2-30 睦言
新しい朝が来た。
ラジオ体操の歌ならその後に希望と続くが、どうにも一昨日の夜から続く一件が解決しない限り、この快晴の天気のようには心はすっきりしない。
昨日の狩りのあとにコーリンと相談した後の夕食などもこれまでと態度は変わっていないがこっちに視線を向けられていることを感じるのでどうにも落ち着かない。なんせまともな良人として矯正するほうがマシと言ってたからチェックを受けてるんだろうか?気が休まらない。
狩人をするようになってからは学校に揃って出かけるコーリンたちよりも朝に出るのはこちらの方が早い。コーリンと顔を合わせるのは苦痛というわけではないが結婚について回避の手立てが見つからないうちは避けたい。
体つきもそうだが年齢の割りにかわいいでなく綺麗な顔立ちで白い髪と体毛、日本では見ることも無いヒト以外の人間の顔なので見てても飽きてこないんだがな。今のパーティーにも獣人族の特徴が表面に出てるのはいないし。
さてこの時間はマリアさんくらいしか起きてないからスープと昨日の残りのパンでいいから出してもらおう。そう思ってドアを開けると。
「おはようございます。」
隣のドアも開いた。
「あ、ああ、おはよう。」
「一日の始まりに私の顔を見るなり気落ちした挨拶をされると不愉快です。無理やり笑えとはいいませんが普通に挨拶してください。」
「別に気落ちしたわけじゃない。まさかこの時間に俺以外が部屋から出てくるとは思ってなかったから少し戸惑っただけだ。最近は早く出るせいで1人でのんびりした朝を満喫してたからな。」
「婚約者と顔を合わせず1人の方がいいとはずいぶんな言い草ですね。そのうち矯正させていただきます。」
「お手やらわかに……まさかアンジェやヴェガにその調子で伝えてるんじゃないだろうな?」
もうコーリンの中では結婚が決まっているのか婚約者って言ってる。
「学校で広まると厄介そうなので話してはいませんが?でもその言い方だと他人に言って欲しくないようですね?」
着替えて身支度を整えてから二人で一階の食堂部に降りる。
「今日は早めに起きて焼いたからパンも昨日の残りじゃなくて焼きたてのヤツよ。早くできる平らパン(無発酵パン)だけどね。カイルは今日もお弁当はいるの?」
赤髪亭は食堂なので厨房でパンも焼けるようにはなってるがさすがにマリアさんとアンジェの二人が主な食堂でそこまで手が回るわけもないので普段出してるパンは卸してもらっているが今朝は違うらしい。
「お願いします。今日も卵料理メインでお願いします。」
狩りは昼前に終わることもあるが昼を過ぎることもある。みんなで店で食べることもあるが重複化を行使する場合もあるので弁当は持って行くに越したことはない。
「コーリンも早いわね。アンジェは特に学校で用事はなさそうだったけど今日は早く出るの?」
「はい、用事があるので。」
コーリンが俺の向かいに座り、一緒に朝食を食べるが会話はなく黙々と食べてる。コーリンは普通にしているようだが俺には妙な緊張感が漂っているのが分かるのかそれとも朝から珍しい組み合わせの二人なのかマリアさんからの視線も感じる。
やすらぎの居場所だったのにな。なんとかしないと仕事に障りそうだ。
最近使ってるキノコ収集に使ってる籠は師匠のトコに持っていったり、今のように部屋に持って帰ってきたりするので複数個を詰め所に置いてる。今日も短くした如意棍ほかを入れたバッグを担いで北大門付属の狩人詰め所に向かって赤髪亭を出る。
そこまではいつものと変わらない。斜め後ろからコーリンが付いてくる以外は。
格好はいつもの通学の服装でちゃんと教科書が入ってるであろうバッグも提げている。しかし0番地区最外へ繋がれた歪門を通る為にまず中央地区へ通じる歪門へ向かうのだがコーリンたちが通う学校とは別方向だ。それなのについてくる。
「どういうつもりだ?」
「自由研修期間中である貴方がしている仕事を見るためです。贅沢をするつもりはありませんが私を養えるくらいの稼ぎが見込めない仕事や研修をされてるのなら変更を勧めるだけです。」
このまま付いてくるつもりかよ? 嫌な予感しかしない。絶対に避けなければトラブルしか生まない気がする。
俺は生返事をした後にいきなり駆け出した。詰め所までは歪門を2回通過しないといけない。都市中央へ向かう歪門をくぐったところを見られてもその後にどの歪門をくぐったかを目撃されなければ問題ないはずだ。しかもハブの役割を果たす中央の歪門広場は人が多い。少しだけ距離を離せば紛れるのもたやすい。
「仕事前からランニングとは健康的ですね?ですがやはりヒトは走るのが私達よりも遅い。」
平気な顔で横に並んで付いてくる。これでも健脚な方なんだがこれは重複化ではどうにもならない。だが中央へくぐる歪門さえ通ればあとはもう通いなれた歪門へ向かうだけだ。朝の人が多い中央歪門広場ではコーリンも見つけられまい。一般の歪門は指輪で作られる臨時の門と違って両方に行きできるので門の右を入る側、門の左を通ってくる側に決められている。狭くは無いが普通は1人ずつでくぐるものなので先に俺が入り、そのまま人を避けながら走り抜けて北大門へ通じる門へ入る。
後ろを振り返ったがやはりコーリンはいない。とりあえず今日は撒けたが明日以降のことを考えてメンバーに話しておくべきか?そう思って詰め所窓口で装具を受け取って着替える。防具をつけ、ロープを数本と籠を結びつけた背負子を背負い、骨組みに如意棍を結びつける。集合場所にしている大きな柱の前に行くと俺以外は既に集まっているようだ。
「いつもと同じ時間だと思ったが俺が最後か。じゃ行こうか?」
声をかけても連中の視線は俺には向いてない。
「どこに行くのです?それにその格好。貴方は何の仕事をしているのです?」
ヒィ!
振り返ると予想通りの人物がやはり斜め後ろに立っている。この下が土の詰め所広場で足音させずについてくるとは。雑踏のせいで俺のほうが気づいてなかったのか?
「貴方は一般人のはず、見た目通りの行動をするならこれから大森林に行くということなのでしょうが……帰ったら詳しく聞かせていただきます。」
畜生っ!いや、更に拗れるよりは覚悟を決めてアマザとタミーを引き込んで女同士の話でなんとかしてもらうっていう手もありか? どのみち俺のことを好きだと言ってくれた2人には言っておかないといけないこともあるしな。
「カイルさんの仕事仲間の方ですね。カイルさんの婚約者のコーリンと申します。結婚はまだ先ですが婚約者の仕事が如何なるものか見学に来たのですがかなり予想外でした。いきなりで申し訳ありませんが今日のお仕事を終えられたらお話を伺ってもいいでしょうか?」
そういわれて俺も含めてしばし固まる。
それを崩したのはアッシャーからの念話だった。
『なんだよ?お前にもニミヤみたいに許嫁がいたのかよ?』
それをきっかけにパーティー内での念話に切り替わる。
『カイル、ニミヤが言うとった言わなあかんことってこのことなん?相手がおるんやったら変に気ぃもたせんとちゃんと言うてくれたらよかったのに……』
『あら、アマザ。カイルは言ってくれなかったけど私達を受け入れないとは言ってないわよ。いずれって言ってたのはこの娘がいてもいいか?ってことじゃないの?私は構わないし。』
『おうおう、三人も嫁さん持つのかよ。まあカイルのあの怪力振りからすると余裕で夜の相手も出来るだろうが平等に扱わんと後ろから刺されるぞ?』
『カイルが前に言っていたそのうち話しておくことってこれか?』
『いや、これは一昨日に生じた全くのイレギュラーだ。「俺の事情」とは関係がないな。』
ホーヅは冷静に彼女を観察してから念話に入ってくる。
『婚約者と、言っていたな。あのバッグからすると、まだ学校に通っているのではないか?』
そういうとホーヅと同じく妹が学校に通っているアマザも気付く。
『ほんまや、地区が違うせいでデザインがちょっとちゃうけど学校のバッグやん! カイル、子供に手ぇ出したんかいな!』
『でも子供に見えない体つきをしてるわよ?学校に通ってるだけで年齢は普通よりも上かも?』
「あの?みなさん返答は?」
コーリンは母親のカードのコピーを使ってるので念話は親カードの母親としか出来ない。なので俺達が念話をしていることに気づいてなかったようだ。都市カードを持たない未成年のために工術士が作る念話カードが都市には存在するがコーリンはあまり使ったことが無いのかもしれない。
「ああっごめんごめん。この狩人パーティーのリーダーのアマザいうねん。よろしゅう。話やったらこれからでもええで?主にカイルのことについてやけど。」
「おい!今日の狩りどうすんだ?」
「わたしも話に付き合うわ。あなたがこれから学校に行かないのならだけど。」
「構いません。元々あの人のことはよく知らないので本人が脚色したものを聞かされるよりも他人からの目や印象を教えて頂く方が方がいいです。」
「今日の狩りどうすんだって?」
「うっさいなぁ!今日はうちもタミーも体調不良で休みや!カイル、うちの代わりに指輪頼むで。」
そう言うなり指輪を俺に渡して3人で歩いて詰め所を出て行ってしまった。アッシャーは俺を見ながら「どうすんだよ?」と言ってくる。
「試す予定だったホーヅの技がある。とりあえず大森林へ移動しながらアマザやタミーにもわかるように念話で事情を説明する。とりあえずこのまま狩場に出よう。今日の俺の分前はあとでタミーとアマザに渡すよ。今日はすまん。」
-*-
話すことといっても持ち込んだキノコのせいで起きた事件と彼女の一族のしきたりで結婚を迫られているだけなので移動中に簡単に終わる。
『ふーん。獣人族って年輪都市にいる連中は俺たちと変わらないけど衛星都市ではそうやって風習?を守ってるのもいるんだな。』
『俺も育ったのは衛星都市だけどコーリンとは違うとこだしな。知らなかった。』
『で、どうすんだ?』
『どうしようもないだろ。体は大人だけど年は14だぞ?ニミヤもカコちゃんに言ってたけどいくら学校を出たら大人とはいえな。出来ればアマザとタミーに同じ女性から説得してもらうのが一番なんだけど事情を説明してからあっちと念話が繋がらんし。』
『おいおい、女3人で男を巡ってキャットファイトか?』
『違うだろ。少なくともコーリンは俺に好意は持ってないからな。俺が持って帰るバチカーの肉には間違いなくベタ惚れだけどな。』
『うむ!バチカーは、美味い!』
やっと念話で答えたらそれだけかよホーヅ。
いつもの岩場に到着して今日の狩りの手順を説明する。
『ホーヅ、今日は水流盾をもっと大きく展開してくれ。だが指示するまでは集めた水を地面に巻いてる状態でいい。その代わり異法の支配は解かずにいつでも水流を起こせるようにしてくれ。』
『わかった』
『ニミヤは匂いで誘導するのは同じだが今日は1頭ずつ、それも3級だけにしてくれ。匂いでわからないなら別に2級でもいい。』
『アッシャーはいつも通りだ。だが水糸はリーチを伸ばしていたほうがいいな。だが今日は仕留めるタイミングはかなりシビアだ。隙ができたらすぐに切ってくれ。もしハガネイノシシみたいに今の水糸では通り難いやつが来たら俺が如意棍で動きを止めるからその間になんとか頼む。』
アマザとタミーがいないことで俺が土の異法士がいない、あるいは負傷などで異法が使えない時にどうするかとして考えた方法を試す。
土の異法は巨獣の足止めには必須なのでどの狩人パーティーにも含まれるが有用な分出番も多くて源力が尽きることがある。そのため予備として複数の土の異法士がいるわけだがそれでもダメな場合、足止めをしないで戦わないといけない。
なので俺は水の異法を使って誘い込んだ巨獣を水流で横に倒し、その隙に仕留めることにした。
もちろん数メイトもある巨獣を異法士が起こした水流で倒すわけだから水の量も勢いも普通の異法士では不可能だ。
源力総量が狩人の平均をはるかに超えて源力補充装具があるホーヅだからこそできる水流の盾を地面の上に水平に展開させる。つまり渦潮がいきなり足元に出てくるようなものだ。 倒れて流れる相手にボウガンを急所に当てるのが難しいのでここは水糸を使って確実に首を切ってもらう。そうすれば例え致命傷でなくても流れた血が水流に紛れればホーヅの支配に入る。一気に血液は引き出されて死に至る、はず。
こんな方法は?と提案したことはあるので手順は皆わかっているが実際にするのは初めてだ。結果は思ったよりも巨獣は水流渦からの脱出が多く、渦の位置をずらそうとすると逃げ去ってしまうものがいたので思ったほどは狩れなかったという結果に終わった。これは水流の渦、そして外に逃さないよう円柱状に水流の壁の両方を展開しないと難しいようだ。これはアッシャーとホーヅの合わせ技か。課題を残してなんとか10頭ほどは狩れて少し昼を回ったものの年輪都市に帰還した。
-*-
まだアマザたちとの念話はできない。向こうが拒否しているようだ。ところが歪門を広げ、今日の獲物を送り出して最後に中央買取課に出たところアマザ、タミー、コーリンの三人が揃っていた。どうやら大問屋リクコにいて先に買取の要請にいったアッシャーたちと合流してこっちに来たらしい。
「っちゅうこっちゃな。」
俺が最後に歪門から出てきたところを見ながらアマザがコーリンに話しかけている。
「……」
タミーも含めて3人で話をしていたようだ。おそらくは俺の仕事が云々っていってたからそのことについてだろう。そのせいでこっちとの念話に乗ってこなかったと思われる。
「タミー、アマザ。今日は悪かったな。少なくなるが俺の取り分を二人で分けてくれ。」
「ええよ、今日は『体調不良で休み』やさかい。」
「わたしもいいわ。働いてないしね。」
「……」
コーリンは何も言ってこない。ただ俺たちが狩ってきた10頭の巨獣を見つめている。
「カイルさん、今回は在庫が余ってるやつはないんで全部うちで買い取らせてもらいますんで。査定が終わるまでちょっとお待ちを。」
民間買取問屋リクコの軒先から出てきたタンジーの査定が終わるまで店先に集まる。
「カイルが一般人っちゅうことしか知らんかったコーリンが信じられへんのも無理ないけど見ての通りカイルは狩人やで? 異法士やないけどな。狩りの成果の等分の分け前以外にも稼ぎがあるからパーティーの中でも一番稼いどるわけや。」
「ちなみにこの都市中央買取課の窓口主任とも懇意にしてるわね。」
「結局私は何も知らなかったというわけですね。」
「ええんちゃう?そもそもカイルとはそんなに仲がええわけでもなかったんやろ?それやったら話してへんのも当たり前やし。」
今回の狩りの代金のチャージを終えるとアマザとタミーに引っ張られた。
「さ~、カイルはあの娘をどうする気ぃなんか聞いとこか?」
「わたしはあまり意見はないわね。あの娘が押しかけ女房になったところでわたしの立場も彼女と変わらないし。そもそも彼女の一族の掟は相手を決めるだけで一夫一婦制に関してはないも触れられて無いわ。彼女とカイルがどうなろうとわたしはかまわないわ。」
タミーは都市の制度が一夫多妻制度を認めている以上コーリンについては不問ってこと?
「彼女はまだ学校に行ってる自分のカードを持たない年齢だ。いくら一族の掟だろうと結婚ってのはな。」
「でもあの娘が言うとるのは学校を卒業したあとのことやろ?」
「まあ卒業したら、考えなくも無いが そもそもタミーとアマザに対してもちゃんと返事もしてないしな。」
「まさか同じ下宿に住んどる若い学生さんに言い寄られてウチらはもうええとか?」
「いや?俺はアマザの胸とタミーのキスのテクニックの虜です!」
「「プッ!」」
「カイル、なんかもう人が変わったように欲望に忠実になってきてない?」
「言ってることだけはね。もうここ数日色々あって段々面倒になってきたってのもある。なんせ狩人の仕事以外にもやってることがあるから忙しくて。」
「ウチの胸の虜って言ってくれるんは嬉しいねんけど、その割には手ぇ出してけぇへんねんなあ。もう告白して2ヶ月以上経っとるけどなんでなん?」
「いや、情けない話、未経験がゆえのヘタレとでも申しましょうか……」
「コーリンのことはええで。うちらのことが嫌いになったんとちゃうんやったらな。独占されるよりも「共 有」するほうがまだええし。」
とはいわれてもまだちゃんと付き合ってるわけでも無いんだけどね。
「でも! あの指輪、一体全部でいくつあるんかは聞いとこうかな?」
コーリン、俺が送った輝虫の指輪つけてくれてたのか。
・
・
・
・
・
その後は俺以外のメンバーは修練場へ異法修練に向かい、俺は一旦赤髪亭に戻ってから今回の騒動になったキノコを持ってコウサ師匠の下に報告に来ていた。
「お前が眠っちまった原因になったやつは俺も知ってる。
昔は巨獣に対して使えないかと考えられていたもんだ。
今は生きた状態での巨獣捕獲は土の異法での固定で済むが今ほど人口が多くなかった時は当然異法士も少なかったからな。異法以外での手段を模索してた時期もあってな、ああいった作用が使えないか検討されてたらしい。
だが持って移動するのは脆いし、刈り取ってから使える日が少ないから結局実用にはならないかったそうだ。
薬用にもならんから次第に忘れ去られたって話だな。だが別に採れなくなったわけじゃない。お前が拾ってきたように大森林にいって骨を掴めば生えてるところも見当が付くようになるだろう。だがいいとこ不眠にしか使えないぞ?しかも日持ちしないんで使える日が少ないから普通に煮出しタイプの不眠薬の方が便利だな。
それに食用には向かん。俺も試してみたが舌が痺れるんだ。」
「結局トラブルを持ってきただけか。で、こいつに関しては?」
そういってもうシナシナになってる大木の洞に生えていたキノコについて聞く。
「これはなあ……俺も知らんかったもんだが広めん方がいいな。前にも言ったが本当の催淫作用を持つものはこれ以外にも知ってる。同じように匂いで作用を示すんだがその匂いがでるのは取る取らないに関わらず一日か二日ほどの極短期の間なんだ。それゆえに発見が難しくて存在が眉唾とされてる。それと人、獣人の系統ごとにその匂いは違うし、男女でも異なってるのさ。
つまりは情報がまったく足りてない。
こういった薬を望む奴らは多いが悪用される恐れもある。表に報告するのは止めておけ。」
なるほど、当然というかなんというか悪用されることもあるか。どうせ今のところ生えてるのは他の人間には気付かれないような高所にある洞だ。放っておくか。
「分かりました。ではこれはどうします?」
「採った場所は書かずに俺が見本として保存しておこう。で?」
「は?」
「後ろのお姉ちゃんはそのキノコのせいで?」
赤髪亭から付いてきたコーリンに対して小さな声でコソコソと聞いてくるコウサ師匠。
「そうか、じゃあちゃんとあの薬草は使ったわけだな?」
「言ったじゃないですか?俺はホコリタケのせいで眠ってたんですって。」
「やれやれ。女を満足させることが出来ん男は振られるぞ?」
「あの子、あれでまだ14才ですって。」
「なに、今から仕込んでも生まれるのは学校卒業後だろ?かまわんかまわん。」
駄目だろ。このオヤジ。
俺はようやく今回のキノコについて終えて無言で付いてくるコーリンと一緒に赤髪亭に帰る。
その後は今晩も手伝いだ。今日は揚げ物をしない以前のメニューのみとのことで問題なく仕事を終えるがコーリンは今日は手伝わないようだ。薬店メイシンから帰ってきてから部屋にいるようで出てきていない。
そのためアンジェたちに今の状況がばれないと思い楽な気持ちで仕事を終えることが出来た。ところが難事はその夜にやってくる。
-*-
いつもの銭湯でさっぱり汗を流す。
そういやいつもは大森林から帰ってから銭湯に入るがアマザたちがいたからそのまま午後の予定に入ったんだった。汗臭いままで厨房にいたのは迷惑だったかと湯船に浸かりながら物思い。
とりあえずメンバーにはコーリンの件は話したというかバレたというか。あとは赤髪亭の面子にこの件をどう伝えたものか。
あるいは発覚するまで放置。
コーリンが言い出さない限りは俺が言うこともないわけだし、それでいくか?もう悩んだって仕方ないしな!
そこに考えが行き着いてから湯船から上がり、銭湯を後にする。
いつの間にやら悩みはなるようにしかならないという考えのもと、小さくなっていく。やることが多いから悩んでるのも面倒臭くなってきたってのもある。そうでなきゃ考えもせずに今日の昼にアマザに向かって胸の虜なんて言ったりしない。なにやら妙なテンションになってたこともあるが思い返すと正直すぎる言葉だったな。別に胸だけが好きなわけでもないからそのうちフォローしておこう。
キィ
鍵を閉めたはずなのにドアが開いた。これが日本の心霊番組なら振り向くとお約束の展開が待ってるものだがそこにいたのは枕を持ったコーリンだった。格好はリラックスモードの目のやり場に困るタンクトップもどきだ。
「良人に抱いて貰いにきました」
そういってから後ろ手にドアを閉めて鍵も閉める。
「……」
(どうしたもんかね。)
「貴方が持ち込んできたアレのせいで、私はあんな風になって痴態を晒しました。そんな私を貴方はまるで私を襲うかのような目で舐め回すように見ていましたね?」
「ホコリタケのせいで襲うどころかうつろな目で心神喪失状態だったと思うけど?」
「いずれにしても一夜を共にした以上は一族の掟で良人になっていただきます。ですが前回は繋がりを持っていないので今日は行いにきたというわけです。」
これは困ったな。どうして追い返すべきか。
「私は妻ですのでいくら貴方がだらしない顔で私の胸に顔を埋めようが、揉まれようが摘まれようが舐められれようが構いませんよ?ただ子を生すのは学校を卒業してからとなりますが。いえ、今年で卒業なのでそれも関係はありませんか。」
ヤバい、掟だろうがなんだろうがヤバすぎる。いや学校を卒業してからなら悪くないよ?この都市の制度ならね。
でも日本の常識が激しくこの状況に警笛をならす。アウトだと!
タミーやアマザと比べてもまだ大きいくらいの胸だがコーリンはまだ14、卒業しても15歳だ。手を出せば日本なら確実にお罠を頂戴する。きっぱりはっきり俺は動転していた。
え~っと、
俺は彼女の空気を通しやすい涼しさ目的のけしからんタンクトップの肩かけを外し、上半身を裸にして年相応以上に発達した白い双丘を丸見えにした挙句に顔を埋めて顔面で感触を確かめてみた。
「どうだ? まだ学校に通っている子供のお前の胸が大好きでこんなことをするやつだ。こんな変態を相手にすることはないだろう? すぐに部屋に帰ったらどうだ?」
「? 夫が妻の胸に欲情するのがおかしいのですか?」
我ながら気が動転してわけのわからん行動を取っていたかもしれない。
「それに貴方が狩りに行ってる間にアマザさんから聞きました。貴方の家族のこと。」
俺の家族、そう言われて動転した気持ちも性的な興奮も急速に冷めていく。
コーリンから離れてベッドに腰掛けた。
もうとっくに過去のことだ。アマザに話しても何も感慨は浮かばなかった。だがサンタシから養父と呼んだあの男、ニーオンがどこにいるかを聞いたせいだろうか?
「おまえなんか生みたくなかった。」
「おまえなんか生むんじゃなかった。」
「向こうにいきなさい。」
そういわれてからの別の場所での食事をしていた風景
「何故お前があの子の変わりに角が生えなかったの?」
「お前に力を与えます。あの子を連れ戻しなさい。」
「これをした以上おまえは、」
唐突に昔の俺を憎むお袋の顔と掛けられた言葉が脳裏にリフレインする。
(いい加減ふっ切れ、今の俺は僕との複合人生と人格だ。年輪都市の母はあの通りだったが日本の母は今も僕を愛してくれているじゃないか。)
黙ったままの俺にいつの間にか近づいて座っている俺の頭をコーリンは胸に抱いて頭を撫でた。
当然胸はさっきのままだ。
我ながら情けない。
気を使ってくれたことは嬉しいが、
「自室に帰りなさい。」
そういうとタンクトップもどきを着て自室に戻るコーリン。
年輪都市じゃ一人前の17にもなって3つも下の、まだ学生のコーリンに慰撫されるとは自分が情けない。
俺はそのあと早々にベッドに横になり、さっさと眠ることにした。
翌朝の早朝まだ明るくない時間に背中に他人の体温を感じて目を覚ます。
「おはようございます。」
「どうやって入ってきた?鍵は閉めていたはずだ。」
「そんなもの合鍵があれば問題はありません。」
「で?何をしてる?」
「添い寝です。今までの貴方の態度と視線で私の胸に執心なのはわかっていますので。」
そういって腕を俺の前に回し、背中に豊かな押し当ててた。
コーリンの年齢を知った上で興奮してしまう。
ああ、かくも浅ましきおっぱい星人の性よ。仕方ないやん?男やし。抑えがきかん10代男子やし!
「貴方のことを詳しく存じ上げぬまま軽蔑しておりましたのでそのお詫びです。」
「それとアマザさんの意見としてですが 大きな胸を求めているのはおそらくは不遇だった家族関係から母性を求めているのだと、そう言われてました。」
(いや それは単に俺がおっぱい星人なだけなはず、だと思うが。)
「いいさ。今は狩人をやってるがほんの数ヶ月前までは食うためにその日暮らしの金を稼いで暮してただけだ。俺自身が変わろうと思ったのはつい最近のことさ。」
「でも貴方は普通のヒトじゃない。そう聞きました。アマザさんやタミーさんから聞きましたが巨獣すら圧倒する力や医術士の力まで持っているほか、工術士の力まで。」
「ああ、その通りだ。 そんなことが出来たところで俺は死が怖かった。
アマザやタミーに好意を向けられても今も答えない理由。
それは普通のヒトじゃない力を持たされた代わりに残された時間は10年も無いってことだ。
死への恐怖。
俺はそれを何とか避けるための方法を探るために医術士になりたかった。だが医術を使えても俺の爪には変化がない。医術が使えるならいつかは爪に術士としての変化が出るはず、それだけを希望に無為に研修期間を誰でもできる肉体労働で過ごしてきた。」
「なるほど貴方は臆病かもしれません。ですが残りの時間が少ないと自覚してるなら自分のその力を他人に向けて好き勝手に欲望を満たすよりもましな行動です。」
「そうかな?」
「私はそう思います。あくまでマシという程度ですけどね。」
・
・
・
「なぁ、獣人族の純血種はヒトよりも寿命が短いんだよな?」
「10年ほどは短いと聞いています。」
「コーリンは見た目の特徴も、その、体の成長も近い年のアンジェよりも早い。自分の時間も人よりも短いかも?とは思わなかったのか?」
「学校に入ってからの性徴は確かに他の方よりも際立ってます。しかし私は純血ではありません。例え少しでも混血となったものは人のそれと同じ時間を過ごします。ただ先祖のある特徴(獣化)をもって生まれた混血は先祖と同じ人より10年ほど短くなるそうです」
「コーリンは?」
「私は普通の混血で特徴は出ていません。この体は単に成長が早かっただけのようです。」
「聞いてもいいですか?」
「何?」
「貴方は死ぬのが怖いといいました。なら何故最も死ぬことが多い仕事である狩人をやってるのです?」
「死に怯えて毎日を同じ肉体労働をして、既に源力操作を行って医術が使えるのにカードはいつまでも変わらない。そんな待ち続けて変わらない日の繰り返しが嫌になったのさ。」
「お金のためではないのですか?」
「生きていくなら外壁修理でも十分さ。俺には養う家族もいないしな。
いい年こいてみっともないが生きていく日常に刺激が欲しかったってところか。
(実際は死んでも別の人生があることを知って吹っ切れたとはいえんな。)」
「危険ですね。」
「自分でもそう思う。金のためならわかりやすいけど刺激のためだものな。大森林への好奇心もあるけど。でも俺は自分でも驚くほどの臆病者だからな。勝てる相手を狩って、負けそうなら全員でケツまくって逃げるさ。指輪があればそれも可能だ。」
「好奇心は猫を殺しますよ?」
「ああ、分かってる。」
「やっぱり貴方とは学校卒業後にすぐに結婚した方がいいようです。自分の好奇心や刺激のためにふらふら大森林にでかけるような根無し草のままだと命を粗末にしそうです。家で待っている家族がいれば目的は養う金になりますし、決して命を無茶に晒すことはなくなるでしょう。」
「結婚か。でも家族を持っても俺には時間がないかもしれない。」
「ならいつ『そう』なってもいいように残される者のためにお金と『命』を残してくださいな。」
(ド直球だ。狩人として死ぬとしても子供とお金を残してくれか。
でも、納得できる。そういうものなんだろうな。いつ死ぬかもしれない狩人を家族にするというのは。)
「俺はまだコーリンと結婚するとは言ってない。
アマザやタミーにも言うはずだったことけど、お袋によると俺の時間は21歳まで。あと3年くらいなんだそうだ。それが本当かどうかは知らないが少なくともこんな力を持った代償なら納得はできる。
コーリンもよく考えることだ。」
俺はそう言ってからコーリンに背を向けて夜明けまで寝ることにした。




