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あっちとこっち  作者: rurihari
3 売り物
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3-18 涼を売る

 「飯が食えないんなら仕方がないな。それにいくら気持ちがよくっても冷水だけをカブのみするってのもなぁ。」


 そういう言って帰ろうとする客も多いがアンジェの冷却能力は渡した指輪と『遠慮』のメンバーにも持たせている珠タイプのものを二つほど持たせているので尽きないだろう。

 アンジェは指輪以外の補充装具を見るのは初めてだったが輝虫素材の指輪よりも多く源力がプールされていることを確認して俺たちのパーティーがなぜ異常なくらいの成果を上げてきたのかに納得していた。

そして今は源力の枯渇を繰り返すことによる個人総量の上昇も身をもって体感してる最中だ。


 赤髪亭を訪れた客は折角冷たい水で暑気を払った後に食欲を満たすのを楽しみにして訪れたのに肝心のメニューがない。

売り物がないなら店を開けるなという口の悪い客もいたが問屋が食材を売ってくれないので仕方がない。他地区からの納入ができるまではご勘弁をと正直に話し、ついでにウチには落ち度はなくて問屋のせいですよと広めておいた。実際その通りだし。


 代わりにここ最近メニューを頼んだ人にだけ提供していた冷水を出すことと、器さえ持ってきてくれれば氷を希望するだけ有料で売ることにした。

話題となっていた冷水の元である氷を大量に欲しがるものもいたがそういう連中はこれまで客として赤髪亭にきて実際に見たことがない者たちでいくら大量に買って貰っても解ければただの水になることを説明したのだがそれでも買っていった。

 夜の食事を赤髪亭で取っていた常連はピッチャーのような大きめのボトルを冷やせる程度だけ買って帰り、家庭で楽しむそうだ。金も少なくて済むし氷が解ける前に楽しめる、これが一番正しい買い方だな。


 氷を求める客のおかげで今はアンジェは厨房の奥、客から覗きこまれても見えない影になったところで必死で異法を行使し、予備として作ってもらっていた大きめの製氷皿を3つに水を張って重ねては凍らせてから捻って氷を落とす。この作業をひたすら繰り返している。コーリンとヴェガがそれを運んでは客の希望で持参された容器に持って行くが何度往復しても客足は衰えない。 価格は急遽マリアさんが製氷皿で出来た氷を数個でいくらと値段を決めて販売している。


 夕方前にアンジェと一緒に買いに行った果汁水はどうなったのかというと既に売り切れてしまったのだ。

マリアさんの許可を得てかき氷製造器は厨房の複数あるシンクの一つの横に設置し果汁水を凍らせて削ったあとマリアさんに食べてもらい、店に出すことと値段を決めてもらった。


 まだアンジェの冷却機能を付加した道具を作成してないので果汁水を凍らせてると客が来ない間に解けると思ったのだが別の容器に果汁水や削る前の凍らせた果汁水を纏めて入れておけばいい。削る時にその場でアンジェに凍らせてもらったらいいわけだ。急速冷凍機能に限って言えば日本あっちの冷蔵庫より便利なアンジェ。


 涼しくなる前の方が喜ばれると思って赤髪亭のいつもの営業時間よりも早めに開けて訪れた客に今日はメニューがないがこんなものがあると見せ、最初の数人だけサービスにする代わりに店の表に出した椅子で食べてもらった。

簡単にいえば宣伝なのだがこれがすぐに周りに伝わりあっというまに買ってきた果汁水はかき氷に化けた。 そしてヴェガとコーリンはひたすら食器を洗っていた。いつもよりも忙しかったのかもしれない。


そのあとに氷の販売に切り替えたわけだ。

予め氷を販売することは決めていたのだがサンタシを通じた都市との折衝事項を説明した時についでにそのことをアンジェに伝えた時には不満そうだった。


「それだとそもそもの原因だった問屋や食材屋が店に来ても売るってこと? あたしは嫌よ!」


「そうはいうけど俺たちをハブにしてる店の店主を知ってる?店員の顔を全員知ってる? 代理を立てて買いに来られたらどうする?」


「っと、そこはカイルの心術で……」


「無理だろ。全員に握手でもするのか?」


 この都市では挨拶の意味での握手なんて習慣がないのでいきなり客に握手したら変な人だ。ちなみにお辞儀する文化もない。以前ダーナの家に招かれた時にアケーシ翁に面会した時思わず頭を下げそうになったがやってたら奇異に思われたかもしれない。なんせ初対面でいきなり謝ってるって思われるものな。


 そこで俺はアンジェに説明して納得させた。

俺たちに食材を売らない目的は氷を売って利益を得ることだ。

なら俺たちがやつらの代わりに広く売ってやればいい。問屋を通じた販売網がないのであくまで店頭だけだが既に冷水を提供する唯一の店なので周りには知られている。そして今氷を売れるのは俺たちだけ。いずれは都市との交渉が済めば中央買取課での買取り価格から市井での氷の値段が決まってくるだろうがそれまでは俺たちが自由に値段を決められるってことだ。

その間は例え赤髪亭から氷を大量に買って転売するにしたってこっちが安価で大人数に売ればやつらは転売で利益を乗せることができない。

 そして一番の理由 氷を大量に俺たちから買ったところで保存ができない。この事実がある以上はあっちに販売網があろうが関係がない。だからかき氷の販売が終わった後は氷の販売に切り替えたわけだ。


 一応は販売時間は夜8時までと表に書きだしているのだがアンジェの頑張りがどこまでもつか。 源力については補充装具があるしそれも尽きたならすぐにチャージすれば済むだろうが源力の枯渇を充足をここまで短時間に繰り返すなんて初めての経験だろう。今日は銭湯の後に源力を流して医術による疲労回復をしてあげるか。



-*-



(なんだこりゃ・・・?)


 食材の供給を止めてやつらは別の地区まで食材を買いに行って希望通りの品や数が揃わず、あるいは売り切れていて難儀しているだろう。その様子を確認するために赤髪亭近くまで来たが予想に反して盛況、いや大盛況となっていた。しかも全員が氷を持ち帰っているではないか!

 これはズマにとっては予想外だった。

なんせ氷は売り物にはなるがこんなに短時間で、大量に、用意できるものだとは全く思っていなかったのだ。しかも氷を買って帰る客を捕まえて値段を聞いたところ驚くほど安い!

 もっともこのことについてはマリアすらも予想外でカイルが他の火の異法士においそれと作れないと説明していたのでアンジェにもそれほど多くは作れないと思っていたのだ。マリアは異法士ではないし、身近な異法士の夫や娘のアンジェも火の異法士でその用途が厨房での仕事だったために幼少から異法を使っていたために伸びたアンジェの源力総量の凄さを理解していなかった。そしてアンジェのような火の異法士は狩人の異法士のように大森林で狩りをすることが稀なために巨獣との不慮の遭遇のために源力を残しておく心理はない。なので氷を作るのに必要な源力の大量消費についての心理的なブレーキはなくスムーズに氷を連続で大量に作れる、そして尽きたらカイル作の装具で補えばいい。


 日が落ちて街灯として設置されている町の道路の発光石が光を放ち始めた中、盛況な赤髪亭をズマは奥歯を噛んで睨みつけてから背を向けて歩き出す。


いきり立った早足で自宅に帰ってから夕食を用意させる。思い通りにならなかった苛立たしさから荒立てた声で家族は萎縮し、運ばれてきた夕食を食べて空腹が解消されると次第に落ちついてきたのだが果汁酒を飲んだ時にその温さから氷を持って赤髪亭を出る客を思い出して結局更に苛立ちは増した。


ズマは落ちつくために自室に入り葉巻を取りだす。


 まさかあれほどの氷を持っていたとはな。

だが、厨房に置いていたのだろうか? 氷が解けるものである以上、状態を保存できる方法があるということだろうか? 


ガジガジと考え事をしながら加えた葉巻を噛みしめながら歯の間を転がす。


 なら厨房に入るだけでそれが分かるかもしれない。

いやそんな簡単に見えるところにはまさか置いてないだろう。とすると地下か? 赤髪亭にも地下室はあるだろうし、それに、


「おい!」


 葉巻を口から離してズマは自分の部下を呼ぶ。


「指示してた通り赤髪亭を見張っていたか?」


 呼び出された部下は本来こんな時間まで勤める就業時間ではないのだがズマより個人的な給金を貰って仕事をしていた。


「はい。今日の朝から今も交代で。」


 ズマは赤髪亭が氷を入手してる先を調べようと搬入している相手を探ろうと見張りを立てていた。


「今日一日の間で氷らしきものを運び込んでいたか?」


「いえ、男が担いで店に運んでいるものがありましたが問屋が扱っている果汁水や果汁酒の入れ物でした。」


「大きさは?」


「ウチでも扱ってる大容器が二つほどです。」


 ふん!なら氷ではないか。奴らが売ってた氷の量の方がはるかに多い。ということは赤髪亭の中で作ってるのか? そんな方法があるなら盗んでやればいい。


「次の指示だ。だがもし捕まった場合でも俺の名前や関わりは出すな。お前たちがやったというんだ。 それだけの金は払う。」


 男は難色を示したがズマが指示したのは別に殺人のような重犯罪でも誘拐のような犯罪でもない。ズマが提示した報酬額と仮に掴まって自分がやったことにしたところでそう対した罪でもないと判断して引き受けることにした。



 翌日のカイルが狩りを終えてアマザとタミーを小屋作成の礼を兼ねてかき氷を御馳走しようと赤髪亭に向かう最中マリアさんから念話が入った。




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