恋は空回り!その味、初恋につき。
中間試験も終わり、東京具留米学園にはいつもの賑やかな日常が戻っていた。廊下には球技大会のポスターが貼られ、教室ではどの競技に出るかで盛り上がっている。
そんな朝。
「……眠い。」
清永航平は大きなあくびをしながら校門へ向かっていた。昨日も泰龍軒の営業が終わったあと、龍彦に捕まり、瑠衣と勉強。帰宅した頃には日付が変わっていた。
「ようやく試験も終わったってのに、まだ勉強させやがって、あのジジイ……。」
ぼやきながら校門をくぐろうとした、その瞬間だった。
「待てッ!」
「……。」
なんだかやかましい声がするのを、聞こえなかったフリをする。
「待てと言っているだろう!!清永航平!!」
「……。」
無視してそのまま歩いていく。すると、一人の男子生徒が勢いよく目の前へ飛び出した。小柄だが筋肉質な身体つき。日に焼けた肌。ツンツンと逆立った髪。目付きとガラが悪い。関わるな、と航平の本能が警鐘を鳴らしていた。
「おまえは……泰中さんのなんなんだ!!」
「……は?」
航平は眠そうな目をさらに細めた。
「何って……。クラスメイト。」
「それだけか!?」
「あと……。バイトの同僚。」
「嘘をつけぇぇぇ!!」
「何がだよ。」
男は航平を指差した。
「聞いたぞ!おまえたち……同棲しているという噂は本当か!?」
「…………。」
数秒の沈黙。
「……アホくさ。」
航平はそのまま横を通り過ぎる。
「待て清永ーーーッ!!」
「うるせぇな!つーか、おまえ誰だよ!」
振り返って航平は尋ねる。男は胸を張った。
「俺は経営科一年、宍戸弦之介。泰中さんは俺が守るッ!!」
航平は空を見上げた。
(朝から濃いのに絡まれた……。)
その時だった。
「清永くーん!」
振り返ると、瑠衣が手を振りながらこちらへ歩いてきていた。
「おはよう!」
「おう。」
「泰中さん!お…おはよう!」
さっきまで鬼の形相だった弦之介が、一瞬で姿勢を正す。
「今日も良い天気ですね!ハッハッハッ!」
「え?あ、うん。宍戸くん…だよね?経営科の。朝から元気だね!」
「はい!!元気だけが取り柄です!!」
「いいことだね!」
にこっと笑う瑠衣。
弦之介はその笑顔だけで真っ赤になった。
(うおぉぉぉ!泰中さんが!俺のことを覚えてくれているッ!!今日はお祝いに、帰りにケーキを買って帰ろう…。しかし…かわいい……。天使だ……。今日も尊い……。)
「じゃ、清永くん行こ!」
「あぁ。」
二人が並んで歩き出す。弦之介は震えながら二人を見送る。
「って、やっぱり仲良すぎるじゃないかぁぁぁ!!」
昼休み。食堂でも弦之介は航平を見つけるなり目の前にやってきた。
「清永。」
「……。」
「清永!」
「うるせぇな!なんなんだよ!飯くらい静かに食わせろ!」
航平はラーメンをすすりながら答える。
「なんだよ。」
「今度の球技大会。俺と勝負しろ。」
「は?」
「サッカーで勝負だ。」
「なんで。」
「俺たちのクラスが勝ったら。」
弦之介は真剣な顔で言った。
「おまえには、泰龍軒のバイトを辞めてもらう。」
「…………。」
航平は箸を止めた。
「断る。」
「即答!?」
「なんでお前にそんなこと決められなきゃなんねーんだよ。」
「うるさい!お前が泰中さんを唆して利用していることはわかっているぞ!」
「してねぇ!!」
「いーや!そうに決まっている!そうでなければ、泰中さんがお前のようなダメ人間と毎日一緒にいるはずがない!」
「バイトに行ってるだけだっつーの!」
「同じ釜の飯を食ってるとも聞いたぞ!」
「賄い食ってるだけだろ!」
「羨ましい!!」
「……本音が出たなこいつ…」
「一体どんな卑怯な手を使ったんだ!答えろ清永〜〜〜!!」
そして迎えた球技大会。運動場は歓声に包まれていた。
「宍戸ーー!!」
「ナイスシュート!!」
「すげぇ!!」
弦之介はまさに無双していた。圧倒的なスピード。驚異的なスタミナ。どんなボールにも食らいつき、次々とゴールを決める。
「なんなんだあいつ……。」
航平が呟く。
「うちじゃなくてスポーツ校へ行くべきだろ。」
玲司も頷く。
「同感だな。」
そして準決勝。航平たち1-C(一年調理科中華料理コース)対弦之介率いる1-B(一年経営科)の試合。
「清永。」
玲司が近付く。
「俺は料理もこの球技大会も負けるつもりはない。今日だけは共闘してやる。足を引っ張るなよ。」
「……しゃーねぇな。そっちこそ、俺の邪魔すんなよな。」
二人は弦之介を睨みつける。
「絶対止めるぞ。」
「おう。」
しかし。
「速っ!?」
「うそだろ!」
「ハーッハッハッハッハッ!!」
弦之介は一人でディフェンスを突破し、最後は豪快なシュートを放つ。ゴールネットが大きく揺れた。これで3点目。航平たちは、ハットトリックを許してしまった。そしてそのまま、3-0で試合終了。弦之介たちが勝利した。
「勝ったぁぁぁ!!」
弦之介は航平を指差した。
「約束通り!!」
「泰龍軒のバイトは辞めてもらうぞ!清永航平!」
「だから約束してねぇって!!」
そこへ。
「ちょっと!何よそれ!勝手に決めないで!」
瑠衣だった。
「え?」
「清永くんにバイト辞められたら困るの!」
「え……。」
「それに、そんな賭け事みたいなこと良くないよ!そういうの、私やだ!」
「う……。」
弦之介は何も言えなかった。
瑠衣は踵を返して歩き出す。
「お、おい!」
航平は瑠衣の後を追いかける。
残された弦之介は膝から崩れ落ちた。
「俺は……。」
終わった…と小さく呟いた後、弦之介は頭を抱えて叫んだ。
「嫌われたぁぁぁぁぁ!!」
放課後。グラウンドを見下ろすベンチに一人座る弦之介。
「はぁ……。」
人生で一番落ち込んでいた。もう立ち直れない。そんな気分だった。
「宍戸くん。」
「!」
振り返ると、そこには瑠衣がいた。
「泰中さん!」
「清永くんと何があったのかは分からないけど、どうせくだらないことで喧嘩でもしたんでしょ?清永くん、つっけんどんなとこあるから。」
瑠衣は笑う。
「でもね、清永くん、そんなに悪い人じゃないよ。」
「……泰中さん…。」
「ちょっとぶっきらぼうだけど、本当は優しいから。」
「……。」
「だから仲良くしてあげて?」
弦之介は何も言えずに俯いた。
(泰中さん…あんなやつのことを庇って…どうして…。)
「はい、これ。」
瑠衣は小さなおにぎりを差し出した。
「お昼の残りだから失礼かとも思ったんだけど…宍戸くん今日は大活躍だったし、疲れてるかなと思って。だからこれ、差し入れ?ってやつ」
「で、ですが!」
「じゃあね!また明日!」
瑠衣は手を振って走っていった。
弦之介は、おにぎりを見つめる。
「泰中さんが……。」
一口。
「……。」
動きが止まる。
塩加減。
米の炊き加減。
崩れない握り。
具材の量。
全部が絶妙だった。
「……優しい。」
思わず呟く。
「食べる人のことを考えて握られたおにぎりだ……。」
もう一口。また一口。自然と笑みがこぼれる。
「こんな優しいおにぎりは初めてだ……。」
空を見上げる。
(泰中さん…。あんなことをした俺に、まだ優しくしてくれる……。やっぱり……女神だぁぁぁ……!!)
「やっぱり俺の運命の人だぁぁぁ!!」
夕焼けに向かって叫ぶ弦之介。
その頃、泰龍軒。
「瑠衣、弁当用に昨日握っといたおにぎり、全部食ったのか?4つもよく食い切れたな」
「あー、うん、いや、3つでお腹いっぱいになっちゃって。帰りに宍戸くんがお腹空いてそうな顔して座ってたから一つあげちゃった。」
「宍戸に!?」
「あ、やっぱりまずかった?喧嘩してたみたいだったもんね…」
「いや、別にいいけど。」
なんだか背筋がゾワッとするのを感じ、身震いする。
「なに?どうしたの?風邪?」
「……いや、何でもない。」
航平は一つ溜め息を吐いた。
(なんか……また面倒なのが増えたな。)
もう一つ溜め息をついて、航平は中華鍋を手に取った。




