3-5 蟹
「「「「「「うわぁ……」」」」」」
後に続いて斜面を登ってきたメンバーは全員がその光景に念話でなくて声を出して嘆息していた。
眼下にあるのは本来小さな谷を流れる水だったのだろうが雨で増水し、その水は赤く染まり、その両岸には甲幅が50モイトはありそうな黒い光沢をもった蟹が岩と見間違うほど密集している。足や爪はどころどころ赤い。
形は沢ガニに近いが鋏も足ももっと太くて力強く水に流されないように踏ん張って体をゆすっている。
クリスマス島のアカガニかよ?
落ちついて思ったのは日本のTVで見かけた南国の島で行われているカニの大移動と海での産卵だ。
抱卵を水に流しているのでおそらく稚ガニになる前の幼生時期は水の中で暮らすんだろう。
『ホーヅ、こいつらって素材として買い取りに上がってるの?』
大森林の巨木の葉の間からこぼれ落ちてくる雨水のせいで全員濡れており、顔に付く髪を手で後ろに流しながらタミーが尋ねる。
ちなみに服がべっとりと体に張り付いているが胸当てがあるのでエロい絵面にはなっていない。服も枝葉の擦れで切れるのを防ぐために厚手のものだしな。
『ああ、食用としてが主。 甲羅や足は金属を取りこんでるが大きくはならないから、焼いてから金属として取り出すだけで安かったはず。
確かこれほど大きな甲羅はそのまま素材としての需要があるから高値が付くが滅多に取れないと聞いた。』
タミーの問いに視線をカニの一団に向けたまま答えて更に続ける。
『そもそもこのカニは、都市の運河近くの公園にいるカニと、同じ種類だ。見たことがあるだろう?』
確かに年輪都市の環状大路の横にある運河や水路にはこういったカニがいるが近くの公園の植木などにも陸生のカニが生息している。
乾燥しているところではなく落ち葉が片付けられていない木が多い公園の地面に穴を掘って潜んでるのは知っている。落ち葉を食べたり小動物の死骸を食べたりと雑食の分解者という感じだ。
『あの公園の地面に這ってる赤いやつと同じ? 色も大きさも全然違うじゃねえか?』
アッシャーが言うように色は都市内で見るカニよりも黒いし何より大きさが全く異なる。
『なるほどな。年輪都市の土壌は過去の大森林だった時と違ってる。公園の木も大森林に比べて金属成分が少ないってのは分かってる。
それにこいつら公園にいるやつと同じなら落ち葉や若葉を食べるのと死骸とかも食べる雑食ってことか。なら大森林の金属を含んだ落ち葉や葉っぱを食べてそれを甲羅に貯め込んで身を守るために外殻に金属組成を纏ってこうなってるのか。だが大きさが違いすぎるぞ?』
『死なないなら脱皮を繰り返せばその分大きくなる。年輪都市にいるカニはそれほど年を取っていないと考えれば辻褄は合う。』
『じゃこいつら年輪都市の公園のカニより危険な大森林にいるくせに長生きなのかよ?』
『そうだろうな。よ~く見てみろ。大きいカニ以外に公園で見かけるような大きさのカニもウジャウジャいる。』
そう言われてみると5モイトから10モイトほどの甲幅のカニも大きなカニに踏みつけられたり乗っかったりして必死で卵をふるい落としている。
だがこんなにいてどうして大森林に入る狩人の目に付かなかったのか?
おそらくは夜行性だから普段土の中に隠れているかあるいは木の上にいるからではないかと自分なりに結論づける。
そもそも産卵のためにこの一帯のカニが集合してるだけでもっと普段もっと広範囲にバラけているなら簡単に見つかるものではないのかもしれない。
で、俺たちが今、何をすべきかというと。
『喰えるんだろうな?』
『殻に金属を取りこんでいるせいで普通のよりも重いはず、その自重を支えて動くんだから肉はみっちり詰まってるはずだ。』
それを聞いて全員で頷く。
少なくとも中央買取課では見かけない素材だ。持ち込まれているにしても他の狩りの目的のついででしかないのだろう。50モイトもある甲羅を担いで大森林をうろついて探すなんて効率が悪い。よほど甲殻素材だけを高い設定で依頼しないと狩人も集めないだろう。
海へ卵を放つなら大潮の時など月の影響で読めるだろうが、海から離れたこの都市で雨季の何時を申し合わせて彼らが集まってるのかは知らないがここはまとめて獲らせていただこう。
『どうする?』
『俺が如意棍で叩き割ってもいいが当然素材を壊すことになるからやめたほうがいいな。となるとホーヅとアッシャーの出番だな。 折角水が目の前にあるんだ。こいつらを水流の渦に巻き込んでよれよれになったところを集めよう。俺はロープは持ってるがヒモは多くないからハサミや足は根元から千切って持ち帰る方がいい。そうしないと担いでる間に挟まれて流血する事態になりかねん。
っとその前にタミーかアマザ、どっちでもいいから足場を異法で強化してくれないか?』
『どうして?』
『この沢の下のいたのに赤い水が染み出してただろ?ってことはこの沢から下の地面に水が浸透してるってことだな。その上にこいつらを巻き込んだ水渦を作ったら?』
『決壊するかもしれないわね。』
もしあっちの世界のアカガニみたいな行動を取ってるなら先にオスが水場に来て後から来るメスを待ち構えて交尾してるはず。なら先に来たオスは土手に巣穴を掘ってた可能性が高い。そこに増水した水が流れ込んだら染み出していたことも納得がいく。
アマザが俺たちが立つ足場と登ってきた斜面の表面を土の異法で固め、ニミヤの風の異法で両岸のカニを引きはがして水に叩き込む。
そしてホーヅとアッシャーがそれぞれ、上流と下流で水流を支配して渦を作りカニが抱いた卵が一気に水に放たれて赤く染まっている。
アッシャーとホーヅの水の渦は直径3メイトはあったが徐々に回転を早めながら渦の大きさを縮め、水の柱となっていた。
巨大なカニが○映のガ○ラが飛ぶ姿のように甲殻を渦の中心にしてくるくると高速回転している。二人が作り出した水の竜巻に残ってるのは大きなカニだけで小さなカニは竜巻状になった水柱から弾かれている。二人の異法も芸達者になったもんだ。ほどなくカニが吐いた泡で表面が白く泡立ってきた。
『よし、そのまま水をこっちの岸に寄せてカニを回収しよう。』
俺たちはカニが自切で切り離した足なども含めて回収し、手などを鋏まれないようにナイフで足を切断。
一往復ですべてを運び込むことはできないので全員で下のジバシリの山付近を目掛けて投げて運ぶ。
これが一番の重労働だったかもしれない。
後は指輪を開いて先にニミヤが中央買取課に入って大問屋リクコに連絡を付けてもらい、残りの5人でカニの甲殻と千切った足を片っ端から投げ込む。
終わったところでアマザを残して俺が1人でジバシリを休みなく歪門に向けて更に投げ込む。
『カイル、このまま斜面は固定したままでええの?』
『そのほうがいいだろうな。それに今日の天気じゃ帰ってから修練場で異法の訓練も難義だろ?いっそのことあっちの沢が増水しても崩れないくらい堅く恒久化してみるのもいいんじゃないか?』
『そうやね、ウチじゃジバシリを投げるのは難しいし。』
俺の提案を受けて一気に身体のうちの源力を放出して硬化してしまった。おかげでジバシリを投げるために重複化していたため水を吸ってぬかるんだ地面に足が沈み込んでいたが堅くなって踏みしめ易い。
『お? かなり広範囲に硬化したんだな。助かる』
『内助の功になったんかな? なんせウチもタミーもあんまり家庭で役立つようなもんで得意なもんないしなぁ。 コーリンのことは詳しい知らんけどなんとなく家の事できそうな感じやし。』
『まだ来年 家庭に入るか狩人として稼ぐか決めてないんだろ? のんびり構えてりゃいいさ。』
『そうはいうてもなぁ……』
考えてみりゃ来年結婚することになったところで、3人ともあんまりデートらしきものをしたことないんだよなあ。1週間に一度はタミーとアマザと過ごすようにしてるけど遊びに行くって感じじゃない。
コーリンに至っては皆無と言っていいし。
こっちは娯楽が少ないってこともあるけどもっと時間を作っておくべきか。でも生活費を稼ぐっていうのも切実な問題だし。なんせ3人分だからな。いくら宝石原石が売れるとはいっても稼げるだけ稼いでおきたい。
その後 片っ端から放り投げてから歪門を閉じて都市に帰還した。
-*-
「こりゃまた……これほどの大きさのクロガニが持ち込まれることは散発ではありますけどね。」
公園に同じカニがいるが取り込む金属が少ないためか体色が赤く、俗称アカガニと言われているが正式には大森林にいる体色によりクロガニという名前で買い取られているそうだ。
ジバシリの山と一緒に甲幅50-80モイト程度もある黒く艶を帯びた巨大カニの身体と足を並べた光景を前にして、筆で頭をかきながら買取り額を決めかねている大問屋リクコのタンジー。
「『遠慮』のみなさんが絡むと常識外れな猟果があるのは慣れましたけどまさか巨蟲関係まで大量に採ってくるとは。でもどうしてこんなにばらばらなんです? 買取値の裁定めんどくさいですよ。」
一頭分として買取るには足の数も合わさないといけないので面倒なのはわかるがこいつらの足を全部縛るほどのヒモなんて持ち合わせてるわけも無い。
かと言って背負って運んだら挟まれたに決まってる。
「ところでタンジーさんや」
「なんです?」
忙しそうに足を数えながら揃えているところ悪いが聞いておくことがある。
「このデカいカニの甲羅ってさ。装具の素材として使われてると思うんだけど加工職人って知ってる?できれば金属の加工なんかも出来るならいいんだけど。」
視線はそのまま筆の勢いも落とさずに返答が帰ってくる。
「ウチと付き合いのある素材を買い取ってる職人さんなら何人かいますよ?よろしければ連絡を付けますけど?」
「お願いします。あと甲羅の素材で大きいものを順に6、いや7個は俺自身が買い取りますんで……」
買取り内容に興味を引かれたのかメンバーが集まってきた。
「ん?また自分だけ新しい何かを作るのか?俺たちにも相談してくれよ。」
「そうよカイル。しかも大きいものを順番に持って行くのはずるいわね。」
別に新しい何かでもないんだけどな。
「いや、特に抜け駆けして何かをするつもりじゃなくてな。
俺たちが使ってる胸当てってさ。鎖骨あたりからへそのあたりまで広くカバーしてくれるけど前に屈む時に邪魔だろ? みんなは金属製のやつで堅いけど重いし、俺のは最初にポーターとしての参加でアマザに見繕ってもらった木の胸当てだけどやっぱ起伏の多い大森林を歩くには不自由なんだよな。
だからこのカニの甲殻を使ってオーダーメイドで作って貰えないかと思ってさ。」
「でも7つもいるのか? この大きさなら1つあれば胸当てには十分じゃないのか?」
「一応全員の分だぜ? ただホーヅの分は一頭分じゃ足りないかもしれないから6じゃなくて7個なんだ。」
考えてるのはこの金属を含んだ素材で金属製胸当てに堅さは劣っても腹筋の当たりを蛇腹構造にすることで軽さと柔軟を持たせたいんだよな。
「なら、7個も必要ない。装具は各々が命を預けるもの。当然自らが用意するものだ。自分のものは自分で買い取る。」
ホーヅの意見に他のメンバーも賛成してそれぞれ自分の装具とするための素材を選んで持ち帰ることになった。
「やれやれ、折角高値で売れそうな大きな甲殻は頂けませんでしたか。この天気でジバシリを含めてこれほどお持ちいただいただけでも御の字ですな。 それにしても時折、という程度でしか買取りに出ないオオクロガニがこれほど採れたということはこれからも入荷は望めます?」
「いえ、偶然ですね。それに今回の採取方法だと多数の狩人が真似をすると一気に大型のオオクロガニが狩られてしまってその後 一切採れなくなるかもしれません。なんせこの大きさになるくらい脱皮を重ねるには結構時間がかかるんでしょう?」
0番地区で採れたことは広まるだろうが産卵の生態がわからない限りはそんなことはないとは思う。
今日遭遇したのは偶然だし 特に雨季に入って何時彼らが産卵行動に入るのか分からない限りはどうしようもない。そもそも雨季の増水時に産卵しているにしても毎年なのかどうかすらわからない。
生態を知るって大事だよな。
ともかく今日の稼ぎは偶然に感謝だ。
「甲羅が50モイトを超えるようなやつはおそらく十年は掛かるでしょうな。こいつの小さいやつは水路を通って都市の公園にもいるんですが精々10モイト程度。それ以上になると人も含めて天敵に襲われるでしょうから親ガニになってからもここまで脱皮を繰り返して大きくなるのは多くはないと思いますよ。それに専門に狩ってる狩人も見たことありませんし。素材として有用ですので今回の大量入荷でも値が下がらないでしょう。」
そうなのか。もっと狩ってくるべきだったかな?
それよりこのカニって美味いのか?
いくつか足を持って帰って頂くつもりだが焼くか蒸すかカニ玉か?
年輪都市でカニ料理って食べたことがないんでどんな料理があるのか聞いてみるか。
とりあえずこの足の大きさからどう考えてもカニすきは不可能だな。なんせこの足が入るほど大きな鍋がない。
買い取り金額が決まった後チャージを行い、巨蟲狩人(3)の文字が追加されたカードと職人さんの店を名前を教えてもらった。
その足で全員で職人の店を訪れ、素材の加工依頼と採寸を行ったあと蛇腹形状の胸当ての発注をしてからカニパーティーとなった。
ちなみに大きすぎて身をほじる手間が掛からないため、カニを食べるときにありがちな無口になることはなく、雨で冷えた体を焼きガニで温めることとなった。
なお食べる前に野菜を食わせるなり(あっちの世界だと川ガニなんかは食べる前に食べさせたりする。)、澄んだ水に入れて泥臭さを抜く必要があったかもしれないが殺してから持って帰ってきたので致し方なく、そのまま食べたが味は悪くはなかった。
1モイト=1センチ
カニすきって無口になるよね.
四万十川じゃモクズガニは採った後にかぼちゃを食わせたりするそうです




