3-7 父親 case2
大森林の直中にある年輪都市は雨季に入ったが降りっぱなしというわけではない。雨天が多くなってはいる時折厚い雲の谷間から晴れ間が顔を出し、気温の上昇させてついでに湿度も押し上げる。
汗を掻いても蒸発せず、乾かぬ衣服がべとついて鬱陶しさと苛立ちを湧き立たせる。
こんな時こそかき氷だろうと思うのだが見せてもらった試作では納得がいかず、形や刃の位置を調整してもらうことにした。遠からず赤髪亭の前には行列ができると思う。
雨の日は休むことが多い狩人だが異法士の場合は増水による水、土手の管理で土や水の異法士は狩人としてでなく都市土木課からの要請で都市内の治水で臨時で働くこともできるので雨が続いたから凄く困るということにはならない。
しかし俺は異法士じゃない。雨が降ったのでお呼びが掛かるわけではない
別に金に困ってるわけじゃないが何分 来年に重い荷物を背負うことになったので稼げるなら稼いでおきたい。
いくらなんでもこれだけ金を持っていれば大丈夫だと思うんだが身の回りに一夫多妻で生活してる人がいないので実際にどんなもんなのかわからないのでその不安を金を貯めることで紛らせているところもあり、とりあえず増水して危険と言われる雨季の間の晴れ間にも狩りに出ている。
「また狩りなのですね。
仕事熱心なのはよろしいですが帰ってきた婚約者に何か言葉はないのですか?
朝も顔を合わせる前に出かけていましたし、言葉は人間関係の潤滑油ですよ?せめて寂しかった、会いたかったとでも言って欲しいですね。」
本当に言って欲しいんだろうか?
それともこれが彼女が言っていた良人への教育なんだろうか?
朝出発するのは狩人の俺たちの方が早いので学校に行く前に詰所に寄ってきたコーリンにそう言われたものどう言ったものだろうか?
アマザもタミーも準備をしながらも聞き耳を立てている気がする。
ここで変に言葉を掛けると二人にも何かをねだられるに決まっている。
そんな俺の横には男連中が立ってニヤニヤしている。振り向いて
「オラオラ、さっさと装具を出せ!補充しとくぞ」
最近は珠での補充が多いがちゃんと以前の補充装具にも源力を満たす。何があるか分からないのが大森林だし、全員の源力総量が上がってるので消費が大きくなってることもある。
コーリンに対してはとりあえずは照れくさいので
「行ってくる。」
とだけ言ってから背を向けると
「はい。」
と後ろから返事が来たが照れくさいので一人足早に後にした。
ちなみにその雰囲気にアマザとタミーはおかんむりだったことに気付いたのは後になってからだ。
-*-
0番地区は他の地区よりも高低差を嫌って新人が少ない分、狩人の数が他よりも少ない。その上、雨季の間の晴れ間なので足元の悪さを嫌って狩りを休んでいるものもいる。
そのため0番地区外門、通称北大門に付属している狩人詰め所は朝なのに人が少なかった。
そこにいる男4人と女2人のパーティー連中とコーリンが話している。
まだ学校に通っているコーリンが掟で良人となる男が出来たと聞いてから頭に血が上ってしまい、どういう男なのか聞いていなかった。
「銀」ではないがあの娘は強い。
異法を使われたら仕方がないが対人格闘技術を持たない年輪都市のヒトにそうそう遅れを取るはずがない。男はそう思っている。
それに男が知る娘の性格からすると学校に通っている身で浮ついたことをするとは思えない。
掟が原因で良人が決まったなど異法を使って「無理やり」関係を持った以外ではありえないと思い込んでいた。
一族の間では異法を使っての一夜の拘束など認められるわけもないが相手はヒトだ。
自分達の掟など知るはずも無い。
(かわいそうな娘よ、無理やり手篭めにされて妻となるのに甲斐甲斐しくも見送りにくるとは……)
男の頭の中ではすっかり娘は手篭めにされて泣く泣く掟で嫁にいくことになっている。
人が少ないので見つからないようにかなり離れているので4人の男の誰に向かって話しているのかよくわからない。
だが獣人族の血を濃く残すものは筋力や敏捷性はヒトよりも高い。それで娘を押さえ込んだということは、あの大男か?
(許さん……)
その男、コーリンの父親トウヨは大暴走していた。
-*-
今回俺たちは北大門から北東か東北東を目指す。
それなら1番外門から外にでればいいと思うかもしれないが0番(北大門)と1番の距離は約25ミイトも離れている。 決して北東を目指すなら東隣の外門から出ればいいというものではない。
北東方面は北西に比べてアップダウンが緩やかで更に東に向かうと平野っぽい部分もでてくる。 より東側になる2番外門の先に広がる大森林では腹を擦って歩くタイプの巨竜が多く生息し『偏食』メンバーが2番外門の外を主な狩場としている。
今回は0番地区から北東に向かいながら新たな岩場の発見と東へ流れる大河の支流を探ることだ。
支流を探る理由はあわよくばオオクロガニの素材をもう一度という二匹目のドジョウなのだが、ぼちぼち新しい巨獣や狩場を探す新規開拓という意味もある。
出発した外門から奥に進むほど移動に時間がとられて狩りをはじめる時間がずれて帰りが遅くなるがウチのメンバーも慣れたもので移動しながら異法を使って修練をしている。なので多少狩りの時間がいつもより遅くなっても時間は無駄にならない。
年輪都市から離れれば離れるほど他の狩人に会うことが少なくなるので特殊な素材をもつ巨獣の生息域を見つけるとその場所を秘匿して狩り尽くさない様にしているのが狩人だ。俺自身で言えば輝虫や原石の在処なんかが個人的な秘匿情報ってことになる
俺が加わった時にはそれほど大森林の奥深くに入ることはなかったが既に指輪で歪門を開いて帰れることと、それぞれの異法の自信により獲物を求めての移動する距離は長くなっている。
そんな中、新たな岩場を見つけたがかなり増水した渓流といった感じで濁流となっている。残念ながらオオクロガニはいなかったがここで今日の狩りをすることにして荷物を降ろした。
『かなり響いてる。多分群れの巨獣か巨竜ね』
『それとなんか後をつけてきてる狩人がいたみたいだよな?どうする?』
『んーこの辺りと後ろの滝つぼ辺りだけが岩場みたいだな。今日ここで原石を探さないようにすればいい。普通に狩りをやってるところを目撃されてもなんの問題もないだろう。』
そういって念話をしていたところ上流方面から男が巨獣数頭を引き連れて走ってきた。
-*-
大森林に入って行く彼らを1人で追う。
巨獣に遭遇することを考えると恐ろしいことだが俺は「銀」だ。
混血によりコーリンのように単色で白い体毛を発現するものは少なくなったが本来俺たちの一族の体毛は白や灰色が多い。
俺も斑模様ではあるが灰色の部分が多い。それで何故「銀」なのかというと施術士の外観特徴である髪の艶が出ている為に灰色は銀色に見えるというわけだ。
どういうわけか俺たちの一族は異法士よりもこういった施術士の発現者が多い。
ヒトの施術士は医術士の延長だ。
医術士の細胞の治癒の働きが施術士では細胞の一時的な活性化、再生により一時的な筋力の増加をもたらす。食べ物が十分にあるならそれを消費して持続力の延長なんてこともできる。
だが俺たちの一族の施術士は違う。肉体の活性化は一部強化と強化された部位の獣化を引き起こす。
俺の場合は四肢の強化が起こるため獣人族の敏捷性が増す。その力で大森林の巨木の枝を歩き、跳び、彼らから離れて追跡していた。もちろん大森林には樹上性の肉食獣もいるが枝から枝へ渡る俺ほど敏捷じゃない。
コーリンの為にこの大森林で巨獣をけしかけて亡き者にしてくれる。
しかし奴らはまだ若いひよっこばかりだな。
俺の本業は狩人ではないがボウガンを手に異法士たちと狩りに出た経験はそこそこある。足場が悪いあんな場所で狩りをするなど異法士の有利は水だけではないか。
だが彼らに注目し、自らは巨獣に遭遇しても木を伝って逃げ遂せることができるという慢心が索敵能力がない危険性を忘れさせていた。
そして監視している彼らから見つからないようにより身を隠す葉が多い低い位置の枝に降りていたことを。
風上にいたのが失敗した。獣臭を間近に感じたらもう遅い。
その巨体で大森林の中を音を立てずに歩く捕食者がいつの間にか自分の後ろに来ていた。
大きさは3級程度だがクロヅノイノシシやハガネイノシシまで捕食する5メイト程の巨獣がそこにいた。あっちの世界の滅んだサーベルタイガーの顎部を大きく、犬歯を更に発達させたようなオオアギトと呼ばれる肉食巨獣だった。
平野ではいくら強化した俺の足でも奴らとそう速さは変わらない。だがここは大森林。あいつらは今の俺のように大森林で逃げる相手を捕まえて喰う存在なのだから。
そして俺を追うオオアギトは一頭じゃない。
背中には防具はない。胸当ては胸部を守るだけだ腰を覆うタイプもあるが腕が不自由になるために肩甲骨のあたりは覆われていない。
そこからあの長い牙を突きたてられたらヤバい!。相手との距離を見るために振り返ったところにいきなり激痛が走る。
一番近くまで迫っていたオオアギトに肩を噛みつかれた。
そのまま他のやつらの餌になるのかと思ったが群がって来ることはなかった。近くにいる敵対してくるかもしれない相手を前に獲物にありつくことは隙を見せることになる。これから狩人たちも襲う気か? 先に俺を加えて地面に押しつけるのではなくそのまま咥えて走っているようで引きずられる。
痛みのせいで、いや死を目前にしたせいだろうか?反って冷静になった。なんとも情けない。
コーリンすまない。
だがお前を襲った男を道連れに出来るだけでも良かっただろうか?
-*-
水が流れ落ちる音で目が覚めた。
途中で途切れていた意識が戻るとすぐに立ちあがる。アレは夢じゃない、すぐに動かないと折角拾った命を失うことになると現状を確認するために周りを探る。同時に噛まれた肩に意識をやる。
「っ!!」
すると立ちあがった右手には俺を襲ったオオアギトが寝ている。
すぐに離れて距離を取る。しかし奴が、いや、奴らか。 5体のオオアギトは寝ているのではなく並べられているのだと分かった。
だがすぐにおかしいことに気付く。
なぜ俺は喰われずに生きているか?それに噛まれた肩に痛みがない。
確かに防具の胸当てはへこんで背中から牙を突き立てられたはずだ。そう思って視線を自分の胸の落とすと胸当ては外されている。その下の服は血に濡れてまだ渇ききっていない。
しかし、痛みどころか傷が……ない。
落ちつくと前方の上流部で俺が追いかけていた若い狩人パーティーが狩りをしていた。
狩りの間は当然念話を行っているのだろう。全員言葉を発せずに行動している。
だがその姿は俺の知ってる狩人とは違う。相手にする巨獣との位置が近すぎる。なのに彼らは逃げて距離を置くことなどしていない。いや逃げる必要がない。巨獣は半分ほどは足が付かない様に持ち上げられて首から血を流していたり、4本の足が根元まで埋められた上に水で覆い尽くされて憐れにも陸で溺れている。大男は水の異法士のようで自らの手前に轟々と音を立てる渦を「縦」に作りだしている。
なんだこれは?
異法で足止め、武器で攻撃が狩人のセオリーと思っていたが足止めも攻撃も異法で行っている。いや足止め自体が攻撃なのか?
絶命させる時間がボウガンを使うよりも格段に早い。
呆然と彼らの狩りが終わるのを見ていたが前方から強い風が吹き続けていることに気付いた。
「もうそれで終わりだ。後ろも片付いたし、ソロのおっさんも気が付いたようだ。」
声が聞こえた後ろを振り返ると人が円盤に乗って浮いていた。
-*-
俺たちは移動しながら土の異法での索敵と風の異法の索敵を広範囲で行っていた。
なので大木の枝を渡りながらつけている存在は分かっていた。とはいえその存在が1人だけなのとそんな真似ができる人間がいるととも思えなかったので大猿の類いだと思っていた。しかしニミヤによるとどうやら人間らしい。
狩りの偵察ならそれでもいい、どうせ源力を補充する術を持たないと今のアマザ達のような異法の使った狩りは出来ない。
そう思って放置していたのだが新たな狩り場として水が流れる岩場に付いたらその狩人がオオアギトに襲われながらこっちに走ってきた。
すぐに念話でアマザとタミーに土の支配に掛かってもらい、動きが止まったら持ち上げるように指示した。
俺は如意棍をもったまま奴らに突進して前方の土に突き刺し、フィーエルヤッペンや棒高跳びのように棒を軸に身体を前方に飛ばす、ただし如意棍を伸ばしながら。
俺が頭上に掛かるところで一瞬奴の動きが止まった。
もう遅い。
その一瞬で行動できるほど早く異法が発現できるのならば3級巨獣は脅威にならない。
奴らは下からの土に塗り込められる。ただの土の壁なら暴れて出てくるだろうがこの一瞬で土の移動と硬質化まで終わっている。
ただこれだけなのだがそれがどの異法士でも出来ることでなく、しかも源力はかなりの使用量になる。源力大量消費の技の訓練を積み、補充装具を持つメンバーたちは問題にならない。
あとは如意棍で首をひねったり水糸で動脈を切ったりと始末した後、医術士の力を使って獣人族の狩人の傷を塞いだ。とはいえかなりの出血だったのでこれでもダメなら仕方がない。独りで大森林に入るなどという危険を自ら犯してるのだからこういう結果も自己責任だ。
だが意識を取り戻す可能性もあるので知られては不味いこともある。
その前に、と思ってメンバーに金を払って岩場の周りの土を集めては土嚢に詰めて水で洗浄、原石をあらかた集め、減った土は周りから盛っておいた。
今回は岩場を探すことを目的にしていたので最初から土嚢袋を持ってきていたのがよかった。石と原石を分けるのは後日でいい。
そうして本業の狩りに勤しむことになったのだがニミヤの力で上流に水を飲みに来た巨獣を肉玉の匂いで誘って狩り、俺は土嚢に詰めて土落としをしていた時に気付いた後方の滝つぼにいるバチカーの相手をしていた。
-*-
「おっちゃん、うちらをつけとったやろ?」
アマザに問われてトウヨは黙って頷く。
「いくら年配の先輩狩人でも褒めれた行動じゃないわね。しかも一人でなんて、私たち以外をつけてたらそのまま死んでるわ。」
タミーの言葉に俯いて話し始める。
「この傷をどうやって治癒してくれたのかは分からないが助けてくれたことには感謝する。ありがとう。
それに大森林に1人で入った愚行を認め、君たちにオオアギトを押しつけることになったことも謝罪する。すまなかった。
だがどうしてもそこの男を許すことが出来なかったからだ。」
そういうと全員が顔を見回すがそこの男が誰なのか?それにこの男に恨まれるようなことをした覚えがそれぞれにないので戸惑う。
「俺には娘がいる。
見ての通り俺は獣人族のある一族でな。昔からの掟を守って俺たちは強者が好きなものを得ることを認めている。それは結婚相手でもだ。
俺はそれに納得はしているが娘はまだ学校に通ってる子供だぞ!?
娘から一夜を過ごした良人ができましたなんぞと言われても納得できん。
あの娘が襲われて望まぬ婚姻を結ぶならその男を狩りに乗じて始末しようと思った次第だ。結果はこうなったがな。
そもそもそれほどの技量をもつ狩人ならせめて娘が学校を出るまで待てばよいではないか!」
トウヨはそういいながらホーヅを睨むが当人は表情も変えず成り行きを見ている。
「そうなのか。ホーヅ?」
「たぶん、人違い。」
怒りによる情報認識の不足での人違いでいわれなき非難の目を向けられてもこの大男は動じない。
「何!? そうなのか、申し訳ない。
てっきり娘を押さえ込めるくらいなら君くらいの体格や力がないと無理だと外見だけみて判断してしまった。すると、」
他の二人の男を見てホーヅ程ではないが胸板厚いマッチョな細目の男をロックオン。先ほど人間違いをしたばかりなので視線は睨むわけではないが人品を確認するように鋭くなっている。
「ならば娘を襲ったのは君なのか?」
「女は欲しいし、金も欲しいのは事実だが今は自分の異法を高めるのが第一だな。 それに娘さんは学校に行ってるってことは14歳以下だろ?俺には獣人族で年下の知り合いはいないな。」
なんと?では残りのこの細身の男がそうなのか?とても娘を押さえつけて乱暴できるほど筋力があるようには見えない。だが先ほど空中に浮いていたし得体の知れない力を持っていてコーリンを襲ったのだろうか?
「聞かれる前に言っておくが俺じゃねえぜ? 獣人族の娘さんでまだ学校に通ってるってーとコーリンのことだろ。
ま、おっさんが引き連れてきたオオアギトは俺たちが獲物として狩っちまったし、そもそもおっさんの尾行には気付いてたしそれで直接被害が出たわけでもない。だから俺たちは別にどうこういうつもりはないな。かえって獲物を呼び寄せる手間が省けたくらいだ。 あんたが言うコーリンについてはカイルが話をつけるべきことだし。」
そういえば男4人、女2人のパーティーだったはずだ。男が1人いない。その事に気付いて辺りを見回すと声が聞こえた。
「賑々しいな。いくら狩りが終わっても煩くしてるとまた寄ってくるぞ?」
カイルがロープを手に掴み、後方の数メートル下の段差から如意棍を伸ばして上がってきた。
トウヨ コーリンの父親 豊岡市からもじって
メイト=メートル
ミイト=キロメートル




