いざ!中間試験!
中間試験が始まり、各教科の筆記試験が終わった。航平は自分の席で突っ伏して、頭から煙が上がっているのではと思うほど疲れ切っていた。中間試験も残すところは実技試験のみ。生徒たちはそれぞれ学校指定の校章入りコックコートに着替え、調理実習室へ移動する。
「準備はいいかな。試験時間は30分。先生方が試食して採点していくから、完成した者は挙手して知らせるように。では……用意。試験、開始!」
渡邊の掛け声で、生徒たちが一斉に調理を開始する。その中でも、やはり玲司は存在感を示していた。凄まじいスピードで、恐ろしく均一に切られていく材料たち。1mmたりとも狂わない正確な包丁捌きで、食材たちも切られたことに気付いていないかのように、瑞々しさを保っている。
「俺の包丁の技術は、東京一、いや、日本一の店、美味斎でもNo.1。炒飯の勝負には負けたが…清永、今回は俺が勝ってみせるぞ…!」
航平も負けてはいない。玲司と勝負をしているつもりは毛頭なかったが、一度中華鍋を手に取れば、周囲との違いは一目瞭然だった。
「………ッ!!」
油の音、食材の色…。中華鍋から得られるあらゆる情報を正確に読み取り、最適な火加減で調理していく。
「さすがだな」
二人の調理の様子を見て、渡邊も感心したように頷いた。
試験時間終了を知らせるチャイムの音が響き、最後に調理を終わらせた瑠衣が、みんなの後を追って実習室を後にする。いつも慌ただしく、失敗ばかりしていた瑠衣のやり切ったという表情を見て、渡邊は表情を緩ませた。
「今年は騒がしい生徒が多くて心配でしたが、意外にも実技の方は優秀でしたね、渡邊先生。」
「えぇ。高校生らしく、机に向かって勉強するのは苦手な子たちもいますが、ここは東京具留米学園。うちに来る子たちはみんな、料理に対する情熱は本物ですから。」
特に目を引いたのは、やはり東京一の人気中華料理店・美味斎の御曹司である天才、斎浦玲司だろう。幼い頃から中華料理に触れてきた経験と知識、そして天才と呼ばれる所以でもある華麗な包丁捌き。
「まさに天才。さすがは美味斎の跡取り息子といったところか。今回の試験でも、その実力を如何なく発揮してくれたな。」
意外にも健闘したのは泰中瑠衣。これまでの実習では緊張や焦りから凡ミスを繰り返したり、注意力が散漫になる場面が多かったが、今日は様子が違っていた。焦っている様子はなく、一つ一つ丁寧な仕事で、時間いっぱいまで使って仕上げた青椒肉絲は、ところどころに荒さこそあれ、彼女らしい気配りと優しさが詰まった一皿になっていた。
「うん、老若男女、誰もが何度でも食べたくなる、泰中らしい優しい味だ。」
そして、もう一人。学年一不真面目の注目株。渡邊が最も気にかけていたであろう生徒。清永航平。入学後からずっと不真面目で、すぐに学校をサボるようになり、出てきたと思ったら寝てばかり。毎日朝までゲームして、昼過ぎまで寝て、友達とフラフラしていたらしい。そんな落ちこぼれが作った青椒肉絲は、見事というしかない出来の一品だった。
「丁寧な下ごしらえ。そして火入れ。この技術は素晴らしい。プロでも、ここまでできる者はそうはいない。どの食材も調味料も殺していない、まさに完璧な火入れだ。」
「本当に困ったもんだ。おもしろすぎるぞ、問題児たち。」
採点を終え、誰も居なくなった調理実習室に一人残った渡邊は、そう言ってクスッと笑った。実習室の一番後ろ、窓際の実習台。そこに手を置いて、懐かしそうに、そっと撫でる。
「彼は……彼はきっとすごい料理人になりますよ、先輩…」
翌日から試験の答案が返却される。
「赤点の科目がなければ、今週末は休みにしてやる」
龍彦にそう言われていた航平は、両手を合わせ、祈りながら答案の返却を待った。一教科、また一教科とテストが返ってくる。その度に、航平と瑠衣はお互いの点数を見せ合った。
「瑠衣〜…俺…頑張ったよなぁ」
航平が今にも泣きそうな情けない声をあげる。
「頑張った頑張った!よかったね!」
全ての答案が返却され、航平は見事全科目赤点を回避。瑠衣はなんと筆記試験は全教科合計で学年2位の成績を収めていた。
「久々の休みだ〜」
「よしよし。えらいぞ清永航平」
久しぶりの休日獲得に喜ぶ航平だったが、そこに玲司がやってくる。
「そんな点数で何をそんなに喜んでるんだ?お前は」
「なんだよ、お前には関係ないだろ。」
「俺は学年一位だ。お前も俺のライバルなら、もう少しまともな点数をとることだな」
「何がライバルだ。勝手にやってろ。ベーッだ!」
子供みたいに小競り合いをする二人を、瑠衣は「まぁまぁ」と落ち着かせる。
「まぁいい。本題は次の実技試験の結果だ。俺の青椒肉絲は完璧だ。今回こそ、お前に勝つ。」
「だから!俺はもうお前と争う気はねーんだっつーの!」
航平は口ではそう言いながら、いちいち絡んでくる玲司にも、不思議と玲司が気になっている自分に対しても、ほんの少し、イラついていた。
その日の午後、実技試験の採点表が返却された。
「みんな、よくやったな。今回、中華料理コースからは実技試験の不合格者は0だ。」
教室内には、自分の採点表を見ながら安堵の表情を浮かべる者、大きな声で喜びを表現する者もいれば、不満そうな顔をしている者もいた。誰よりも不満そうな顔をしているのが、斎浦玲司と清永航平だった。
「今回の実技試験の成績優秀者を発表するぞー。まずは、泰中瑠衣。」
「えぇ!」と教室中が驚きの声をあげて、一斉に瑠衣に視線が注がれる。
「え。私…ですか?」
「そうだ。よくできてたぞ。泰中は、オイスターソースの量を減らし、鶏ガラスープと和風出汁、そして少量の酢を使ったんだな。油っぽさを軽減させ、全体にさっぱりとした仕上がりなっていた。」
「は、はい!中華料理は油っこいものが多くて、青椒肉絲もまさに油をたくさん使う料理だけど、ご高齢の方や小さいお子さん、若い女性には重たいと感じる人も多いと思って、誰でも美味しく食べられるようにできないかなって…思って。」
「うん。泰中らしい、心配りと思いやりが詰まった青椒肉絲だったよ。みんな拍手!」
教室中が瑠衣の高得点を祝って拍手をした。瑠衣は照れくさそうに顔を赤らめて会釈をし、ちょっぴり俯いた。
「そして!今回はなんと、二人の生徒が同率一位になったぞ。」
おぉ〜、と教室がザワつく。
「一人は斎浦で決まりだよな。」
「もう一人は誰だ?山田かな?」
生徒が思い思いに予想をする。
「静かに!早速発表するぞー。」
静まり返る教室。
「今回の一位は……、斎浦、清永。この二人だ。」
「清永!?あのサボり魔の!?」
「航平!最近付き合い悪いと思ったら、バッチリ準備してたのかよ!」
クラスメイトたちが驚いて騒ぎ始める。
「はいはい!静かに!二人ともよくやった。同率一位、おめでとう。」
斎浦は気に入らないと言った目で航平を睨みつけ、航平は不貞腐れたようにそっぽを向いている。
「斎浦、素晴らしい出来だったぞ。減点は火入れ加減だけだ。肉にほんの少し火を通しすぎてたな。それ以外は文句なしだ。」
玲司は悔しそうに横を向く。
「そして清永。清永の青椒肉絲も素晴らしかった。減点は野菜の大きさにわずかに気になるバラつきが合ったところだけ。二人とも、ほんの少しの減点だ。胸を張っていいぞ。本当によくやったな。」
渡邊にそう言われても、二人とも、どうしても満足はできなかった。
「斎浦くんと同率とは言え、実技試験一位の何がそんなに不満なのよ。」
放課後の教室で、帰りがけに瑠衣が不貞腐れた様子の航平に聞く。
「別に不満じゃねーよ。ほら、もう行くぞ。遅れるとジジイに文句言われるからな。」
「もう〜何なのよ!」
教室から出ていく航平を、玲司はじっと見つめて、奥歯を噛んだ。
ーーーこれで1敗1分……。火の扱いが俺の課題か…。見てろよ清永航平。必ず、すぐにお前に勝ってみせるぞ…!
玲司の航平への対抗心は、静かに、しかしより大きく燃え出していた。
「ねぇねぇ、最近瑠衣と清永くん、ベッタリじゃない?」
「やっぱり!?俺もそう思ってたんだよ!」
「清永のやつ、泰中の実家の店で住み込みでバイトしてるって噂だぜ」
「えー!それって同棲ってこと!?キャー!」
高校生たちが、高校生らしい噂話で放課後の教室で盛り上がっている。
そんな声を聞きながら、廊下の隅で下校していく航平と瑠衣を見つめる影…。
「清永航平……。絶対に許さんッ…!!」




