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あっちとこっち  作者: rurihari
3 売り物
66/142

3-8 婚約

「まさか湿地帯でもない、増水してもこれ程度の水量の場所にバチカーがいるなんてな。」


 コーリンが良人とするらしい男は伸縮する棒を使って後方にある低い崖から上ってきた。更に片手に持っていたロープを両手で引く。

すると下から引き揚げてこられたのは3メイトほどあるバチカーだった。

 我々の一族では種族の特性として好まれる味のために需要が多いこと、住んでいる衛星都市の周りに生息する河や湿地がないこと、年輪都市でも人気がある食材のために衛星都市へ回ってくる分が多くはないために高額な肉となっている。

尻尾も含めての長さが3メイト程度なのでバチカーとしては小物となるのだろうがそれでもヒト一人が軽々と持ち上げるような重さではない。


 体格は180モイトを超えないくらいだが小さくはない。だがその体はアッシャーと名乗った男のように厚い筋肉を持つわけでなく、細身のニミヤというたれ目の男との中間くらいの肉付きだ。適当に刈りこんでいる短めの髪は陽光を受けるとやや緑っぽく見えるが黒と言っていいだろう。艶もないその髪の外観から異法士や術士ではないと知れる。


「ん~~、この東へ向かってるこの沢はそれほど急な落差がなさそうだから下流から上ってきたかもしれないけど、増水してないと身を隠せるのはこの下の滝つぼみたいだな。水中じゃ喰う餌は少ないし水辺に来る巨獣も大型が多いのにこの一頭だけしかいなかった。ってことは多分上流から落ちて来たんじゃないか?」


 バチカーを持ち上げるために括りつけたロープを外しながら言う。


「上流の方が水が少ないからバチカーなんていないでしょ?」


 彼を手伝い、ほどいたロープを巻きとっている長い髪を纏めた女性がいうと


「ほら、ゾウって北から来ただろ? あの図体で斜面を通常の生活の場にしてるとは思えない。

 たぶん北の斜面を登りきったら台地か平原になってるんじゃないのかな? そこにも河は流れててバチカーがいても不思議じゃない。増水したらこうやって小型のやつが流されてなんとか生き抜いてるってことだろう。水源地へ歪門を設置した奴に聞いたら判明するだろうけどどうせ俺たちがそこまで狩りの範囲を広げることはないからどうでもいいか。」


 そこまで言って立ちあがり俺を見てくる。


「傷は治したけど問題はない?」


 俺の傷を治したのは彼なのか?

だがどうやってだ?

止血の処置などはともかく俺にはそういった処置はされていない。傷そのものが無くなっていたのだから処置を施す必要がない。

追っている間に心を占めていた娘を襲った男への怒りは鳴りを潜めているがその怒りが収まったわけじゃない。


「俺の傷を治してくれたのは君なのか?」


「ああ、あんたが連れてきた巨獣を始末した後、出血が多くて危ないかとおもったが治しておいた。さすが獣人族は強いね。もう意識を取り戻して普通に歩けるとは思ってなかった。」


 やはり彼が俺を治したらしい。

命の恩人だが、だからといって娘を襲ったことは許せるわけでもない。今の俺では長くは戦えないが、巨獣をけしかけようとして不覚を取った上に無様を晒した俺がこれ以上恥を掻いても同じことだ。


「大森林の中で、しかも助けてくれた君には申し訳ないがこの場で立ち合って貰いたい。」


 俺の真剣な目を見て、いきなりの申し出を了承してくれた。

理解が追いついてないようだが周りのメンバーが俺の申し出が通るように促しているようだ。


 彼は異法士でも術士でもないようだがこちらは血を失って本調子ではない、それに娘に乱暴を働いた男だ。普段こういった時に相手が異法士でも術士でもないのにこちらだけ使うのは卑怯だと承知の上で施術を使う。


 例え彼がヒトに珍しく対人格闘術を習得していたとしても数回は殴打できるだろう。さすがに頭が冷えて殺そうとまでは思わないが殴らないと気が収まらない。


 岩場があるところを上流に向かったところにある平たい場所で5メイトほど離れて相対する。彼は了承したとはいえ成り行きに納得していないようだったが構わず殴らせてもらうつもりだ。


 細身のたれ目の男の合図と共に俺は自らの施術によって強化された四肢を使って一気に距離を詰めて右手の手刀を繰り出す。本来なら施術により強化した手と一部獣化して肥厚、強化された爪で貫手を繰り出すところだがもう殺すつもりはない。

だが手刀を繰り出した後、手前に引かれて重心を崩されたと思ったら腹に圧力を感じた。


 その後、目に見えた光景は彼らや積まれた獲物を遥かに見下ろす場所に投げ飛ばされていた。



-*-



「すまなかった!」


 突然襲ってきた獣人族の男は頭を下げる。


 彼が突っ込んできたあと、手刀を左手で受けつつ前方へ更に送り、しゃがみつつ右側への体捌きにより、右手に引かれるままに前方へ重心を崩した彼の腹に右手の掌を当てる。後は全力で屈んだ状態から両足を伸ばし、右腕も持ち上げる。重複化していたからこそできることだが彼は上空へ舞った。

念話でニミヤに衝突の衝撃を和らげてもらったんだが。呆然としていた彼をみていたらニミヤからコーリンの親父らしいぞと聞かされた。


 やっちまったか?


 その後、コーリンを交えて詳しい話をしましょうと言ったのだがまずは自分の行動に対して謝罪された。

たぶん、見たことも無い男と結婚することになった娘を心配した父親が見定めにきたってことなんだろうけど。

来年コーリンが卒業したら挨拶に向かうつもりではあったんだが一緒に実家に行くべきだったか。


 とりあえず、自己紹介を済ませてメンバーであるアマザとタミーが娘と同じく結婚する相手だと説明するとどう接していいのか戸惑っていたようだが、二人の側もどう接するべきかわからないので先に中央買取課広場に戻ることにする。


 開いた歪門に明らかに自分の体積よりも大きい巨獣を次々に投げ込む様に呆然としていたようだが先にくぐってもらった。あとは俺でも投げられない獲物にロープを付けて歪門に投げ込んで引き手に引っ張ってもらう。

その間、背負子の上下に原石が入った袋を複数括りつけた上に両手にも持って帰還する。


「『遠慮』のみなさん今日も大量ですな。 オオアギトは初めての持ち込みですが……雑食ではない肉食巨獣ですので素材が取れる部分は少なくなりますな。」


 こいつらって捕食側の肉食巨獣のせいで金属を含まれた草とかを食べないから牙以外に金属を含むところがないそうだ。狩りでの攻撃の牙と獲物を追う身軽さを取った上なのだろうか?

 じゃあ何故大きな牙に金属を含んでるのかというとどうやら金属を含んだ岩塩を食べてるのかあるいは獲物を骨まで食べているせいではないかと言われているが生態は詳しく判明していない。


「かまへんで? 別に獲物はオオアギトだけとちゃうし、あとこのバチカーは素材を取った後は肉だけカイルが買い取るって。」


 熟成させる時間はないがコーリンと親父さんに振舞うには充分だろ。余ったら持って帰ってもらえばいい。


 買い取り代金のチャージを終えた後、原石採集を手伝ってもらったメンバーに礼金をチャージ。あとはバチカーを捌き終わる間に台車を借りて石が入った袋を運ぶ。借りに行った窓口ではサンタシがうんうんと満足そうに頷いていた。


「君たちはこれほどの狩りを毎日行っているのか?」

 

「そうだ。とはいえ全てはカイルが、加入してからのこと。あいつがいなかったら、俺たちは年相応の、ただの新人だった。俺の場合は、それ未満だったろう。」


 未だカイルに最初に作ってもらった源力装具は付けているがもう付けなくても鈍痛は無くなっている。額もそうだがカイルがいなければ今も並み以下の狩人でしかなかったと理解している。


「狩りに出ればこの成果を上げてくるのか。均等に分け前を貰っているならかなりの収入だな。彼が妻を複数持とうとするのも分かる。」


 後ほどコーリンを交えて詳しい話をするので経緯は話していない。そのためトウヨは狩りの成功者として増長しコーリンを襲ってものにしたと思っている。


 パーティーメンバーには知られているので全員で赤髪亭に向かおうとしたがトウヨの服や体は血で汚れていることもあり、先に銭湯で汚れを落としてからとなった。



-*-



 既に昼の営業を終えた赤髪亭。

マリアさんに許可を取って俺たちはテーブルに座ってコーリンの帰りを待っていた。


 俺がコーリンと同じ下宿にいたことを知らなかったらしいトウヨさんだが今は特に絡んでくることもなかった。しかし声を出して誰かと念話をしてから青菜に塩をかけたようにうなだれて黙って座っている。


 30分ほどメンバーと今日の狩り場の位置などを相談していたところ、まだ学校から返ってくるには早いのだがコーリンがやってきた。その横には銀色と薄い茶が少し混じった髪をしたコーリンよりも小柄な女性を伴っている。


「お待たせしました。」


 コーリンが俺にそういった後に隣の小柄な女性が


「初めまして。カイルさんですね? コーリンの母のミモクと申します。」


 いきなり挨拶されて固まったが立ちあがって答える。


「カイルと申します。初めまして。」


 そう返した後、いきなり座っているコウサの襟元を掴んで引きよせ、


「コレが暴走して申し訳ありませんでした。娘可愛さとはいえ情けない。」


 そういって頭を下げるミモク。


「おっお前、どうしてここに……おっ、俺は掟とはいえ、まだ学校に通っているコーリンが襲われて男の妻になることが許せなくてだな。」


 自分よりもかなり背が低い奥さんの登場に対してやたら焦っているトウヨ氏。

まぁコーリンの相手が俺だと確認してないまま行動してたみたいだし話を詳しく聞かずに飛び出して来たことに対してバツが悪いんだろうな。

そう思ったのだが、トウヨさんの襟首から胸倉に掴み直して顔に近づけ、


「コーリンが帰って来るときに私が他の衛星都市の獣人族の集まりに出ていたのは間が悪かったですが……

 どうして落ち着いて話を聞いていないのです?

貴方のことです。大方カイルさんを亡き者にしようなどと感情のまま暴走していたのではないですか?」


 さすが奥さんだ。旦那さんの行動を読んでる。

でも見た目でいうと小柄な奥さんを従える亭主関白の二人に見えるのに逆っぽいな。


 コーリンに比べてロングヘアとまではいかないが肩を少し過ぎるくらい伸ばした艶のある灰色の髪に茶色の房が混じっている。そしてコーリンが青い瞳なのに対して茶色の瞳だ。服はホルターネックになっており肩とその下の肩甲骨が露わになっており、涼しさを確保しているようだ。

今日はもちろん普通の格好をしてるけどコーリンもそうすればいいのになんで後ろ紐みたいで前もダボダボの丈の短いタンクトップ着てるんだか。


 そんなことを思っていると彼女はトウヨさんに対して


「わかっていますね?ウチに帰ったら折檻です!いつもどおり石を抱かせて差し上げます、2枚がいいですか?それとも3枚にしましょうか?」


 そう言われてトウヨさんは項垂れた。

 折檻って……


「失礼致しました。コーリンからとりあえずの事情は伺っております。この子と一夜を過ごしたので掟により夫婦めおとになるとか。」


 やっぱその話になるよな。正直避けたい話題ではあるけど逃げるわけにもいかない。


「はい。ある事情で娘さんが私の部屋を訪れて、こちらも追い返すべきだったのですが前後不覚の状態となってまして……

 ご両親には申し訳ありませんが掟で妻にしなければならないとのことですので来年の学校卒業を待って結婚させていただきたく……」


「コーリンを欲望にままに襲ったことを前後不覚などと無責任な。」


 と下を向いたまま零したトウヨだがミモクに睨まれて口を閉ざす。


「なるほど、そうなのですか。

けれどおかしいですね?

前後不覚といわれましたが若い者にありがちな性欲の暴走で娘を襲ったわけではないようですが?」


「なんでそんなことが分かるん?」


 俺たちの会話に周りに座っていたメンバーも聞いているので口を挟んできた。


「だってコーリンは生娘のままですもの。

確かに相応の年の男女が一夜を過ごしたら『そう』看做されますけれど今では一線を越えないと相手をモノにしたことにはなりませんけれど?」


 他人がいるまで「生娘のまま」って、えらくはっきり言う女性ひとだな。一方のトウヨさんは娘が生娘と聞いて頭を上げて驚いた表情をしている。


「父さんからはそう教わりましたが?」


「ふん、あなたを男に近づけたくないからなるべく同じ部屋でも過ごさないようにと教え込んでいたようですね。

カイルさんは娘からどう言われたのです?」


「掟により男女の関係とならなくても一夜を過ごせば同じだと。

死ぬか結婚するか選ぶように言われたました。」


「あらあら、ずいぶん情熱的な求婚をしたのね。ということは貴方はそれを受けたのですね?」


「はぁ……」


「掟の情報に齟齬がありましたがコーリンが結婚を申し込んでカイルさんが受けた以上は婚約で構いませんでしょう?」


 ミモクさんがちょっと強めの視線で尋ねてくる。旦那に石を抱かせるなんていう女性ヒトなので逆らうのがコワイ。


「お前っ!コーリンが襲われてないなら無かったことにすればいいではないか?」


「貴方のことです。娘が欲しければ俺に勝てなどと喧嘩を吹っかけたのではないですか?そもそも娘が女になったかも分からないなど……」


 いや、それどころか巨獣をけしかけて殺すつもりだったらしいんですけど。

 黙るトウヨにミモクが続ける。


「結果はどうだったのです?」


「……負けた。」


「ならどうしようもありませんね。

勝手に勘違いして先走った挙句に娘を賭けて戦って負けたのでしょう? ということでカイルさん。まだ若輩ですがコーリンをお願い致します。」


「おい、いいのか? コーリンは年輪都市で暮らすと言ってるんだぞ?」


「道すがらコーリンから聞きましたがカイルさんはこちらのお嬢さんたちも一緒に娶われるそうです。

こちらの風習を良人以外のヒトに押し付けるわけにもいきません。

他のお嬢さんとも暮らす以上、年輪都市こちらの方がいいでしょう。

コーリンがカイルさんと男女の関係になっていないならこちらに呼び込むことも出来たでしょうに、貴方がコーリンを賭けて戦って負けたのならコーリンを勝ち取ったとも言えます。コーリンが年輪都市こちらで暮らすことを認めます。」


「俺の時は入り婿だったのに。」


「あなたは私に負けました。

ですから掟に従ってこちらに来てもらったのです。それとも私の家に婿入りするのが嫌だったとでも?」


 ああん?文句あるのかテメェ!と言わんばかりの視線に縮こまるトウヨさん。


「コーリン、あの掟って男の側だけと違うん?」


「ええ。掟では確かに強者が相手を選べますけどそれは男の側からだけでなく女性の側からも同じです。なので父さんは母さんに負けて婿入りしたんです。」


「私と同世代の男性では一番強かったので良人として迎えたのですけれどねぇ。年を取っても短絡なままで……もっと折檻が必要なのかしら?」


 やめたげてよぉと言いたいところだが人様の家庭の事情に入り込むつもりはない。


「ミモクさんにお聞きしたいのですがコーリンと一緒に他の二人も娶ることになるのですがそれに関してはいいんですか?」


「私達の一族は固有の風習を守ってはいますが都市から放逐されない様に年輪都市の掟もまた守ってます。なので一夫多妻も認められている以上は文句を付けることはありません。

 それにあなた方の生活の場が年輪都市でコーリンをこちらに戻して夫婦で離れて暮らすのも不自然。

コーリンから話を聞きましたが狩人としての成果からすると三人を娶ってもお金で窮することはなさそうですし、私としては貴方に文句はありません。

 ただコーリンが外に出る代わりに孫を一人二人こちらへ戻して頂きます。もちろん大きくなってからで構いません。私からはそれだけです。

あとは……そうですね。

できればさっさと夫婦の契りを交わして孫を見せて欲しいくらいでしょうか? このヒトはコーリン1人しか授けてくれませんでしたからね。」


 アマザやタミーについて揉めなかったのはいいけど、なんか怖いヒトが身内になっちゃったなぁ……。



ミモク コーリンの母 兵庫県三木市をもじって  

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