3-13 やっぱりカレーでしょ
「お待ちどう! 何にします?」
「まず冷水が欲しい。できればピッチャーで。」
アンジェが新たにテーブルに着いた4人組に注文を聞くと男は一番欲しい冷水を所望する。
冷水ばかり飲むと体が冷えるのでご注意を、とは注意書きをしてるが暑さから逃避できる方法があるならそこに頼るもんだ。
テーブルに着いたばかりのお客さんにお待ちどうって言ってるのは今日は多入りで店に入るのに順番待ちとなっていたためだ。
アンジェが手伝ってる日の夜だけだが客の入りがかなり増え、更に増えた人が話のネタに人に話すことで更に聞いた人が訪れるようになり、今日のように順番待ちの列ができるようになっている。
こうなるまでにアンジェとは赤髪亭の営業の後にコップややかんに入れた水を如何に早く凍らせるかとずっと訓練を行っていた。すでに氷のイメージは伝えなくても実物の氷を見て、触れたことで水を氷結させることはできるために俺が傍にいても氷の作成については助言できることもないのだが原石の色の振り分けをしながら夜の赤髪亭で過ごしていた。時折コーリンも果実水を持ってきてアンジェが作った氷を入れて雑談をしながら床につくまでのひと時を過ごしていた。
コーリンと話しているとたまに凍らせたやかんの水を一気に沸騰させて俺たちを驚かせるのだがアンジェは
「コオらせる訓練のために一旦解かさないとダメでしょ!?」
と弁明するのだが意外と嫉妬深いのだろうか。
今からこれだとめちゃ恐いんだけど、などと思いながらもアンジェが嫉妬なんて感情を向けてくるのが新鮮だった。
しかし訓練自体は順調で加温と冷却を短時間の間に何度も何度も繰り返し、異法が尽きたらリングで補充、そして反復練習を繰り返すことで氷の作成はスムーズに行えるようになった。
アンジェもマリアさんもバケツ一杯ほどの大量の水を凍らせて砕くつもりだったらしいが砕く手間もバカにならないので日本ではごく普通のものを使うことにした。おなじみ製氷皿である。
プラスチックではないが同じような可塑性を持つ素材はこちらにもあるのでそれを使ったタッパーも存在している。製氷皿は存在してないのでタッパーを変形させて作ろうと思ったのだがアマザもタミーもあまりこういった異法を使っての造形は得意でなく、更に実物も目にしたことがない形だったので難しかった。
異法で役に立たなかったことに少し申し分けなさそうにしていたが別に責めるつもりはない。餅は餅屋に任せればいいのだ。ってことでまたも中央地区に店を構える道具屋さんにお願いだ。
未だ完成に至っていない手動のカキ氷機の作成について何度か足を運んでいるのでついでにタッパーを持っていって成型してもらった。複雑な形にしてもいいが極普通に四角の立方体タイプ。
これにより製氷皿に水を張ってアンジェの火の異法の冷却能力ですぐに作れる上に砕く手間もない。
アンジェも凍らせて左右を持って捻るだけでコップに入れるのにちょうどいい氷が量産できることに驚いていた。なんせコップに入れた水を凍らせたらしばらく水につけておかないと取りだすことすらできなかったのだから。
あとはアンジェの源力が尽きるまで、尽きても補充できるから尽きるわけもないのだが、『冷水』と名前を付けて店に出すことになったわけだ。
こういう飲食店で出される水は日本と同じく通常無料だ。
各家庭に飲める上水が引かれているためでいくら使っても問題がないためで、その料金は税金で運営されている。上流からの川の水や町を巡る運河の水を一定区間ごとに異法で飲めるように飲めるほどに分離・精製するだけで十分なので問題ないらしい。ただ上水道そのものを作るのは各家庭の負担となる。
日本ではよく~ダムの貯水率が~%を下回って取水制限がどうたらと聞くがこっちでは渇水はなく、逆に洪水の対策のほうが気に掛かる案件となっている。
売れば売るほど儲かるのだが後から異法で出来ることが判明したとき、暴利を取っていたと反感を買う恐れがあるので高くはしていない。 銭湯だって水を火の異法で暖めたものを使うことにお金を払ってるんだから冷水は氷を入れることで普通の水よりも冷たくしてるので付加価値をつけて安価ではあるが有料にしていたのだ問題はない、はず。
しかし問題は別のところに出た。
最初はアンジェも自分だけが火の異法で作れる(今のところだが)氷が求められていることにご満悦で涼を求めて次々に注文される客の要望に答えていた。
客の反応も上々で一週間はそれで十分稼げていたのだが問題は客の入りが多くなりすぎ、話題として広がったことで求める人の列が途絶えないのはいいがいつまでも客の求めのまま店を開けていると営業を終えることができない。
有料にしている冷水の注文が多いのはいいが安価であるのとすぐに出せるせいで赤髪亭の通常の夜の営業時間が終わる頃になっても客がやってくることが原因だ。このままだと切りがないので今は単独での冷水の注文は受け付けず、メニューを頼んだ人だけが冷水を一緒に頼めるようにした。 これなら食材がなくなったら店仕舞いできる。
そのうちに昼での営業のためにアンジェの異法の力を工術で定着させて使って冷蔵、氷の作成の用の板を作っておく必要があるだろう。
果実酒を持ち込んでくる人もいたが店内で酔っぱらいが騒ぐのを嫌うマリアさんに見つかって次にやると出入り禁止と宣言されるのを見てからそういう輩はいなくなった。
そんな経緯もあって冷水目当ての客はまずは冷水を頼んでも別のメニューを頼んでもらう。
「それと……今日の定食は卵定食か。唐揚げも旨いんだがこうも雨で蒸すと食欲も落ちてるしな。」
「は~い、冷水ピッチャーで。あと卵定食ね! 毎度!」
高温多湿で食欲が落ちていると聞くとさっぱりしたサラダでも作りたいな。そういや日本じゃ一部地域でラーメンサラダなんてものがあるそうだが 食欲がないならああったもののほうが食べやすいかも知れない。氷があればサラダも麺も冷やせるし。 箸が使えないとフォークじゃ不便そうに思うがパスタと思えばいいか。なんで小麦があって多数の都市があるのにパンばっかりしか存在しないのか不思議だ。未だに日本の料理をこっちで再現するのは多忙なこともあってあまり進んでいないがとりあえずは一品目だ。
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狩りが休みの9月のある日。
狩りが休み、学校も休みの日ということでアマザとタミーが気を利かせて学校組みの2人と出かけたら?といわれたのだが昼の営業を手伝っている。とはいっても昼の営業はその日ごとに決まった定食と持ち帰りの弁当だけなので仕込が済んでるためにそれほど慌ただしくはならない。ただ涼しい夜よりも気温が高いこの日中に冷水を提供していないことにぶつぶつ文句を言われるのは閉口する。
横目でアンジェの様子を伺うが機嫌が良さそうで客の注文に笑顔でに応えている 客商売だしいつも笑顔なのは当たり前なんだが機嫌の良さが表に出てるというか、テンションが高いというか。
「ご機嫌ですね、アンは。あの服のせいですか?」
コーリンもそう言ってくる。
今日はフロア担当なんので出来た定食を持っていくだけだが念のためエプロンはつけている。 その下はアンジェが好むいつもの暖色だけでまとめた服装でなく、白と赤の二色を使った服を着ている。
氷には色は無いし、雪が降る地域でもないのでアンジェには寒さに対する色のイメージがないだろうが冷却された物体に付く霜の色から、火の異法の赤だけでなくて白い服も着たらどうだ?と中央大公園の帰りに言ったら組んだ腕をそのままに引きずられて選ばされたものだ。ついでに服の代金もなのだが嫁さん4人をもらうくらいだからそれくらいの甲斐性はある。
アンジェと買い物なんて大量の食材を持たされるくらいしかしたことがないので新鮮だったがエプロンをしていても厨房では汚れることがあるせいか着ているところは見てなかった。だが今日は厨房でないせいか着てくれているようだ。エプロンで見えないけれどね。
「アンと同じ立場としては私にも何か頂きたいものですね。」
「俺としちゃコーリンにはあの格好を控えてくれるならいつでも新しい服くらい買ってやるけどな。」
横にずれたらえらいことになるタンクトップモドキはやめていだきたい。
「あら?他人に見られたくないという独占欲の現れですか? いい傾向ですけれど そもそも私があの格好をするのは赤髪亭の自室だけですのでご心配なく。それにああでもしないと暑さをしのぐのは難儀ですので。」
ということらしい。だがとりあえずは今日の試作だ。
スパイスの試作は唐揚げの後にとりあえずは完成していた。問題は米だ。
野生の米はあるかもしれないがそれを発見する手間、刈り取る手間、籾殻を取り除く手間、糠を取る手間、そしてそこまでやっても野生種ゆえ味が不明。となると米を得るのはやめて代替え品を探した方が早い。
以前に日本世界の友人に相談したらチネれと言われたがその元ネタのバラエティを見るととてもじゃないが手作業では出来ない。
だが頭に浮かんだのはTVで見た飴を作る作業。その中で溝を付けた板で固まる前の飴を挟み、前後に動かすことで小さな飴に均等に切られていた。これを応用すれば労力を少なくできるのではないかとやってみた。
最初は小麦に水を足して練ったでかい玉を溝が付いた板で上下に挟んで前後に動かせば溝の形に入り込んで小さな玉になると思っていた。ところが挟み込む小麦の玉が過ぎて板の溝で出来あがる小さな玉になるのにやたらと時間が掛かるし板を押さえつけるのにかなりの腕力がいる。
そのため横着せずにTVで見た固まってない飴のように細長くしてから挟みこむことにした。心太突きの目をもっと細かくしたようなものを作り、うどんより心持ち細長くしてから板で擦ってダマにした。0.5モイト程度と米にしてはデカすぎるがともかく試作はこれでやってみる。
昼の営業が終わった後、マリアさんも含めて賄い料理に今日の試作を出してみる。
まず小麦粉で作った代替米のダマを茹でてっと、同時に肉を炒めて、野菜の準備。とろみを付ける意味でも小麦粉の茹で汁使って肉を野菜を煮るか。
代替米は茹で終わったら水で洗ってから水を切ってってやっぱ0.5モイトくらいの大きさってデカイな。せめてこの半分にしたいところだ。
やっぱりラーメンがこっちでも食べたいなぁ。薄く削り取る削刀麺なんかは再現も可能っぽいけれどあれは生地を巻きつけた棒を持つ指を刃で削りそうで怖い。そんなことを考えながら大鍋をかき混ぜつつ30分程度。
昼の営業が終わった赤髪亭にはマリアさん、アンジェ、コーリン、ヴェガがいるほか、具を煮ている間に他の面子もやってきた。
当然いつもの『遠慮』のメンバーなのだが折角なので暇にしてるならどうぞと言ったらやってきたのが4人。
「はじめまして? カイルさん。妹のマリハです。」
なんではじめましてが疑問系?そう思って連れだってやってきたアマザを見ると
「ああ、マリハはカイルを見たことあるんやわ。 前にキスされたときに尾行して見張っとったらしい。」
1人目はアマザの妹と紹介されたマリハ。
狩りの休みの日にアマザの家に訪れたことはあるが母親との対面は済ませたが学校があったため妹さんとは会っていないままだった。 ややクセっ毛の褪せた感じの金髪で160モイト程度。それでもアマザよりも10モイト以上も低い。175モイトほどもあるアマザってやっぱこっちでも長身だと実感する。
キスされたと聞いてアンジェとコーリンがやや不穏な視線をこちらに向けてきたがここは無視だ。そもそも2人が加わる前の話だし追求されたところで困る。身内になる予定の人物を前に痴話喧嘩なんて無様は晒せない。
2人目はマリハと同じ学校で同級生に当たるホーヅの妹シソー。
3人目と4人目はニミヤと共にやってきた当人の許嫁のカコと堅そうな印象を受ける少年シシナ。ニミヤの弟でアンジェたちと同じく学校最終学年だそうだ。体は兄と同じで細身なのだがたれ目の兄と違ってこっちはちょっと精悍な外見だ。
「カイルさんですね? 異法の使用や巨獣撃退の話は兄から伺ってます。兄によると今日は珍しい料理を作られると聞いてますのでご馳走になります。」
「シシナくんだったか、今日は単なる新しいメニューの試食だからそんなに大層なもんじゃないさ。……ところで君も(変態)紳士なのか?」
「? なんのことでしょう?」
「いや、わからないなら構わないよ。」
まさか兄弟でにおいフェチってことはないのか、変態紳士を量産する家系なのに上級職員を出してるとこの都市の運営が心配になる。
こんな会話をしているとニミヤから睨まれると思っていたのだがこちらにはあまり関心がないようでアマザとマリハ姉妹に視線を向けている。正確にはマリハにか。あいつにとっちゃもう1人の腹違いの妹だからな。
そういやシシナもそうだからここに4兄弟が揃ってるわけだからニミヤにすれば意外な、あるいはマリハが来ることを知った上でシシナを誘ったのなら兄弟が顔を合わせるようにしたのかもしれないな。
できれば年配の意見も聞きたかったがオウノじいさんは今頃午後の診察中なので誘えなかった。
鍋の中身をかき回しながらテーブルを見ると俺たち十代後半と学校の最終学年年齢がほとんどなので年が近い、だが社会人と社会に出る手前の世代でいろいろ会話がなされている。マリアさんは厨房に入って夜に向けての仕込をしてるしカコちゃんは発言はしないが話に聞き入っているようだ。
自作のカレースパイスを入れたところで鍋からお馴染みの匂いが香り立つ、ちなみにこっちのお茶の後味がハッカのような清涼感が漂うものが多いことからカレーにもそういった風味があったほうがいいかと思ってハッカやレモングラスに似たものを入れてみるのもいいかもしれない。
よそさまのご家庭からカレーの匂いが漂ってくると無性に腹が減ってくるものだが、その匂いを嗅いだことがないものも同様らしい。
大鍋を寸胴から外してまぜていると何時の間にか会話を中断した面々がこちらを凝視している。
アンジェの親父さんもスパイスを使う料理をしていたがカレーほど匂いが強いものではなかったから料理をするアンジェにしてもこれほど離れてもひきつけられる匂いは初めてらしく同じようにこちらを見ている。
「さて、とりあえずは完成だな。 お待たせしているところ済まないがみんなに出していいものか先に味見してからだな。しばし待っててくれ。」
そう言って代替米にカレーをぶっ掛ける。
とりあえず奇をてらった具材にせずに肉多目、巨鳥と巨獣を使った。なんせ巨獣は灰汁が多くてゆでる時の灰汁取りが面倒だったのでうまくいってて欲しい。 祈るようにスプーンですくって口に運ぶ。
結果は……
思ってたカレーと違う。 ルーに関しては特段美味しいわけでも不味いわけでもない、まあ許容の範囲内。唐揚を作る時にまぜたりしてたのでそれは予想が付いた。
問題は代替米のダマ。 なんというかアルデンテに茹でられた変形のパスタって感じで米とは違いが大きすぎる。デカイし。
いっそのことダマにしないでカレーうどんを目指せばよかったのか?だが出汁がないしな。
そう思いながら俺が微妙な顔のまま食べ進めているせいか、見ている連中は連中は失敗したのかと及び腰になっている。ドロッとした茶色のソースにもちょっと引いていた。
「カイル、どうしたの? 勇んで試作に取り組んでた割には反応が薄いわね。」
横に来たマリアさんが聞いてくる。
「味については及第点ではあるんですけれど、ちょっと思ってたのと違ってたんで。やっぱりもっと小麦玉は小さくしないとダメみたいです。ナンみたいなのを作ればよかったかな。 マリアさんもどうぞ。」
先に食べ終えて全員に一皿ずつ配膳する。しかし前回の唐揚試作の時と同様に手が出ない一同。
「どうした?ヴェガ。お前さんが楽しみにしてた「辛い」料理だぜ?」
そういうと最初にヴェガが口を付ける。しばしもぐもぐと飲み込まずに咀嚼していたが、周囲の注目の中飲み込んだ後に珍しくにまっ!と笑ってこちらにサムズアップをした後にがつがつと食べ始めた。
それを見た周りもようやく試食に入る。
結果は絶賛と言ってもよかったのだがホーヅやシソーからは量が少ないと不満が出た。試作ゆえに多く作っていなかったので少ししか余ってなかったのだが珍しくヴェガがお代わりをして終了となった。
俺としてはこの噛み応えがある代替品はどうにも不満なのでもっと小さくすることにしよう。
「これって誰にでも作れるの?」
「オカズがなくて味が一つなのに飽きてこないのがいい。」
「暑くなって最後に冷水を飲むのが気持ちいいわね。」
「具材に何をメインにするかで味の楽しみも増えるかもな。」
などと食後のまったりした会話を楽しんでいる中、俺はマリアさんと揚げ物や卵のトッピングを加えることで少ない手間で同じカレーでも出せる種類を変えられることを説明していた。これがきっかけでしばし後、赤髪亭の昼はカレーのみとなる。
マリアさんと話してる最中に
「んっんっ!」
とヴェガがせっついてきたが残念だが次の試作までお預けというと拗ねて1人自室に戻ってしまった。
微笑ましいが見ているがいい、次は辛味は辛味でも別のやつをくれてやるわ。
一週間に一回更新になってしまった
多忙と足の痛みもあるけどもうちょっと頑張ろう・・・




