3-15 買取課にて
公園でのわずかな時間の邂逅は気持ちを沈ませたが思い悩んでどうなるものでもない。あの子が覚えてるのなら薄情な肉親として恨まれているのかもしれないがそれは事実だ。
仕方がない。
いずれ踏ん切りがついたなら会いに行けばいい。 そうしないといくら悩んでも解決しない事柄だ。 俺は気持ちを切り替えて買取課窓口に向かう。
さすがに新たに大森林から帰って来る狩人が少ないのでさっきに比べて場内の混雑は解消されてきている。しかし未だ忙しそうにしている中央買取課の職員に声をかける。
「サンタシさんは手が空いてる?」
「あっ! カイルさん。 聞きましたよ~~。一気に4人もお嫁さんをもらうそうでおめでとうございます。 もうそれだけもらうならいくら増えても同じでしょうし私なんてどうです? 熟れ頃ですよ?」
などと仕事の合間にセクシーポーズを決めてくる。暇なのか? 上司のサンタシって部下が女性ばかりで大変そうだ。見た目の環境は若い女性が多いから羨ましがられそうだけれど気苦労が付きまといそうだ。
「さすがに窓口の美人受付嬢にまで手を出したら他の狩人から総スカンくらいそうなんで止めておきます。サンタシさんなんてどうです?窓口『主任』って言って実際には課長と変わらないくらいって聞いてますよ?同じ職場だし気心も知れてるでしょ。」
「あら? 結構本気なのにあっさり流したわね。 ウチの上司も優良物件だけど奥さん一筋みたいよ? 着任時に楽したい娘が声をかけたけど袖にされてるし。一夫多妻には興味がなくてどっちかっていうと否定的みたい。今日は珍しくこの時間も応接室に篭ってますよ。今は私室兼応接室ですけどね。」
本人の申し出とはいえ俺の個人的な持ち込み素材だけであの人の私室を占有してるからな。とりあえず呼び出されたんだからこのまま向かっても大丈夫だろう。
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「カイルさん、ちょっと相談がありましてね。」
ノックの返答を待って部屋に入るなり、机に資料をらしき本を広げて座ったままのサンタシは開口一番にそう口にした。
どうやらまた頼みごとのようだ。
「最近ある地区から採取依頼がありましてね……。その素材に対して説明を受けても要領を得なかったのですがどうやら本来この都市では見られないはずのものらしいんです。」
「へえ? それを調べるために狩人からの持ち込みが忙しいこの時間もこうして閉じ篭ってるわけですか?」
「ええ。依頼を出した者から話を聞くとおそらくはこれだろうと予想は付いてるのですけれどね。
私たち都市の職員の中でも交易課がある中央に務めるものは交易課からの土産話で他の都市の事を聞くことがあるのです。その中で聞いたものに特徴が合うんですよね。
どうやら都市買取課へ採取依頼がきたのは四季がある都市で気温が低下する時期に起きる水が固体になったものらしいんです。カイルさんは名字があるということはご両親が移民だと思いますがご存知ですか?『氷』というのですが。」
やっぱりこっちでもコオリに相当する言葉はあったのか。当たり前といえば当たり前だけれどいくら普段目にしないとはいえ、その単語が一般に広がってないとはね。
「私も実物は見たことがないんですけどね。どうやらある地区でそれを売り物にしてる店があるそうで。依頼主が云うには一定期間入手経路の独占は認められてるのは知ってるから高くなってもいい。それでも扱いたいから是非持ち込んでいる狩人がいたら都市の買取課から回してほしいと。ですがウチは氷なんて持ち込まれたこともないといってもその人たちは「水の鉱物」なら素材として採取依頼を頼むと言ってきてきかないんです。」
冷水は盛況だけどもう利に敏い連中は同じことをしようと動いてたわけか。それにしても水の鉱物ね。確かに岩石という鉱物が溶ければ溶岩という液体になるんだしそう言っても間違いじゃないのか。
「氷の性質上ムリでしょ。例え見つけても持ってくるまでに溶けるし保存しておく場所がない。」
「ですよねえ。私たちの聞きかじりの知識ではゲートを複数回介して行けるはるか北にある都市だと普通にあるものらしいのですが年輪都市の気温ではあるはずがないんです。」
「まぁ年輪都市内やその周りの大森林じゃ無理だろうけど もし地下深くに風穴とかあるならあり得るかもしれませんけどね。それよりはるか北の台地を越えれば万年雪とか氷河を持った高山がありそうですけどね。そうでないと雨季でない時期でも北から流れる水の量が減らないことが説明が付かないもんな。」
「そんな場所にまで歪門が繋がってれば苦労はしませんって……あれ?私 氷について説明しましたっけ?」
「元から知ってるんで説明はいいですよ。俺は『コオリ』って呼んでましたけどこっちじゃ「氷」っていうみたいですからこれからそう呼びます。ところで氷が普段からあるほどの北に都市があるならそこから交易で引っ張ってこれないんですか?」
「年輪都市のゲートはともかく他都市のゲートはあちらの都合で開くんですよ? それも複数回、その時まで氷が解けずに残っていてくれるとでも?」
サンタシはこれだから都市運営に関わっていない人は気楽に言ってくれるとでもいいたいような表情で俺の問いかけの返答をする。
「あらら……そりゃ唯でさえ外への人の行き来がないこの都市じゃ氷を知らない人が大部分でも仕方がないか。
ちなみにその地区っていうのは3番地区じゃないですか?」
「ご存知でしたか。
氷を提供しているお店は歪門の近くではないローカルな地域にあるそうですが、かなり有名になってますからカイルさんも行かれましたかね?
氷を使ってるにしてはかなり良心的な価格で提供してるそうなんですが、それほど営業時間を長く取っていないらしいです。同業からみればそれより少し高くしても長い営業時間でもっと多くを捌いて儲けたいと考えてるそうですね。
だから小さな定食メインでやってる店よりも果汁酒を置いてるもっと氷を必要としてる酒場とかの店に回せとね。特に話を聞いた狩人たちから詰所近くの酒場に扱って欲しいというリクエストが多いそうなんです。そのおかげで以前は身内の交易課、今度は民間の客から突き上げを食らってるんですよ。
一体誰が氷なんて持ち込んでるのか。
例え大森林から持ち込まれていても元が水ですから危険物でない以上は都市内への持ち込みは都市側でどうこう出来ませんしね。」
「サンタシさんだって大森林から持ってきてるとは思ってないんでしょ?炎天下でそんなものを持ち歩けば解けちゃうし。それに解けても残るくらい大きな氷を背負ってるなら噂になってるでしょ。」
「ですよねぇ、今のところ営業してる日は夜だけとはいえ毎日提供してるそうですが一体どうやって氷を入手してるんだか。
ご存じありません?
もしくは誰が氷を作る方法を発見してるとか?」
「鋭い! 」
さすが窓口「主任」とはいえ別格に当たる中央地区で就いてるだけあって出来る人だね。
「は?」
俺の感想に疑問の声を上げるサンタシ。
もう種明かししてもいいだろう。
どうせ異法で作れるとは言ってもサポート無しに一朝一夕に氷が作れるようになるはずがない。源力総量で言えば実は今の遠慮メンバーと同程度ほどもあるアンジェですら最初は出来なかったんだからその辺の火の異法士が氷の実物を見た程度で冷却能力が自在に使えるとは思えないのだ。学校を出てから異法を使う訓練施設で冷却の概念から習うようになるなら別だろうけれど。
「サンタシさん。ちょっと確認したいんだけど?」
それから中央買取課窓口主任の応接室で密談が行われた。
俺がサンタシ氏を介して都市側と折衝したいのは1年から2年程度、火の異法に関する冷却能力とそれを使った食品や商品の独占権を狩人の情報と同じように認めて欲しいということ。その代わりに都市の買取課だけに同じ氷などを提供する。
ただし毎日アンジェに出張ってもらうわけにもいかないので当面は決まった曜日だけ中央買取課にて出来る限り大きく氷を作成してもらうつもりだ。俺が作った源力補充の指輪があれば可能だろう。
通常狩人の既得権が一年なのに長めにしたのは今は冷水だけだがかき氷や冷却板を使った冷蔵庫など実用に至っていない案がいくつかあるためだ。
サンタシはまさか異法を使って氷を作ってるとは思っていなかったため俺が種明かしをするとかなり驚いていた。その後 氷を提供してる店に住んでることや氷の提供を促したのも俺だと知るや最近の心労の原因はアンタだったのかとかなり本気で怒られた。
落ち着いたサンタシと話を詰めようとしたのだがこの件についてはサンタシの権限を超える裁量なので返答はそのうちにとのこと。
こっちも肝心のアンジェがそれを承諾するかわからないので都市からの返答を待って改めて相談するか。話は氷のことなので後は返答待ち、今日の分の原石買取分を窓口に出してから帰るとしよう。
「待ってくださいよ。肝心の用事が終わってないんです。」
どうやら今のは俺を呼び出した用事ではなく、目下の悩みを相談しただけらしい。
心術を悪用していた工業都市所属の交易人バーンタを捕縛した絡みでお願いしていた8番地区の農地の使用が許可が下りたのこと。
地図を持ってきて希望していた場所と許可が下りた場所が間違いがないか確認する。農耕地としてはかなり小さな面積だったので問題なかったそうだ。出来れば明日の午後、狩りが終わった後にでも農耕課職員の案内で使用の注意を受けて欲しいとのことだった。
案内は明日の午後にしてもらうことにして狩りが終わった後の買取りを済ませた足で同行してもらう希望を農耕課の担当職員に連絡してもらう。
「で、もう一つ依頼というかお知らせがありまして。競売って知ってます?」
「複数の購入希望者が価格を競るってことですよね?」
「ええ、通常素材や巨獣なんかの狩りの成果は都市買取課や民間の問屋へ売却するものなんですが食肉以外の部位由来の素材で規格外に大きな品や滅多に採れない素材なんかはオークションに出す方が高値が付くことがあります。
都市間競売といいまして開催会場は持ち回りなんですけれど20ほどの都市の交易課や有力な民間交易人が集まって不定期に開催されてます。不定期である以上食材関連は希少な栽培植物の種などだけで他は扱ってません。
都市側が出すのは希少さはなくても一定量を一括出品が多くなってます。
希少で価格が高くなるものはベテランパーティーなんかが手元に残していたものを都市間競売へ依頼として出されるのがほとんどですね。」
「素材の一定量を一括出品って競売しなくても普通に都市間交易をすればいいじゃないんですか?」
「ごもっとも。
一回のゲートの移動でいける都市間ならそれでいいんですけれど複数回のゲート間移動が必要な遠くにある都市だと同じ品を売買するにも割高になるんですよ。その不公平感を解消する場として設けられたのが始まりでして。 その性格上元は競売でなかったんですけれど時折希少素材が紛れ込むと希望者で値段の釣り上げが行われることがあったんで現在の開催名目は競売となってるんです。
参加都市には最低一品の出品が必要なんで巨獣由来の素材はそれなりに需要はあるんですが今回は他に出品要請がありまして。」
「お決まりの原石ですね?」
「申し訳ない……毎日買取りに出してもらっているのは分かるのですが各都市の需要には到底足りず。できれば出品委託という形で出していただければ。」
先ほど俺の首を締めそうなほど取り乱していたのが可哀想だったし、北東方面への狩りの遠征で新たな原石の入手もあったしサンタシの心労を除いてあげるか。どうせ委託料が引かれるにしても損はしないし。
「構いませんよ。それと例の奴も出しますかね、まだ生きてはいますけどそろそろ表面が擦れる前に素材として活用する方がいいでしょうし。それに希望の耕地が使えるのならそっちに移すつもりですから。」
「ありがとうございます! ですが部屋に置いてあるあの輝虫を屋外に移しちゃっていいんですか?」
「もう後は朽木の乾燥に気を付けて様子を見るだけだから問題ないでしょう。生体以外の素材は自分が確保してますから問題ないですしね。産卵してるかはわかりませんがダメならまた採るだけですし。」
「輝虫をまた採ればいいなんて言えるのはカイルさんだけですよ……」
呆れたようなサンタシを後に残し、中央に来たついでに道具屋に寄ってようやく完成したものを布で包んで背負って帰る。
ところがトラブルは既に始まっていた。
コオリは日本語の単語の発音で氷は年輪都市での単語の発音ってことにしてます
別の単語にしてもめんどいだけなんで




