東の具留米、西の美食。東西決戦開幕前夜。
「順調か?」
薄暗い廊下に、低い声が響いた。真田和馬は、目の前に立つ人物を静かに見つめた。
「えぇ。まぁ」
「そうか。いよいよ、明日から大阪だな。」
「本当に……何も伝えないんですか……?」
一瞬の沈黙。影の人物は、わずかに首を横に振った。
「あぁ。もう少しだけ様子を見よう。」
「……わかりました。」
「対抗戦、頼んだぞ。」
そう言い残し、影の人物は暗がりの向こうへと去っていく。和馬はその背中が見えなくなるまで、黙って見送っていた。
翌朝。東京駅。
「おい……。なんでお前らまでいるんだよ!?」
大阪へ向かう新幹線のホームで、航平が思わず声を上げた。
「なんでって、応援に決まってんだろ!」
「そうそう!せっかくの対抗戦なんだから、見に行かなきゃ!」
出場メンバーの後ろには、なぜか2-Cをはじめとした大勢の生徒たち。
「みんな清永くんたちの応援のために集まったんだよ!」
「みんな、清永くんたちに期待しているんです!」
「清永!テメェ!絶対勝てよ!」
「みんな!ファイトー!」
瑠衣と聖羅、弦之介、直緒も、もちろん応援に行くようだ。
さらに、その中には見覚えのある卒業生たちの姿まであった。
「なんであんたたちまで来てるんすか…?」
航平が呆然とする。
「アンタたちだけじゃ心配だから来てやったのよ。感謝してよね。」
「後輩たちの大勝負!見守らないといけない!チンヨン、ガンバレヨ!」
「期待してるわよ、みんな!」
里愛、浩然、美波から次々と激励の言葉が飛ぶ。そんな中、斗麿が静かに口を開いた。
「三年前、俺たちはこの対抗戦に敗れた。三年に一度の対抗戦だ。俺たち自身には、もうリベンジのチャンスはない。」
その言葉に、周囲の空気が少しずつ引き締まっていく。
「だが、お前たちには勝つチャンスがある。勝って、東京具留米学園に勝利の証である黄金のまな板を持ち帰ってきてほしい。そのために、俺たちもギリギリまでバックアップするつもりだ。」
斗麿は七人の代表メンバーを見渡した。
「頼んだぞ。」
その言葉を受け、七人の表情が一気に引き締まった。
……が。
そんな中、航平はどうしても無視できない人物を発見した。
「……それで……?」
航平は、その人物に視線を向けた。
「なんでジジイまでついて来てんだよ!?」
「なんじゃ、その態度は!?せーっかくワシが応援に駆けつけてやったというのに!」
「店はどうしたんだよ、店は!?」
「百田に任せてある!」
その頃、泰龍軒では――。
百田が一人、寂しそうに涙を流しながら店を切り盛りしていた。
「ったく……。旅行じゃねーんだからな!」
航平は呆れたようにため息をついた。そうこうしているうちに、引率の渡邉が姿を見せた。
「みんな、揃ったようだね。では、いざ出陣といきましょうか」
その言葉を合図に、一同は大阪行きの新幹線へと乗り込んだ。
東京具留米学園一行が大阪に到着して、翌朝。一行は、大阪美食大附属へと向かった。
遠くには通天閣がそびえ立ち、目の前には広大なキャンパスが広がっている。大学から幼稚舎まで、すべての校舎が同じ敷地内に揃っていた。
「これはまた、すごいね……。」
「うちも大概だけど、大阪にもこんなすげぇ学校があったんだな……。」
「……。」
「大阪美食大附属、か。なかなかクールだね。」
初めてこの学園を訪れた一年生たちは、そのスケールの大きさに驚きを隠せなかった。
「すごいよな。敷地はうちよりずっと広いらしい。」
「設備もすごかったよね!」
航平や瑠衣たち上級生が一年生に説明していると、聞き覚えのある声が響いた。
「よー!久しぶりやな!元気にしとったか!?」
声の主は豊だった。その隣には善。そして、大阪美食大附属の制服を着た五人の生徒たちが並んでいた。
「ようこそ、大阪美食大附属へ。」
一歩前に出たのは、眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の少年だった。
「俺は生徒会長で、今回の三年生代表を務める能勢頼将。そして、ここにいる七名が今回の対抗戦のメンバーや。」
頼将は穏やかな口調でそう告げた。一見すると、真面目で物腰の柔らかな少年。しかし、その身から漂う独特の存在感は、周囲に得体の知れない緊張感をもたらしていた。
「俺が東京具留米学園の大将、真田和馬だ。」
和馬が一歩前に出る。二人の視線がぶつかり合った。
「真田くん、噂は聞いてるで。ええ勝負にしよう。」
頼将の口調は柔らかい。それでも、二人の間には確かな火花が散っていた。
「玲司、航平。やっぱり二年代表はお前らやったな。」
豊が二人に目を向ける。
「予想通りの展開だろう。」
玲司はいつもの自信に満ちた表情で答えた。
「相変わらずの自信家やな、玲司。でも、まあ、そうやな。」
豊はニヤリと笑った。
「玲司。今回で俺とお前、どっちが上か、白黒つけようやないか。」
「望むところだ。」
玲司もまた、不敵な笑みを浮かべる。東西の因縁のライバル。二人の間にもまた、すでに火花が散っていた。
そして――。
「善。よろしくな。お互い恨みっこなしで、うまい料理作ろうぜ。」
航平が手を差し出した。善はその手を見つめ、静かに頷いた。
「……あぁ。」
二人は固く握手を交わした。
それぞれの思いを胸に、東京と大阪の代表たちが顔を揃える。
「さて。案内するわ。会場はこっちや。」
頼将を先頭に、一同は歩き始めた。
いよいよ――。
東京具留米学園と大阪美食大附属。
三年に一度の対抗戦が、幕を開けようとしていた。




