4-2 10月
机の上には半透明の10モイトほどのやや縦長の見た目柔らかそうなものが置かれている。
弾力があるのかないのか不安定なはずの縦においても机との接着面が広がって円錐のような形だ。
その物体を前にした男は掌で表面に触れたり、持ち上げたり、あるは10モイトほど手を離しては近づけたり。そうしていたと思ったらいきなり反対を向いたりと傍で見ているとパントマイムの練習でもしているのかと突っ込まれそうだが当人は大真面目。
赤髪亭の自室でスフィアを机上に置いて色々と試しているのはカイルだ。
こうしてスフィアを持ち出しているのはこれが源力の塊ならばその源力を辿ることはできないか?ということで試行している最中だ。
別に源力を感知するのは掌ではないのだが放出する場所が指先であることと、日本の某マジシャンのハンドパワーの印象でついついこういった行動を取っている。
そしてその光景の感想を口に出さずに風を通すために開いていたドアから見つめる6つの目。
「何をやっているんです?」
最初に声を出したのはコーリン。
カイルが振り向くとヴェガ、アンジェ、コーリンがこちらを見ていた。
「ん・・・? まだ学校に行ってなかったのか?」
「これから登校しますが貴方が狩りに出かける様子がないので登校前によってみたのですが・・・朝から何を珍妙な行動を取っているのです?」
「いやちょっとな。」
スフィアは既にヴェガに見られているので物体については隠す必要はない。だがこれが何なのかは知られるわけにはいかない。学生とはいえ以後異法士として都市の祝福を受ける可能性もある。俺とはこれ以上の関わりが深まることはないとは思うが自分の命に関わることを他者に広める必要はない。
アンジェへの念話とコーリンの念話カードへ同じ内容を話す。
『この前、これが盗まれたろ? で、俺の体を通って貯めこまれるものなら自分でその場所を知覚できないか試してたんだ。』
朝っぱらから1人で他人には分からない不気味な行動を取っていたのを見られて少し恥ずかしい。
真面目にやっていることなので日本でヘッドフォンで音楽を聞きながらエアギターをしているところを母親に見られたことほど恥ずかしいものではないが。
「ふぅん。で?」
アンジェが念話を通さずにそのまま声で聞いてきた。
「全くダメだな。やっぱり盗まれないように置く場所を考えないといけないか。」
ヴェガには念話で説明していないので事情が分からないだろうが精々奇行の言い訳でも念話でしていたという程度で疎外感を感じるようなこともないだろう。
オウノじいさんによると俺の体は源力を吸収し続ける、集めた源力を外に放出する、その両方の力を持っているのだが体に留めておけるキャパシティを超えたら源力はこのスフィアに送られる。
ところがスフィアに送られる時の源力は俺の体を通しているにも関わらず、自分の意思で放出する時よりも更に低いレベルでのイニシャライズで放出されているらしく、普通の源力と区別が付かない。
源力は人に溜まるものではあるが人の体に溜まる前の源力は感じることが出来ないのだ。もし知覚出来るならこれほど一箇所に固まった源力の塊を術士は感じることが出来るはずだ。
俺は医術、心術、工術が使えるため普通の術士と同様に他人の源力を知覚出来る。
しかし一般に術士になる場合の「都市の祝福」によるものではないためか体を通して放出される源力のパーソナライズレベルが通常の異法士、術士に比べて極端に低く、そのため爪や髪、カードにも変化がないため一般人としての扱いだ。
それ以下でのレベルでパーソナライズがなされているらしいこのスフィアと名づけた源力の塊は他の術士には知覚できなくても自分には出来るかも?と思って試行していたわけだが3人の目には朝っぱらから奇行をしている愉快な男にしか見えなかったようだ。
ちなみに狩人として仕事に出るときよりも日が高くなってるために暑いので上半身は裸だったりする。
風呂上りに鏡の前でボディビルのポーズを取ってるところを見られた感じか。真面目にやってるけど結構恥ずかしいものだったかもしれない。
とまぁそんなことをしていたわけだが結果は芳しくない。いや全くダメだ。
だがそれならそれで盗まれないように人に分からない場所に安置しておくか常に身に着けておくかなのだがどうしたもんか。
「それで今日は仕事は休みなのですか?」
「今日から10月だろ?狩場を変えるからそのことについてのミーティングだけだな。その後下見はするかもしれんが明日から新しい狩場で慣らしていくって感じかな。」
「そういえば聞いたわよ? 0番地区で若い狩人パーティーが無茶なことやったって。」
狩人の間では名が知られるようになったが9月最後の狩りでは市民にも見える外門内側に猟果を並べたせいで一般市民にも注目されたので話題になった婚約者にアンジェが声をかける。
「別に無茶なことをしたわけじゃないさ。俺達の狩りを衆目の前でやったってだけでな。外門のすぐ前で狩りをしてたから早く終わったんだが何故かミーティングは昨日の午後じゃなくて今日になったんだわ。」
俺は会話をしながらシャツを着てスフィアをベッドの上に投げてから廊下に出て鍵を閉める。気休めにしかならないがスフィアが俺の命を握ってることを知ってるのは今のところは4人だけだし銀行の貸し金庫みたいなものがないんだから仕方が無い。
こっちでも貴重なものは金だけどデータみたいなもんだし、まだ宝石や貴金属は価値の変動が少ないものとして認知されていないから大事なものを保管する機会がそれほどない。
こっちの銀行に当たる組織は家を担保に融資なども行っているが民間ではなく、都市が運営している。ただ個人が借りる場合は家を持たないものもいるので担保を不動産に求めるのではなくて都市の強制労働の時間が担保になる。
借り手側が若い場合、借りる側も貸す側もそちらの方が歓迎されるのだが健康に問題がある場合や老いたものは強制労働の時間(正確にはそれによる収入)が短いことが予想されるので融資されないことが多い。
そもそもそういったものたちは融資を受けるどころか自ら都市が斡旋すると労働とそれを元に運営される施設でその日を暮らすのが普通だ。
「ミーティングは2番外門近くの店でやるけど集合時間はもう少し後だからマリアさんを手伝ってカレーに使う小麦玉を作ってから出るよ。三人は学校だろ? いったいった。」
厨房に降りるついでに3人を送り出そうとするが
「次の狩場ではバチカーは・・・」
などとコーリンが言ってくる。そういえば以前にバチカーを振舞ってからしばらく経ってるな禁断症状か?種族の特性とはいえバチカー大好き娘だからな。
「たぶんいないぞ? 次は2番外門の周りが狩りの場所だけど巨竜が多いらしい。だが水場とかバチカーがいるような環境じゃないと聞いてる。だが同じ巨竜ならコーリンの口に合うものもいるんじゃないのか?」
「・・・バチカーでないなら同じです。」
しょぼんと垂れたかにみえた耳だがフルフルと震えるように動いただけだった。
あんまり気落ちするって性格じゃないもんな。気落ちするくらいなら「夫として妻の要望を~」なんて言ってくるだろう。そうしないのは個人の都合を通した場合、パーティー内に不和が生じる。その状態で大森林で活動するのは危険であることが分かってるからだ。
「では行ってきます。」
「行ってくるわ。」
コーリンとアンジェに続いてヴェガがサッと手を上げて3人は学校へ向かう。
「いってらっしゃい。」
俺が見送る方になるのは珍しいと思いつつ、厨房に入ってマリアさんを手伝うことにする。
先月アンジェの力による氷の専売を認めてもらった時に3番地区の大問屋の一部勢力から嫌がらせを受けていたが今は正常化している。
それに先月作った地下に有る冷蔵庫は試験状態。どれくらいの強さでアンジェの冷却能力を付与させるか試しているところだ。
日本の冷蔵庫ではドアの表面に室内温度3度とか表示されてるのでそれに合わせたいのだが温度計がないのでよくわからない。
あまり強い力を付与すると内壁に凍った物がへばりつくだろうし、氷を保存するための保冷箱はそのまま氷を作る程度の力をそのまま定着させればよかったのだが加減が難しい。そしてそこまで冷やして長持ちさせる食材は生もの以外にあるか?ってことなんだが毎日の食材の配送さえあれば冷蔵庫がなくてもやっていけていたんだよなあ。 肉の長期保存にはもちろん使えるだろうけど・・・ほかは果物を冷やしてみるか? 冷水が喜ばれるなら冷えた果実もいいだろう。
このところ赤髪亭の昼のメニューは弁当以外はカレーを提供することが多い。その弁当にしてもカレーパンなんだが。
昼の仕込みはアンジェが学校に行くこともあってマリアさんが1人なのでカレーの方が楽なのだ。それに具でバリエーションが変えられるのでカレーだけでも飽きられることが少ない。米が無いので小麦を玉にするのが面倒だが作り置きができるのでそれほどでもない。
冷水はアンジェがいないのでその場で冷やすことは出来ないが鍋板ならぬ冷板を作ってみたので金属製の平底になったやかんに水を大量にいれて冷板の上に置いていれば昼前から3時辺りまでは冷却効果を保ってくれる。
今のところこの器具は源力が溜まりやすいように内部空間を取ってるだけで源力供給元になる自作の源力供給装具の珠を装着できるようにしていないが4時間ほど持ってくれるんなら十分だろう。
これを利用すればアンジェが中央市場で作った氷を各地区まで運んでもそのあとも少しの間持たせることが出来そうだ。 そこまで無料で配布するつもりはないのでそれぞれ購入してもらうことになるだろうがいくら儲かるとはいえさっさと各大問屋に異法士の育成を急いで貰う必要があるかもしれない。
10時を回ってアマザ、タミーと0番外門付属の詰所で合流。
詰所でそれぞれの装具や道具、着替えを受け取って中央歪門広場を経由して2番外門へ。 そして外門内側に設置された狩人の詰所広場に入って窓口に荷物を預ける。
「とりあえず1か月利用でお願いします。」
0番地区のように数カ月になるかわからないが少なくとも一ケ月よりも短い期間になることはないだろう。狩りに使う服と装具、道具を預ける利用期間と名前を告げる。
「渾名はありますか?」
「『遠慮』で」
その渾名を聞いて受付の奥からも職員が顔を出してこちらを覗いてきた。既に大森林に出払って少なくなってる詰所だが一斉にこちらに視線が集まるのを感じる。
「あいつらが?」
「でも若すぎないか?」
「いや若いって話だ。」
「あの『偏食』よりも狩るんだろ?」
などという声が聞こえるがこちらには話しかけてこない。
アマザとタミーも同様に渾名を告げたことで更に周りの声は大きくなったが更に大きな声が響く。
「しばらくだな。『遠慮』の! 2番地区での狩りで我らに案内を頼むとはなかなかの慧眼だぞ? いつぞやカイル殿に狩りの指南を頼んで無理だったが此度は叶いそうだな!」
この時間に都市内にいるってことは今日は狩りに出ないということだ。
なので帽子を被らず、タミーほどではないが長めの黄緑の髪を垂らして声を張っている女性はここ2番地区をホームグラウンドに巨竜をメインに狩っている狩人パーティー『偏食』のリーダー、ダーナだ。
「ほかの『遠慮』メンバーは先に来ておったのでウチのメンバーと一緒に待っておるぞ? まだこの時間なので酒場は営業しておらんから詰所の資料室だがな。中央ほど広くはないがミーティングなら十分であろ?」
相変わらずマイペースというか鷹揚というか独特な人だな。
「今回は『偏食』との合同活動っちゅうことで先にアッシャーから伝えてもらうように言うてましたけど伝わってます?」
ちょっと引き気味のアマザがダーナに問いかける。同じ女性狩人でパーティーリーダー。背はアマザの方が大きいがダーナは22歳と年上だ。
「ああ、聞いてるぞ? アッシャーによると今月から2番地区で活動するからしばし共同で探索するのはどうかという申し出であろ? 『遠慮』メンバーと組むのであれば猟果が下がることはあるまい。そちらの狩りの手法も学べるしこちらは問題はない。」
特にボーイッシュってわけでもないのに腰に手を当てて声を張って喋る姿が絵になるなあ。芝居がかってるように見えるのは前からだからいい加減慣れたし。
「じゃ、今日のミーティングは『偏食』と『遠慮』で一緒に行うってことでいいのね?」
「アッシャーたちから2番地区は初めてだからその注意事項をと聞いている。早速資料室へ向かおう。」
ダーナが先頭に立って建物に入り、俺たちも続いて室内に入る。
今月狩り場が変わってすぐに外に出なかったのは他のメンバーも2番地区が初めてだということとその情報を『偏食』から得るためだった。
1モイト=1センチ
ダーナ 渾名付きの狩人パーティー『偏食』のリーダー




