3-19 家宅侵入
今日の狩りも無事に終了。
北東への遠征もより遠くへ赴くようになり、今日も新しい岩場を見つけたので狩場として数日はここを拠点に狩りを行うこととなった。
今回も狩りが終われば土と水の異法で原石を集める作業を手伝ってもらう。他の異法士が来るかもしれないが今の俺たちほどの距離を移動して狩りを行うのは余程の実力を持つベテランだけだ。そして腕に覚えがある連中ほど後をつけるような真似はプライドが許さないと判断して石と混ざった原石を岩場の端に集めて盛る。
岩場の数はより東になるにつれて減っているが岩場さえあれば原石の量はそれほど変わらないように思う。前回は水で洗った石と原石をまとめて持って帰り、中央買取課にあるサンタシの私室でより分けたが無駄な石が多かった。それだけ無駄な石までも一緒に苦労して担いで帰ってきたわけなので今回はそれを避けることにした。
しばらくここを拠点にするなら焦って全部持ち帰る必要もないので集めておいて分けてから持ち帰ればいい。それなら土嚢袋は少なくていいので歪門からいくつも放り投げて奇異な目を向けられることはないだろう。
だがこればっかりやってるわけにはいかない。ポーターで入ったとはいえ俺は狩人パーティーの一員なので巨獣の狩りにも参加せねば。メンバーは源力補充装具への源力供給だけでメンバーでいる価値はあると言ってくれるがニミヤが広範囲で誘ってきた巨獣たちを迎え撃った。
東に向かうにつれてハガネイノシシは徐々に少なくなり、クロヅノイノシシやオオヅノジカはそのまま、オオアギトが少し混じるようになったが完全な肉食巨獣のせいかあまり数は多くない。トカゲ型の巨竜は色以外は似たような形態が多くて詳しく把握していないが時に口から毒らしきものを吐く奴がいるので油断はできない。新顔は他にもあるがアマザたちは狩った経験があるようでその時と比べて源力の総量や異法の技が高レベルになった今はなんら脅威になっていない。
今日も余裕で20頭近い巨獣(巨獣だけでなくジバシリなどの3級巨鳥を含むので数は多い。)とニミヤが空気固定訓練を兼ねて狩った数頭の巨鳥(空を飛んでいるタイプ)を開かれた歪門へ放り投げてからアマザと一緒に歪門をくぐって中央買取課に戻る。背中の背負子には今日現地でより分けた原石入りの袋が括られている。
来月10月は二ヶ月に一回となる指輪の更新月となるが今のリクコで売った残りを売れば規定買取額を上回るのでこれまで通りで問題はないことは確認済み。タンジーから直接要望を聞いている巨獣に関しては血抜きをしなくてもいいと了解を得ているのでその巨獣については手間が省けるのがありがたい。お役所と民間ってやっぱこっちの世界でも違いがあるのな。
まあ俺たちに直接依頼してる以外にも町に依頼として張り出してるくらいだから血抜きなんて処置はしてなくても問屋としては卸すために物と数を揃えるのが重要なのだろう。食肉業者に卸すんなら血抜きだってお手のものだろうし。
赤髪亭でのトラブル以外は順調だ。そのトラブルにしたってサンタシに頼んでいる交渉次第で解決するだろう。
「買取金額の総計がこれで、6人で割ってチャージと。そういえばカイルさん、例の件でまた時間取っていただけます?」
リクコの後で中央買取課窓口で買取に出した後、サンタシから声をかけらる。
最近は同じ年代の狩人からは遠巻きで妬まれるというよりも羨望で見られているように感じる。ベテラン勢に向けられる視線に近いかもしれないな。同じ、あるいは近い年でありながらベテランですら到底ありえない狩果を『毎日』あげて帰って来る。命を落とす危険もある仕事だけに同じ大森林に出る狩人にはその難しさが実感できるためだろうな。
ただそれはポーターである自分には向けられていないから冷静に分析できるんだろう。俺自身にこの視線が向けられたら増長して天狗になりそうな心地よさだと思う。
「例の件? (ああ、都市間競売のことか) 今回は自分の分として手元に残してた分もこっちに運びこんでますんで、色と大きさはこれまでよりもいいものを提供するつもりですよ? こっちも競ってもらえばその分だけオイシイわけだから質を選別してるところです。 あくまで素人の俺の私見での選別ですけど。」
「それは有難い。ですが『そっち』でなく『あっち』の方で。」
「お願いしていた都市と折衝の方かな? 狩りが終わった後ならいつでも。今のところは優先して進めてることもないんで時間は取れます。」
「ええっとそれは『彼女』の都合も?」
なるほど本人も交えてか。なら昨日から開始した氷売りやカキ氷売りを始める時間の前の方が、いやいっそ終わってからの方が長めに時間が取れるか。
「たぶん夜の8時以降ならいつでも問題は無いと思いますよ?確認できた後で念話を送りますんで。」
「よしなに。」
サンタシに見送られて中央買取課を後にする前に念話が入った。
以前にカニを素材にして蛇腹のような構造をした柔軟性がある胸当ての作成依頼をしていたのが出来たらしい。
この後、昼から農耕地区での散水の仕事を入れているというホーヅとアッシャー、ニミヤは用事があると後日に行くことにしてアマザとタミーを伴って道具屋に向かう。
中央地区にある道具屋マヤ、雑貨屋ともいえるが最近のカキ氷器、製氷皿の作成を請け負ってもらっており、すっかり馴染みとなったが元はフライヤーの作成依頼が最初だった。この胸当て装具に関してはなかなか難儀していたがようやく完成したそうだ。
「おう、来たな。この前完成して持って帰ったやつの調子はどうだ? 」
ややビリジアンのような、いやもっと黒味がかっているがその色から土の異法士であることがわかる短髪。異法士でもあり鍛冶仕事もこなすマヤの店員カシナータが俺を見て声を掛けてくる。
「ええ、好調ですよ。昨日は大回転してました。」
おかげ様でかき氷は一気に品切れになったほどだ。
「どういう用途かイマイチわからんままの依頼だったがうまくいったようで何よりだ。で時間が掛かったがこいつが頼まれてたやつだ。」
そう言ってカウンターの下から彼の関節が腫れたようなごつごつとした無骨な手が持ち上げて出してきたのは黒光りする胸当て。胸にあたる部分は大きく左右に一枚ずつ、わき腹と腹部にかけては横に細長い(ように見える)ものを組み合わせて蛇腹のようになっている。
「お前さんの注文は変わってて前例がないのばかりだからな。要望通りのものを作るのは苦労したぞ?」
最初は細長くした板を金属の輪っかで繋いで蛇腹にしていたがそれだと空気の通りはいいが部品同士の隙間が大きくなり鋭い角や牙だと通してしまう。
それに金属の輪を一枚の部品に複数枚付けるとかなり重くなる。折角金属板で作った胸当てより強度を落とす代わりに軽さを求めたのにこれでは意味がない。なので以前に10番地区で狩ったことがるタテガミネコの買取素材である鋼線を使って繋ぎ合わせ、可動域が小さくなるが部品同士の接合箇所の隙間を失くしてもらった。
まずは俺の分で試作を作ってもらったのだが試行を行った分、カニの甲殻素材が足りなくなり、自分達が持ち込んだ素材を自分で買うことになったりした。
でもまあこうやって形になったし、全員の分も出来たようだから金を使った甲斐もあったというものだ。
「じゃあとは着けてみてフィッティングだな。」
俺たちはそれぞれに作られた胸当てを体に当てて、胸部や腹部がずれたりしないように体に会わせて異法で少しずつ形を調整する。さすがに軽い。プラスチックで出来た玩具みたいだ。
表面は黒い金属のような硬さ、内側はやや可塑性を持つおかげで強度が高いうえにやや曲がる性質でよりフィットさせるにはいいのではないだろうか?
俺の分が終わって一緒にやってきたアマザとタミーもフィッティングを行う。
しかしフィッティングが終わり、鏡で自身の姿を見てアマザが漏らした感想は
「なんか、やらしない?」
とのこと。狩りが終わると短い丈のトップスを好んで着ているのアマザにはこっちの方が露出は少ないのだ密着してるためだろうか。
「これまでの胸当てに比べてかなり軽いけれど……体に当てるのは今までのと変わらないのに体のラインが出るという感じね。」
これまでの胸当ては体に合わせて凹凸はあったが胸から腹部へと続くなだらかな曲線をした一枚の板という感じだったがパーツが比べ物にならないほど多くなったことと乳房のすぐ下部まで腹部の蛇腹部分が来ているためより体にぴったりとしている。
日本のアニメやラノベにあるようなビキニタイプのアーマーのような露出はないが(あんなの役に立たないと思うが)、狩人が身につける既存の胸当てに比べてより体のラインが見える、というか胴部分が密着する分胸の部分が強調されてる感じだ。遠くから見ると黒いビスチェに見える。
「でも今までの金属製に比べてやたらに軽いなぁ! これで大丈夫なん?」
命を預けるにしては軽いことに少し不安になるアマザ。
それを聞いたフィッティングを担当していたカシナータはガムを食べながら答える。
「問題ない。そりゃ鉄に比べりゃ強度は落ちるが素材の強さの上に裏側の可塑性が力を逃がす。それに加工処置でも強度は増してるからな。少なくとも一級巨獣に噛み砕かれない限り大丈夫だろう。まあこれらは胸当てだから背中に牙を突き立てられたら終わりだけどな。」
彼は考えたり作業したりするときにガムを食べるのがクセなんだそうで、決して勤務態度が不真面目なわけではない。そうしている方が仕事の効率が上がったりアイデアが浮かぶそうでマヤの上の人も認めているそうだ。
「ほい、お代はこんだけな。最初に作ったお前の分は試行した分だけ金も高いがいいんだな?」
「ああ、その分 納得できるもんを作ってもらったからな。」
俺たちはそれぞれに支払いを終えたがこの後、この前の小屋作成を手伝ってもらったお礼も兼ねて果汁水のかき氷でもどうかと二人を誘って赤髪亭に行くことにしたので装具はそのまま預かってもらった。
今日は材料も入ってこないので昼営業をしないため、その時間にマリアさんが果汁水を買いに行くと言っていたのでアンジェが帰ってくるまで赤髪亭で待つとしよう。
俺たちは中央から第3地区へ向かうために中央歪門広場に向かっていたのだが途中でマリアさんから念話が入った。
「赤髪亭が荒らされてるわ! カイルたちの部屋も!!」
-*-
俺たちは駆け足で赤髪亭に向かう。
「別に大事にはならへんって朝に言うてなかった?」
朝の集合時の話題で昨日の赤髪亭での事を話していたが別に心配することはないと話したばかりなのだがこれだ。
赤髪亭だけじゃなくて俺たちの部屋を荒らされたってことは氷を取りに侵入したものの何もないから製法なりを求めて他の部屋も荒らしたってことか?
「そのはずだったんだがな。まさかこんな強行に出るとは思わなかった。」
精々氷がどこから納入されてるかを見張ってるくらいだと思ってたんだが氷そのものの販売に焦ったのか?
「でも盗られるものって何かあるの?」
タミーの言うように盗られて困るようなものはない。
もっとも大切なものは金だろうが年輪都市を含めてこちらの世界はデータだ。脅すなりしてピプの移動を了承させない限りは他人から金は奪えない。そして奪ったところでカードには誰に金を移動させたか残るので必ず足が付く。
それにこの年輪都市では宝石や貴金属などは富裕層が価値を見出し始めたところで一般人は所有してるものは少ない。
なのでこの世界で窃盗されるとしたら物ではあるが大抵は金で買える既製品だ。犯罪を犯して入手したところで捕まって強制労働をするくらいなら普通に都市が斡旋する職に就く方が早い。
盗まれて困るのは形見や先祖伝来の品くらいだがそんなものは盗む側には価値がない。精々一点物で次の入手が難しいものくらいだろう。盗むならものよりも食料を盗む事案が多いのが年輪都市の特徴だ。
だからこの時期に赤髪亭に侵入があったということは氷目当ての連中であると推察できる。ただそれが問屋に手をまわしてる連中なのか赤髪亭と同様に飲食業を営む者が羨んでの犯行かはわからない。
「荒らされてるっていってた。盗むものがない代わりに破壊行為でもしやがったか?」
赤髪亭に付くとマリアさんが困った顔で厨房に立っていた。
「マリアさん! どんな感じです?」
複数の足音が向かってきたことに気付いて俺たちを確認するマリアさん。
「カイル! どうもこうもないわね。 こんな感じよ?」
赤髪亭の店内は特に変化がないが厨房内の皿や加熱用の鍋板、そして昨日使い始めたばかりのカキ氷製造機が横倒しになっている。ただカキ氷製造機そのものは壊されてはいなかった。金属製で重いのでこれを壊すなら土の異法士が変形でもさせるしかなかったのだろうが犯人は一般人だろうか? あるいは時間がなかったためかもしれない。 いくらなんでもこれだけのものをぶちまければ外に音が聞こえる。おそらく氷について探るために物色して立ち去る最後に荒らしていったってとこか。
「部屋も荒らされてると念話にありましたが?マリアさんは怪我とか?」
「あたしが中央に果汁水を買いに行ってる間にやられたみたいで危害はなかったわ。でも部屋の中は盗られるものは無さそうだけれど服とかは散乱してるわ。アンジェの部屋もそうだったし2階の部屋もそうみたい。盗られてるものがないかすぐに確認したほうがいいわ。」
会話のあと都市の保安課が何人かやってきてマリアさんが応対するようだ。
俺は厨房の惨状を見渡した後、カキ氷機を起こして設置する。
「やれやれ、氷は器を持って来てくれれば売れるがカキ氷は容器がないと売れんな。いっそのことカキ氷も容器を持ってきてもらうか。そういやアンジェが地下に使わない食器を置いてるって言ってたからマリアさんに聞いてみるか。」
「ちょっとカイル、部屋の様子を確認しなくていいの?」
「特に盗られるもんもないしな。仮に服が裂かれてるなら買いなおせばいいし。それにちょうど中央買取課からの要請があったんで部屋の原石もあっちへ持って行ったあとだし。」
マリアさんが事情聴取をしてる間に散乱した厨房内をアマザたちに手伝ってもらって片付け始める。そうこうしているうちにアンジェとコーリンがやってきた。
厨房に入るなりその様子に憤慨していたが先に自室で盗られたものがないかを確認するように促す。
床に散らばった割れた食器や鍋板を片したところでコーリンとアンジェがやってきた。
「荒らされてるだけで特に盗られたものはないわ。父さんの形見もそのままあったし。」
「私も特に失くなったものはありませんでした。」
そのあと聴取を終えたマリアさんを含めてテーブルに付く。
地下も荒らされていたが下においていた食器は割れる材質ではなかったのでそのまま使えるために持って上がった。
とりあえずは一息つくためにアンジェにカキ氷を作ってもらって全員で食べながらこの後のことを話す。野次馬の目を避けるために赤髪亭の入り口だけを開けて窓は閉めてるためにちょっと暑いがカキ氷がちょうどいい。
「今日の営業は無理かしら?」
「大丈夫でしょう。カキ氷も昨日の氷と一緒で器を持ってきた人にだけ売ればいいですし。それよりもマリアさん、アンジェ、ちょっと聞いて欲しいんですが……」
俺の案を聞くとマリアさんはそんな負担はさせられないと言ったが
「アンジェを嫁に貰うわけですから、それともそんなにアンジェは安いですか?」
というと笑いながら了承した。
その後 念話で先ほど後にしてきたマヤのカシナータと連絡を取る。今日中に材料と品を持ってきてくれるそうだ。
-*-
「で?成果なしか?」
自室に居並んだ3人の男から報告を聞いて不機嫌そうに眉を顰める。
「はい。赤髪亭にも二階の部屋にも氷は全くありませんでした。地下にもです。」
ズマの命令で誰もいない赤髪亭に侵入して探ったものの何の手がかりもない。実際には製氷皿というヒントがあったのだが氷に対する知識がないため、変わった皿としか思わなかった。
「だがこれまでお前達は交代で見張っていた。そうだな。」
「はい、少なくとも氷が持ち込まれたのは見てません。夜間もです。」
ならば、やはり厨房にある水を使って氷を作っているというわけか。だがその製法に関しての書類やメモすらないだと? それほど簡単な手間で昨日売っただけの氷が作れるわけか。 いや俺が見に行く前にカキ氷というものを売っていたらしいな。 忌々しい!
「厨房以外の部屋にもめぼしいものはありませんでしたが、おそらく男の部屋と思われるところからこんなものを見つけました。」
そう言って男が懐から取り出したのはこぶし大のなにやら半透明のような物体。 一見すると丸い氷だと思ったのだが男が握るとその部分が凹んでいる。氷ではないようだ。
「氷の手掛かりになるのではないかと持ってきました。」
受け取ると見た目よりも重い。水が入った袋のようだ。
そういえば珍味を求めて蒼海都市から取り寄せた食材にこんなものがあったと思い出す。
ズマが過去に食べたのは巨大魚の腹から得られた浮き袋のことで蒼海都市では食べられているが味はないのでスープに入れて食感を楽しむ。この辺りは中華料理と同じだ。
「しかし、何も起こらんな。」
見たことがない物質だったので試しに思いっきり握ってみたが潰れることはなく、壁に投げつけても変化なし。針で刺しても刃物を引いても凹むだけ。
しかし用途が分からないが氷の作成に関係するものかもしれない。赤髪亭で男の部屋ということは確かアンジェの結婚相手と聞いている。何か知っている、いや関わってる可能性が高い。
「これは取引に使えるか?」
先ほど潰そうと試したのは浅はかだったが壊れることがなくてよかったと思い、次はこれで男と交渉しようと方針を決めた。
子飼いの男達を赤髪亭の監視に戻し、自室の机の引き出しに謎の物体を入れて鍵を閉める。
その後、ズマは早めの夕食をとる為に自室を出てくるのだがその間に
「悪いわね、それを取引に使うのは私なの。」
という声がズマ1人しかいないはずの部屋から聞こえてきたがそれを知る者は同じ部屋にいたはずの『ズマも含めて』いなかった。
リクコ 年輪都市中央買取課に店を出す大問屋の内の一つ
タンジー リクコの大番頭
マヤ 中央地区にある道具屋 摩耶山をもじって
カシナータ 中央地区にある主に金属での加工を扱う鍛冶兼道具屋マヤの店員 東灘区からもじって




