ生えてるな。枝が一番上にしかない変な木だ。それにしても大森林で大声で会話って妙な感じだな。」
「なんとか日が暮れるまでに大森林はつき抜けそうね。 そういえばここには吸血蟲がいるのかしら? 夜までには草原とやらに行っておきたいわね。」
タミーは土壁を右に土壁を作りながらアマザと会話している。
「そやなあ、吸血蟲って虫も蟲も湿気の多い所にいるって話やから『偏食』の言うように水はけが悪いんやったらおるかもなぁ。」
アマザは左側に土壁を作っている。
最初は壁を作ると巨獣がこの道に入った場合、互いに逃げられないので必ず鉢合せすることになるので異法で壁を作らずに土を盛るだけにしては?それなら盛った土を使って異法が使えると意見を出したのだがここは大森林だし、他人が作った道を使ってどうなるかは自己責任だろ?というニミヤの意見を取った。 面倒なので途中で襲ってきた巨獣はそのまま壁に塗りこめてもらった。明日にでも回収すればいいだろう。
「しっかし、今日はこれまでで一番源力補充をしてるよな。カイルに現場で装具へ補充してもらうって初めてじゃないか? 作業量からすると当たり前だけどな。」
『偏食』がホームグラウンドにしている草原を目の前にして予定外の今の作業を振り返る。
指輪は外から決まった場所(中央買取場)へ戻るだけ、このリングを通っていける場所が任意に決められるなら草原とやらに行くのは楽だがそうはいかない。
『偏食』との共同作業をするとはいえ、出来ればこれまでと同じように午前に狩り、午後は修練や自由時間に充てたいので移動での時間の手間を省きたいので最短での道を作ることを提案したのだがさすがに切り倒した大木の切り株まで掘り返す時間はないのでそのままで、あとはなるべく歩きやすいように大きな石や岩をどけながら左右に壁を作っていく。
大森林には狩りをしている狩人もいるので最初は大声で倒木の注意を促していたがさすがに1ミイトを超えると新人も少なくなるだろうと作業に集中できた。
今回狩りが目的ではないので俺は何をしてるのかというといつも以上に激しい異法の使用で尽きては補充を繰り返す源力補充装具への充填と新しい地区でのキノコの採取や取れる果物とやらをホーヅの知識を借りて採取していた。北大門のように宝石は取れないだろうが一応土嚢袋を持って来ていて良かった。
午後5時を前に草原とやらに出る。
日本では草原は珍しくはないが都市の周りは大森林が当たり前のメンバーには都市内ではないのに遠くまで見渡せる今の状況にメンバーはしばし見とれていたが上から掛けられたニミヤの声で我に帰る。
「草原なぁ。草って言うけど場所によっては草の高さは結構違ってるようだ。上から見ると身を隠してるのか草の中のそこかしこに巨竜が見えたぜ。」
「『偏食』はそいつらをメインに狩ってるってことやね。 うちらも明日からはここで狩るけどもう日が暮れるしこの短めの草を持って帰ろか。」
風が吹くと草が倒れて波のように見える風景を目にした後、『偏食』に連絡を入れて指輪で中央買取場まで戻る。
二番外門先の緩衝地帯で巨獣を待ち受けていた狩人は『偏食』を含めて3パーティーいたそうだがいずれも3級の巨獣を仕留めて指輪で中央に帰ってきており、また同じことをするなら是非声を掛けてくれと礼を言われた。
「ほれ、グンジョーの出した条件の通り持って帰ってきたで? これでええんやろ?」
アマザはサボテンほどではないが肉厚の葉をした草をグンジョーに差し出し、受け取ったグンジョーは草を確認せずに答える。
「試して悪かった。俺たちが草原を狩り場にしてるその意味を考えさせる意味もあって条件を出したんだがまさか半日で大森林に道を作っちまうとはな・・・・・・。 詫びに今日は俺がおごるぜ? 今から飲みに行かないか?」
素直に俺たちを認めたグンジョーは中央買取市場から装具を預けるために2番地区詰所に戻り、『偏食』行きつけの酒場に向かった。
その最中にアマザは巨獣を匂いで寄せるための肉汁袋が破けて臭いからと先に銭湯に向かうことにし、アマザと同行でタミー、銭湯の案内でダーナは後から合流することとなった。
ダン!っと果汁酒でなく日本でもあるアルコール飲料の方の酒を一気に飲み干して机に置いたグンジョー。
「ふぅ、俺たちの苦労を分からせるつもりが苦にもせずに道を作りながら草原まで行くとは思ってなかったぜ。」
「『俺たちのことが分かるだろう』って言ってたやつか? そりゃ分かったつもりだぜ?」
アッシャーはグンジョーの杯に注ぎながら自分の杯にも酒を注ぐ。
「言ってみな?」
「つまり『偏食』は大森林の中を数ミイト移動してもその間巨獣との遭遇を回避する術を持っているか、巨獣を追い払う方法を知ってる。だろ? そうでなきゃ遭遇した巨獣と戦ってその後で草原まで辿りつけても巨竜を狩るほどの余裕がないはずだもんな。」
「そうだ。 さっきの作業を見てあれだけのことが出来るんなら源力だって化けモン並にあるはずだから源力不足の悩みなんて分からんと思ったが気付いたか。」
「そりゃそうさ。俺たちだってあんた達よりは源力の総量は多いかもしれんがちょいと秘密があるだけさ。 源力が尽きる悩みは年若い新人狩人が必ず通る道だしな。全てはカイルのおかげだけどな。」
ダーナは『遠慮』の持つ力はカイルのおかげと何度も聞いているので彼がキーマンであることは聞いてるが他の『偏食』メンバーはリーダーの奇行を正面から止めるように言ったポーターという印象が強く、ポーターとしか思っていない。 なのでアッシャーが言ったことで一斉に視線をカイルに向ける。事実、先ほど道を作る時にカイルは指示を出してはいたが直接異法ではなんの働きもしていなかった。
「ポーターも報酬の取り分は均等に分けるのは分かるが、『遠慮』のリーダーもカイルの言うことに普通に従っていたがどういうことだ? それにお前たちほどの力があれば俺たちと共同で狩りをする必要なんてなかったんじゃないのか?」
グンジョーの問いにはカイルが引き継いで答えた。
1ミイト=1キロメートル
1メイト=1メートル




