クセ者四人!チームワークはタコス味?
東京具留米学園のとある日の放課後の教室に四人の一年生が教室に集まっていた。
浅野虎太郎。
三好辰樹。
柊木なでしこ。
片倉月也。
東京具留米学園の一年生代表として、大阪美食大附属との多国籍料理対決に出場する四人である。
もっとも、四人がそろって顔を合わせるのは、これが初めてに近かった。
四人とも夏休みに藤咲家の別荘に招待されていたり、虎太郎、辰樹、なでしこの三人は、夏休みの宿題を泰龍軒で一緒にやった仲でもある。学校でも、それぞれが目立つ存在だったので名前も顔も知っているが、いざ四人で集まってみると、何を話せばいいのかわからない。
微妙な沈黙が流れた。
そんな空気を破ったのは、やはり虎太郎だ。
「……よし!」
虎太郎が勢いよく立ち上がると、辰樹がびくりと肩を震わせた。なでしこは、音のしたほうへゆっくりと顔を向け、月也は腕を組んだまま、ちらりと虎太郎を見る。
「俺たちが一年代表の四人に選ばれて、多国籍料理勝負に挑むわけだけど!」
虎太郎は三人を順番に見回した。
「普段は俺と辰樹以外はクラスも違うし、片倉とは俺もほとんど喋ったことがないから、顔合わせってことで!俺がリーダーの浅野虎太郎!よろしくな!」
「……は?」
月也の眉がぴくりと動いた。
「なんでキミがリーダーなんだ? 勝手に決めないでくれ。」
「ナニィ!?」
「キミみたいなあつくるしいやつがリーダーなんて、クールじゃないね。」
「ナニィ!?あつくるしくてプールだと!?」
「プールじゃない!クールだ!ク・ー・ル!」
月也は苛立たしげにツッコんだ。
「バカなのかキミは!?」
「ナニィーーー!?誰がバカだ!?バカって言ったほうがバカなんだよバーーーーカ!!」
「ちょちょ、ちょっと!二人とも!」
辰樹が慌てて二人の間に割って入った。
「落ち着いてよ!まだ顔合わせを始めたばっかりだよ!?」
「俺は落ち着いてるぞ、辰樹!」
「どこがだよ!?」
「なんだよ!?」
子どもじみた虎太郎の態度に、月也は深々とため息をついた。
「ったく…。先が思いやられるな。」
その隣で、なでしこは騒ぎ続ける二人を交互に見ていた。
右へ。
左へ。
また右へ。
そして、小さく首を傾げる。
「……?」
辰樹がそれに気づき、申し訳なさそうに笑った。
「ご、ごめんね、柊木さん……。せっかくみんなで集まったのに……。」
なでしこは辰樹を見た。一度、瞬きをする。そして、こくりと首を傾けた。
「……。」
「えっ?あ、いや、その……。」
辰樹はなぜか、さらに慌て始めた。虎太郎はそんな辰樹を見て、腕を組む。
「……よし。とりあえず、わかったことがある。」
「わかったこと?」
「俺たちは、チームワークを鍛える必要がある!」
虎太郎が力強く宣言した。
「……その通りだね。まずは、お互いをよく知るところから始めようじゃないか。」
月也は腕を組み、もっともらしく頷いた。
「そうだな!で、チームワークを乱してるのはお前だ、片倉!」
「……は?」
月也の顔から、すっと笑みが消えた。
「なんでだよ!?」
「だって、俺と辰樹は親友だし、柊木とはかき氷仲間だし、俺たち三人は夏休みの宿題も一緒に乗り越えた仲間だからな!」
虎太郎が得意げに言い放つ。
その横で、なでしこはゆっくりと虎太郎を見た。
「……?」
小さく首を傾げる。かき氷仲間。そんな関係だっただろうか。
「つまり、俺たちはすでにチームワークばっちりってことだ!」
「なんだそれ!」
月也が机を叩いた。
「親友だの、かき氷仲間だの、そんなことがチームワークと何の関係があるんだ!?」
「大ありだろ!仲良しってことだ!」
「仲良しこよしとチームワークは別問題だ!」
なでしこは、少し考えるように視線を上へ向け、そして、虎太郎と月也の言い争いに目を戻す。
「なんで僕がチームワークを乱してることになるんだよ!?」
「お前がいちいち突っかかってくるからだろ!」
「キミがめちゃくちゃだからだろ!」
「あわわわわ……!」
辰樹が必死に仲裁する。
「ふ、二人とも!仲良くしようよ!せっかく同じチームになったんだから!」
「俺は仲良くする気があるぞ、辰樹!」
虎太郎が即答する。
「ただ、片倉がな!」
「さっきから僕のせいにばかりするなよ!」
「まあまあ、ね?ね?」
辰樹は二人を交互に見ながら、必死に笑顔を作った。しかし、二人の口論は一向に収まる気配がない。
なでしこは、そんな三人をしばらく眺めていた。
そして。
「……はぁ。」
小さく、ため息をひとつ。次の瞬間。
バンッ!!
なでしこが机を叩いて立ち上がった。
「「「!!?」」」
三人が一斉に口を閉じる。なでしこは何も言わず、教室の扉へとスタスタと歩いていった。そして、扉の前で立ち止まる。
「…………。」
なでしこは、じーっと三人を見つめていた。
「…………。」
「…………。」
「…………。」
三人の間に、気まずい沈黙が流れる。
「……あ。」
虎太郎が小さく声を漏らす。
「……やべ…。」
月也も、さすがに気まずそうに目を逸らした。
「…………。」
辰樹は額に手を当てた。怒らせてしまった。呆れられて、帰られてしまう。そもそも、まだ自己紹介すらまともに終わっていないのに。
「……ど、どうしよう……。」
辰樹が困り果てていると、虎太郎が首を傾げた。
「……あれ?」
なでしこは、まだ扉の前に立っていた。帰る様子がない。ただ、じっと三人を見つめている。
「……あのー……ひ、柊木さん……?」
辰樹がおそるおそる声をかけた。なでしこは答えない。ただ、三人を見つめ続ける。
「……えっと……?」
辰樹が困惑していると、虎太郎がぽん、と手を叩いた。
「あっ!」
そして、なでしこに向かって尋ねる。
「もしかして……ついて来いってことか?」
なでしこは、コクコクと力強く、二度頷いた。
「……えっ?」
辰樹が目を丸くする。月也も、ぽかんと口を開けた。
「……いや、だったら最初からそう言えば……。」
そこまで言いかけて、月也は口をつぐんだ。なでしこは、すでに扉を開けていた。
「……。」
そして、三人を一度だけ振り返る。
「……ああ、はいはい!わかったよ!」
虎太郎が慌てて立ち上がる。
「おーい、待てよ、柊木!」
「ま、待ってよぉ!」
辰樹がその後を追い、月也も渋々と立ち上がった。
「まったく……。なんなんだよ……。」
ぶつぶつ言いながらも、月也は三人の後を追った。
なでしこを先頭に、駅前の商店街を歩くこと数分。彼女は、一軒の店の前で足を止めた。
「……ここか?」
虎太郎が看板を見上げる。そこにあったのは、タコスの専門店だった。
「タコス……?」
辰樹が店の看板と、なでしこの顔を交互に見た。
「多国籍料理だから、中華でも和食でもイタリアンでもない、タコス……ってこと?」
「なるほど……!」
虎太郎が目を輝かせる。
「さっすが柊木!考えてることが違うなー!」
「……?」
なでしこは少しだけ首を傾げた。別に、そこまで大したことを考えていたわけではない。ただ、四人で一緒に食べるなら、ここがいいと思っただけだ。
「ま、まあ、せっかく来たんだし、入ろうか。」
辰樹が促し、四人は店内へと入っていった。
席について注文を済ませ、テーブルに並んだのは、色とりどりのタコスとケサディヤ。香ばしく焼かれたトルティーヤに、肉や野菜、豆、チーズなど、さまざまな食材が盛りつけられている。傍らには、いくつもの種類のサルサ。赤や緑の鮮やかな色彩が食欲をそそる。
「うおー!うまそう!」
虎太郎が身を乗り出した。
「俺、本格的なタコスって初めて食うな!」
「僕もタコライスしか食べたことなかったかも!」
辰樹も、目の前のタコスを興味深そうに眺めている。
「僕も有名チェーンのタコビルくらいしか食べたことないな……。」
月也も、いつもの気取った態度を忘れたように料理を見つめていた。
「よし!いただきます!」
虎太郎がタコスを手に取る。大きく口を開けて、かぶりついた。
「……っ!!」
一瞬、動きが止まる。
「うっっっま!!」
その声を合図にしたかのように、辰樹と月也もタコスを頬張った。
「ほんとだ! おいしい!」
「へえ……これは、なかなか……!」
香ばしいトルティーヤ。
ジューシーな肉のうまみ。
シャキシャキとした野菜の食感。
そこに、酸味や辛味、香りの異なるサルサが加わる。
組み合わせひとつで、味わいがまるで変わる。
「このサルサ、さっきのと全然違う!」
辰樹が別のソースを試す。
「こっちは酸味が強いな!俺はこっちの辛いやつが好きだ!」
虎太郎も負けじと、別のサルサを手に取った。
「ふむ……こちらは肉のうまみが引き立ってる。でもこっちの組み合わせも捨てがたいね。」
月也も、いつの間にか真剣な顔で食べ比べていた。
「ねえ、片倉くん。そのケサディヤもおいしそうだね。」
辰樹が尋ねる。
「……食べるかい?」
「いいの?」
「もちろん。料理は分かち合うものだからね。」
月也は、少しだけ得意げに笑った。
「……おおっ!こっちもおいしい!」
「うん、どれも本当にうまいよ!」
三人の間に、笑い声が生まれた。さっきまで、あれほど言い争っていたのが嘘のようだ。
食事を終え、虎太郎が満足そうに腹をさすった。
「いやあ、食った食った!タコスって、こんなにいろんな楽しみ方があるんだな!」
「うん。具材もサルサも、組み合わせ次第で全然違う料理みたいになるんだね。」
辰樹も頷いた。
「同じトルティーヤを使っていても、選ぶ具材や味つけで個性が出る。面白い料理だよな。」
月也も、いつになく素直な表情で言った。
「それに、みんなで好きなものを選んで食べられるのもいい。決まった正解がひとつだけあるわけじゃないんだ。」
「そうそう!」
虎太郎が勢いよく頷いた。
「肉を多くしたっていいし、野菜をたっぷり入れたっていい!辛いのが好きなやつもいれば、酸っぱいのが好きなやつもいる!」
そこで虎太郎は、ふと三人の顔を見回した。
「……あれ?」
辰樹も、何かに気づいたように顔を上げた。
「僕たち、タコスにちょっと似てるのかもしれないね。」
「タコスに似てる…?」
月也が首を傾げる。
「うん。虎太郎くんは勢いがあるし、片倉くんは自分の考えをしっかり持っている。僕は……二人の間で慌ててばかりだけど…。」
「おいおい、そんなことねえぞ、辰樹!」
虎太郎が笑う。
「辰樹は俺にないものを持ってる。だから親友なんだ!」
「虎太郎くん……。」
辰樹は照れくさそうに笑った。
「それに、柊木さんだってそうだよね。」
辰樹がなでしこを見る。なでしこは、静かに三人を見つめていた。
「僕たちは、みんな違う。得意なことも、考え方も、性格も。でも、だからこそ……」
辰樹は、テーブルに残ったタコスの皿を見た。
「力を合わせたら、ひとりでは作れない、もっとおいしい料理が作れるのかもしれない。」
「……!」
なでしこの目が、ほんの少しだけ笑ったように見えた。そして、小さく頷く。
ひとつの料理の中に、さまざまな食材がある。
それぞれに違う味、香り、食感がある。
単独でもおいしい。
けれど、組み合わせることで、それぞれのよさが引き立ち、ひとつの料理として完成する。
人も、きっと同じだ。
「……だな!」
虎太郎が、にっと笑った。
「俺たちだって、力を合わせれば絶対に勝てる!」
「……まあ。」
月也が腕を組む。
「ここで仲間割れして負けるなんて、クールじゃないしな。」
「片倉くん……!」
辰樹が嬉しそうに顔を輝かせる。
「お前も、やっとわかったか!」
「キミに言われると、なぜか腹が立つな……。」
「ナニィ!?また突っかかるのか!?」
「ほら、また始まった……!」
辰樹が慌てて二人を見る。その様子を眺めていたなでしこは、ほんの少しだけ、口元を緩める。三人の間に生まれた変化を喜んでいるようだった。
その日の帰り道。虎太郎は、いつもの調子で辰樹と肩を並べて歩いていた。月也も、まだ少し素直ではないものの、二人の会話に加わっている。なでしこは、その少し後ろを歩いていた。
まだ、四人が完全に打ち解けたわけではない。
意見がぶつかることもあるだろう。
互いのことを理解できず、すれ違うこともあるだろう。
だが、一緒に食べて、笑って、少しだけ相手のことを知った。
四人は、ほんの少しだけチームになった。
大阪美食大附属との多国籍料理対決。
一年生代表の四人は、その勝負に向けて、確かな一歩を踏み出したのだった。




