3-17 悪だくみ
学校を終えて赤髪亭に帰る。
昨日カイルが作ったかき氷ってやつを果汁水を凍らせて作ってみるつもりだ。学校を帰ってきたこの暑い時間帯に試食で食べたら汗も引いてちょうどいい。
着替えてから厨房に入ると棚に果汁水がない。いやそれどころかもう少ししたら始めるはずの夜の営業に向けての食材が全くない。
「母さんどうしたの? 夜の仕込みの材料がないけど?」
厨房におらず、自室にいるらしい母さんに声を掛けると姿を見せて済まなさそうにいう。
「ごめんね、頼むの忘れていたわ。」
母さんはそう言うけれどそんなのはおかしい。
夜の食材は昼の食材と一緒に当日使用分を前日に念話で食料品店に注文して翌日の午前中に届くのが常だからだ。
つまり夜の営業分の食材がないってことは今日の昼は弁当も定食も作ることができなかったってことだ。
どういうことだろう?
別に支払いが滞るような問題はないかったはずだ。元々客の入りはいい方なのに冷水を提供するようになってからは仕入れた食材はほぼその日に使い切っているのだから儲けは増えているはず。
「昨日の夜に食材が少なかったのは地下にストックしてた分だけだったの?」
「ええ、そうなの。」
どうして?
年輪都市では数年前に特級巨獣が侵攻してきても所詮壊れたのは町の一部、食料自体の供給がなくなるなんてなかった。どうしてウチに食材が入ってこないの?
「お店に、問屋に食材が入って来てないの? 学校じゃそんな話は出てないのに。」
母さんは表情を曇らせて目を伏せて答える。
「食材はお店にあるわ。でもウチに売ってくれないのよ。」
はぁ?私は理解できなかった。
売り物があるのに買えないって?何のための食材店よ!
「なんでよ! そんなのおかしいじゃない!!」
あたしは大声で叫んだ。母さんに当たってるわけじゃないが声を荒げずにはいられなかった。更に私を宥めて一緒に食堂の椅子に座った母さんから伝えられたのは意外なことだった。
-*-
「さ~てマリアはどう出るかな?」
男は同じテーブルに着いた10人ほどの男たちを見渡す。服装は作業目的の服でなく事務仕事のようなシャツとスラックスの軽装。ほかの男たちは動きやすさと暑さを避けるための7分丈の服を来ているものが多く外での作業もあるのか脇に帽子を置いている。
「でもいいんですか?いくら客寄せのための氷を得るためとはいえ食材の提供を止めるなんて。」
弱気そうな細身の中年男がまだ若いといえる30過ぎの男に尋ねる。
「構わんだろ。特定の相手に売らないことは別に犯罪行為とされてない。買い手がどこで買ってもいいように俺たち売り手も誰に売ろうが自由だろ? ここらで買えないなら歪門を通って別の地区から買えばいいのさ。それが出来るから都市の法でも追及されることはない。
そもそもあんな売れるものを自分たちだけで独占してるのが悪いのさ。もっと吹っかけても売れるものをあんな値で売ってるのもな。」
油で髪を撫でつけてオールバックにしたその男:ズマは他都市から入ってきた葉巻に口を付ける。その煙からはかなりクセのある匂いが漂ってきてテーブルを囲む何人かは眉をしかめる。
彼らは第3地区の中でも大きな店を構える食材屋たち。大きな店である以上扱う食材量が多いので搬入に便利な歪門の近くに店を構えている。そして料理店へ食材を卸していて当然家庭よりも購入量が多いので台車を使って取引先への配達も行っている。だからこそ歪門に近くにある方が便利なのだ。
一方歪門から遠い住宅内にあったり商店が集まった地区にある食材屋は近隣への提供を主にしており、他の地区に住む者からするとその存在は知られてないことが多い。
ズマは赤髪亭で提供されている冷水に入った氷を見た時、すぐにこれらが他地区でも出回っているのかを確認した。同時にそれが中央買取課と3番外門買取課で扱われているのかも調べ、氷が赤髪亭独自のルートで入手しているらしいことが分かった。
既に冷水が話題となっているこの第3地区最外区や隣接する地区の店は氷についての引き合いを問屋やその上の買取課へ出すだろうがない袖は振れない。彼は早々に大問屋や都市買取課に言っても無駄だと判断した。
そこで氷を扱いたいであろう同業者に声を掛けた。その連中は赤髪亭へ食材の納入や配達が可能な地域の食材屋の店主たち。中にはズマの呼びかけに積極的でないものもいたがズマは第3地区の最外部地区でも一番大きな食材屋であり、その上の現在の第三地区担当で中央買取課に買取窓口を出している卸の大問屋とも親しい。いやズマの叔父が営んでるので親しいどころではないかもしれない。下手に反抗すると商売の種である食材が問屋からの納入が渋られる恐れがあるのでズマに従っている。
「ま、売り物がなくて泣きついてきたら氷と引き換えに売ってやればいいさ。意固地に氷の入手について秘匿するなら店を畳むまで追い込めばいい。」
燻らせていた煙草を置き、果汁酒が入ったコップを手に取るが口に含んだその温さに不機嫌そうにいう。
「今まではこれが普通だったんがな。やはり氷なんてものがあるのを知ってしまうと暑い時は冷えた酒を飲みたいもんだ。」
「しかしそううまくいきますかね? あなたに協力してるのはここにいる最外区に設置されている歪門近くの店の店主だけでしょう? 街中の小さな店舗にいかれたら意味がないんじゃ? それこそ他地域への買い出しされたら。」
「街中にある小さな店なんざ近隣への販売目的だぜ? 商売用に使うほどの在庫を置いてるわけでもないだろう。それに翌日分として注文を受けたなら叔父貴に頼んでその店への商品納入を遅らせるさ。第3地区以外に買い出しに行くにしても他地区まで配達はせんだろう?ってことは自分で台車を使って買い出しに行くことになる。いくら移動に歪門があるっていっても楽じゃない。
それを続けるならそれでもよし、嫌がらせとしちゃ十分さ。マリアの娘のアンジェは来年結婚が決まってるそうじゃないか。そこで弱ったら襲ってでも俺のモノにして氷も独占すればいい。マリアもボウイに靡かなけりゃ楽な暮らしができたもんをな。」
ズマの頭にかつての年上の恋敵の顔浮かんだが伝え聞いた彼の最後を思い出してざまあみろと口に笑みを浮かべた。
お前の娘には興味はないがマリアは取りかえすと心の中でつぶやいた。
-*-
「氷の製法とその提供が食材を卸す条件なのね!? じゃそれでいいじゃない。あたしなら構わないからその条件を飲むって伝えてよ。」
「でもねアンジェ、彼らは最初は自分たちだけが独占するために氷を高値で売るでしょうけどそうするには私たちが売ってる値段が邪魔になるわ。かならずこちらにも価格を上げるように言ってくる。 それに氷が広く広まって物珍しくなくなればこの3番地区以外にも売ろうとするでしょう。アンジェがどれくらい氷を作れるかは分からないけれどいくらなんでもこの年輪都市の需要を満たせることはできないでしょう? それにカイルがいうには火の異法士だからってそう簡単に氷を作ることができないみたいだし。それなら彼らは食材を売ることを条件にあなたをひたすら金の生る木として飼い殺しにするわ。」
「なら一番歪門移動回数が少なくなる中央地区にでも買いに行けばいいじゃない。」
「そうね。でも配送をやってくれる食材屋は担当地域を縄張りにしているから他地域なんて特にトラブルを避けるために持ってきてくれることはしないわよ。だから毎朝その日の食材を取りに行くことなるわ。確かに歪門を通じて移動なら中央へ向かうのが近いけれど歪門からこの店までの距離は変わらないわ。あちらが店を開く時間にもよるけれど昼の営業には間に合わないかもしれないわね。」
「じゃ、夜だけでもいいじゃない。昼に間に合わないならあたしが学校に帰りに台車で買ってくれば夜の営業には間に合うだろうし。カイルが暇にしてるなら手伝ってもらったらいいじゃない。」
小さな声でいうアンジェ。マリアは息を吐いてから続ける。
「大変だけれどそうする手もあるわね。冷水を目当てにするお客さんは当然アンジェがいる夜に来るから夜だけの営業にするしかないわね。」
少し疲れたようにふぅとため息をつく。そして外に向かって声を掛ける。
「カイル、あなたに頼って悪いけれど買い物の運搬を頼ることになってもいい?」
アンジェの声が聞こえて外で二人の話を聞いていたのだがマリアさんは俺に気付いたようだ。アンジェもマリアさんの視線を追って振り返る。
「今日の昼からの営業分に関してはどうしようもないですね。この時間からだともう今日の分は売り切れてるかもしれませんし。常時売ってるのは果汁酒とか果汁水かな。
ひとっ走り中央まで出向いて買うのはいいんでアンジェを借りていいですか?」
カイルの言葉に沈んだ表情のままのアンジェが立ちあがる。
「母さん行ってくるわ。カイル、果汁水買ってくるってことは昨日のやつ作るのね?」
「そ、一週間程度アレだけでいいだろう。たぶんアンジェ次第で状況は好転するかもな。話は道すがら説明するよ。」
「ホントに?」
「マリアさん、店主はニコニコ笑ってた方がお客さんが入りますよ? 待てば海路の日和ありってね。」
俺はアンジェと一緒に赤髪亭を出る。
「海路ってなによ?」
「そういう諺があんの。」
俺はアンジェを伴って中央地区へ向かう。その間サンタシを通じた都市買取課を通じての氷の提供内容を伝える。
「ふぅん、あたしはそれでいいけれど。結局食材屋は待ってれば良かったのに先走っただけ損になるってこと?」
表情が戻ったアンジェを不安にさせることになるが答える。
「いや、そもそも赤髪亭への売上以外は損していないさ。それどころか自分たちが儲けるはずだったのに中央買取課に持っていかれるわけだから俺たちへの不売は続ける可能性が高いな。」
そうなのだ。
誰がやってるのか分からないが直接氷について取引を交渉してくればいいのにいきなりこんな子供じみた感情が見える不売を仕掛けてくる相手だ。腹いせの報復をやってくる可能性が高い。
「やっぱり面倒だけれど毎日中央にでも食材を買いにいかないとダメか……」
ため息をついた顔がマリアさんと似てるな。アンジェの横顔を見ながらそう思いつつ次の案を伝える。
「地下ってさ。卵を置いてるくらいでまだかなりスペース空いてるよな?」
「ええ、他に使わなくなった調理具や余分な食器なんかは置いてる。この前はいつもの食材屋さんが休み前だったからその分多めに仕入れて地下においてたけど食材は当日入ってきたものを使うのが普通だしね。根菜なんかの日持ちするものは置いてるけれど。」
「じゃ、アンジェ次第で買い物の頻度はもっと減らせるかもな。」
アンジェの冷却能力とそれを働かせるだけの源力が貯まるほどの素材がいるな。
やっぱり珪藻土モドキで作るか?
また中央のあのお店に頼もうか。 あの人の名前なんていうんだっけな。
ズマ 第三地区最外区の有力食材小売店店主 神戸市須磨区をもじって
ボウイ・カートゥ 既に死去したアンジェの父 揖保郡をもじって 先にアンジェの名字として加東市からカートゥをもじってるのでこの人物だけ二つの地名からもじってることなりますな




