3-11 角付き
ナージは1人暮らしで広く間取りが取られた寮で暮らしている。
寝起きは1人だが寮内では最も年齢が低いこともあって何かと声をかけられる。
廊下で、食堂で、玄関で、角付きたちが住まう地域の道で。
もちろん角付きとその家族が住むこの地区の子供達の中にはナージよりも幼い者や赤子もいる。だが彼らの仲間で最も幼いのはナージだ。
それは同じ空間操作異法士である証、『角』を持つ者として最も低い年ということ。
彼女の眉間からやや上にはぱっつん前髪を押しのけて半透明の角が顔を出している。
角付きとはいえ明らかに『角』と言えるような皮膚の変化をしてるのは半分ほど。残りは丸く盛り上がったものであったり、皮膚表面の一部が半透明な瘡蓋のようになっているものもいる。
皮膚の異常が出る部位は人それぞれなのだが角の形状を持つものであっても誰からも見てわかる頭部に出るのは隠すのが難しい。成長と訓練と共に大きくなった彼女の角は高さ5モイト程度になっていた。
これでは前髪を伸ばしたところで隠れるわけもない。
11歳となり、寮から同じ中央地区の最寄の学校に通うようになったがそれと見て分かる角があるせいかクラスの中では最初から浮いていた。
同年代の子供がこれほど多く集まる環境にいたことがなかったので学校に通うのは楽しみではあったがほとんどのクラスメートから腫れもの扱いされることから親しいと言える友人は積極的に声を掛けてくれるカコ以外にはいない。
ナージは寮の中で最も年が近かったキーロのように皮膚の一部が堅くなるタイプなら良かったのにと思っていた。
彼女は左手の甲が固くなったタイプで皮膚表面の柔軟性がなくなったものの手袋をすれば普通の人と変わらない。
そのおかげで普通に学校に通っていたそうだ。
実はクラスメートの男子は他の女子にない艶々の直毛で、これまた他の女子にない年齢にそぐわない落ち着きを持っているボブカットの少女に興味があるのだが角という目に見える自分たちとの違いに声を掛けられずにいたりする。その他人との違いがいじめの標的にならなかったのは幸いだったが。
通常は学校に上がる前に家庭で行われる読み書きの過程は暇を持て余した大人たちにしっかりと仕込まれており、学校で習う初期過程まで進んでしまったので勉強面では現在何の問題も無い。
周りが大人ばかりでしかも構ってくれる人ばかりだったため自分から友人関係を広めることが出来ず、勉強内容もすでに既知のものだったナージは図書館に通学する興味を求めた。
図書館には年輪都市とは全く違う他の都市を巡る交易人の紀行文の本があり、大いに興味をそそられた。
図書館に行けば3冊ほどの本を借りて持ち帰るのが習慣になり、その日も借りた本で膨らんだ鞄を持って自室に帰る。
いつもと違っていたのはドアの受け口に角付きとしての用件を示す呼び出しの紙があることだった。
呼び出しの紙には空間操作能力者コミュニティーの首長の名があった。
ナージがいる第一寮は3階建だが敷地面積がかなり大きく、一階に集会場や歪門を設置する地図などが収められている資料室、そして呼び出しを受けて向かう先の会議室などが設置されている。
鞄を置いてすぐに一階へ降りていく。
コミュニティの首長は高齢ではないがそれでも壮年というには年を取っている。彼はここにやってきてから知ってるが元々老け顔だったのかその頃からあまり外見が変わっていない気がする。とはいえここに来たのが2歳あたりのはずだったので出会った当初のことをそれほど明確に思い出せるわけでもない。
現在の角付きの数は500人足らず。年輪都市内の移動用歪門作成維持者、周りの衛星都市内移動用歪門と年輪都市と衛星都市を繋ぐ管理者の角付きも含め全ての角付きが集められている。
年輪都市だけでカードを持たない子供も含めれば人口が900万人以上いるがその中の15歳以上の半分ほどが異法士としても空間能力者の数は極端に少ない。同じように希少とされる心術士が5000人ちょっとであることと比べてもその1/10程度だ。
心術士はその力を生かすために司法や治安組織に所属して悪用は禁じるように徹底した教育をうけ、名簿で管理されてはいるが普通に自由に行動できる。管理されているがゆえに職業も自由が与えられているがその場合は悪用を防ぐために他の心術士から心術の使用にロックが掛けられる。それに心術士と周りに知られば敬遠されることもあるので仕事以外でおおっぴらに知られている人物は心術士の数の割に少ない。
しかし角付き達には自由はない。
都市中央で巨獣侵攻による危険が少なく安全な場所で生活し、職業を選択する自由はなく必ずその力を生かすことが義務付けられている。
その空間操作能力により都市の歪門を作り、その歪門の常時維持のために常に源力が消費される。そのため源力の回復と歪門の維持による消費が釣り合う数まで歪門の作成・管理を行うと以後は食べ物も要求も無理なものでない限りは都市が叶えてくれる。しかしその歪門を管理している角付きが死亡すればその歪門箇所を引き継ぐものが育っていない限りは都市内移動に不便が生じる。そのため病気、負傷を防ぐため安全な状態で囲われている。気分転換も兼ねて居住区から出ることもあるが個人で出ることは少なくコミュニティーの仲間たちと共に保安課の人間の保護監視の元でとなる。
角付きたちが住むのは都市中央地区内のある区画でその総人数からするとちょっとした新興住宅地くらいの広さになってもおかしくはないのだが家を供与されているのは結婚して家族を持つ角付きたちだけだ。角付き達も広い間取りの寮生活が快適なので不満は出ていない。
結婚してもそのまま寮で暮らすケースもあり、その理由は炊事洗濯を自分でやらなくていい都市からの援助に慣れてしまっている者達だ。
中にはやることがなくて退屈してしまい家事を人に任せることをせず自分でやるようになったり、余りある日常の時間を見つけた趣味に没頭するものもいる。
角付きがその力で都市に貢献している間はその配偶者や子供も寮や提供された家に住むことができる。出会いが少ない関係から角付き同士が夫婦となることがほとんどだ。
だが異法の力は遺伝しない。
いずれ息子や娘たちはいずれ角付きのコミュニティーを出なければならないため親たちは不自由ない生活ができるからといって子供に自堕落に過ごすようにはさせない。
角付きたちは能力の発現まで普通の子供だったので年輪都市の厳しさを知っている。都市から力と引き換えに金の心配がない生活援助がなされるが所詮それは自分だけなのだ。
角付きこと空間操作異法士も異法士の一種、発現するものは学校を卒業する場合に『都市の祝福』を受けて異法士となった時だ。ナージのように子供の頃から異法が発現するもので且つ角付きのものは少ない。
他に1人いたキーロは既に学校を卒業し、今学校に通っている年齢の角付きはナージ一人だけだ。
物心がつく前から角付きのコミュニティーに引き取られたナージは同じ角付き達からするとかなり年の離れた妹として可愛がられてきた。その大人たちから将来に対する不安や心配はないが自由ではない自分たちの境遇とそうさせている「力」について不自由さを悲観する意見と代替えできない貴重な能力を使って役立つことに誇りを持つようにという二つの意見を聞いて育った。
幼くして大人たちよりも大きな角を持ち、外の世界を知らない年齢のままでコミュニティーにやってきた彼女に周りの角付き達は優しかった。
物心がついた頃、自らの父母について疑問を感じたことがあったが幼くして聡いナージは事情を知る大人たちへ尋ねることはせず、コミュニティーの大人たち、特に寮内の共同生活者を父母として兄姉として暮らしていた。
実父ニーオン・カイロクが面会に訪れたのは数年の後だ。
その実父よりもはるかに接した時間も長く、同じ能力を持つ者たちのリーダーであるゆえに寄せる信頼も大きいその男、ブヨウは40人ほどが座れるほどの大きな会議室に1人で待っていた。
学校が終わって帰ってきたナージは部屋に届けられた紙を見て会議室にやってきたわけだがコミュニティでは年少として可愛がられてはいるが呼び出しを受けたのは初めてなのでやや緊張した面持ちをしている。
異法士であるので当然都市カードがあるので念話で呼び出せばいいものを何故紙で要件を伝えているのかというとその膨大な源力キャパシティですら歪門の維持のためにはギリギリとなっているものもおり、少しでも源力の消費を抑えるために念話ですら控えているためだ。
未だに白髪もなく、黒々とした髪をしていて体から精力があふれ出ているような印象がある男だが、その印象を受ける割に身長は170モイト程度と高くはない。ただその右肘からは爪のような半透明で5モイトほどの尖った角が生えていた。
「呼び出しを受けましたが何かご用でしょうか?ブヨウさん。」
信頼している相手に対してではあるのに11歳の子供の割には表情が乏しいナージ。だが別に呼び出しを受けたことを不快に思ってるわけでもその理由を訝っているわけでもない。
「ああ、まだ本決まりではないがひょっとするとナージに危険なところに行ってもらうことになるかもしれない。そのつもりでいて欲しいというお願いかな。
それにしても固いなぁ。
いくら首長としての呼び出しっていってもここじゃみんな仲間なんだし会議室内で仕事の話といってももっと砕けてもいいんだよ?君はまだ学校に通い始めた年なんだし。」
「いえ、角付きとしての仕事の話なら年齢は関係ありませんので。」
「そうか。君がそれでいいなら私も構わないが少し寂しいな。」
「それにしてもまだ本決まりでもないのにブヨウさんがこちらに来ていいんですか?」
ブヨウは他の角付きのように歪門を作成、維持していない。
その代わり他都市と年輪都市を結ぶゲートを管理しており開門者とも呼ばれている。
ゲートを管理しているのはブヨウを含めてあと一人。二人だけとなっているのは一種鎖国政策を取っているともいえる年輪都市ではそれほど頻繁にゲートの開閉を行う必要がないためだ。
他都市との交渉人や民間、公的な交易人はその日で帰ることは少ないので毎日決まった時間に他都市とのゲートを開くようにしている。それでも学校が終わる時間より早い時間に帰ってくるのは珍しい。
「今日は都市上層部の上級職員たちに呼ばれていたんでな。ゲートの管理は任せてきた。
それでその内容なんだがな、そのうち異法士と共に『外』へ出てもらうことになる。もちろん危険がないようにそれなりの力を持つ異法士を手配するが狩りを目的にするものではないのでキャラバンほど大所帯になるかは分からないそうだ。」
「角付きを伴っての大森林探索ですか? ということは新たな衛星都市候補地を探すということでしょうか?」
年輪都市の周りにある複数の衛星都市は現在の年輪都市の外縁から数十ミイト、あるいは100ミイト以上も離れている。今では歪門で結ばれているので危険な大森林を通らずに移動ができるがそもそもどうやって衛星都市を作ったのか?
衛星都市は年輪都市への物資供給のために開かれた。
その場所を選定するには当然ながら危険な大森林を彷徨いながら探索しなければならない。しかし長期に渡る探索で水や食料を持ち運ぶのは不可能。角付きと工術士により作られた指輪は決まった場所へ戻る一方通行でしかない。
そのため角付きを探索に同行させてその日の探索の終わりに角付きが歪門を作成し、翌日その歪門から探索を再開することを繰り返して安全を確保しながら遠方への探索と候補地が決まった後の物資と人員の供給を行い衛星都市が作られる。
ゲームで言えばフィールドをセーブとロードを繰り返しながら探索するようなものだ。
「そうかもしれないが衛星都市よりもはるかに遠いところを目指すそうだ。つまりそれだけ大森林を歩く距離も多くなるということになる。
もちろん数が少ない能力者である我々に無茶な距離の行軍はさせないだろうが巨獣たちが闊歩する大森林では完全に危険を排することは出来ないだろう。
それゆえ今現在 歪門を維持していないもの、そして大森林を移動する体力があるものが望ましいとのだった。
未だ大人でもない、それどころか我らの中で最年少で学校に通い始めたばかりの君を推薦するのは避けたいのだが……。
前回の『都市の祝福』で角付きになった者たちは未だ異法の修練中、前々回の者たちは歪門作成の修練と源力総量を上昇中、その前の者たちは既に歪門を作成・維持している。
歪門作成能力が問題ない上で都市の歪門に関わっていない、更に大人並みに源力の総量があるといえば未成年で角付きとなっている君しかいない。
もちろん身が危なくなったら狩人を盾に歪門を作って年輪都市に戻ってかまわないとの言質は得た。狩人たちは指輪があるので君の安全を第一にしても問題なく都市へ帰ってくることはできるから気にする必要はない。
どうだろう? もし正式に都市上層部から依頼があれば受けるつもりはあるか?」
「はい。」
黒髪のボブカットを揺らして頷くナージ。
「即答だな。恐くはないのか?」
机の上に腕を置いて手を組んだブヨウはやけにあっさりとしたナージに尋ねる。右ひじに角があるので邪魔になるのか腕を立ててはいない。
「私は都市の外がどう怖いのかすら知りません。 学校を出て歪門を作成・維持するようになったら外に出る機会は無くなると思います。
安全が保障されるというなら行ってみたいです。」
ナージは『都市の祝福』を受けてからここに来たわけでなく、物心がつく前からだ。
年輪都市の子供は大抵学校にあがる前に歪門を通っていくつもの地域を探検と称して駆け回る経験をする。子供には親のコピーカードを渡して念話ができるためにカードを紛失しないかぎり迷子にならないので親たちも都市内での遊びは放任している。そういった経験をしていないナージは年輪都市内でさえ満足に歩いたことはないはずだ。
健康維持のために半ば強引に運動を勧められている角付き達なので都市内で走り回って遊ぶことはしなくても普通の同世代の子供くらいには体力はある。それでも大森林を歩くということがどれくらい体力を使うものなのか経験がない自分には分からない。 だが幼少の頃から皆の妹、娘として接してきた彼女の希望は叶えてやりたいとブヨウは考えた。
「そうか。ならその時が来たら改めてお願いしよう。 」
そう言って用件を終えて立ち上がる。では少し早いが夕食でも食べに行くか?と尋ねるが先に学校の図書館で借りた本を読みたいらしい。
誘いを断ったことをブヨウに詫びて頭を下げた時、首から下げたペンダントが黒い光を放っていた。
ブヨウ 角付きコミュニティーの代表 養父市からもじって
キーロ モブ? 角付きの一人 姫路市からもじって
角付きや心術士の人数は後で変えるかもしれません
ミイト=キロメートル
モイト=センチ
メイト=メートル
右足のアキレス腱の痛みのせいで座いすに座りにくくて更新スピードが遅くなってるなあ




