あの日のおにぎりと、上海焼きそば
1年C組。東京具留米学園高校調理科一年中華料理コースの教室近くの廊下。物陰に隠れるように、一人の少年がじっと教室の中を覗いている。
「……。」
宍戸弦之介だ。視線の先には、友達と楽しそうに話す泰中瑠衣。
「もう〜!そんなことないって!」
屈託なく笑うその姿に、弦之介は胸を押さえる。
(今日も……可愛い……。)
弦之介が瑠衣に見惚れていると、男子生徒たちがこちらに向かってくる。弦之介は咄嗟に壁に向かい、教室の出入り口に背を向けた。
「駅前にできたパン屋行った?」
教室から航平が友達数人と出てくる。
「めちゃくちゃ評判いいらしいからさ。今から行ってみね?」
「いいじゃん!俺カレーパン食いてぇ!」
「メロンパンも人気らしいぞ!」
笑いながら廊下を歩いていく航平たち。
(清永……今日は遊びに行くというわけか。)
その直後。
「あっ!」
瑠衣が時計を見て慌てる。
「もうこんな時間!?お店行かなきゃ!」
鞄を抱え、ぱたぱたと走り去っていく。その姿を見送った弦之介の脳内に、電球が灯った。
(……待てよ。)
(今日は清永はいない。)
(つまり……!)
拳を握る。
(泰中さんと二人きりで話せる大チャーンス!!)
「よぉぉぉしッ!!」
弦之介は全力ダッシュで学校を飛び出した。
夕方。泰龍軒。ガララッと扉が開く。
「いらっしゃいませー!」
暖簾をくぐった弦之介を見つけ、瑠衣が笑顔になる。
「あっ!宍戸くん!」
「た、泰中さん……!」
その笑顔だけで顔が真っ赤になる。
「来てくれたんだ!どうぞどうぞ!」
(笑った……。)
(俺に笑いかけてくれた……。)
(やっぱり天使だ……。)
「ご注文は?」
「ちゅっ注文!?は、えーと…じゃ、じゃあ…し、上海焼きそばを!」
「はーい!」
瑠衣は元気よく厨房へ入っていった。弦之介はニヤニヤが止まらない。
(今日は邪魔者はいない……。)
(神様、ありがとう……。)
「お待たせしました!」
目の前に置かれた上海焼きそば。立ち上る湯気。香ばしい醤油の香り。照りのある麺。豚肉と野菜が琥珀色に輝いている。
「いただきます!」
一口。ズズッ。
「……!」
二口、三口と食べ進めて、ゆっくり目を閉じる。
「やっぱり……。」
静かに呟く。
「優しい。」
「え?」
瑠衣が首を傾げる。
「この味。食べる人のことを考えて作られている。真剣さが伝わってくる。……やっぱり最高だ。」
感動したように笑う。
「泰中さんの料理は。」
「えっ?」
瑠衣は困ったように笑う。
「あ、あのね……」
その時だった。
「おー。」
厨房から、ニヤニヤした顔がひょこっと現れる。
「ありがとな、お客さん。」
航平だった。
「うまいだろ?俺の上海焼きそばは。そんなに喜んでもらえたなら、料理人冥利につきるってもんだぜ。」
弦之介が固まる。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「な、何ィィィィィィィ!!?」
店中に響き渡る絶叫。
「清永!?何故おまえがここにいる!!」
「何故って…。」
航平は首を傾げる。
「俺のバイト先だしな。」
「だ、だってお前!今日はパン屋へ行くって……!」
「あー。」
航平は思い出したように頷く。
「行ったぞ。駅前の新しい店な。ロールパン買って、メロンパン買って。カレーパンも買っちまった。チーズブールも美味そうだったからついな。後で食うのが楽しみなんだよなぁ。」
「…………。」
弦之介は口を開けたまま固まる。
「……待て…!待て待て待て!!」
焼きそばに目をやり、もう一口食べる。もぐもぐと咀嚼する。
「……。」
さらにもう一口。
「……。」
真剣な顔になる。
「……間違いない。」
ゆっくり顔を上げる。
「お前は嘘をついている。なぜなら…この焼きそばを作った人間と、球技大会の日、瑠衣さんがくれたおにぎりを握った人物は…」
弦之介が一呼吸おく。
「同一人物だからだ!」
店内が静まり返る。
「球技大会……?」
航平が首を傾げる。
「あー。あのおにぎりか。店で余った米使って、テキトーな具で俺が弁当用に握ったやつ。」
「……。」
「…………。」
「……………………。」
「そ」
「そんな馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ガーン!!という効果音が弦之介の脳内に響き、こだました。そして脳裏に、おにぎりを食べて感動していた自分の姿が蘇る。
(俺は……。俺は……。)
(こんなチャランポランな男の料理に……。)
(感動していたというのかぁぁぁぁぁ!!?)
「嘘だぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガラッ!!っと勢いよくドアを開け、弦之介はそのまま店を飛び出した。
「宍戸くーん!」
瑠衣が慌てて追いかけようとする。
「待てバカ!」
航平が叫ぶ。
「お代払えぇぇぇ!!」
カウンターの奥から龍彦が顔を出す。
「なんじゃあの騒がしいのは。」
「同級生の宍戸くん。」
「世紀のバカ。」
「これこれ、清永くん、やめなさい。」
「とりあえず、あいつの食い逃げした分は、お前の給料から引いておくぞ。」
「なっ!?」
航平の顔が引き攣る。
「なんで俺ぇぇぇぇぇ!!?」
「お前が原因っぽいから。」
「横暴だぁぁぁぁぁ!!」
航平の叫び声が店内に響く。
その様子を見ながら、龍彦は店の外へと目を向け、小さく笑った。
(……あの上海焼きそばを食べて、おにぎりと同じ作り手だと見抜きおったか。天性の味覚を持っておる。)
ふっと目を細める。
(……ちと頭は悪そうじゃが。)
ニヤリと笑った口元に湯呑みを運び、ひと口すすった。
泰龍軒は、今日も賑やかだ。




