4-1 塔の部屋
招き入れる声が聞こえた。
立ち止まった前にあるドアを開いて部屋に入る。
廊下はそれほど広くはない。小さいながら多く取られた窓から入る陽光のためにかなり明るい。
この暑い時間帯だがこの都市でこの場所と同じほどの高さがある建物は上級職員の官舎しかない。そのため遮る建物はないおかげで風が通って気持ちがいい。
だがドアに入る少女はそれを感じるほどの余裕はなかった。
都市の中央地区に来ることはあるがそれは買い物などで仕事ではほとんど来ることはない。まして都市の中央部である塔に来ることなんて今年働き始めたばかりのただの水道課職員にはあるはずがない。
「席に掛けたまえ。」
ドアを開けて部屋に入ると長机が手前と左右に配置されてるのが目に入る。入ってきた人物を囲むようになっていることに少女は更に緊張する。
ただ机と一緒に備えられている椅子は多いが掛けているのは正面の長机に2人、左右の長机に1人ずつの合計4人だけだ。
そのうちの1人から着席を進められて緊張したまま小柄な少女は答える。
「は、はぁい。」
元から人見知りのところがあるが前にいるのは自分以外が全員男性であること、更に彼らが身に付けている服装が研修期間に教えられた上級職員のものだと気付いて緊張は更に高まる。
「特に緊張することはない。仕事時間中に呼ばれているようにこれも仕事の一つだ。 事実確認だけで特に君に対して落ち度があったから呼び付けたわけでもない。そもそも職員の落ち度を指摘、更生するのは直接の上司の仕事だからね。」
「は、はぁい。」
先ほどと全く同じ緊張が取れていない途切れた声で返事をする。
少女の緊張をそれ以上ほぐそうとすることはなく、職員は用件に入る。
「2か月前に君が北大門の先で取り残された際に狩人に助けられたね。その時に男性の狩人がいたと思うが彼について聞きたいことがあるのだが。よいかな?」
2か月前に友人数人と一緒に小遣い稼ぎのために大森林の林縁へ根のない薬草を取りに行ったのだが、運悪く三級巨鳥のジバシリの集団に襲われた。その際に混乱して友人と逆方向に走り、追われるままに大森林に入ってしまったのだが偶然近くに来た狩人に助けてもらった。
一般人でありながらジバシリを異法も使わずに手にした伸縮自在の棒で薙ぎ倒し、更にジバシリに突かれた怪我をその場で治したもらった。その彼から自身の力について見なかったことにしてくれと言われている。例え上級職員からの喚問であっても命の恩人からそう言われたことを喋るのは憚れる。
少女は沈黙したまま。その様子を見て男は口を開く。
「彼から彼が持つ力について口止めされたかね?」
落ちついた声の中には怒気は含まれておらず、あくまで確認だけのようだが少女の方は緊張で固まっていたこともあって考えていたことが相手の口から発せられたことに驚いて肩がビクと震える。
「気にすることはない。さっきも言ったが単に確認のためだ。
おそらく彼は異法を使わずに巨獣を狩ったのではないかな?
それとも彼が持っている力、医術士としての能力を見たのかな?
彼の力については君よりも私たちの方が知っている。だから口止めされているとは言ってもここでは黙る必要はないよ。」
正面に座った男がにこやかか表情を浮かべて彼から口止めされていた内容を喋る。既に知られている内容をここ秘密にする必要はないという示唆によりカイルが大森林で助けた都市水道課に勤務している見た目は年よりも幼い少女、ミイネは『彼』と出会った時のことを話した。
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怯えと緊張が混じったミイネから彼の話を聞きだすのに多少時間が掛かったがそれほど急ぐものでも重要視しているものでもない。
口止めされているがここでは意味がないことを悟らせ、彼女が落ち着いてからは話はスムーズに進んだ。
勤務地区の水道課へ戻っていったあと部屋に残る4人が意見を交わす。
ドアの正面の机に腰掛けた二人のうち、右に座った男が会話を進める。
「先に確認した元狩人のモトスという男の話と総合するとやはり移民時に際して彼らが言っていた内容は本当だったようですね。」
少女がここに呼ばれる前に10番地区で彼と諍いを起した狩人、モトスから彼と事を構えることになった経緯とモトスが事前に調べ、実際に戦ったことで知った彼の力と印象を尋ねた。
モトスは年齢の割には腕利きといってよい狩人ではあったが彼との決闘時に両耳を失い、以後は塞ぎこんでそれまで下に見ていたパーティーメンバーから逆に見放されて狩人は失業している。
「この前のアケーシ翁からの報告はかなり興味深いものだった。しかしあれは我らの持つ彼の能力の情報とは全く関係が無い。あれは彼自身のアイデアによるだろう。」
そう発言した男は背もたれに体重をかけて腕を組む。長机と対の椅子なので本来の彼の職務である都市の課の長の部屋で使っているような肘掛のある椅子ではない。
「うむ、確かに。神聖都市も含めて他の都市においても火の異法は『熱』と考えられておりますからね。だからこそ異法の名前が「火」なわけですし。狂った身内に望まないまま力を授けられただけでなく、彼自身も優秀なのかもしれませんな。 そういった面白い発想ができるならウチの課でも活躍できるかもしれません。」
左の人物は男のわりに甲高い声で応える。鷲鼻で後退気味の頭髪を後ろに流している。彼は巨獣の素材の有効性や取り出し方、防腐処置や安定させる処理法、道具への利用などを扱う部署の長をしている。
「都市内で奇知で活躍、大森林で意気盛んに活躍で宜しい。
彼がその力を持って都市に仇なすことが無いことが肝要だ。
異法の新しい使い方の発見は異法士の仕事を増やすことや市民の利便も増す。
彼が《力》を持って巨獣の素材や肉をもたらしておること、合わせて特に問題はなかろう。」
役者のように響くバリトンの声の主は上級職員が着る長袖の服の上からでも筋骨の盛り上がりが分かるがっしりとした体形。
「しかしヨタ話とは思っていたが彼らが神聖都市で行っていたことが本当に可能だったとはな。 オウノ師の話では資料は全てあちらに置いてきたそうだが。もしかするとこちらにある素材で再現が可能だったかだな。今となってはそれを施したものが死んでいるからどうにもならんが。」
「いや、それでよかろう。
力持つものが彼一人ゆえに周りとの違いに迷い、悩んで増長までしないだろう。同じ力を持つものが複数いて手を組んだなら自分たちだけの利益で力を振るいかねん。」
「うむ、彼について衛星都市にいた頃の報告で最初に聞いていたのは重複化だけだった。
オウノ師たちからの聞き取り資料では重複化に際して4術士や5異法士の力を得たものもあったそうだが彼の場合は術士の力が共に発現していたわけか。今のところは医術とおそらくは工術かだが施術や心術も使えるのかもしれん。
施術効果を凌ぐほどの筋力増強と4術士の力、そして『他人への源力供給能力』か。
これはどう思うね?」
そう言った職員はイヤリングに加工された輝虫の腹節で作られた源力補充装具を机に置く。
「かなり有意義なものだ。出来れば狩りに出る者たちに広く提供して欲しいところなのだが……」
「うむ。大森林で源力のバックアップがあるのは望ましい。だが源力供給能力が彼一代で終わるならやめたほうがいい。
最初から補充を頼りにした戦い方に慣れた頃に補充ができなくなったらどうする?
源力の補充装具が作れるとはいっても彼がいなくなれば作れるものはいなくなる。余計な癖を付けるべきではないのではないか?」
「しかし彼のバックアップを受けた『遠慮』の力には目を見張るものがある。それに例え彼がいなくなっても元の現状に戻るだけなのだから大きな問題にはならぬと思うが?」
男は異法士でもなく、狩人としての経験もないので『遠慮』が源力補充が可能なことで『源力の大量消費での技』を行うことがそれまでの狩りと異法の使い方が異なってることには考えが及ばず、単に無くなったら補充できるので便利としか考えていない。
「全ての狩人が『遠慮』ほどの力を持つなら今よりもはるかに広範囲で大森林の探索も可能だし、素材や食材の供給も格段に上がる。
彼はこれを広めるつもりはないのか?」
男が視線をドアの横に向ける。
そこにはミイネは気付くことがなかったが女性が一人、壁に背を付いて立っている。上級職員たちという都市上層部の面々を前にしているが気を緩めており、それを咎められることもない。
尋ねられてから壁から背を離し、直立して答える。
「彼に気付かれないためにあくまで表層から読みとれただけですが補充装具を市販する考えもあるようです。ですが狩人に爆発的に広がることも予想されるので保留のままのようですね。」
「ひょっとすると現役を退いてからの収入をそちらに求めるつもりなのかもしれぬな。
異法士の狩人は都市内での異法を使った仕事にも職を得やすいが彼は一般人の区分だからな。年を取ってからの再就職では道が限られる。
源力補充装具が作れるのなら高収入が見込めるだろう。
いっその事、彼を都市に取りこんで指輪のように補充装具も有力な資格者に貸し出すのはどうか?」
「まあ、いずれにしてもまだ先の話よな。彼は17だがまだ研修期間すら終えておらん。その年齢であれほどの金を稼ぎだしているのは我らとしても妬ましい限りだがな。我らがあの年の頃など金の事は二の次でひたすら上を目指して仕事を覚えていたものだ。年を食って金があったところで使い道がない。」
「よいではないか。少なくとも息子たちに金は残せるだろう?
それに金があれば便利かもしれんがこの都市では必須ではない。食うに困れば都市が斡旋する仕事をこなせば餓えることはない。彼が若くして大金を得たところで羨むほどのことでもなかろう? 大金を得たせいで群がってくる者もいる。金を持ち過ぎるのも良いものではあるまい。
そういえば彼はあれだけ稼いでおいて何か使う目的はないのか?」
その問いかけの返答をしたのはドアの傍に立つ女性。
「特には。ただ一度に複数の女性を娶ることもあってとりあえず必要なものとして貯めているだけのようですね。今のところ居を構えるなど具体的なことは先延ばしにしているようです。」
「そうか。新婚になる彼には悪いが不可侵であるはずの場所を通ることを考えて少人数での東部遠征となると『遠慮』に任せる可能性が高い。もう少し大森林で経験を積んでもらってから呼び出すとしよう。奇しくも同行することになる角付きの候補は彼の妹だしな。
そういえばアケーシ翁は娘を彼に押しつける心積もりのようだ。既に複数の婚約者がおるようだがお主は間近で見て彼をどう思うね?」
「当初はつまらない男でしたが狩人を始めてからは飽きませんね。私は彼の力にはさほど興味はありませんが彼の作る料理には大いに興味が引かれます。」
その言葉を聞いて4人の男が意外そうな目を彼女に向ける。
「珍しいな。その力を使うために心の揺らぎは少なくなるように訓練しているはずなのに『大いに興味が引かれる』とまでいうとは。」
「裏仕事とは言っても心を殺してるわけではありませんので。食の好みを失くしているわけではありません。」
彼女はそう返して気分を害したのか部屋から出ていく。その様子を見送ったあと
「本当に珍しいな。怒って出ていくとは思わなかった。彼に関わって感情を失くしたようなモトスとは反対だな。」
「いやあの男の無感情ぶりは奴のせいだろう。自分のことを調べたことを怒ったのか自分の子飼いにしたからな。やらせてるのはあの仕事だ。誰かがやらねばならんが決闘で高くなった鼻を折られた上に耳も奪われて、その先がアレだ。いくら素行が荒かったとはいえ堪えるだろう。」
モトスの今の仕事に同情をした後、彼らは上級職員全てに彼のことを話すか今までのように一部だけの認識に留めるべきかを相談していた。
ミイネ 研修期間を終えて都市水道課に勤め始めた新人の水の異法士
おっさんたち 都市上級職員 都市の課長も兼ねている者が多い
モトス 10番地区で狩人を始めた時に絡んできた土の異法士の狩人 今はニミヤの父親の部下として小間使いのほか都市の汚れ仕事を担当




