東西決戦、開幕!黄金のまな板を懸けて。
大阪美食大附属。その広大なキャンパスの一角に、今日のために用意された巨大な体育館があった。普段は体育の授業や式典などに使われるその場所は、今や見る影もない。
体育館の中央には、いくつもの大型モニターと実況用のステージが設置され、その奥には、八人の料理人が同時に調理できる広大な試合用キッチンが設けられていた。
調理台はもちろん、コンロやオーブン、冷蔵設備に至るまで、あらゆる調理器具が最高水準のものばかり。
さらに、会場の一角には、肉、魚介類、野菜、果物、香辛料、各種調味料など、ありとあらゆる食材がずらりと並んでいる。
その光景を目にした航平は、思わず目を見張った。
「……すげぇな。」
「これだけの設備と食材を用意するなんて、さすが大阪美食大附属だね…。」
隣に立つ瑠衣も、感心したように会場を見渡した。
観客席には、東京具留米学園と大阪美食大附属、両校の生徒たちが大勢詰めかけていた。応援団の声が飛び交い、あちこちで歓声が上がる。その熱気は、まるで大きなスポーツ大会の会場のようだった。
やがて、ステージ上のマイクから、司会者の声が響き渡った。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました!ただいまより、三年に一度のビッグイベント!東京具留米学園対大阪美食大附属の調理科対抗戦を開催いたします!」
瞬間、体育館が大歓声に包まれた。
「まずは、前回大会の勝利校、大阪美食大附属の校長先生より、開会のご挨拶をいただきます!」
壇上に、一人の老人が姿を現した。大阪美食大附属の校長である。
校長は会場をゆっくりと見渡すと、落ち着いた声で語り始めた。
「本日は、東京具留米学園の皆さんを、こうしてお迎えできたことを嬉しく思います。この対抗戦は、三年に一度、両校の料理人たちが技術と誇りを懸けて競い合う、伝統ある大会です。」
観客席が静まり返る。
「勝敗はもちろん重要です。しかし、何よりも大切なのは、互いの料理を認め合い、切磋琢磨すること。そして、この大会を通じて、未来の食文化を担う料理人たちが成長してくれることを願っています。」
校長は一度言葉を切り、両校の代表メンバーへ視線を向けた。
「とはいえ、勝負である以上、互いに一切の妥協は不要です。最高の料理を作り、最高の勝負を見せてください。」
そして、力強く宣言した。
「ただいまより、東京具留米学園対大阪美食大附属、調理科対抗戦の開会を宣言いたします!」
割れんばかりの拍手と歓声が、体育館を揺らした。
続いて、司会者が大会のルールを説明する。
「本大会では、各競技の制限時間内に、会場に用意された食材を自由に使用して調理を行っていただきます!」
観客席がざわめいた。
「そして、勝敗を決める基準は、あくまで料理そのものの完成度!味だけでなく、香りや見た目も審査の対象となります!」
航平は腕を組み、試合用キッチンを見つめた。
「なるほどな……。どの食材を使うかも、どの器具を使うかも、自分たちで決めるってわけか。」
「料理人としての発想力と、それを形にする技術。その両方が問われる勝負ということだね。」
渡邉が静かに言った。
「制限時間内に、相手よりもうまい料理を作る。それだけだ。」
玲司は不敵な笑みを浮かべる。
「それでは、両校の大将は前に出て来てください。」
司会者に促され、和馬と能勢頼将が壇上へと上がる。
「前回勝利校、大阪美食大附属の大将、能勢頼将より、黄金のまな板の返還が行われます。」
頼将は、抱えていた黄金のまな板を校長に返還した。
「今、黄金のまな板が返還されました!大将の二人、握手を!」
和馬と頼将が握手をする。二人は互いに相手の目を睨んだまま視線を逸らすことはない。
「それでは早速、先鋒戦をはじめます!」
司会者の声が一段と大きくなった。
「先鋒戦!一年生代表による、四対四の多国籍料理対決!」
再び、会場が大歓声に包まれた。
「東京具留米学園、出場選手の紹介です!」
大型モニターに、四人の名前が映し出される。
「浅野虎太郎!三好辰樹!柊木なでしこ!片倉月也!入場です!」
名前を呼ばれた四人に、観客席から声援が飛んだ。
「虎太郎ー! ぶちかましてこーい!」
「辰樹ー! 落ち着いていけよー!」
「なでしこちゃーん!頑張ってー!」
「月也ー!カッコいいところ見せなさいよー!」
虎太郎は拳を突き上げ、辰樹は緊張した面持ちで頭を下げる。
なでしこは静かに観客席を見渡し、小さく頭を下げた。
月也は前髪をかき上げ、余裕たっぷりに微笑んだ。
「フッ……。僕の華麗な料理で、観客の皆さんを魅了してやる。」
「本当にナルシストだな…お前…。」
虎太郎が即座に突っ込んだ。
「うるさいな!少しくらいクールに振る舞わせてくれ!」
「プールじゃなくてクールだっけ?」
「だからそれは一体なんなんだ…。全然おもしろくないぞ!」
「二人とも、こんなところでもめないでよ!」
辰樹が早くも頭を抱える。そんな三人を見つめ、なでしこは静かにため息をついた。
そして、司会者の声が響く。
「続いて、大阪美食大附属!」
モニターに、四人の名前が映し出された。
「五十川百江!花門翔亜!芝入為府!寛田嵐!」
大阪側の観客席から、東京側にも負けない歓声が上がる。四人が姿を現した。
先頭を歩くのは、チーム唯一の女子である五十川百江。
その後ろには、細身で長身の花門翔亜。さらに、体格のいい芝入為府と、派手な髪色に眼鏡をかけた寛田嵐が続く。
ところが――。
「だから、さっきの説明聞いてなかったでしょ!?あの食材と器具の配置、絶対に使いやすさを考えてないでしょ!」
翔亜が、早くも不満をぶちまけた。
「お前は始まる前から文句ばっかりやな。料理は食材の配置で決まるんか?」
為府が、悪気のない顔で首を傾げる。
「そういう話をしてるんじゃない!作業効率の話だよ!」
「はいはい。理論は立派、腕前はこれから、やね。」
「為府、一言余計。」
嵐が呆れたように口を挟む。
「翔亜、うるさい。為府も煽るな。嵐もいちいち口を挟まなくていいから。」
百江はにこやかな笑顔を浮かべたまま、三人を見渡した。
「だいたい試合前から騒がしいんだけど。……あんたたち、少しは頭を使って静かにできないの?」
「お前も十分口が悪いぞ、百江!」
翔亜が叫ぶ。
「えー?わたし、普通にお願いしてるだけだけど?」
「どこがだよ!」
「翔亜、声がでかい。頭まで悪そうに見えるぞ。」
「あー!!もう!!」
東京側の四人は、そろって固まった。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「……なんなんだ、こいつら……。」
虎太郎が、思わず呟いた。
「仲が悪い……のかな?」
辰樹が困惑したように首を傾げる。
月也も、いつもの気取った笑みを忘れていた。
「まったくクールじゃないね……。」
なでしこは大阪チームをじっと見つめたあと、ゆっくりと首を傾げた。
その様子に気づいた百江が、東京側へ視線を向けた。
「……あ、ごめんね。うるさくて。」
百江はにこっと笑った。
「でも、試合では負けないから!」
その笑顔に、東京側は一瞬だけ気を緩めた。
「お、おう……。こっちこそよろしくな!」
虎太郎が答える。しかし、百江は続けた。
「負けたら悔しいだろうけど、泣かないでね?」
「おい、今の一言、絶対いらねぇだろ!?」
虎太郎が声を上げた。
「えっ? 心配してあげただけなのに……?」
百江はきょとんとした顔で首を傾げた。
「ぐっ……!こいつ……!」
虎太郎が露骨にイライラし始めたのを見て、辰樹が深いため息をついた。
やがて、八人はそれぞれの調理台へと向かった。
東京具留米学園。
大阪美食大附属。
両チームの一年生代表が、試合用キッチンで向かい合う。
観客席の熱気は、いまや最高潮に達していた。
「それでは、先鋒戦――多国籍料理対決!」
司会者が声を張り上げる。
「両チーム、準備はよろしいですか!?」
虎太郎が拳を握りしめる。
辰樹は一度深呼吸し、月也は表情を引き締めた。
なでしこは、静かに食材の並ぶ台へと視線を向ける。
対する大阪の四人も、それぞれの表情で調理台に立っていた。
「それでは――」
会場中の視線が、試合用キッチンへと注がれる。
「先鋒戦、開始ィィィッ!!」
開始の合図のドラの音が、体育館中に響き渡った。




