3-1 誘い
ここは年輪都市の3番地区の大門より少し離れた最外地区。
外へと拡張を続けてきた年輪都市の最も新しい地域となる。しかしそれも既に数十年前の話。今はもう新しい地区という印象は無かったのだがところどころはまだ新しい建物が続く一角がある。
5年前、三番地区にある都市の外へ続く門、通称東大門を崩して侵入してきた巨獣により崩された部分だけが新しく建て替えられた部分だ。そんな一角に巨獣による暴虐を避けることができたのか古いままの木造の食堂がある。
それが赤髪亭だ。
赤い屋根に黄土色の壁、その赤い色から赤髪亭と名づけられたわけではなく、先代の婿入り店主が引き継いだ時にその髪の色から名前を変えた。移民の店主の料理はこの辺りでは使わない香辛料を使った料理で同じ食材を使いながらも普段とは違った味にそれまでの常連の客は食の楽しみを増やした。
店主がいなくなって久しいがそのメニューは引き継がれ、最初は珍しかった味も今では定番となっていた。
外門近くには狩人を目当てにする食堂や飲み屋は多いが酒がないので大声で騒ぐものが少なく、ゆっくりと食事をしたい客には受けがよく、人口が多い3番地区ということもあり赤髪亭の営業は何の問題もない。
そして最近新たなメニューが追加されて夜の営業時間に訪れる人が多くなっている。酒を提供しない店にしては珍しい賑わいと言えた。
そんな赤神亭のテーブルの一つに30代の男が3人。
「あいつが作ってたメニューから久しぶりに新しいのが追加されたけど酒が欲しい味だなあ。どうせなら酒も置けばいいのに。」
「そういうな。アイツがいなくなって店はマリアさんとアンジェちゃんだけだからな。
酔っ払いがいたら一々構っていられんさ。なんせここは門にも近い最外地区だからな。酒を出すと狩人連中も溜まるようになっちまう。柄の悪いのもいるからな。」
「そういうお前さんはアイツがいなくなって落ち着いた後、しばらくマリアさん狙いで通ってたっけなぁ」
「悪いか?
こっちはマリアとは近所で学校も同じだったのにアイツに掻っ攫われたんだぜ?
巨獣侵攻のあと未亡人になったけど操を立ててそのままだもんな。うちのカミさんも構わないっていってたから二人目のカミさんになって女二人で赤髪亭をやっていけばよかったと思うんだが。」
「お前の甲斐性じゃ嫁さん二人なんて無理だろ。それにしてもあれから5年か。」
「ああ、すっかり町も元通りだけど都市内にいると忘れがちな巨獣の怖さってのを実感したな」
「特級なんて異法士でもどうにも出来ないからな。あんなのが町に侵入してくることはそうはないだろうけど忘れた頃に来るもんだ。」
しみじみと数年前の巨獣の被害を思い出しているとテーブルに注文した品が置かれた。
「おまちどう! 4番テーブルのおじさん達は唐揚3人前と果汁水ね。」
大皿に三人前が守られた唐揚げをピッチャーに入った果汁水、3つのコップを置いて厨房に戻る赤髪の少女。しかし赤い髪は同じ赤い色のバンダナを巻いてるので目立たない。
赤髪亭では酒、そしてアルコールを含まないが同様の効果を持つ果実酒も含めて赤髪亭では出していない。水か果物を搾った果汁もしくはそれを薄めたものだけとなっている。
昼に販売している弁当・定食はメニューが日によって異なるが値段は同じ。夜の営業はその日に仕入れたものにより出来るメニューは異なる。ちなみに唐揚げも日によって仕入れる肉が異なってるので味とか値段も異なってる。今日はこの店で一番唐揚げとして使われていることが多い三級巨竜のジバシリだ。
他の唐揚げの肉に比べて価格は安いし味も悪くない。時折出ることがあるバチカーやオオアシの方が美味いがこれで十分だ。
「一皿盛りで頼んだのか?じゃ俺は塩な!レモンはかけるなよ?」
「レモンは食べるために添えてあるんだろうが!」
「俺はそのままでいいや。その時の肉で味が違うからな。」
マヨネーズの作り方はカイルから聞いているが店に出すほど多く作るのが手間なのと作り置きしても保存が不安なので店では出していない。
たまにカイルが普段油を取るためのゴマと使ってソースを作ったりしているが主に自分や身内用だ。
「使う肉がその日の仕入れで変わるのはわかるけど外側の衣も時々変わってるよな。母ちゃんが家で飯作ってるから毎日これないけどたまにやたらと美味い日があるからなあ。」
「そうだな。衣が厚めだけど柔らかい時とか変に食欲を誘う匂いがする黄色い衣の時とかな。それだけバリエーションがあるなら唐揚げを正式なメニューにすればいいのになぁ。」
やいやい言いながらこの日の唐揚を食べつつ男達は会話を続ける。
ちなみに衣が柔らかいのは卵白を使ったもので黄色い衣は未だ完成しないカレー粉の探求中のものを混ぜたものだ。
ちなみにカイルは竜田揚げも作ろうとしたのだが片栗粉、つまりでんぷん粉らしきものが販売されておらず、ジャガイモに近い根菜は存在しているのだがそこからどうデンプンを取りだせばいいのか分からないので現時点では保留している。
「穏やかでおっとりした笑顔の若い時のマリアさんも人気があったけど、娘のアンジェみたいな元気がいいのも若いやつには受けがいいな。」
「ウチのボウズは今年から学校に通ってるけどアレほどの赤髪は珍しいんで目立ってるらしい。それだけじゃくて狩人として外で活躍しない火の異法士をバカにした連中と真っ向からやりあったりとか前から学校じゃ有名だって話だ。」
「それにしてもアンジェの髪は赤いな。父親のあいつよりも赤いんじゃないか?」
「そりゃ火の異法を発現してもう4.5年だろ?厨房で異法を使うだろうし色も濃くなっていくだろ。地の色が茶色の髪だったしな。」
「学校を出てそのうち男と一緒になればマリアもゆっくり出来るか。俺たちも年を食ってくわけだ。」
「アホウ!俺はまだまだ若いわ。」
-*-
「嬢ちゃん!こっちも唐揚2人前追加ね。スープも頼む!」
「は~い!3番さんね。 カイル!唐揚残りあとどれくらい? 」
赤髪亭はその日の昼に仕込んだ材料を使い切ると営業を終えるので客の入りが多いと早めだろうが店を閉める。人気メニューとなった唐揚げは材料の減りを確認しながら注文を取っているのだが6時を前に終わりが見えてきた。火の異法がこめられた鍋板に二つの鍋を並べて揚げているのだがアンジェもいいかげんマリアさんのように菜ばしを使えるようになってくれないものか。唐揚デーの度に厨房でひたすら肉を揚げなければならないことに不満を覚えつつ本日仕込済みの材料を見る。
「あと10人前くらいだな。」
「了解、この調子だと30分くらいで種切れね。」
「俺は揚げ物が終わったら今日はあがらせてもらうぜ?」
「いいわよ? あっ、いらっしゃい!」
唐揚げ定食が出る日は大入りになることが多いため今日は店の窓も入り口のドアも開放したままだ。夜になると気温が下がるので大入りの日にはこれでちょうどいい。虫除けをつるすのを忘れると面倒なことになるが。
アンジェが迎えの挨拶をしたのは見慣れた顔だった。
「まだ唐揚残っとる?定食で10人前と果汁水な。」
「はーい! カイル唐揚げ定食10人前、これで今日はおしまいね。」
先頭で入ってきたのは俺たち『遠慮』のメンバーと
「ふぅん、ここがカイル殿が住んでるところか。今日は修練場で『遠慮』と異法の腕試しをしていたのでな。少し用件があったのでついでに流行の唐揚とやらを食べにきた。」
あとに続いて入ってきたのは付け髭男装はやめ、帽子も止めて黄緑の髪をなびかせるようになったダーナと彼女がリーダーを務める狩人パーティー『偏食』のメンバーだった。
ちょうど空いた1番2番のテーブルに使ってそれぞれ5人のメンバーが腰掛ける。
8月終わりごろにアマザ、タミー、コーリンと来年?結婚することを決めたわけだが、それで俺の生活に変化があったかというと特になかったりする。
すぐに結婚しても問題がないタミーとアマザだが結婚をして新居を構えるかどうか、それならタミーの家はどうするのかという問題。
結婚してすぐに懐妊した場合、狩りに出られなくなるとパーティーに土の異法士がいなくなるという問題。
それにコーリンがまだ学校に通ってるので少なくとも卒業を待ってからとしたいので婚約ということでこのままこれまでと変わらずに過ごすことにした。
タミーやアマザは少なくとも来年以降に結婚ということで子供については焦ることはないので十分に狩人として稼いでからでいいらしい。コーリンはできれば早くに子供が欲しいといっていたがさすがに学校に通っているうちに妊娠してしまうのはどうかと思って関係は持っていない。
避妊すればいいじゃないかという話だが年輪都市では経口避妊薬が存在してはいるのだが人口増加政策のため、1人以上産んでいる経産婦や特殊な事情でないと入手できない。
しかしこういった経口避妊薬はあまり使用している人はいないそうだ。その理由は避妊薬を使わなくてはいけないほど子供が多く出来ないことにある。
年輪都市では早期結婚、早期出産を奨励しているわけだがその割りに大家族ってほど多くの子供を抱えている家族は見当たらない。多くても4人兄弟程度が精々。
何故かというとこっちの女性は一度妊娠・出産を経験すると数年の期間限定で妊娠し易い体質になるらしく、その期間を過ぎてしまうと逆に出来にくくなる。そのため年の離れた兄弟は少ない。
じゃあ、何故ホーヅと下の兄弟たちやニミヤの許嫁のカコのように年の離れた兄弟が存在しているのかというと経口避妊薬が存在するのと逆に妊娠促進剤(排卵促進剤ではないようだが)が存在しているためだ。
そういった薬を使わないのなら狩人の場合は先に子供を数人産んでから狩人を続けるか、25歳くらいまで狩人をして十分に稼いでから子供を産むかの二択となり、ほとんどが先に稼いでからの結婚を選択するのでほかの職種の女性に比べて晩婚が多くなる。(あくまでこの都市での『晩婚』であるが)
来年アマザやタミーがどっちの選択をするのかは分からないが計画性もなしに関係を持つわけにもいかないのでお預け状態となってる。しかし多忙なこともあってそれでも別に不満はない。
午前の狩りと採取、原石の選別に採取した食材候補のキノコのデータ取りと折角嫁さん候補が出来ても中々ゆっくりと過ごしてないのが実情なわけで。
しかもこうして赤髪亭の手伝いもやってたりする。
狩りについては新人が少ない地区なので三級巨獣の個体が多い理由から引き続き9月も0番地区で行ってる。
最近は大森林の探索距離を以前の500メイトから長くしたことでより東西へも足を伸ばし、新しい岩場の発見とそこにある原石の採取も行っている。ただ食用キノコを調べるための採取は同じ地区のせいか目新しいものが減ってきているので楽にはなった。
狩りに出る日の午後は一週間のうち二日ずつをコウサ師匠とオウノ爺さんのところに顔を出して夕方からは不定期に赤髪亭の手伝い。石の整理と買取課への持ち込みは同じ中央買取課の建物内なので時間を取らないので暇を見つけてやることにしている。最低一週間のうち一日はアマザ達と過ごすようにしている。
以前にマリアさんに打ち明けた時にアンジェに黙っていた方がいいと言われていたためにアマザ達が赤髪亭にくることがあっても俺が狩人として大森林に入ってることは黙っててもらっている。そのため赤髪亭にメンバーが訪れても単なる知りあいとして接してるので仕事の話はしない。そもそも彼らが来るのは俺が赤髪亭を手伝っている日、つまり厨房に入ってる日なのでのんびり会話をするわけにもいかないのだが。
「へい!お待ち! 全部揚げたからこれで今日の手伝いは終了、盛りつけは頼むぜ?」
隣でヴェガがコクコクと無言で頷き、並べられた更に付け合わせと一緒に並べていく。その間に赤髪亭の赤いエプロンと赤いほっかむりを取る。これが黒かったら日本のラーメン屋のスタッフみたいだな。
二階の自室に戻るついでにアンジェ、ヴェガと一緒に定食を持っていく。
「ほう?中央地区は年輪都市の色んな味付けや料理が集まるがこれは見たことがないな。」
「揚げたてだからそのまま口に放り込むとかなり熱いぞ?もう少し冷めてからの方がいいかもな?それにレモンを絞るか塩胡椒で食べるかは各人の好みでな。たまに客が言い争ってるけどあんまり度が過ぎるとウチの看板娘に出禁を食らうから気をつけてくれ。」
「なるほど、では楽しみは後にして先に我がここに来た用件を済ませるか。明日でもいいが午後か夕方、いや夕方の方がいいか時間が取れるか?」
「オウノじいさんとこから帰った後なら大丈夫だが時間は決まってるのか?」
「すまんがウチの親父殿が帰宅してからだな。念話を入れるようにするが構わないか?」
「分かった。で何用なんだ?」
「さて? 親父殿は問屋からカイル殿の名を聞いたといっておったがな。 あっ?もう熱くないのか? 我もいただこう。」
自分以外の面々がフォークで唐揚げを口に運んでいるのを見て自分も食事を楽しむことにしたようだ。
しばし唐揚げを食べるのが初めてとなる『偏食』メンバーの賛辞を聞いていたがその間ウチのメンバーから念話を受けていた。
その内容は先ほどまで行っていた合同修練での彼らの力量、そして先にダーナから聞いていた相談内容だった。
彼女の父親が都市上級職にあるっては奇抜な服装をしていた彼女からするとかなり意外だった。彼から俺に聞きたいことがあるというのはどうやら宝石の原石のことらしい。
今現在の供給元が一人しかいないのが気に食わないから詳細を明かせなんていってくるんだろうか? 少し憂鬱だが都市から睨まれてもろくな事がない。
会うしかないか。




