3-14 公園にて
カレーの試食会を終え、アンジェとマリアさんに説明してるとすっかりカレーの味が気に入ったのか他の面子もカレーを使ったメニューの広がりの話題に聞き入っていた。
いざ大量に作って評価が悪くて残されると悲しいのでそれほど量は用意していなかったが互いに味の感想を交えながらのゆっくりとしたペースで食事をしていたせいか食欲は十分満たされているようだ。
味を確認するなりかきこんで食べた上にお代わりを所望していたヴェガは除いてだが。
腹がこなれるまでまったりとカレー談義としてカレーパン、カレーうどん、カレー鍋、辛さの調節やトッピングによる味の変化、チャツネを使って甘さと辛さを両方引き立てるなどの食べ方の広がりを説明していた。
カレーは日本じゃ大衆食だ。大多数に嫌われる味ではない、つまり大衆に受け入れられる。住んでる地域に関わらずに好まれることはそれぞれの地域で好まれる味や具にアレンジされていくものなのでこの赤髪亭からカレーが広がると各地区や衛星都市ごとに味が変化していくのかもしれないな。
そうなったらアンジェあたりがウチが元祖とか赤髪亭の表に看板掲げそうだ。
試作したカレーはあっちの「僕」の好みである少し辛口に作っていたのでカコ嬢にはキツいかと思っていたのだが問題なく完食していた。
日本では子供にもカレーは人気であるが味は甘口が好まれるので心配だったわけだが舌への刺激に驚いたり、そのあと冷水が入ったコップの冷たさに再び驚いたりと子供らしい反応を見せていた。
作った俺が食べても食後にじんわり汗が滲む程度だったが服を摘んでバタバタを扇ぎながらながら食べきっていた。カコ嬢に聞くと辛いのは確かだが手が止まらなかったらしい。
大人びたところがある彼女は空気を読んでそう言ってくれたのかもしれないのでそのうちニミヤに本心を聞いておこう。
この3番地区外縁の辺りではパンなどの主食とおかず、スープなど主菜、副菜類は別々に取るのが一般的で言ってみれば主食に主菜のスープをかけたようなカレーは珍しい。別の地区にはあるだろうがパンが主食という観念が強い所為で広がっていないのが現状のようだ。
テーブルの面々はカレー以外の話題に移っていたが厨房内にいたマリアさんとアンジェの2人と一緒にカレー談義を続ける。カレーだけにメニューを絞れば客の注文がカレーと冷水だけなら皿などの洗い物が少なくて済むかもといったところ、昼の営業時間を定食と弁当をやめてこれだけに絞れば手間は掛からないと乗り気になっている。
いや、小麦粉で出来たダマを作るのが面倒なんだけどさ。
「でもさ、このカレーって色んなメニューに使えるのは分かるけどカレーのソースそのものがそんなに違うものなの? 父さんがこの店に持ち込んだスパイスがあるから使えば匂いや味が広がるのがわかるけど同じ調理法だとそれほど変わらないと思うんだけど?」
こんにゃろう。カレーの奥深さを知らんな? 心術の訓練も兼ねて触感以外に味覚も送り込んでみるか。
俺はシシナ君とカコ嬢が『遠慮』のメンバーたちと話しこんでいるのを確認してアンジェの傍に立つ。俺が心術を使ってイメージを伝えることがシシナやカコ嬢にばれると都市側に漏れるかもしれないので一応用心した方がいい。
ニミヤ絡みでメンバーに弄られてるようなのでこっちには気を取られてないので大丈夫だとは思うが
「アンジェ、手を出してみ?」
「はい、」
手を拭いて差し出してきた手を握る。食器の片付けで水を使っていたので冷たくて気持ちがいい。
俺はそのままアンジェにイメージをつけた源力を流してアンジェの源力に馴染ませる。氷を作る為にしばらく心術でイメージを伝えていたのでもう慣れたので目を瞑ることもなく、こちらに視線をむけたままのアンジェだが脳裏にはこちらのイメージが伝わってるようだ。
「ふうん、茶色のスープだけじゃないのね。 この赤いやつは?」
「味はこんな感じかな?」
などとレッドカレー、グリーンカレー、ブラックカレー、レトルトのパッケージ画像や味のイメージを伝える。 あくまで自分が味わって且つ、思い出せるものだけだけれど。
味の再現ってイメージでも難しいな。 いまの技術だと味を数値化できる装置もあるそうだけどホント科学技術は日進月歩だな。
カツカレーなどの揚げ物をのせたものやチーズとかキノコなどのトッピングの種類をイメージで流すと
「ふーん、あんたが集めてた根のない薬草ってこんな風に使うのね。 それに……今流れてきた映像にあったスープの具に入ってる丸くなった奴ってなに?」
「ああ、エビだな。料理する前はこんな感じだ。」
ブラックタイガーを思い浮かべてアンジェに伝える。
「虫じゃない!」
「カニってあるだろ? あれの一種だと思ってくれ。肉は甘いな。年輪都市じゃ難しいがこういったシーフードカレーは具の関係で甘口になることが多い。」
「それにしてもあんたってこんなのどこで食べてたの?生まれも育ちも年輪都市と衛星都市でしょ?」
「ナイショ!」
いくつかイメージで見せた具の質問があったがこっちに近い野菜はあるので誤魔かせた。ただその間 俺はアンジェの手を握ったままで互いに見つめあったまま。
実際には見つめあってるのではなく視界に入れてるって感じだ。理科の授業で顕微鏡を見ながらスケッチしてるような感じ。片目で接眼レンズを覗きつつ、もう片方の目でノートにスケッチを取ってる感じだ。そういやカメラでもファインダーを覗きながら肉眼でも周りを見ているのと似ている。
意識のフォーカスをどっちに移すかの問題で頭には目からの情報と送りこまれたイメージの両方が浮かんでいる。
まあ心術士側の俺の場合、対象の人の表層意識を読む場合にそうなるので多分 今のアンジェもそうだろうという予想なんだが。
するとコーリンが俺の脇腹を突いてきた。
ヴェガはお代わりがないことに腹を立てて自室に戻ってしまい、かといって他の知り合いは『遠慮』のメンバーだがそれほど親しいわけじゃない。そのメンバーにしたって今は自分に関わりのないネタで盛り上がってるので話しには加わり難い。どうするか迷っていたところにアンジェと隠れるように見つめ合っていたのでこっちにやってきたらしい。
「昼間っから何をしているのです? 大勢の目があるのに愛の交感を交わしているのですか? 同じ立場の人間としては面白くありませんね!」
別に放っておいたわけでもないが……
「こっちの手を出して下さい!」
といってアンジェの横に立ってコーリンが俺の手を握って何やら目をつぶっている。その様子をアンジェと二人で見ていたのだがそれ以上変化がない。
すると
「わかりましたか?」
「ええ~~~っと、何が?」
「だから私の心の内です。」
「あ~~~、俺の力は他人には自分のイメージは伝えられるが人の意識はそう使わない限り読めないぞ? 俺自身他人の心情は読みたくないから使ってないし。」
「ええっと。つまり?」
「単にコーリンが俺の手を握って黙ってただけなんだけど?」
「……アンと手を握っていたのは?」
「カレーの応用を伝えてたんだが?」
「部屋に戻ります。」
そう言うといきなり顔面を紅潮させて足早に去って行った。
コーリンが出て行ってからアマザ達がこちらを見るが肩をすくめるしかなかった。顔を赤くしたのが自分の勘違いのせいなのかそれとも心の内とやらの模様のせいだったかはわからない。
あとで聞いてみたいが無理だろうなぁ。
その後 マリアさんとアンジェは夜の営業に向けての仕込みに入り、俺たちはぼちぼち来月の10月の狩りの方針を話し合う。来月は更新月なので規定日数をクリアするまでは都市の中央買取課へ持って行くことが多くなるはずだ。
とはいっても狩ってくる数を以前よりも増やしてるのでリクコへ持って行って買い取り額が都市の買取課と変わらないものだけを持って行くだけでも規定額を上回ることになるだろうからあんまり気にする必要はないというのが全員の意見だ。
午後3時を回ったが日が傾くには早い。
いつもより早く夜の営業に向けての仕込が始めた二人の邪魔にならないように俺たちは赤髪亭をあとにする。
自分のカードを持たないカコ嬢とシシナたち学生組みは互いの念話設定の為に工術士の元に行くようだ。俺にも出来るだろうが心術のことも含めてあまり広めるのも良くないので黙っていた。
そしてメンバーと別れ、一人中央買取場へ向かう。
一日の狩りを終えて狩人の持込がそろそろ終わるころを見計らってのことだがまだ早かったようで各地域からの狩人が歪門を通して持ち込まれて場内は活気に満ちていた。
中央買取場へ来たのは資料閲覧のためでなく、久しぶりにサンタシ氏に呼び出されたためなのだがもう少し時間をずらしてから来ようと先日訪れたばかりの中央大公園へ足を向ける。
公園は広い。まだ4時になっていないので涼しくなる前、西日とはいえないくらいの日の高さだ。公園内の植えられた樹木の多さとこの公園の歴史が長いことから高く育ってることで日差しが遮られれて町の道よりは涼しい。
先日訪れた時はアンジェが父を偲ぶ、というよりは自分が歩む道の報告をしていたのだろう。
そんなアンジェに対して言えるわけもないが俺の方はそれに答えられるか些か自信がない。
日本じゃ唯の高校生だ。その年でいきなり結婚して家族を持つことになるんだから当然不安もある。こっちの人間ならこの年で結婚が決まることはそれほど珍しいことでもないがこういう時は日本での常識というか意識は返って邪魔だな。
本来こっちじゃ研修も終えて一人前のはずだが日本じゃ扶養されて学校に行ってるただの子供の身分の精神が繋がってるんだからな。
好意を向けてくれるのは嬉しいし、まぁ一足飛びな感じにはなるが結婚となるのもいい。それに今のところ養えるくらいの金も入ってくる。
それでも重複化とか源力操作をこなせるとはいっても所詮17才だ。4人に寄り掛かられる事に対して支えて立っていられるのかの不安が大きい。男の意地というか向けられる好意が重荷に感じるなんて言えるはずもないけどさ。
こっちには不安を紛らわせるために神頼みをする神様もいなけりゃ、俺にはご先祖が眠る墓だってない。
ここにいるのは俺を疎んじた母だけだ。今日と同じ9月26日に死んだ。
あの世に逝った母が俺に手を……貸してはくれるはずもないか。
俺がやんなきゃならないのはこの都市で生き抜いて開いた先人みたいに頼りもなしにやっていくだけか。年配だけどオウノじいさんがいるだけ心強い。
ベンチに座って物思いをしていたのは5分もなかっただろう。
幽霊なんてものよりもよっぽど怖い存在が町の外にうろついているからこの都市の死者が葬られたこの公園は恐くはないがやはり遺灰が収められた場所があるところに夜うろつくのは気持ちのいいもんじゃない。暗くなる前に中央買取場へ戻るか。まだ混んでいるなら借りてる部屋で石の整理でもしていればいい。
公園の出口横に設置された中央歪門広場に通じる歪門へ向かう。
すると公園出入り口を挟んで左右反対にある歪門から出てきた一団の中に一人の大柄な筋肉質な男が見えた。外門付属の狩人詰所でもないのに臙脂色の軽装鎧を付けているので目立つ。
その姿を視界に捉えた時に思わず目を見開いた。
あの男だった。
お袋が死んだあの翌日に別れたまま、6年振りになるだろうか?
以前は短髪程度の髪だったが今は更に短く、坊主と言っていいい。体の動きを重視した被覆部分が少ない軽めのレザーメイル。
お袋やオウノじいさんが作ったっていうあの鎧は身に付けていない。
あの男も俺を視界に捕らえているはずだが歩みも表情も変えずそのままこちらへ歩いてくる。
あの男から鍛錬を受けていたあの頃の俺なら逃げただろう。
なんせ逃げてもそのまま投げ飛ばされるわ、叩きつけられるわ、踏みつけられるわ。言葉少なに教えられた対処が出来なかったらそのまま痛みを堪えるしかなかった。痛い目に遭いたくない一心で必死に覚えたもんだが嫌な思い出だ。
あの男は冷徹だったが俺に対する憎悪という感情がなかった。戦い方を仕込んだ師ではある。だがあの男にしてみれば崇拝していたお袋の言葉で無理やり仕込んだだけだ。
ただこうして数年ぶりに会って声を掛けるという間柄じゃない。既に俺たちはお袋という繋がりも無くなってただの他人同士だ。
一緒の家で暮らしはしたが必要最小限の言葉だけで幼少期を暮らしたあの相手は今も苦手だ。
互いに声を掛けるどころか視線を合わせるもなく近づいていく。
すると彼の後ろにもう一人いるのに気付いた。
その人物は青みがかったブラウスと白いスカート。そしてつばが広い麦わら帽子をかぶっている。
その首からは見覚えのある黒い石が下がっている。
彼女の視線は身長差と帽子のつばに遮られてこちらの視線と交わることがない。あの男、ニーオン・カイロクを見た時の動揺を引きずったままで更に動悸がする。
二人とすれ違い、通り過ぎてから数歩。
俺は振り返る。
足音が止まったことに気付いて彼女もこちらを振り返っていた。
視線を上げたことで帽子のつばに隠された彼女の眉間に爪の透明部分のような色をした角が見えた。そして切りそろえられたサラサラの黒い前髪の下から覗く彼女の視線を受け止める。
しかしその時間は長くはなかった。
立ち止った少女を一瞥した男が再び前に歩き出すと俺の視線に訝しそうにした後、自分の角が注目されていると思ったのだろうか、帽子を目深にかぶりなおして角を隠し、先を行く男の後に続いて歩き出す。
俺は「ナージか」と言いかけて口を開きかけたが結局言葉を発することはないまま踵を返した。
あの子を視線を受けている間、頭に浮かんだことがある。
「どうして会いにも来てくれなかったのか。」
そう尋ねられたらどう答えるべきかと。
もしかするとあの子は俺を知らないかもしれない。
角付きとしてコミュニティに連れて行かれたのは2、3歳の頃だ。その頃俺はお袋から疎んじられていたからあの子の世話どころかあまり近づいたことすらない。兄がいたを覚えているかすら怪しいもんだ。
発狂と言ってもいい取り乱し方をすることからお袋はナージとの面会を拒否されて、俺は母の愛情を一身に受けていた彼女に対して複雑な心境だったしその後は衛星都市に移ったからなおさらだ。
そして当時会いに行かずにいたことそのものが後ろめたさとなって未だに会い行っていない。
あの男が一緒にいるってことはひょっとすると聞いているかもしれないけれど 会いに来たこともない、血の繋がりも半分。しかもお袋に望まれずにいた俺のことは伝えられてないかもしれない。
何時だったかホーヅが言っていたな。
「血が繋がっているだけの他人」
その通りだよ。
俺はサンタシの下に向かった。
リクコ 都市中央買取課にある民間の大店の問屋
遠慮 主人公達の狩人パーティーの渾名
カレーの試食時にややカイルが軽い感じなのは日本世界のメニューを再現することであちらの人格が表に出てきてるせいってことで。




