2-32 母の呪い
ガサガサと俺は金網で作ったでっかいタマムシこと輝虫のケージに新しい若葉の枝を入れ、代わりにすっかり乾燥してしまった古い枝を取り出す。
人の背丈ほどの高さと横に1.5メイト、厚みも1メイトほどもあるやや堅い感じの朽木に金網で作ったケージを押し付けて固定しているようなものが今の試作飼育環境だ。
この朽木は輝虫が産卵していた巨木の朽木の一部を切りとって運んできたものだが背負って運んでくるのはともかく、この部屋のドアに入るかどうかがぎりぎりで難儀した。
輝虫ほど大きい甲虫がその幼虫ステージを暮らすには体積から考えてかなりの大木が必要なのだろうが、輝虫よりも小さいオオクワガタだって野外では産卵しないような直径や長さの産卵木に飼育下では普通に産卵するのだからこれでもいけるんじゃないだろうか?そう思って試しているが結果はまだ出てない。
今朝は眼福ではあったが散々だった。
昨日の夜に入ってきたコーリンを追い返したものの深夜に再び侵入を許し……ってなんで合鍵持ってたんだ?
ベッドでしばし会話をした後、それでてっきり部屋に戻るのかと思ったら暑がりのくせに俺の狭いベッドに居残ったままだった。最初は背を向けていたがどうにも落ち着かないので寝返りを打つとコーリンは普通に眠っていた。
「良人に抱かれにきました」なんて言われたが俺は応じずにいた。
そのまま同じ一人用のベッドで二人で横になったわけだがそのまま眠れるほどの肝の太さが羨ましい。
こっちはいくら相手の年齢を知っていても、ずれたタンクトップもどきから見える白い胸やくびれた腰を見ると欲情してきて、とても眠れるものではなかった。なのでベッドから離れて結局椅子に座って机に突っ伏して寝ることにした。
無理な姿勢での睡眠は浅い眠りしか許してくれず、またも夜明け前に目が醒めた俺が見たのはタンクトップを脱いで上半身裸になってるコーリンだった。
そういやこの前、ドアから話しかけられたときに裸っていってたな。やはり寝るときは裸なのかもしれない。
でついついむき出しとなった胸を凝視してしまったのだが……
あれ?あんまり欲情しない?
見えそうで見えなかった昨晩の方が興奮したような?
そう思って再び彼女の裸体をみると胸よりも首や肩の後ろに見える白い体毛に視線が向かう。もちろん体を横にしてるので重力に従って形を変えた胸やくびれた腰は扇情的なはずなのにやたらに白い彼女の体毛のおかげで日本の常識からすると人でなくて精霊とかに見えて、欲情をかきたてるものでなく綺麗な彫刻みたいな印象を受けていた。
同じ人物の裸体でもこの前の生々しいシーンとは大違いだ。
それに赤髪亭近くの銭湯に夜に行くとよく一緒になる獣人族のおっさんとは色もそうだが毛並みとか生えている部位とかも違う。
獣人族っていってもいくつかのタイプがある上に混血によって更に変化が多くなってるので体毛の色は複数の色が混じることが多いがコーリンみたいに単色なのは珍しい。そんなことを思っていると眠っていると思ったコーリンが口を開いた。
「母からの助言で抱かれればどんな男性か分かるといわれて貴方を観照するために恥を忍んで女の側からやってきましたが。
ただただ裸体を観賞するだけとは。
性的不能なのでしょうか?
それならばさすがに私も貴方を良人にすることは考えなければなりませんね。」
そう言って身を起こすが俺はさすがに凝視し続けることができなくて後ろを向く。
「誰が不能か!
まだ学校も卒業していない「子供」がナニをいっとる!さっさと部屋に帰るように!」
「ほぅ? その学校も出ていない子供の胸を『舐め上げるように』見ていたのはどなたでしょう?」
「これまで目のやり場に困ったことはあっても『舐め上げるように』は見てない!」
「先ほどまでもですか?」
衣擦れの音がするからタンクトップもどきを着ているようだ。
「……凝視はした。」
「確かにそれだけでした。ヘタレですね。私もまだ学生ですからそう焦ることもでもありませんが。」
タンクトップもどきを着たコーリンはそういって部屋を出て行くが去り際に
「今日はたぶん狩りにいくことは無いと思いますよ?」
そう言った。
アマザから念話が入ったのはその後のことでそろそろ北大門先での狩りも二ヶ月が経とうとしているので来月からそのまま同じ場所で狩りを行うか場所を変えるか情報を集めるので休みにするとのことだった。昼からはメンバーで次回の場所を巡っての意見交換をするかもしれないとのことだが決まってから連絡するこのことだった。
そのため夜明けから目が覚めた俺は余った時間で借りているサンタシ氏の私室に入り輝虫の世話と宝石原石の整理をしているのだった。
バン!!
「おった!」
いきなり開けられたドアの音に驚いて肩が上がったあとに振り向くと入ってきたのはアマザだった。
後ろにはタミーもみえる。
午前中は来月からの狩場の選定情報を集めているならホーヅと相談してると思ったんだがタミーの後ろにコーリンもいたことから事情は読めた。今日の休みはズルか。
「コーリンから聞いたで?なんで黙っとったん?」
大声で詰め寄ってくるのでとりあえず宥める。
「声がでかい、それにここは内緒で借りてることになってるんだドアを閉めて鍵を掛けてくれ。」
そういうとタミーが鍵を掛けてからドアにもたれかかる。
「で?」
「あんた、何してんねんな!」
まだ落ち着いてないようでアマザが声を荒げている。
「今日買い取りに出す予定の原石の選別だけど?」
「先が見えてるような大病患っとるんやったらさっさと医術院にいかなあかんやろ!」
「誰が病気なんだ?」
「あんたが!」
話がかみ合わってない。
まぁ昨夜にコーリンに伝えたことからそう勘違いしてるんだろう。
「俺は別に病気でもなんでもないぞ?極めて健康だが?」
「……なんでなん? それでなんであと3年なん?」
「伝聞された情報に間違いがあるな。
あと3年、21才までしか時間がない『かもしれない』といったはずだけどな。」
そういってコーリンを見る。
しかしこっちを見てるだけで視線を逸らすこともしないし表情も変えない。タミーはアマザたちと会っていたせいなのか日よけは被っていないが表情は硬いまま変化がない。
「じゃあどういうことなん!?はっきり言い!」
肩を持たれてガタガタ揺らされる。
そうか前にキノコについてミイネに食いついた時、あの子はこんな感じだったのか。だがタミーもコーリンもアマザを止める気がないようなので自分でアマザの脳天にチョップを決めようと思ったんだがなんとなく刺激が怒りに転換されそうな気がしたのでやめた。
後退して俺の肩を掴んだままのアマザがこっちに引き寄せられるのを抱きとめてから
「落ち着けアマザ。話はするがまずは冷静になってからだ。」
そういってしばらく背中に手を回していたら落ち着いたのか体を離して更に距離を置いた。
「ごめん。コーリンがうちらに言うはずやったことを聞き出したいう連絡受けたんやけど予想外のことやったからちょっと取り乱したわ。」
そう言って俯いている。
「確かに俺に残されてる時間はあと3年かもしれないけどな。
だけどあくまで仮定だぞ? それに今みたいに狩人として大森林に出てる以上は明日一級巨獣に襲われて死ぬってこともありえるんだぜ? 年輪都市でも一番死ぬ確率が高い仕事に就いてるのに取り乱しすぎだ。」
そうだ。
仮にこれから3年間狩人を続けるとしたら先にアマザやタミーが巨獣に襲われて死ぬことだってありえる。
「そんなことを言うもんじゃないわよカイル。アマザが取り乱したのはあなたを案じてのことだし。」
アマザに対してタミーは冷静だ。
「タミーは冷静だな。仮定の言い方に気がついていたか?」
「いいえ、単にアマザが取り乱してたのを見たから返ってこっちが落ち着くことになっただけよ? それより話してくれるのかしら?」
「ああ、本当ならメンバー全員の前で伝えようと思っていたことだし構わんよ。そんなに長い話でもない。ここは原石を詰めた袋で床が埋まってるからそのまま立って聞いてくれ。」
そう言いながら、俺は一組だけある椅子に腰掛けて机の上の原石をより分けながら話す。
「あと3年しか生きられないかもしれないってのはお袋が言った呪いみたいなもんだ。
今となっちゃそれが本当なのか俺に対する嫌がらせなのかわからん。
タミーやアマザは俺の怪力を実際に見てると思うけどあれは俺の常時の筋力じゃないんだ。異法や術士のような力とは違うもんでね、肉体の重複化って呼んでる。」
「昨日の話だとそのせいで時間がないと言ってましたね?」
「ああ。
重複化は俺の体の体積はそのままで任意に倍加させることができるといえばいいのかな?
仮に二倍にすれば外見は変わらないが筋力は二倍になるし体重も倍加する。アマザたちと狩りの中で経験しているように荒事にはこの力は便利だ。いいことばかりでもなくてその変化のせいで熱量も消費するんで一気に飢餓状態になる。狩りのあとにホーヅよりも飯をがっついていたのはそれを補うためだな。
しかしその力のせいで体の具合にガタが来るわけでもない。アマザたちに大消費源力での異法で狩りをしてもらうようになって俺が重複化を使って巨獣に向かうことは減ったけど、歪門に獲物を放り投げる時は今も使ってるしな。」
「じゃなんであと3年なん? そもそもその根拠って何なん?」
やっぱり青い原石は少ないなと指で原石を色分けしながら答える。
「俺が重複化を使えるようになったのはお袋のせいさ。
お袋が年輪都市に移民してくる前は神聖都市のある宗教組織の中の研究職だったそうだ。
その研究は人口激減期の前の技術を復刻させて世の中の為に生かそうってものだったらしい。その中で失敗技術とされたものの中にも有用なものがあるとして研究してたそうなんだが……俺にそれを仕込んだのさ。」
「その副作用?」
「さぁ?
ただお袋が言うには少なくとも人口激減期前の世界ではこれを試験したものは全員が死んだそうだ。その最長が10年だったってことらしい。
だがどういう経緯で死んだのかは俺には伝えなかった。ある日突然の突発的なものなのかあるいは徐々に衰弱していくものなのか。」
「それは確実なん? そもそも何でカイルがそんなことをされたん?」
「アマザには前に言ったよな?俺には妹がいると。」
「うん。妹さんが死んでカイルのおかんが病んだって……」
「確かにお袋は妹を失って病んだって言ったけど死別したんじゃない。まだ幼い頃に『角付き』になったのさ。」
「空間操作異法士の?」
「ああ、知ってるだろ?『角付き』は都市に保護、いや従属かそれとも隷属かな? 贅沢といえる生活は保障されるけれど都市に必須の歪門を維持するために自由は制限される。
学校卒業時の『都市の加護』を待たずに『角付き』になったものは都市中央にある『角突き』たちのコミュニティーに囲われることになるからな。移民のお袋ももちろん自分の子供や孫がそうなったときには了承することを確認した上で年輪都市に来たわけだが『角付き』なんて稀だからな。自分の身に起こると思ってなかったんだろうな。
幼い娘、それも溺愛している娘と引き離されて会うことも出来ない。つまり失った。」
「でもそれでなんでカイルが重複化能力ってのを付けられたん?」
「簡単にいえば妹の奪回のためさ。
都市を敵に回してそんなことが出来るわけもないのに重複化による怪力と源力の操作能力、更に養父の格闘技術を俺に仕込ませた。学校にも行かせずにな。
お袋はそのまま体力と気力を憔悴させて弱っていったけどその間俺に繰り返し言ったのは『この力を与えた以上は持って10年しか生きられない。それまでにあの子を救い出しなさい!』だとさ。
俺にとっては呪いの言葉だったよ。本来なら学校に入る年に力の元を埋め込まれて重複化を発現したがそこから10年と考えたら21歳。今17歳だからあと3年ほどってことさ。」
「じゃカイルはおかんに殺されるみたいなもんやん!」
「嫌われていたからな。
だけどそれゆえに俺への嫌がらせとしてあと10年しか生きられないって嘘をついた可能性もある。そもそも妹が居なくなってまともな状態じゃなかったしな。」
「それじゃカイルが21歳までしか持たないってのは嘘?」
タミーがそう言ってくるが俺が知るはずもない。
「……分からない。
重複化なんてものが人に対して影響がないものなのかも知らないし、そもそも重複化が安全な技術だったかどうも知らないんだ。大体からして失敗技術だったわけだし。」
そうだ。重複化することが安全ならばもっと多人数に施されていてもおかしくない。お袋は10人ほどに行われてその検証で失敗と判断されたと言っていた。それから考えて失敗ゆえの寿命短縮だったことも否定できない。
「「「……」」」
三人は沈黙した。
人の声が途絶えた中でカタ、カタ、カタ、と机の上で原石を指で動かす音だけが響く。
3人を見たわけじゃないがなんとなくこの部屋で唯一音を立てている机の上の石が色ごとに分けられてる様子に視線が注がれてると感じる。
俺はそのまま机に広げて色分けした原石を買取に出すためになるべく多色の組み合わせになるようにして小さな袋に詰めていく。青は少ないので入れてない。
「なんでなん?なんでそんな冷静なん?」
今日買い取りに出す分の仕分け作業を終えて完全に音がなくなったとアマザが声を上げた。
俺は作業がなくなったので視線をアマザ達に向ける。
「そう言われて時間が経ったからかな? 死刑宣告を受けたところで何もないまま8年近く。喉元過ぎれば熱さ忘れるってなもんさ。
最初こそ死にたくないから恐怖もあったけどいつそれが来るかも分からない、そのうち麻痺したのかもな。
学校を卒業したらオウノじいさんについて医術士になって回避する術を探るつもりだった。けれど源力操作が出来ても術士の証しである外見の変化が現れないままの状態で都市が募集する期間労働をこなすうちに日常に慣れてしまったんだろうな。
でも死に対する恐怖が消えたわけじゃない、それをこうやって待っていていいのかと発奮したらアマザに拾ってもらったのさ。
どうせ狩人ならいつ死んでもおかしくない仕事だからお袋がいったことが本当でも嘘でもそう変わらないからな。お袋の言ったことが真実としてもそれはそれであとはどう人生を楽しむかだと思うことした。」
「先があるかどうかわからないから私達に答えるかどうか保留してたのね?」
「向けてくれる好意には答えるさ。
だけどな、家族を持った場合は俺はその先がないかもしれない。
それでもいいのか?
それでも構わないといってくれても今のアマザもタミーも狩人だ。まさか今すぐに妊娠してもいいとは思ってないだろう?そうなったら狩人として外に出ることはできなくなる。」
「それでもっ!」
「やめておいたほうがいいかもな。
タミーは連れ合いを亡くしたこともあるしアマザは母子で育っただろう?これ以上苦労をする必要もない。」
「私はそれでもいいですよ? ただその後を暮していくのに十分なお金を残していただければいいですし。貴方の時間がないなら今朝のように手を出さずに眺めてるんじゃなくてさっさと抱いて欲しいところです。」
コーリンはぶれないな。俺を好きかどうかが先に来てないこともあるか。
「私はカイルの時間が短くても構わないわ。できれば結婚してからのほうがいいけれど他に子供を残せる人間が見つからない以上はカイルとの間に産んでおきたいし。
もちろんそれだけが目的じゃなくてカイルが好きだからだけどね。」
タミーも俺の残り時間が短くてもいいらしい。
「うちは……もちろんカイルが好きやし、カイルの時間が短いかもしれんのはかまへんけど、ホンマにあと2~3年なんか?って思いながら過ごすんは嫌や。
それやったらちゃんと判明して覚悟してる方がええ……。誰かその件に詳しい人はおらへんのん?」
アマザはそう言うが養父は研究職でなくガーディアンだったから詳しく知るはずもない。俺自身があの人物しか詳しくしる者はいないとわかっているが日本の意識と繋がる前は事実を知るのが怖くてそのことを尋ねなかった。
「オウノじいさんなら知ってるだろうな。なんせお袋の上司だったはずだ。今更だけど聞きに行ってみるか。みんなはどうする?」
「もちろん行くわ」「行くで」「同行します」




